42、読み聞かせ
リリアーネはセーヌハウス裏手の手作りブランコに腰掛けていた。
「んー、なにか面白いことはないかしら」
冬枯れた枝の先に見る青空は彼女の生まれた遠い異国のものによく似ていて、雨を知らぬビンテージ傘のような清らかさと深みを併せ持つ不思議なブルーをたたえている。
『おはようございます、ベルフォールラジオのお時間です! 本日は快晴で、降ってくるものは特に無いでしょう』
湖を望めるウッドデッキのテーブルに置かれたラジオから味のあるザラついた音質の放送が始まった。
『冬休み特別企画のご案内ですっ。学園に存在する素敵な音を録音して投稿してください。選ばれた一名様の作品はラジオで放送させて頂き、商品として3番街のクッキーカフェ・Cinnamonの紅茶クッキー無料券が100枚プレゼントされまーす!』
「あら、素敵」
毎秒えっちなことを考えているリリーは可愛い女の子の写真を勝手に撮ったりするのが趣味なので、本格的な音声レコーダーも持っている。
「面白いものを録ってくればいいのね。これはいい暇潰しだわ♪」
リリーは空をもう一度見上げてから、ルンルン気分でお出かけの準備をすることにした。
月乃は実家に帰れるわけがなかった。
彼女は今小学生なので、故郷に帰省して「お久しぶりですわ」と言ったところで母もメイドさんもネコたちも信じてくれないだろう。
「はぁ・・・どうしましょう」
新年二日目の朝、月乃は保健室前の西大通りを無意味に行ったり来たりしていた。昨日の夜は日奈様に「私たちの寮に泊まっていいよ」と笑顔で誘われたが月乃は首を横に高速でぶんぶん振って断り、保健室に逃げ込んだのだ。
(・・・わ、わたくしはクールなお嬢様ですもの。別に日奈様に甘えたいとか、いいこいいこされたいなんて思ってませんわ。さっさと誰かに感謝されることをして、高校生に戻りますわ・・・)
西大通りは大聖堂から西方向に伸びる道なので、月乃の足元には聖堂の尖塔のぼやけた陰が大きく広がっており、月乃はなんとなくその縁に沿って歩いていた。冬休みは毎朝掃き掃除する生徒がいないのでレンガの隙間に砂や小石がちょこちょこ入り込んでいる。
「だーれだ」
「ひぃ!」
あまりにも急に目元を温かい手のひらで隠された月乃は、お得意の悲鳴を上げてしまった。とにかく今の月乃は背が低いので、背後から目隠されたらそれはもう抱きしめられたような格好になってしまうのだ。
(ひ、日奈様ですわ!!)
月乃は日奈の腕の中から脱出すべく抵抗を試みたが、体が日奈様の温もりをすっかり受け入れてしまっているので、単にもぞもぞ動いて飼い主にじゃれる子猫みたいになってしまった。
「じゃんっ。お姉ちゃんだよ」
純白のリボンに飾られた美少女の笑顔が目の前に現れたので月乃は慌てて下を向いたが、このタイミングで地面を眺め出すのもおかしいと思い、斜め上を見上げることにした。第四学舎の屋根の上で白いハトが青空を背負ってお昼寝をしている。
「私これから本返しに行くんだけど、小桃ちゃん、一緒に行かない?」
「ほ、本ですの? いき、行きませんのよ」
「図書館だよ。どうかな」
「う・・・どうと言われましても・・・知りませんわ」
日奈様に見つめられると頭がどうにかなってしまうので、月乃は会話しながらずっと目を合わさなかった。日奈様が楽しそうに月乃の視線の先にひょっこりと顔を移動させてくるので、月乃も負けじとあっちこっちに首を回した。見つけたハトの合計は八羽である。
「本は好き?」
「う・・・も、もちろん好きですわ」
「じゃあ、きっと楽しいよ」
