3、学園
眼下に広がっていたのは西ヨーロッパ風の美しい街並であった。
「月乃様、見えましたよ!」
サン・ベルフォール女学院は四方を山稜に囲まれた小さな盆地を丸ごと敷地にしており、大小さまざまな洋館が温かいアースカラーの平板瓦を日差しの中に並べる様は、まるで落ち葉を切り貼りした一枚のモザイク画のようだった。
「こんなところに街があるなんて・・・驚きです」
「ま、まあ、そうですわね」
お皿に出したプリンのてっぺんの中央だけをスプーンの先でほじくって出来たような、標高の高い盆地なので、お皿部分に住む一般の人がふらっと立ち寄ることもなく、この辺りは完全にベルフォールの乙女たちの秘密の花園となっている。
「この街全部が学校なんですか?」
「そ、そうみたいですわね」
月乃も学園には初めてやってきたので桜と同様とってもワクワクしているのだが、だからといって彼女と一緒になって頬を窓にぺったり付けてキャアキャア騒いだりしたら「月乃様って、案外子供っぽいんですね。なんかショックです・・・」などと桜ちゃんに真顔でつぶやかれる可能性があるのでここは我慢した。月乃は他人の期待を裏切りたくないというサービス精神に富んでいる。
学院東通りは急峻な斜面をなだらかに下りるために南側へぐるっと迂回していくから、車窓を眺める月乃は旋回しながら高度を下げていく旅客機の中にいるような気分になった。
「月乃様! 教会みたいなものが見えますよ」
ちょうど月乃も桜と同じものを見ていたところだった。大胆な意匠と細かな装飾が上品に融合した壮麗な佇まいはパリのノートルダム大聖堂を思わせ、ライトブルーに輝く巨大な屋根からニョキッと伸びた尖塔が青い空をかっこよくブッ刺している。
「月乃様、あれは一体何の建物なんですか?」
月乃が知っているわけが無いのだが、物知りなお嬢様キャラでいたい月乃は無茶な質問にも頑張って答えるしかない。
「えーと・・・まあ、大聖堂ですのよ」
「大聖堂ですか!」
「ええ。この学園のシンボルですの」
セキュリティのためか分からないが、入学案内には校内のマップや写真が無く、ほとんどが文面による解説だったから、月乃に求められているのは光景を知識に正確に割り当てる作業である。幸いあれはベルフォール大聖堂と呼ばれる建物で、学園の地理的中心であるのみならず生徒たちの道徳的心情の拠り所となっている神聖な場所でもあるので月乃ちゃんの読みは大正解だ。
「まるでフランスのような街並ですね!」
「そうですわね」
「あ、でも私フランス行ったことありませんでした・・・えへ」
「あらまあ」
私もですわよと月乃は心の中でつぶやいた。
ところでどうして桜様はずーっと頬が赤いのかしらと月乃が疑問に思い始めた頃、バスはいよいよ学園のロータリーに停車した。久しぶりに席を立ってちょっぴり気持ちいい足腰で堂々と歩き、意外と華奢な運転手のおねえさんにお礼を言った月乃は、ついにベルフォール女学院の地へ下り立った。これは人類にとっては小さな一歩だが、月乃にとっては偉大な一歩である。
月乃を出迎えたのは山から吹く雨上がりのような涼やかな風と日だまりの花壇の香りだった。山の上からは小さく見えていた建物たちが意外にも4階建てくらいのサイズがあり、どれも気候風土との兼ね合いを無視してデザイン性に走っちゃったメルヘンなおうちだから、月乃はまるでお洒落なテーマパークにやって来たような気分になった。
「まあ、テーマパークなんて一度も行った事ありませんけどね」
「月乃様、急にどうされたんですか」
「あ・・・いえ別に」
月乃ほどの女になれば無意識下に自分の硬派っぷりをアピールすることができる。
「初めに何かしなきゃいけないのですか?」
「入寮届を書きに行くみたいですわね」
