003[FastContact]
本当に今日は、午前8時から、
冗談抜きで、蔟さん達に御世話になりっぱなしであった。
本来は、即日対応して貰えない筈なのに、
囲さんのガス会社に勤める息子の「迎さん」の御蔭で、
即日対応して貰う事が出来たガスの開栓の為の手続き。
その書類を書く時間を待つだけでなく、
迎さんには、書き方までレクチャーして貰い。
書き上がった書類も、迎さんにそのまま受け取って貰え、
事前の予約があった定で、事後処理して貰う事となっている。
更に、迎さんは軽く笑いながら、
『佳土さん、もしかせんでも、
ウチのオカンに、部屋を強引に借りさせられたんやろ?』と、
何故か同情した様子で、迎さん自身の知人を通じ、
月曜日から、インターネットとエアコンを使える様に、
手配してくれた。
そのインターネットの回線とエアコンの設置工事は、
ちょっとした契約を結べそうなネタを持っているので、
僕が、僕の働く会社で、
亘の会社を売り込み仕事を取って来る約束の元、
月曜日、僕が仕事に行っている間に、
大学生で暇な亘が、代理で立ち会ってくれる事になっている。
明日は囲さんが、弁護士だと言う息子さんと・・・
前の僕の住処であったシュアハウスへ菓子折り持って、
代理で、他の住人達への御別れの挨拶と、大家さんとの、
「シュアハウス契約についての値引き交渉に行ってくる」
との、事だった。
その間に僕は、囲さんの勧めで、
近所に住む迎さんと亘に、近所にあるスーパーや、
美味い飯を出す店へと案内して貰う予定となっている。
明後日の月曜日は、ネットとエアコンの事で亘の世話になり、
その夜は、蔟不動産への支払いの序に、
まだ面識の無い、弁護士な囲さんの息子さんと契約の事で話して、
蔟家の皆さんと御飯を食べる予定である。
既に初日から家族ぐるみ、これからも蔟さん達には、
普通に御世話に成りっぱなしになりそうな雰囲気だった。
家でネット回線が使えない「この夜」、
FMラジオを流しっぱなしにして、残った最後の荷解きをし終え、
僕はコンビニ弁当を食べながら、
スマホで、電気と水道の使用手続きを済ませ、
僕は、今回の引っ越しで、引っ越しする時に、持つべきモノは、
総てを安心して御任せできる、コネが有り、スキルの高い、
「不動産屋さんなのかもしれない」と、確信した。
そして僕は、中身の少ない、今日からの住処を眺めて溜息を吐く。
共同部分が多い、シュアハウスからの引っ越しとは言え、
6畳の部屋に住んでいた僕が、合計15畳の1LDK、
個別の「風呂、洗面所、トイレ付き」の物件に住むのだから、
僕が一人暮らしの為に荷物を幾ら増やしても、
僕に必要な荷物の置き場所は、
正直な所、9畳のLDKだけで事足りてしまうのが現実である。
『6畳の洋室…無くても事足りただろうな……。
家賃が此処より安かったら、
ワンルームの方の部屋を借りたのにな』と、独り言を言ってから、
僕は、重要な事を思い出す。
『此処って……。
幽霊とかが出るタイプの訳有り物件だったりしないよな?』
小さく呟き、大きく後悔した。
気にし出したら、小さな音も気になってしまって、
聞きたくなんか無いのに、
その音に対して、無駄に集中し、聞き耳を立ててしまう。
音に緊張してしまって、何だか冷たい汗が僕から流れ出した。
僕しか居ない筈の、僕以外居ない筈の人気の無い部屋の中で、
誰かが、ゆっくり歩き回っている音がする。
さぁ~っと、全身を撫でる様に鳥肌が立った。
さっきまでは、気にならなかったラジオに時々入るノイズが、
ゆっくり歩きまわる足音と、
微かに軋むフローリングの音に、しっかり連動して、
定期的に入り込んでいる事に、僕は気付いてしまった。
更に少しだけ心拍数が上がった。
遠ざかる足音、近付く足音とラジオに入るノイズ、
微かに流れる風を肌に感じ、
僕の耳には布の擦れる、衣擦れの様な音までも聞えて来ていた。
僕は恐怖し、崩れる様に壁に寄りかかり、
其処で、ふと気付いて脱力する。
最初怖かった「それ」を暫く聞いていて僕は、
音のする方向を冷静に判断して、ある意味で安堵の溜息を吐き、
隣人に対して若干の苛立ちを覚えた。
挨拶に行って唯一、会う事が出来なかった202号室の住人が、
隣りの部屋で、部屋の中を歩き回っているらしい。
『壁薄っ!』僕はそう呟き、体制を立て直して1歩踏み出し、
蜘蛛の糸らしき、目に見えない糸が顔にかかり、
『うわっ』と小さく叫んで尻餅をついてしまい、
慌てて目に見えない糸を振り払う。
とっても、踏んだり蹴ったりだった。
胸に手を当てなくても分かる程、上がり切った心拍、
今まで一番、怖がりになってしまった自分と、
「心霊現象かもしれない」と思った自分に、僕は苦笑して、
『蜘蛛め!見付け次第に追い出してやる!』と言い、
何処に居るのか分からない、
僕の通り道に糸を張った犯人に対して、悪態を吐いた。
僕は、部屋の賃貸料金の安さの理由を、
隣人の家の「生活音」と決め付け、ラジオの音量を少し上げ、
202号室と隣接する壁からラジオを離し、
逆の壁側にラジオを移動させた。
御蔭で、ラジオにはノイズが全く入らなくなり、
隣人の足音が、少しは気にならなくなった。
のだが・・・
一晩中、202号室の住人は歩き続け、
今日、日曜の朝、迎さんと亘が御迎えに来た時も、
壁に耳を当てれば、様子を窺える程度の音が、
隣りから聞こえて来ていたので、それを愚痴るのであった。
結果・・・
『それ…そんだけ続いてるんやったら、もしかすると……。
足音と違うんや無いかな?』と、迎さん。
『違うんやったらなんやねん?お掃除ロボとかか?
