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34、スマイル

 

 姉小路日奈様はいつもちょっぴり悲しそうな顔をしている。

 笑えば本当に天使のように美しいのだが、その美貌が周囲の人々に与える影響を恐れ、遠慮に遠慮を重ねたうつむきがちな人生を送っているのだ。休み時間、秋の窓辺で物憂げな瞳をしている彼女に、果たしてハッピーな日々は訪れるのだろうか。


「桜様」

 バレーボールネットを片付けながら、月乃は桜ちゃんに声を掛けた。

「はいっ、なんですか月乃様」

 桜ちゃんは結構な運動音痴だが、なぜか体操服やジャージがよく似合う。

「今日の放課後お時間はありますの?」

「放課後ですか? はい、ヒマですよ」

「お耳貸してください」

 月乃は桜ちゃんの小さなに耳に唇をそっと寄せた。

「実は今日、セーヌハウスの偵察に行こうと思ってますのよ」

「て、偵察ですか?」

「そうですの。お手伝いして下さいます?」

「はい、私でよければ!」

 桜ちゃんはすぐにほっぺが赤くなる。

 別に月乃は今になって急にセーヌ会の動向が気になってきたわけではない。月乃が気にしているのは、つい先日から正式なセーヌ会メンバーとして活動し始めたリリーのことだった。リリーはロワール会を去って行く際に「私は本当はとってもエッチなの♪」とか「いつも月乃様の胸ばかり見てましたわよ♪」みたいなたわけた告白をしていったので、月乃は日奈様の身が心配なのだ。あんなエッチな人が同じ寮に引っ越してきたのだから、おそらく日奈様は困っているはずである。

「重要な仕事ですから、気合いを入れてくださいね」

「はいっ!」

 二人は仲良く並んでバレーボールネットを体育館倉庫へ戻しにいった。


 さて、セーヌ会の白いリボンを着用して暮らすようになった金髪のリリーは、待ちに待った放課後がやってきてちょっとご機嫌である。

「んー! やっと授業が終わりましたわ♪」

 リリーは今、日奈様のことをフィジカルな視点から虎視眈々と狙っているが、日奈様とはクラスが違うので放課後にならないと彼女に会うことが出来ない。休み時間にふらっと彼女の教室に遊びに行っても良かったのだが、あのクラスには林檎さんがいるから基本的に近寄ることが出来ないのだ。ロワール会を裏切ったリリーは林檎さんから異常に恨まれており、夜道を歩くのがちょっと怖いくらいである。

「日奈様の先回りをしようかしら♪」

 リリーは安全に日奈様に会うために、とりあえずセーヌハウスに帰ることにした。風は少し冷たいが今日もとっても良い天気である。

「ただいま帰りました♪」

 つやつやストレートの金髪と白い胸元リボンを揺らしながら玄関のドアを開けたが返事は無く、どうやらリリーが一番乗りだったらしい。

「しめしめ。このまま待ち伏せして、日奈様に突然抱きついちゃおうかしら♪」

 リリーは玄関のすぐ脇の陰に座り込んで日奈様を待つことにした。セーヌ会は伝統や戒律を無視していこうとする生徒会なので、堂々とエッチないたずらが出来るとリリーは思っている。


 しかし、セーヌハウスに一番乗りしていたのは実はリリーではなかった。

「月乃様! リリー様が帰ってきました!」

「来ましたわね」

 セーヌハウス近く喫茶店の三階の窓際一角をお借りして、月乃と桜ちゃんは既に張り込んでいたのだ。

「リリー様は何か悪いことを考えているに違いありませんわ」

「なるほど・・・」

「ただでさえセーヌ会は反乱因子なのに、これ以上行儀が悪くなったら困りますわ。学園の平和のために、ちゃんと注意しませんと」

「はいっ」

 本当はリリーさんが日奈様に変なイタズラをしないように見張っているだけなのだが、桜ちゃんの前では少しスケールの大きな話にするところが、月乃のお嬢様テクニックである。二人はリリーさんに気づかれないようこっそり喫茶店を抜け出した。


