88、初雪
月を中心に地球は回っていた。
「月乃様っ! ごきげんよう」
「月乃様、今日もお美しい・・・!」
ロワール会の天下になってからと言うもの、去年セーヌ会が提案してきたような愉快なイベントは一切開催されず、ベルフォール女学院らしい静かで上品な12月が訪れている。目が覚めるような彩りは無いが、胸の中が清らかになるようなお嬢様ムードで学園はいっぱいだ。
「ごきげんよう、皆さん」
「ごきげんよう、月乃様っ」
すれ違う生徒たちは皆、黒いリボンのロワール会と月乃様のことを信頼しきっており、笑顔は見せていないが満足そうである。久々に訪れたベルフォール女学院の平穏に、どこかの星から見ている女神様もきっとお喜びに違いないのだ。
「林檎様、連絡があったのはあっちの階段ですの?」
「はい。西側の階段です」
林檎さんはちょっとうなずくだけで帽子が大きく揺れるので、前に立っていると少し風が来る。
「それにしても月乃様、不思議なこともあるものですね」
「そうですわね」
「なぜコーンなのでしょう」
「休み時間にこっそりスープでも作ろうとしてたに違いありませんわ」
屋上につながる階段の踊り場から一階に至るまで、美味しそうなとうもろこしのつぶがポタポタと落ちて並んでいたらしく、近場の教室の生徒たちが掃き掃除をしてくれたのだが、ちょっと怪しい事件だったのでロワール会に報告が来たのだ。
「とにかくチェックしてみましょう」
「そうですわね」
月乃と林檎の後ろにぞろぞろと連なっていたファンの子たちも、二人が階段に到着して真面目に辺りを調べ始めたので、大人しく廊下のほうから見守ることにした。大勢で手伝うと現状維持ができず、捜査が困難になるのだ。
スープの匂いもしないし、他の手がかりも残っていなかったので、コーンの落とし主は分からなかった。
「おそらく掃除した時に手がかりも消えてしまったのでしょう。別に掃除などしてくれなくて良かったのに」
「真相は闇の中ですわね」
「帰りましょう、月乃様」
「はい」
今日はフランス語作文の宿題があるので早く寮に帰るべきなのだ。
階段を下り始めた月乃は、林檎さんの靴音がついて来ないことに気付いて振り返った。踊り場の古いガラスの格子の向こうで輝く太陽が、籠の中の鳥のように見える。
「どうしましたの、林檎様。何か気になりますの?」
踊り場に立つ林檎さんは少し顔を上げていたので、桜ちゃんにそっくりの可愛い目鼻が丸見えである。
「屋上も見てみましょう」
「あら、盲点でしたわ」
やはり林檎さんは頼りになる。月乃は林檎さんの可愛い背中について階段を上がった。
「・・・犯人はおそらく料理部か園芸部でしょう」
「園芸部?」
「はい。サツマイモやカボチャを育てていましたから。トウモロコシも作っていたのでしょう」
「・・・でも、トウモロコシの収穫は夏ですわよ」
「料理部ですね、犯人は」
林檎さんは気持ちの切り替えが早い。
「いずれにしても、私たちの身内でなくて良かったです」
林檎さんは屋上へ続く重いドアを開けた。
「あ・・・あれれ」
桜ちゃんがスカートのポケットに手を入れて何やら探し始めた。
「どうしたの桜ちゃん。この問題難しいんだから皆で考えないと終わらないわよ」
頭が良いくせに勉強をしないため成績が微妙なリリーさんは、桜ちゃんや日奈ちゃんと一緒に宿題を進めるこの時間がとても貴重なのである。
「はい・・・あの、あれぇ?」
「何か探し物ですか?」
日奈も気になり出した。
「はい。私・・・ハトのエサをポケットに入れてたの忘れてまして、今ポケットの中をチェックしたら、全然入ってないんです」
「ハトのエサ?」
「とうもろこしです」
桜ちゃんは今朝脱走したハトポッポを追って学舎の屋上まで行って無事に捕獲したらしい。それにしてもこの学校の飼育小屋の戸締まりは毎度適当である。
「桜ちゃんって、月乃様の側近のくせにドジで可愛いわよね」
月乃様という言葉に反応して、3人と同じカフェテラスにいた周囲の生徒たちが一斉に振り向いた。みんな楽しくお茶をしながら、こっそり聞き耳を立てていたのだ。
「い、いえ私は、ただのクラスメイトですから・・・」
「そんなこと無いわよぉ♪ 月乃様はあなたのこと凄く信頼してるわよ」
リリーさんはそう言ってオレンジソーダをストローでちゅうちゅう飲んだ。ジュースのビタミンカラーが彼女のブルーのお目々によく似合っていて素敵だが、良く冷えた12月のオープンカフェでなぜこんな物を注文しているのかは謎である。