迎にいちゃん、それ、おもんないわぁ~、それやったら、
オカルト部屋として、貸し出したった方が儲かるで?』と亘。
『いや、儲からんやろ!
あぁ~でも、ウチのオカンが手厚く貸し出したんは、
多分、その騒音の所為やと思うわぁ~、ごめんな』と、
迎さんに謝られた。
僕は、この2人の、
漫才の掛け合いを連想させる会話を目の当りにし、
迎さんと一緒に『多分、ホンマそうやわ』と、亘にまで謝罪され、
「この新しい、気の合う友人達を手放すのは惜しい」と思い。
その事について「コレ以上、何も言うまい」と、心に決めた。
僕は、この日・・・
蚕葉町にある社宅から来た迎さんと、
徒歩7分にある、
最寄駅近くの蔟不動産の自社ビルにある自宅から来た亘に、
近所にある美味いパン屋に案内され、朝食を済ませ。
蚕葉町にある裏野ハイツに住むのに必要な、
格安スーパー、良質な生鮮食料品が買える店、
服や靴等が安く揃えられる衣料品店、ホームセンター、電気屋、
定食屋、居酒屋、お洒落なレストランの有る場所を教えて貰い。
美味しいカレー屋さんで昼食を取り。
囲いさんの息子で、
迎さんと亘の兄である「護さん」から電話があって、
蔟不動産の自社ビルの屋上で、
『花火見ながら焼肉するから、酒を受け取って来てくれ』と、
連絡があり御一緒する事になったのだ。
僕等は迎さんの社宅へ寄り、
車で酒類を安く買える酒屋へ向かい、
護さんが注文した大量の酒を受け取って、蔟不動産へ立ち寄り、
囲さんの元旦那さんだと言う店長さんに会い、酒を預け。
その囲さんの元旦那さんから、新たな使命を受け、
迎さんは車を戻しに一度、社宅に帰り、
僕は亘に、駅前の商店街を案内され序に、
商店街の肉屋で、護さんが注文した肉を受け取り、
目的地に向かう。
そこでやっと、蔟不動産の有る自社ビルは5階建てで、
1階に、囲さんが働く蔟不動産。
2階に、蔟護弁護士事務所。
3階に、亘の会社が入り。
4階が開いていて、5階が蔟宅になっている事を見て知る。
僕が無言でビルを見上げる様に眺め、立ち止まっていると、
迎さんが返って来ていて、
『護にいが、事務所で待ってるから行ったって』と、
僕から肉を預かり、僕の背中を押してくれた。
2階にある弁護士事務所に立ち寄ると、護さんに会えた。
僕はそこで、シュアハウスの契約上の家賃の残り9ヶ月分が、
後、2ヶ月分で良くなった事を知る。
そして、弁護士事務所に残ってる社員さんと、
3階にある、亘の会社の社員さんを含む御一行を引き連れ、
屋上で宴会をする事になった事を知った。
護さんは、その話しをしてから弁護士としての口調を脱ぎ捨て、
『同いやし、砕けた話し方でえぇ~よな?』と、
囲さんに似た綺麗な顔立ちで、人懐っこい笑顔を見せてくれる。
僕が同意すると、
『ウチのオカンに、へぇ~んな物件紹介されたやろ?
ゴメンなぁ~…訴えたらんといてなぁ~……。』と、
申し訳なさそうに言われてしまった。
僕は自分が借りた物件の事が心配になり、
『裏野ハイツの僕が借りた部屋って……。』と言い掛けると、
『事故物件では無いよ、心霊スポットでも無い。
騒音も、騒音言うレベルと違うくて、静かに煩い程度やし、
よぉ~出るんは、糸を吐く虫程度やからなぁ~……。』との事、
「やっぱり、隣人の小さな騒音の所為で安いのか」と、
僕を納得させてくれた。
『それよりも、や、佳土さん…
婚約破棄した女は、訴えんでえぇ~んか?
シュアハウスの人等に聞いたで?アレは取れるでぇ~……。
佳土さん望むんやったら、敵討ちしたるよ?』と、
護さんは、優しく微笑んでくれる。
僕は、その笑顔に釣られ、御願いしそうになって焦る。
「僕は、この手の顔の人の申し出に弱いらしい……。」
正直、それを言ったのが囲さんだったり
護さんが女性だったら、御願していたかもしれない。
僕は意を決し、笑われる覚悟で、
『縁を切ってでも、彼女を愛した思い出は穢したくないんだよ。
こんな僕でさえ、こんなにも「人を愛せた」と、
こんなにも「人を愛せる」のだと言う証明になるからね』と、
クサイ台詞を吐いた。
護さんは『何か、えぇ~なぁ~おもろいわぁ~……。』と、
囲さんみたいな屈託の無い微笑みを見せ、
『明日から仕事やけど、今日は飲み明かそうか』と言って、
僕を屋上に連れ出した。
僕が連れ出された屋上では、焼肉パーティーが始まり、
ビールを持った亘が僕に駆け寄り、
『今日は飲もうや!』と、冷たいビールを僕にくれた。
僕がビールに口を付けると、何時の間にか暗くなった空に、
花火の花が咲き始めていた。