もう断れなくなってしまった月乃は、日奈と目を合わさぬまま小さく頷いたのだった。
「月乃ちゃ・・・おっと」
保健室の窓の外で考え事をしている小学生に堂々と本名で声を掛けようとしたちょっぴりアホウな保科先生は、日奈の姿を見つけて慌てて言葉を引っ込めた。
「小桃ちゃーん。ご注文通りダージリンのストレート淹れたけど」
呼ばれた月乃は窓のそばまで歩いてきて自分の髪をサッと撫でてから答えた。
「・・・こほん。わたくしちょっと出掛けて来ますの」
「え」
「紅茶は差し上げますわ。それでお顔でも洗って下さい」
お嬢様が照れ隠しのために言うジョークは往々にしてキツめである。
「は、はーい。いってらっしゃい」
「すぐ戻りますわ」
次に会う月乃ちゃんが高校生なのか小学生なのか少し楽しみに思いながら彼女を見送り、先生は窓際の小椅子でティータイムを始めた。
「んん、おいしい〜」
冬休み中の保健室はヒマなのである。
「あ、小桃ちゃん! それに姉小路様も!」
暖房がよく効いた大図書館のエントランスで二人は意外な人物に出会った。
「あら、桜様・・・」
「おはよう小桃ちゃーん」
日奈様と二人きりというのも困るが、もう一人仲間が加わるのも複雑な気分である。月乃は「なんであなたがここにいますの? あなたに読書好きのイメージはありませんわよ」みたいな少々可愛げに欠ける顔をしながら桜ちゃんのいいこいいこを受けた。
(わたくしの正体はロワール会の細川月乃ですのに・・・桜様ったらはしゃぎすぎですわ)
桜ちゃんに撫でられると月乃は飼育小屋のウサギの気分になってしまう。
「若山様、今日は読書ですか」
「はい。あの、私のことは桜って呼んで下さい。姉小路様」
「は、はい。桜様」
日奈様と桜ちゃんが仲良くなりそうな空気を察した月乃は二人の周りをせわしなくウロウロしたり、観葉植物の陰に身を隠したりして注意を引こうとしたがあんまり意味はなかった。
「桜様。私のことも姉小路じゃなくて日奈と呼んで下さって構いませんからね」
「そ、そんな! 私には出来ません! 恐れ多くて!」
それでいいんですのよと月乃は思った。
話によると桜ちゃんは冬休みの宿題を進めるために図書館に来たらしく、寮の自室では得られない緊張感による集中力の向上が狙いらしい。
「姉小路様はどのようなご用事で?」
「本を返しに来ただけですよ」
「それでしたら! 少しだけで結構ですので、お勉強を教えて頂けませんか」
モンステラをじっと見上げて観察する振りをしていた月乃はびっくりして葉っぱの陰から小さな顔を出した。
「そんな・・・私は何も教えられません」
「お願いします、できればフランス語をっ」
月乃が学年順位2位を取り続けている傍らで、ずっと1位を取っているのは他でもなく日奈なので、この機会に桜ちゃんが勉強を教わりたいと考えるのも無理はない。
「うーん・・・」
日奈は困った。実のところ日奈が試験で毎度素晴らしい点数を獲得しているのは奇跡とも言うべき形で偶然が重なっているからであり、例えば適当に選んだ記号が全て正解だったり、なんとなく思いついた記述が模範解答と完璧に一致していたりと、もう勉学の神様が日奈をモテさせるためにイタズラしているとしか思えない有様なのである。目立ちたくない日奈にとっては少々厳しい運命だ。
「す、少しだけなら・・・」
「わぁ、ありがとうございますっ」
二人のやりとりを聴いていた月乃は、桜ちゃんがうらやましくてたまらなかった。
(わ、わたくしだって日奈様とかっこよくお勉強トークしたいですわ・・・!)