「ねえ、日奈様」
「は、はい!」
日奈はちょっと大きなリアクションをしてしまった。この時彼女はちょうど月乃様のことを考えていたからだ。
「日奈様って、月乃様とどういう関係なの?」
しゃがんだ瞬間、シャツの隙間から胸元に雨水が入って来たような、ホールインワン的な質問である。こんなストレートな質問が出来る女はおそらくリリーさんしかいないので、周囲の生徒たちも身を乗り出して日奈様の返答を待った。偶然風も止んだから、辺りは熱い沈黙に包まれた。
「私と月乃様は・・・」
日奈は自分の恋心がポップコーンのように膨らんではじけそうになるのを必死に抑えて、良い回答を探した。
(私と月乃様は・・・友達のはずなんだけど・・・)
二人きりの時、月乃様はいつも日奈に親切にしてくれるから、二人は決して敵やライバルなどではない。セーヌ会が解散した今なら、堂々と友達宣言出来るのではないだろうか。
しかし、日奈は踏み切れない。自分のような、平気で人前で笑う不届き者が「私と月乃様はお友達でーす♪」なんて言ったら、きっと迷惑に違いないのだ。
「その・・・知り合い、です」
なぜかこの時、日奈は胸がひどく痛んだ。
「あらあら」
リリーさんはニヤニヤしながら日奈を見つめた。彼女は今、日奈様と月乃様という学園で最もハイレベルなカップルを妄想してにやけているのであり、決して日奈の気持ちを見透かしている訳ではない。
「桜ちゃーん、どうして日奈様って恋しないのかしら、ねえ?」
「わわっ!」
リリーさんは桜ちゃんの肩にもたれ掛かった。ちなみに桜ちゃんの肩には温かそうな白ウサギのはんぺんちゃんが乗っており、彼女は自分の特等席を侵犯してきた金髪娘の頭を短い前足でベシベシ叩いた。振り乱したウサギの長い耳がほっぺに直撃している桜ちゃんは、くすぐったくてケラケラ笑った。
「ねえー、桜ちゃ~ん」
「ふふ、えへへ。えへへ」
バカっぽい二人である。
カフェテラスに広がる笑顔の輪は、闇夜に垣間見た美しい星の瞬きのようで、禁じられているからこそ、恋と感情のピュアな温かさが感じられるのかも知れないなと日奈は思った。この学園の生徒は誰ひとり作り笑いをしないからだ。抑えきれない幸福や、純粋な愛のみが笑顔となってこぼれ咲くのである。
(・・・そうだよね・・・笑顔って、悪い事なんかじゃないよ。凄く素敵な事だよ・・・)
テーブルの上のノートの字の向こう側に、日奈は月乃様の寂しそうな横顔を思い浮かべた。理性の檻に閉じ込められた、憂鬱な天使の肖像である。
月乃様の笑顔を見ようとすることは、月乃様に嫌われることかも知れない。しかし、日奈はそれ以上に月乃様に幸せになって欲しかった。思わず笑顔になっちゃうくらい幸せな毎日を送るお嬢様になって欲しかったのだ。
(小学生の小桃ちゃんは、私にいっぱい笑顔をくれた・・・私も小桃ちゃんを見習って・・・月乃様に・・・)
壊れるのが心配で一度も鳴らしたことがなかったオルゴールの初めて音色によく似た、澄んだ鼓動が日奈の胸の中で駆け出した。自分が本当にやりたいこと、望むことに向かおうと初めて顔を上げ、大空の彼方を見た日が、少女の新しい誕生日になる。
「私・・・」
「ん?」
具体的にどうすればいいのか、サッパリ分からなかったが、日奈は立ち上がっていた。
「私・・・月乃様にお会いしてきます!」
「え?」
一拍置いて、周囲はざわめいた。
「えええ!?」
「日奈様が!? 月乃様に!?」
「フランス語の宿題を教わりに!?」
「お嬢様言葉を習いに!?」
「西園寺様のサインを頂きに!?」
「違うんじゃないかな・・・」
日奈様の理解不能な発言に少女たちの想像力は紅茶の香りの中を自由に泳ぎ回った。
「何のお話をするのか分からないけど、月乃様は学舎にいるわよ。きっとね」
リリーさんはカッコ良くそう言ってオレンジソーダを飲んだ。こんなに自信満々な様子なのに当てずっぽうで言っているから驚きである。
「私・・・行ってきます!!」
赤いリボンを揺らして、どよめきと歓声の海となった南大通りを日奈は駆け出した。今まで他人の靴で歩いていたんじゃないかと思うくらい、靴底で感じるレンガの感触が新鮮だった。
(学園のために・・・戒律のために、月乃様がずっと不幸せでいるなんておかしいよ・・・!)