バス停のすぐ脇にはカフェの入り口に置かれているようなA型のスタンド式ブラックボードが設置されており、中途半端な英語混じりの可愛いチョーク文字が月乃たちの行くべき道を示してくれていた。学園には南北に走る大通りがあるらしく、このバスロータリーはその道の一番南に位置している様子である。
「北に上がって行くと大聖堂広場がありますので」
「そこの受付で入寮届を記入してください、ですって。行きましょう!」
「そうですわね」
ガス灯のような趣きある街灯が中央に点々と並ぶレンガ敷きの道を二人は歩き出した。天気も良いため彼女たちの足取りはとっても軽い。
ちなみに制服とセットになっている学園指定の靴は若干ヒールが高くなっているため慣れるまで時間が掛かるが、ヒールそのものは太めでチャンキーヒールみたいになっているから月乃のような初心者が履いても転倒の心配は少ない。
「月乃様」
「なんですの」
「視線を感じますね」
大通りの両側にずらっと建ち並ぶメルヘンな建物はみな一階がカフェやレストランになっており、オープンカフェのテラスで麗らかな午後のひと時を楽しむ上級生と思しき綺麗なおねえさんたちが時折月乃たちに手を振ってくる。二人が新一年生であることは桜がキャリーケースを引いているからバレバレなのだ。
「手振ってくれてますよ! こんにちはー」
桜は嬉しそうに手を振り返しているが月乃はなんだか恥ずかしくてお辞儀のポーズをしたまま桜の陰に隠れてしまった。月乃は自分が期待と不安で胸いっぱいの乙女であることを他人に知られたくないのである。
二人が行く南北の大通りが東西の大通りと交差する場所に大聖堂はあった。
道がクロスしているのだから本来なら普通に交差点があるはずだが、学園のド真ん中であるこの地をとにかく大聖堂のものにしたいらしく、周辺は円形の大きな広場になっていた。もしかしたらこの大聖堂が最初に存在していて、ここから東西南北に道が作られていったという歴史があるのかもしれない。
「おっきいですねえ!」
大聖堂広場は先程までの太陽燦々なカフェロードと異なる神聖な雰囲気に包まれており、尖頭アーチにバラ窓の荘厳なゴシック建築は月乃の好みにバッチリ合っているから、月乃は桜ちゃんと一緒に観光客気分で盛り上がりたかったが、今日のところは我慢してクールな表情のまま真っ直ぐに聖堂入り口のすぐ前に特設されている入寮受付へ向かった。
「ごきげんよう」
パイプ椅子に座って読書をしていた先輩に声を掛けられて月乃は肩をビクッとさせた。
「こ、こんにちは」
「こんにちは!」
「お二人とも新入生ですよね。生徒証と寮のキーをお渡ししますから、こちらの用紙に記入してください」
久々に握った気がするペンの感触に緊張しながら予め通知されていた学籍番号などを月乃が記入していると、目の前に座る先輩が少し震えた声で月乃に話しかけてきた。
「・・・もしかして、姉小路さんですか?」
「え?」
またこの質問ですわと月乃は思った。
姉小路さんという人物が何者かサッパリ分からない月乃は、これを機に先輩や桜ちゃんにその正体を尋ねてみようかとも考えたが、もしかしたら誰でも知っているような有名人かもしれず、「え、姉小路さんも知らないでこの学園に来たんですか?」みたいな空気になるのは避けなければならない。単にテレビに出てるタレントさんとかであれば、俗っぽいメディアの世界に興味が無いアピールも兼ねて堂々と知らない宣言を出来るのだが、もしも最年少物理学賞を取った少女みたいな感じのアカデミックな話題人だった場合は、それを知らない月乃のイメージはガタ落ちになるためここは触れない方向でいくしかない。月乃は安全第一の精神を尊んでいる。
「いえ、わたくしは細川ですのよ」