しかし小学生状態の時にそんなことしたら怪しまれてしまうし、高校生に戻った時も生徒会同士の争いの壁が邪魔で不可能である。桜ちゃんは月乃とは別の世界に暮らす、何にも囚われない自由な小鳥なのだ。
自習可能な書庫フロアに三人がやってくると、そこに居合わせたおよそ40名は日奈様の美しさに心を奪われ、持っていた本を次々と床に落としてしまった。みんな公の場ではセーヌ会のことは嫌いだと言っておきながら、恋心だけは活きの良い魚のように日奈様を目で追って青春の激流の中で飛び跳ねているのである。恋をしてはならないという戒律を破ると小学生になってしまう魔法が月乃以外の全ての生徒にも掛かっていたとしたら、このフロアは次の瞬間小学校である。
(それにしても、桜様は大したものですわね・・・)
原材料がお嬢様根性100パーセントの月乃ですら日奈様のことを好きになってしまったのに、桜ちゃんは緊張こそしているが、日奈様の魅力に屈しきっていない様子である。よっぽどの鈍感か、もしくは他に気になる人でもいるのかも知れない。
「私は知っている。えーっと・・・私は知らないということを私は知っている。私は知らないということを私は知らない。これ、ことわざか何かでしょうかね」
つま先が床に届かない椅子に腰掛けた月乃は、向かいの席の二人が仲良くフランス語の和訳をする場面を複雑な気分で見守っていた。日奈様と桜ちゃんがこのまま仲良くなっていたら・・・そう考えると月乃は小さな胸の中がモヤモヤするのだ。
「この二行目のフレーズはどういう意味になるんですか」
「どれですか」
桜ちゃんのノートを日奈様が覗き込もうとするのを見て、月乃は思わず椅子を飛び下りて反対側に回り、背後から二人の間に割って入った。
「わ、わたくしにも見せて下さい!」
月乃はクールなお嬢様として感情表現を大きく制限しながら生きてきたので、恋という未知の情との付き合い方が極端に下手であり、こういう咄嗟の時に本物の小学生みたいな動きをしてしまうのだ。
急に現れた可愛い横顔に日奈は思わずクスッと笑ってしまった。小桃ちゃんをほったらかしにしてお勉強の話をしている自分たちが悪かったなと日奈は思った。
「小桃ちゃん、ちょっとだけお姉ちゃんと遊びに行こっか」
「え!?」
そんなつもりで行動してなかったのだが、月乃は日奈様と二人で別のフロアに出かけることになってしまった。駄々をこねているかのような動きをした自分を月乃はひどく恥じた。
「いってらっしゃい、小桃ちゃん」
にこにこしながら二人を見送る理解ある桜ちゃんの姿を見て、なんだか彼女が自分より遥かに年上であるかのように感じられて月乃は切なかった。
(そ、そうですわ!)
月乃はお嬢様としてのプライドを守るため、去り際に桜ちゃんに一言残していくことにした。
「桜様」
「ん?」
「その二行目の和訳、私は知らない、ですわよ」
キマったと月乃は思った。子ども扱いを受けるのは嫌いだが、天才小学生とか神童とか呼ばれるのは正直悪い気分ではない。桜ちゃんの反応を敢えて確認せずに月乃はさっさと背を向けて歩き出した。
「そうだよねぇ・・・小桃ちゃんにフランス語は難しいよ」
月乃の決め台詞は桜ちゃんに完全に誤解されていた。
「小桃ちゃんはどんなご本が好き?」
ぶかぶかのスリッパで転ばないように慎重に中二階へ上っていた月乃の頭上で日奈様が声を掛けてきた。
(ど、どうしましょう! 普段ならフランス文学とか歴史書とかって答えますけど、さすがにこの姿じゃ無理がありますわ!)