「桜様、作戦を言いますわ」

「はい」

 街路樹の陰で月乃は桜ちゃんに囁いた。

「リリー様が悪事を働こうとした時に、わたくしが桜様の背中を押しますので、そしたらリリー様の前に飛び出して下さい」

「前に出ればいいんですか?」

「そうですのよ。偶然を装って、どんどんリリー様の行動を妨害して下さい。わたくしが直接言っても聴かないと思いますから」

「なるほど! わかりました!」

「リリー様はかなりエッチなので、近づいた時は気をつけて下さいね」

「はいっ」

 確信めいた勝算のある作戦ではないが、そろそろ日奈様が寮に戻ってきそうなこのタイミングで月乃は顔を出したくないのである。物陰からこっそり指示して日奈様の身の安全を守ることが月乃の目標だ。


 当番の掃除を終えて下校してきた日奈は、セーヌハウスのすぐ手前まで来て思わず立ち止まった。

(皆さん・・・何してるんだろう・・・)

 玄関の脇には楽しげな様子でしゃがみ込むリリアーネ様がおり、ちょっと離れた木陰には月乃様と桜様が隠れながらキョロキョロしている。彼女たちが自分の帰宅を待っているように思えてならない日奈は、今のを見なかったことにして玄関に向かうことにした。月乃様が近くにいる緊張でちょっぴり胸の鼓動が早くなっている。


「おかえりなさいませ、日奈様っ♪」

 最初に飛び出したのはリリーである。勢い任せで日奈様に抱きつき、ついでに髪の匂いまでくんくんしちゃおうという算段だ。

「あ! つまずいてしまいましたぁ!」

 わざとらしい声を上げて次に出て来たのは桜ちゃんだ。彼女は足元の芝につまずいたフリをしてリリーの肩に抱きつき、リリーのエッチなイタズラを妨害したのである。

「ちょ、ちょっと、何をするの? 今私は日奈様にご挨拶をするところでしたのよ?」

「すみません」

 桜は照れながら謝った。フランス出身のお嬢様が目の前にいると誰でもちょっとドキドキしてしまう。

「あなた若山桜様ね? 月乃様と同じクラスの」

「はい! たまたまこの辺りを歩いてまして、たまたま転んでしまっただけです」

「それならもう帰って下さいます?」

「わかりました!」

 おとなしく木陰に戻っていった桜ちゃんの背中を見送ってから、リリーはもう一度日奈様への挨拶をやり直すことにした。

「日奈様ぁー♪ おかえりなさぁーい」

「あ! また転んでしまいましたぁ!」

 リリーが日奈様に抱きつこうとすると、また桜ちゃんがふらっと倒れ込んできた。自分の目の前で起こっている出来事に日奈はちょっと笑ってしまいそうだったが、すぐ近くで月乃様が見ているので笑顔は我慢しておいた。日奈は戒律を破って月乃様に嫌われたくないのだ。

「あら、桜様・・・よく見ると結構・・・」

 桜ちゃんに抱きつかれたリリーは、キラキラした桜ちゃんの瞳に思わず魅入ってしまった。スーパー美少女月乃と一緒にいることが多いせいで桜ちゃんの外見は低めの相対評価を受けることがあるが、実はかなりキュートである。

「ねえ日奈様、桜様。私たち三人で、これからお出かけしませんこと?」

「え、私も一緒ですか・・・?」

「ええ。一緒に行きましょう桜様♪」

「ど、どうしましょう・・・」

 リリーの強引な誘いに桜ちゃんは断ることが出来ず、結局三人でどこかに出発してしまった。

(ちょっと、桜様、どこに行きますの!)