「あ・・・細川さんでしたか。ごめんなさいね」
隣で記入している桜がふふっと笑っただけで、これ以上姉小路さんに関する会話はなかった。なんだかモヤモヤした気分の月乃は入寮届に書く自分の名前を少し大きめに力強く書いてから先輩に提出し、ポニーテールをさっと撫でた。
「お二人とも、寮はマドレーヌハウスですね」
フランスの焼き菓子みたいな名前でなんか愉快だが、荷物を予め送ることが出来るシステムの関係上、新一年生は寮や部屋番号については事前に知らされている。
「なんだか美味しそうなネーミングですよねぇ」
そろそろお腹が空いてきたのか桜がうっとりしている。
「こちらがマドレーヌハウスまでの地図です。学園で2番目に大きい寮ですし、近くまでいけばすぐ分かると思いますよ」
「2番目ということは、寮はいくつかあるんですか?」
先輩にもドンドン質問できる好奇心旺盛な桜ちゃんを見た月乃は、なんだか少しうらやましいような気分になった。
「たくさんありますよ。お二人が通ってきた道にあるカフェも、店舗の上の階は生徒が住んでいますので寮という扱いになっています」
「へー! ではたくさん寮がある中で私と月乃様は偶然一緒だったのですね!」
なぜか桜はとっても嬉しそうである。
「ああでも、新入生はマドレーヌともう一つの大きな寮のどちらかに振り分けられるので2分の1の確率ですよ」
「そうなんですかぁ・・・」
「カフェやレストランでのアルバイトに夢中になった生徒がお店の上に引っ越したり、運動部の人がグランドやコートの近くに移ったりするんです。ほとんどの生徒は寮の変更はしませんけどね」
「そうなんですねぇ」
月乃も桜と一緒に先輩の話に聞き入ってしまった。一ヶ月間も熟読した入学案内に載っていなかった情報がこうも簡単に聞けてしまう本物の学園の空気に、月乃は自分の物語がまさに今ぐいぐい動いていることを肌で感じた。
「マドレーヌはここより北にある寮に比べれば自由な気風ですけど、戒律はしっかり守ってくださいね」
「は、はい」
「わかりましたわ」
最後は上級生らしくピリッとした空気にしてくれところで、この親切な先輩とはお別れである。二人は先輩にお礼を言って受付を去ったが、どうしても大聖堂を目に焼き付けたかった月乃は、桜が地図に気を取られている隙にこっそり振り返ってみた。しかし聖堂を見上げるより先にさっきの先輩と目が合ってしまったため月乃は慌てて前を向き直した。どうやら月乃は後ろ姿を先輩にじっと見られていたらしい。
マドレーヌハウスへは徒歩5分の道のりだった。
先程歩いてきた大通りを南に少し戻り、路地を西へ右折するだけで寮が見えたので、大して活躍できなかった地図を不憫に思った月乃はもう少しだけ手に持ったまま歩いてあげようかと思ったが、道が分からない新入生感まる出しで恥ずかしいのでやっぱり鞄の中に入ってもらうことにした。
「わあすごい・・・行きましょう!」
寮の前はやはり広場になっており、薄暗い路地から見た広場の輝く噴水は目を奪われる美しさである。上級生と思われるおねえさんたちが近くのベンチに腰掛けておしゃべりしていたりするので、先輩が言っていた通りこの寮を利用するのは新一年生だけではないようだ。
「これが寮なんですか」
「そ、そうみたいですわね」
マドレーヌハウスは噴水の広場を包むようにちょっぴり弧を描いている広壮なお屋敷で、その絢爛な姿を大聖堂の方に向けて建っていた。
「月乃様のお部屋はどこなんですか」
「209号室ですわ」
「あぁ、私320号室です・・・階が違いますね」
「大した距離じゃありませんわ」
「そ、そうですよね!」
「ええ」