覗き込んでくるお姉様の綺麗な瞳はまるで星空みたいにキラキラしており、思わずお月様を探したくなる感じである。
(でもでも、日奈様の前で恥をかきたくありませんわっ。正体を疑われずに、なんとか格好もつく無難な回答は・・・)
月乃はスリッパに視線を落としてもじもじしながら答えた。
「お、大人向け絵本・・・」
月乃はもう自分が何を言っているのかよく分からなかったが、日奈様は「へぇ、そうなんだ。素敵な趣味だね」と優しく言ってくれたので、月乃は恥ずかしくって頬が燃えたように熱かった。
実際大人向けの絵本というジャンルは存在しているようで、ベルフォール女学院の大図書館にもちょっとした専用スペースが設けられていた。スズランの造花が日溜まりの棚上に点々と据えられたなんとも可愛らしいゾーンなので、月乃は「あら、あなたが想像する大人向け絵本ってこういうものでしたのね。わたくしの想像と少し違いますわ。でもまあ、たまにはこういうのも悪くないですわね」みたいな顔をした。月乃は意外と表情豊かなのかも知れない。
「ねえ聞きました? 悪のセーヌ会の姉小路様が、小桃さんを連れて図書館に行ったらしいわよ」
「小桃ちゃんが心配ですねえ、悪の道に引きずり込まれないか」
「そうですわねぇ」
大聖堂広場へ新年のお祈りに来た生徒たちが木陰のベンチに集まって噂をし合っている。赤いリボンの一般生徒らは基本的にロワール会の支持者ばかりなので日奈に対して厳しめな表現を用いているが、皆うっとりしたような顔をしており、美しい女性と可愛い女の子の微笑ましい触れ合いを見守りたいという本音が透け透けシースルーである。
(日奈様と小桃ちゃんが図書館に? これはなにか良いものが録れそうな予感ですわっ!)
レコーダーを持って広場までやってきた金髪少女リリーはこの噂をさっそく聞きつけた。当初の予定では可愛い女の子に背後からイタズラして「キャー!」みたいに騒いだ声を録るつもりだったのだが、校内放送で流すことを考えると図書館の二人を追ったほうが採用可能性が高い音声と出会えそうである。リリーは白いリボンを揺らしながら駆け足で図書館に向かうことにした。
「小桃ちゃん、これ、面白そうだよ」
月乃が「経済の国のアリス」とかいう割とつまらなそうな絵本を見つけて微妙な顔をしていると、日奈様が一冊のキュートな本を持ってきた。
「ミツバチと花・・・?」
色紙ほどのサイズの表紙には黄色い花と小さなミツバチが淡い水彩で描かれていた。
「な、なんだか陳腐なタイトルですわね」
表紙を一枚めくってもしこの本がスーパーポップでキュートだった時に恥をかかないように、月乃は予め興味がないアピールをしておいた。お嬢様はこういう細かい心理作戦を駆使しながら生きる動物なのである。
「これ、読んであげるね」
「え?」
「お姉ちゃんが読んであげる」
「い、いいです。結構ですわ」
「おいで♪」
気持ちがすっかりお姉ちゃん状態になった日奈は意外と押しが強いので月乃の抵抗は無意味であった。結局月乃は手近なロングソファーに日奈様と並んで腰掛けることになった。本日の月乃のスカートは保科先生の趣味により丈がちょっぴり短いので、太ももの裏がひやっとして冷たかったが、体が火照っている月乃にはちょうどいい刺激である。
「もっとこっちおいで」
「い、イヤです・・・」
「遠慮しないで。はい」
「うわあ」
月乃はなんと日奈様のひざの上に乗せられてしまった。月乃の全身はいま日奈様の意のままである。ひざの上に座ってもふらふらと不安定にならないのは今の月乃の体が極端に軽いせいだ。
(わ、わたくしこんなこと初めてですわ・・・!!)