それが月乃様の望むことかも知れないとは分かっていながらも、日奈は走り続けた。月乃様の幸せが、自分の幸せなんだと日奈は気付いたのだ。
「月乃様・・・これで良かったんですよね」
「あら、何がですの? 林檎様」
空の青は曇天の仮面の向こうにその表情を隠しているが、学舎の屋上は巨大な大聖堂を目の前に拝めるので神秘的であり、開放的でもあるから、トウモロコシを落としていった犯人探しを止めてベンチに座り、物を思うには最適の場所である。
「セーヌ会が解散して、ロワール会が勝利する・・・西園寺様は隠居してしまいましたが、戒律を重んじる我らブラックリボンの時代が再び訪れたわけです」
「そうですわね」
ちなみに西園寺様はヴェルサイユハウスに引っ越したにも関わらず週末は必ずロワールハウスに来て美味しいご馳走を振る舞ってくれている。相変わらず人形のような無表情でお嬢様を続けてくれている、黒いエプロンのおねえさんだ。
「これで・・・良かったんですよね」
「と、当然ですわ。戒律が一番大事ですからね」
月乃は胸を張って自分の髪をサッと撫でた。
先日、月乃は小学生モードの時に日奈様とお風呂に入り、とんでもないエッチな目に遭ったが、あの日以来毎晩のように日奈様が夢に出てきてしまい、異常に寝不足である。月乃の全身が、日奈様の甘くて綺麗なおっぱいとか、すべすべの太ももを生々しく記憶しているから、この現象から開放されるまでに掛かる時間は、おそらく途方もない。
(林檎様は・・・何を悩んでいますの・・・?)
ロワール会が勝って本当にこれで良かったのかと、月乃が悩むことはほとんどない。なぜならこのクールな世界こそが月乃の望むお嬢様ワールドであり、戒律を守る空気を作ることで天罰を受ける生徒が減らせると確信しているからだ。これ以外に道はないのだ。
だが、最近の林檎さんは妹の桜ちゃんのこと気にしているように見受けられるのだ。すれ違う度にションボリして笑顔を隠す妹の様子を見て胸が痛むのかも知れない。
そりゃ月乃だって、日奈様ともっと仲良しになりたい。小桃ちゃんではなく細川月乃の時に、人前で堂々と「私と日奈様は親友ですわ」と宣言して、大通りのカフェでお茶を飲みながら談笑したいのだ。けれどそれは叶わぬ夢、実現させてはならない甘すぎる幻である。月乃は自分のため、そして何より学園生徒全員のために、厳しい戒律を守る模範生にならなければならないのだ。
「林檎様」
「はい」
「生徒たち全員がロワール会の味方ですわ。私たちは自分の道を信じて、ただ胸を張って生きていく事だけ考えましょう」
「・・・はいっ!」
朝の小川のせせらぎのように澄んでハッキリした月乃の言葉に胸を打たれた林檎さんは、大聖堂の薔薇窓を見つめながら力強く頷いたのだった。ロワール会の結束は固い。
そのあと月乃と林檎はベルフォール女学院の将来についてあーでもないこーでもないと語り合っていたが、やがて目下のざわめきに気付くことになる。
「やはり月乃様、運動部の生徒たちに任せている大通りの清掃を各寮の当番制に・・・ん?」
「あら・・・なんだか広場が騒がしいですわね」
少女たちの歓声や熱気が、熱いシャワーの音のようにざああっと迫って来るのだ。これはかなりの人数である。
「一体何でしょう」
屋上のフェンスに顔を付けた林檎さんは、一瞬ずれて落ちそうになった帽子を小さな手で素早く押さえて大聖堂広場を見下ろした。
「んー?」
林檎さんの背中越しに月乃も下を覗いてみた。林檎さんの帽子が月乃の胸をふわっとくすぐる。
「・・・あ!」
「姉小路様、ですかね。あれは」
林檎さんが分析するより先に飛び退いた月乃は、屋上に隠れる場所がないか探した。辺りを見回しながら小走りで大聖堂広場を行く日奈様が、自分を探していたらどうしようかと、おこがましい心配をしたからである。
(ひ、日奈様が・・・! ここに来たらどうしましょう! どんな顔でお会いすればいいんですの!?)