 置いていかれた月乃は慌てて三人の後をつけていった。桜ちゃんは確かに素直で扱い易い友人だが、それは敵にとっても同じことなのだ。


 桜ちゃんが一緒に出かけるかどうか、というのが論点になってしまって、自分が行くことを断るチャンスが全くなかった日奈は、仕方なくリリーさんたちと並んで南大通りを歩いていた。

(あぁ、色んな人に見られてる・・・)

 こういう時の日奈はいつも申し訳なさそうにうつむいている。誰にも迷惑を掛けないように、縮こまって生きることが日奈の運命なのだ。

 日奈様が下を見ている今がチャンスと判断したリリーは、先程の桜ちゃんにならい、足元の何かにつまずいたフリをして日奈様に抱きつくことにした。今度は胸に触っちゃうくらいの覚悟である。

「あら♪ 転んじゃったわ♪」

「私もですっ!」

 日奈様のすぐ横で、二人は重なり合うようにして転倒した。日奈様のピンチを瞬時に悟った月乃が、オープンテラスの青銅の椅子の陰から桜ちゃんに合図を送ったところ、桜ちゃんはすぐに自分の使命を思い出し、リリーさんのエッチな策謀を阻止したのだ。

「もう、タイミングが悪くありませんこと?」

「えへ・・・ごめんなさい」

 あまりにも急な出来事が自分の身の回りで起きたので日奈はびっくりしてしまったが、すぐに状況を理解した。人は驚いた時の緊張状態から開放される瞬間に自然と笑みが洩れるもので、日奈もちょっぴりスマイルが出てしまいそうになったが、すぐそばに月乃様がいるのに気づいているので、ここもグッと堪えることにした。

(月乃様・・・今日は見回りの日なのかな)

 本当は日奈の身をリリーの魔の手から守るための見回りなのだが、その辺りのことは日奈はまだ気づいていない。


「日奈様、桜様、このお店なんかおすすめですわよ♪」

 リリーが指差したのは、大通りから一本裏に入ったところにある、アメリカ風のちょっと派手なカフェだった。彼女はもうセーヌ会の人間になったので自分の趣味の一切を秘密にしなくなったから、喫茶店のチョイスもなかなか個性的である。

「わぁ・・・面白そうなお店ですね」

 桜ちゃんはすぐに自分の役目を忘れて目の前のものに素直に感動してしまうピュアっ子だ。


 カフェの天井や壁には星条旗やら謎のナンバープレートやらコーラの古いポスターやらがたくさん並んでおり、静かな黒色を愛する月乃にとっては入店も憚られるようなヒドイお店だったので、やっぱりリリー様は悪人ですわねと月乃は思った。

「ここのボックス席は私のお気に入りですわ♪ ほら、日奈様は私の隣りに!」

 リリーの言葉にすかさず反応した月乃は、しゃがんだままウエイトレスさんたちのスカートの隙間を縫うようにして三人に接近し、桜ちゃんの背中を押した。

「あ、私、急にめまいが! この席に座らないとっ」

 桜ちゃんの機転の良さは実は学園一なのかも知れない。

(桜様、さすがですわ!)

 月乃は手近な場所にあった真っ赤な丸テーブルの下に素早く身を隠しながら心の中で桜ちゃんを讃えた。彼女のお陰で日奈様がリリーさんの隣りの席に座らずに済んだのである。

「さっきからなんか、タイミング悪くありません? 桜様」

「えへ、ごめんなさい。わざとじゃありませんよ」

 リリーはすぐ近くにいる月乃の存在に全く気づいていないが、どうやら桜ちゃんが自分の欲求発散の妨害をしているらしいことは理解した。

(負けませんわよ。絶対に日奈様にイタズラしてみせますから)

 リリーは一般人とはちょっと違うベクトルのプライドを持っている。



 しかし、メロンソーダの氷をゆっくりかき混ぜつつ日奈様の様子を窺うリリーは、徐々に自信を失ってきていた。

(日奈様・・・なんて美しいの・・・!)

 どんな女の子にも平気でキスをしてきた本物のプレイガールであるリリーも、宇宙史に名を刻みかねない美貌を持つ姉小路日奈様の前では気後れしてしまうのだ。日奈様は水彩のように優しく季節に馴染みながら、それでいて星のような輝きをキラキラ放つ存在なので、正面に座っているだけでリリーの心身が狂ってくる。

(上には上がいるものね・・・でも、諦めませんわよ)

 震える指先でグラスの水滴をなぞりながら、リリーは作戦を考えることにした。


 リリーの隣りに座る桜ちゃんも、いつ月乃様から指示がくるかと緊張していた。

(次に何か起きても、絶対阻止します・・・!)