幼い頃からお嬢様教育を受けてきた月乃は自分の母にもこんな甘え方をしたことが無かったのだ。日奈様はどれだけの初めてを月乃にくれれば気が済むのだろうか。
「それじゃあ、準備はいい?」
「・・・よ、よくないですわ」
「はい、シートベルトをお締め下さーい」
小学生モードの月乃と遊んでいる時の日奈は明るくって、とっても楽しそうである。
「ミツバチと花。むかしむかし、あるところに、いちりんの花がさいていました」
近づいた人間の精神を速やかに破壊し、体を夏場のアイスみたいにとろけさせてしまう驚異の美貌を持つ日奈の絵本読み聞かせが、ただの読み聞かせで終始するわけがなかった。日奈たちの周囲には噂を聞きつけてこっそり集まった生徒たちがひとクラス分くらい本棚やデスクの陰に隠れていたのだが、彼女たちが真っ先にその影響を受けることになった。実はこの絵本、非常に感動的な内容だったのである。
「花は初めて自分にえがおというものを見せてくれたミツバチにおんがえしをしたいと思いました。けれど花はミツバチのように空を飛ぶことも、おどることも出来ません」
本棚の向こうからしくしくとすすり泣く声が聞こえてきたが、月乃はもっとずっと前から涙をこらえていた。
(な、泣いちゃいけませんわ。花がいくら可哀想でも、お嬢様は人前で泣きませんのよ! 喜怒哀楽は戒律で禁止されてますのよ!)
月乃は日奈様に抱きしめられた時よく無意識に涙を流しているのだが本人はそんなこと記憶にない。今はとにかく日奈様の魅力に屈せずカッコイイお嬢様としてのプライドを守ることに必死なのである。以前月乃が保科先生に助言されていた通り、小桃ちゃんの正体が月乃だとバレずに暮らすためにはお嬢様らしさを捨てて子どもをしっかり演じるべきなのだが、根っからのレディーである月乃は恥ずかしいことが出来ないのだ。
(泣きませんわ! 泣きませんわ!)
日奈様のあまりに優しい語りに月乃の小さなハートは決壊寸前である。どんな時も徹底してお嬢様らしさを追求し、孤独なまま努力家してきたタイプの月乃は、一途な登場人物が切ない思いをするストーリーにどうも弱いらしい。
「うう・・・」
とうとう月乃は泣いてしまった。既に小学生モードなので今更戒律を破ってしまっても改めてお咎めを受けることはないが、月乃のお嬢様精神による判定は完敗である。
この涙は月乃が小学生にされて、日奈様に本を読んで貰わなかったら決して流すことがない涙であった。こういった経験が月乃にとって良いことなのか、それとも悪いことなのか、それが分かるのは今ではなようだ。
「ほら、見てごらん、最後のページ」
泣いちゃった小桃ちゃんの頭をなでながら日奈が指差したのは、物語の終わり方とは直接関係ない、ミツバチと花がなかよく寄り添い合う絵だった。こういう感じの絵にも月乃は弱いらしく、月乃のほっぺには熱い涙が伝ってしまった。これ以上お嬢様の精神を揺さぶるのはやめて頂きたいところである。
「それじゃあ、桜様のところに戻ろうか」
「・・・は、はい」
日奈様と一緒にいる幸福感と刺激が、涙を流したことで丸く純化され、月乃は疲れで足がふらふらしているのにお風呂上がりのようなとってもいい心持ちである。誰かに「ありがとう」と言って貰えるタイミングも今は無いので、このまま夕方まで小学生モードで日奈様と一緒にいられそうだから、月乃にとって今日はなかなか幸せな一日ということになる。
「小桃ちゃんっ♪」
「え?」
月乃は物陰から急に引っ張られ、次の瞬間ヨーロピアンなハーブの香りがする金髪のお姉さんの腕の中にいた。
「小桃ちゃん、お手柄ね」
「リリー様・・・突然何の用ですの?」
なぜリリーがレコーダーを持っているのか月乃にはサッパリ分からない。
「あなたのお陰でいいのが録れたわ♪ 来週くらいに紅茶のクッキーをごちそうしてあげるわね。ありがとう、小桃ちゃん♪」
「・・・あ」
月乃の幸せな一日があっさりと幕を下ろした。
後日、リリーが録音した日奈様の読み聞かせ音声が本当にラジオで放送されてしまい、冬休み最終日の学園は涙涙の大パニックになった。姉小路日奈という女の計り知れない魅力の一部がまたしても学園生徒たちに広く認識されることになったわけである。