先日のお風呂で見た光景が打ち上げ花火のように脳裏でフラッシュする月乃は、誤って地上に顔を出したモグラのように慌てふためいてウロウロした。
「月乃様、あの様子ですと、姉小路日奈様は我々ロワール会、いや、月乃様を探している可能性がありますね」
「か、隠れますわ」
「堂々と待ち構えていたいところですが、面倒事もイヤですね。どこかに隠れて下さい」
「ベンチの裏じゃバレバレですわ」
「はぁ、しょうがないですね。私の後ろに隠れて下さい。何とかごまかしますから」
林檎さんは時々本気か冗談か分からない微妙な提案をすることがある。
月乃が心の準備を整える間もなく、屋上のドアは開くことになる。各階の廊下の窓からこぼれる少女たちの声はグイグイ迫って来ていたのに、ドアの開け方がゆっくり丁寧だったのは、一団の先頭が日奈様だったからである。
「月乃様・・・」
この世のものと思えぬほどの美貌を持つ日奈様の登場に、月乃を包む世界の時間はぴったり止まったかのようだった。
「・・・月乃様! あの、少しお話が・・・!」
日奈がしゃべり出すと同時に、少し後れて到着した大勢のオーディエンスたちが、日奈を中心に扇形で広がった。集合写真みたいな光景である。
「ダメですダメです。月乃様は今お忙しい・・・うっ」
日奈の前に立ちはだかろうとした林檎さんの華奢な体を、むぎゅっと抱きしめて動けなくさせた女がいた。金髪美少女リリーさんである。
「邪魔しちゃダメよお♪」
「こ、こっちのセリフ・・・うっ」
大好きなリリーさんに抱きしめられて、林檎さんは全身あつあつのホットアップルパイになってしまった。
聴衆はいるが、これで実質月乃と日奈の二人きりの空間が誕生した。何を目的に日奈様がここに来たのか、本人以外は誰も知らないので、彼女の唇に注目が集まるわけである。
「あの・・・月乃様」
「な、な、なんですの・・・!」
月乃は自分と小桃ちゃんが同一人物である事のボロを出さないようにすることに意識の半分を割いており、もう半分は恋心に支配されてお菓子の国みたいになっているから、もうまともな受け答えは困難な状況である。
「私・・・私・・・ずっと前から・・・思ってたんです」
まるで愛の告白かのようなムードに聴衆は目を丸くした。別の学舎の屋上にも生徒たちが集まり、双眼鏡などでこちらを覗いているから、この現場への注目は見た目以上に大きい。
日奈はずっと引っ込み思案な少女だったが、この時の彼女はひと味違った。好きな人のためなら、どんな艱難辛苦も人生のちょっとしたスパイスみたいなものである。
「私・・・月乃様を・・・月乃様を、助けたいんです!」
潤んだ瞳で言われるには、あまりに強い決意を込めた声色だったので、月乃は体の真ん中をすとーんと飛ばされただるま落としみたいな感覚で呆然としたが、すぐに体じゅうがカーッと熱くなった。
(わ、私を・・・助ける・・・ですの!?)