さて、月乃にとって本日最大のピンチが訪れたのは、このようなフレンドリーな会話をしながら寮に入ろうとした時のことである。マドレーヌハウスは上履きに履き替えて入るタイプの寮であり、そのことを事前に知らされていた月乃はもちろん室内用の靴をちゃんと用意していたのだが、あまり深く考えずにその靴をキャリーケースに詰めて寮に送っていたため、現時点で月乃の上履きは荷物と一緒に209号室にあるのだ。寮の昇降口から部屋まではわずかな距離だが、お嬢様にとって他人にバレてしまうタイプの失態というものは程度の問題ではなく有るか無いかの世界なので月乃はひどく焦った。
「さ、上がりましょう、月乃様」
桜は当然のようにキャリーケースから上履きを出した。こんなことなら身軽な状態で登校しようなどと格好付けずに桜のように大きなキャリーケースを引いてくれば良かったと月乃は思った。
だが、ここで諦めるのは二流のお嬢様である。月乃は平時の優美さのみならず失敗からのリカバーにおける機転の良さをも鍛えてきた才女であるから、むしろここからが彼女の腕の見せ所と言って過言でない。
「ええと、上履きは・・・」
桜に聞こえる声でつぶやきながら彼女に背を向けてしゃがんだ月乃は、カバンの中にあるビニール袋をしゃらしゃらと鳴らして上履きを出すようなパントマイムをした。
「行きましょう」
「はい!」
月乃は桜の目と自分の足元を結ぶライン上に徹底して鞄を配置した。二人の位置関係の僅かな変化も見逃さず鞄を前に出したり後ろに回したりして上手く隠したのである。マドレーヌハウスの廊下の赤いじゅうたんのフワフワを靴下越しに楽しめるのは今日だけだ。
「ねえ、月乃様」
「は、はい!」
「・・・いえ、なんでもありません」
月乃は鞄の位置を細かく調整しながら階段を上がる。
「月乃様、もしよろしければ・・・」
「は、はい」
「今日の晩ごはんは一緒に食べに行きませんか。さっきの大通りのレストランで」
月乃は上履きを履いていない分の1センチを背伸びでカバーしながら歩いているのでふくらはぎがかなりつらいから、意識して耳を傾けないと桜の話が頭に入ってこない。
「あ、そうですわね。ごはん、ご一緒しましょう」
「ありがとうございます! あとでお部屋にお伺いしますね!」
ピュアな桜ちゃんは月乃の足元など全く気にしていない様子である。
「では月乃様、また後で」
「ええ。お待ちしてますわ」
二階に着いた二人はここでお別れしたが、月乃は最後まで警戒を怠らず鞄を後ろ手に持ちながら自分の部屋を探した。彼女以外に廊下を歩く生徒が誰も居なかったのは不幸中の幸いである。
209号室のドアの鍵は意外と重厚な開け心地だった。
月乃はドアを素早く閉めて呼吸を整えてから、部屋に届いていたキャリーケースを開け、上履きを取り出した。一週間ぶりの再会となる紐靴タイプの黒い新品上履きを月乃は素早く履いた。
「ふー・・・」
部屋はなぜかちょっぴりオレンジ系の洗剤の香りがしており、広さは6畳くらいでシャワーのみならず小さなキッチンもついているから高校の寮としては十分すぎる空間である。
月乃はとりあえずキャリーケースで持ってきた愛用のIH対応フライパンでお湯を沸かし、これまた持参したティーカップにインスタントのロイヤルミルクティーを淹れ、窓から見える広場の噴水や大聖堂の屋根を眺望しながら一服した。遠くの山並みに浮かぶ白い雲と紅茶の湯気がふんわり重なって見えた。
「はぁ・・・やっぱりわたくしって・・・完璧ですわ♪」
今日も一日、自分が最高のお嬢様であれたことを月乃は誇りに思った。確かに時々失敗はしていたが、恥が罪と異なる点は明るみに出て初めて本人の尊厳を傷つけるという点である。月乃のようなプロのお嬢様にとって、人に気づかれない恥はもはや恥ですらないのだ。