 桜ちゃんはとにかく月乃様の役に立ちたくて一生懸命な女の子なのである。気合い充分な桜ちゃんは無意識のうちにクリームソーダのストローを高速でかき混ぜており、氷が激しくぶつかるカラカラカラという音を店内に響かせて回るジュースは、まるで洗濯機の中身みたいになっている。


 その洗濯音をBGMにして、近くのテーブルの下の月乃はいつにも増して鋭いまなざしでリリーを睨んでいた。魚屋に来る客や店員を見つめるネコがよくこんな恨めしげな目をしている。

(日奈様には指一本触れさせませんわよ・・・!)

 日奈様の心の平穏を守りたいという使命感と、彼女への透き通る純恋が狭いテーブルの下で渦巻いていた。月乃は日奈様のこととなると無我夢中になる。


 そしてこれらの激しい思惑がぶつかり合う嵐のド真ん中にいる日奈は、今自分が何をすべきなのか分からず、うつむいてコーヒーの湯気をじっと眺めて時が過ぎるのを待った。月乃様がすぐ近くのテーブルの下にいるので、自分が戒律や校則を破らない限り今はむしろ安全な時間なのだから、落ち着こうと日奈は思った。ちなみに日奈は嫌いな食べ物が基本的に無いのでブラックコーヒーも美味しく飲める。


「いいこと思いつきましたわ♪」

 思わず声に出してしまったが、リリーは名案をひらめいた。隣りの桜ちゃんに妨害されない速度で行動し、日奈様に抱きつけばいいのだ。これが出来ればリリーは日奈様への過度な緊張や苦手意識を拭うことが可能となるに違いない。

(私がキス出来ないほどの美少女なんて・・・いないのよっ)

 テーブルを通路側へ大胆にずらして自分だけが通れる隙間を作り、正面にいる日奈様に思い切り抱きつく・・・これらを瞬時に行う作戦である。

(よし・・・)

 隣りの桜ちゃんがクリームソーダをトルネードさせることに没頭していると見たリリーは、テーブルにそっと手を掛けた。

「えい!」

 テーブルが勢い良く通路側にずれた瞬間に真っ先に反応したのは月乃だった。月乃はすぐにリリーの作戦を理解したが、テーブルを元の位置に戻すという対応が間に合わない可能性が高かったため、逆にテーブルを思い切り引っ張り、桜ちゃんが入れる余地を作った。そしてそれと同時に、自分の目の前からソーダのグラスが消えてビックリしている桜ちゃんの脇腹をポンと押して指示を出したのだ。桜ちゃんはすぐに自分のすべきことを悟ってリリーさんを押さえ込むために立ち上がったので、月乃の仕事はここまでで良いはずである。が、リリーさんの動き出しがあまりにもスピーディーだったため、桜ちゃんが間に合わないかも知れなかったから、月乃もテーブルの下を素早くくぐってリリーの背後に回り、桜ちゃんと一緒にリリーを押さえ込んだのだ。

「日奈様ぁー♪」

「ストーップ!!」

「そこまでですわ!!」

 リリーがテーブルをずらした瞬間から、三人が日奈様の目と鼻の先でそう叫び合って折り重なるまではおよそ2秒だった。あまりに急な出来事に日奈は完全に目が点になってしまった。


「ふふっ」

 店内の視線も集まる長い沈黙ののち、天使が笑い始めた。月乃様が近くにいるから日奈はずっと笑顔を我慢していたが、とうとう限界を迎えたのである。隠れていたはずの月乃様が飛び出してきてリリーさんを押さえてくれたのを見た日奈は、どうやら月乃様はただの見回りではなく、エッチなリリーさんの魔の手から日奈の身を守るためにそばにいてくれたんだと気づいたのだ。自分にバレないように陰で色々やってくれていた月乃様たちの頑張りが嬉しくって、日奈はもうスマイルが隠せない。