自分もロワール会に入れてくれ、という風にはどうしても聞こえない月乃は、自分が助けられる立場にいる事を思い浮かべてみたが、いくつも心当たりがあって日奈様の真意に辿り着けない。言葉を失う月乃に、日奈は語り続けた。
「私、月乃様を救ってあげたいんです・・・! 月乃様は、私たちのために自分を捨てて、ずっと寂しい思いをしてるはずなんです!!」
生徒たちがどよめいた。何不自由なく女王として君臨しているはずの月乃様が、ずっと寂しい思いをしているというのは、にわかには信じがたい話である。
「な、何を言ってますの日奈様! わたくしは寂しくなんてないんですのよ! 皆さんの代表として、戒律を守っていくことが、わたくしの幸せですのよ」
これは嘘だった。戒律を破る度に小学生になり、厳しい教育のせいで過ごせなかった楽しい小学生時代を体験した月乃は、もうクールな人間なんかじゃなかった。自分の周りのなにもかもが新鮮で、温かだった体験が、月乃をいつの間にかハートフルな人間に変えていたのだ。
「いいえ、私は・・・月乃様はもっと、笑顔で暮らしたいはずだと、勝手に思っています!」
日奈様がこんなにしゃべるのは見たことがないので、生徒たちは息を飲んで見守った。クールで無表情なロワール会の生徒会長、細川月乃様が、本当は笑顔で暮らしたいと願っている・・・これがもし本当なら今世紀最大のビッグニュースであり、同時に月乃様が学園一不幸な立場にいることも意味する。
「小学生の小桃ちゃんみたいに、もっと無邪気に・・・笑顔になれる生活を、楽しい毎日を・・・私は月乃様に過ごして欲しいんです!!! そのためなら、私は・・・どんなことだってします!!!」
日奈様の熱い思いの全てが自分に向けられている事実に、月乃はついていくことが出来なかった。どうして日奈様は自分にそこまでしてくれるのか、理解できなかったのである。
「ど、どうして・・・」
月乃の声も震えていた。
「どうしてそんなに・・・わたくしのことを心配しますの・・・」
白いハトが二羽、大聖堂のステンドグラスに虹色の影を落として駆け抜けた。
「だって・・・月乃様は・・・私の大事な・・・大事なお友達だからです!!!」
大勢の前で、日奈はそう叫んだのだ。
「東郷様がやっていたように・・・私も戒律と戦います! 私一人じゃなにも出来ないけど・・・必ず戒律を変えて、月乃様を救ってみせます!!」
何も知らない生徒がたくさん聴いているので神様や天罰の話はできなかったが、日奈はその神様とも戦うつもりなのである。東郷様曰く、どこかの星にいる女神様も自分らと同じような人間だから、全く話が通じない訳がないと思ったのだ。
「月乃様のその黒いリボンを・・・白いリボンにしてみせます!! 月乃様も含めた、皆が幸せになれる学園を作ってみせます!!」
そう、日奈は白いリボンのセーヌ会を復活させる気なのだ。
「その時は・・・。戒律から開放されて、皆が幸せになった、その時は・・・」
いつのまにか、日奈は大粒の涙を流していた。
「一緒に・・・一緒に・・・宿題の教え合いっこをして下さい!!!」
そう言い放った時、あぁ、私は本当に月乃様が大好きなんだなと日奈は思った。こんなにも大きな声で自分の感情を人に伝えたのは、人生で初めてだったからだ。
日奈の涙に誘われるように、空から白い冬の欠片がゆっくり舞い降りてきた。どこまでもピュアな、優しい初雪である。
「・・・失礼しますっ」
星に祈る時のポーズ、ロワール会のための敬礼をして頭を下げた日奈は、そのまま屋上を駆け足で去っていったのだった。
「日奈様!」
「姉小路様!!」
日奈の後ろ姿を追って、何人もの生徒が階段を下りていった。
まさか日奈様が自分のためにこんな決意表明をするなんて、夢にも思っていなかった月乃の肩に白い雪が舞い降りた。お嬢様としての立場と自分の幸せとが渦巻いてぶつかり合い、すっかりどんよりしていた月乃の心を、雪はどこまでも透き通ったホワイトで抱きしめ、温めてくれるようだった。ロワール会のトップとして、これから日奈様と直接戦うことになってしまったわけだが、そんな月乃の混乱と悲しみ、そして猛烈に刺激的な恋の感覚を全部隠して、周りの生徒から見えなくしてしまうくらい、この時の雪の色は美しかった。日奈様の涙と同じ、けがれを知らぬ、純度100パーセントの愛の色である。