月乃がお風呂の給湯器のボタンをピロンピロン鳴らしながら操作方法の研究をしていると部屋のドアをノックする者が現れた。部屋の電気は既に点けていたが、窓の外もすっかり暗くなっている様子である。
「月乃様、お迎えにあがりました」
「はい、今いきますわ」
ドアを開けた先にいた桜は、やっぱり頬がちょっぴりピンク色だった。
「お腹空きましたね」
「まあ、そうですわね。いきましょうか」
「はい!」
月乃は上履きを見せつけるような謎の仕草をしてから桜の前を歩き出した。
「あ、あの・・・月乃様!」
桜が月乃を呼び止めたのは階段の踊り場である。
「どうかしましたの?」
「その・・・おかしなことをお伺いするようですが・・・」
何かまた失敗しているのだろうかと月乃は自分の制服などを慌ててチェックした。
「この学校って変わってますよね!?」
「え?」
意外な問いに月乃は即座に返す言葉を見つけられなかった。
「私、今日一日びっくりする事ばかりだったんです! でも月乃様はずっとクールだから・・・これがもしかして普通なのかなって・・・不安になってきてしまって」
つまり自分のような一般庶民が来ちゃいけない学校だったんじゃないかと桜ちゃんは悩んでいるらしいが、それは月乃とて同じであり、月乃がもう少しお嬢様適正の低い純朴な少女だったとしたらおそらく今の桜のように不安を表出させていたに違いない。自分のあまりの硬派っぷりが即日他人に影響を及ぼす程の完成度であることが証明された喜びよりも、自分のせいで桜に無用な孤独感を与えてしまった申し訳なさのほうが月乃の心を支配した。
「まあ・・・その・・・」
月乃は迷った。自分は絶対にカッコイイお嬢様であり続けたい、だがこの学園初日に月乃が孤独を味わわずに済んだのは紛れも無くこの桜ちゃんのお陰であるのに、自分だけがいい気分で一日目を終えていいのだろうか・・・お嬢様たらんとする意思が良心に背反していると月乃が感じる経験は非常に珍しい。
「まあ・・・わたくしも少しは驚いていますのよ、この学校には」
桜はなぜか一瞬だけ、突然愛の告白された時の優等生みたいな不思議な表情をしたあと、彼女らしい無邪気な笑顔を見せた。
「ほ、本当ですか!」
「だって・・・変わってるところばかりなんですもの・・・」
「そうですよね! 月乃様もそう思っていらっしゃいますよね!」
「す、少しだけですわよ」
「だって文化祭でもないのに学校の中で生徒がカフェのアルバイトしてるんですよ?」
「・・・しかもそのカフェが寮になってるなんて」
「あんな巨大な大聖堂、普通学校にありませんよね!」
「・・・早く中を見てみたいですわ」
「あと、先輩の第一声がごきげんようでしたよね!」
「・・・わたくしが言うのもなんですけど、わたくし意外で使ってる人に初めて会いましたわ」
「建物が全部絵本の中の世界みたいになってますし」
「・・・山の麓の街と比べたらこの地域だけ凄い存在感ですわね」
「そもそもここ何県なんですか?」
二人は今日感じていた疑問や驚きを打ち明け合いながら靴を履き替えて外に出た。宝石のように輝く噴水のライトアップと温かな光の街灯が乙女心をくすぐる夜のマドレーヌ広場である。
「よかったです・・・月乃さんも私と同じ気持ちで」
「べ、別にわたくしは・・・ほんの少しこの学園に驚いただけですのよ。大したことじゃありませんわ」
「はい!」
「ほ、本当ですのよ?」
「わかっております!」
戒律のことなどすっかり忘れている桜の笑顔を横目に見ながら、せっかく丸一日かけて積み上げたカッコイイお嬢様っぷりを、情なんかに流され、僅かではあるものの自分から手放してしまうなんて、私もまだまだ甘いですわねと月乃は思ったが、別に悪い気分ではなかったこともまた事実である。