「ふふっ・・・ありがとうございます。ありがとうございます」

 至近距離で日奈様の笑顔ビームを受けてしまった月乃は顔を赤くし、桜ちゃんの背中滑るようにその場にへたり込み、桜ちゃんの方も無事に月乃様のお手伝いが出来た安堵からその場に座り込んだ。

(私の・・・負けね・・・)

 そしてついにリリーも桜ちゃんの小さな背中の上にしんなりと倒れ込んだのである。どこからか出現した月乃様に止めてもらうまでもなく、今のリリーは日奈様にイタズラすることなんて出来なかったのだ。ちょっと近づいただけで全身がほどけてホットミルクになってしまいそうな快感を覚える相手に抱きつくには、まだまだリリーは精神修養が足りない。



「月乃様、ずっと私たちをつけてましたのね?」

「そうですわよ。悪い事をしないように見張ってましたの」

 秋の夕日が南大通りのレンガを柿の実みたいに鮮やかに染めている。

「私決めましたのよ、月乃様」

「なんですの?」

「日奈様にはイタズラしませんわ。約束よ♪」

「え?」

 ちなみに現在の日奈は二人の会話が聞こえないフリをしながら街灯にもたれ掛かっており、東の山際に顔を出した白い月をぼんやり眺めている。

「でも、私が自分の人気をこれからグングン上げて、セーヌ会がこの学園を支配したら、その暁には日奈様を頂くわ♪」

「な、なにを言いますの!?」

「私は日奈様にふさわしい女性になりますからね♪ それから美味しく頂きますのよ」

 ちなみにリリーはかなり大真面目にこの発言をしている。姉小路日奈様の魅力に遠く及ばない自分の現状を認め、謙虚な気持ちで「久々に強敵に会えましたわね! 絶対日奈様のパートナーになってみせますわ♪」と、青春の炎を燃えたぎらせているのだ。この熱量をもっと他のことに使えば大成できるに違いないのに勿体ないお嬢ちゃんである。

「私がお嫁に貰っちゃいますから♪」

「な、なんてことを・・・!」

 このベルフォール女学院にいながらふざけたことを言って自分の美しい金髪をサッと撫でてみせるリリーさんに、月乃は顔を真っ赤にして詰め寄ろうとしたが、リリーはそれを華麗にかわしたため二人の鬼ごっこが始まった。

「お待ちなさい! そんな不埒なこと、許しませんのよ!」

「ほら、こっちまでお越しになって♪」

「そ、そんなところに上るなんて・・・卑怯ですわっ」

 リリーはオープンテラスのウッドデッキに上ったり下りたりを繰り返して月乃を翻弄した。生粋のお嬢様である月乃は、スカートがひらひら捲れるような動きが出来ないのでリリーに全く追いつけない。


 夕焼けに頬を染める日奈は、そんな月乃の様子をじっと見つめながら、またこっそり微笑んでいた。月乃様はいつも日奈に冷たい態度をとってみせるが、本当は日奈のことを心配してくれており、女の子同士の積極的なスキンシップが苦手な日奈のために今日もずっと一緒にいて警備してくれたのだ。セーヌ会の人なんて大嫌いですわよなんて普段は言っておきながら、困っている生徒は見捨てず助けてくれる・・・そんな月乃様の優しさに触れることが出来て日奈は嬉しいのだ。

「月乃様・・・」

 日奈は飽きもせずずっと月乃のことを見つめ続けた。

 月乃はただ単に自分の想い人を他の生徒に取られたくなくて必死になっていただけなのだが、日奈が思っているような優しさを月乃が全く持っていないと言えばそれは嘘になるかも知れない。

 寂しく冷たく固まっていたはずの日奈の心が、まるで夕日のように溶けて、もうすっかりポカポカになっていたことは、この時の彼女の優しい笑顔から一目瞭然である。

 

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