頭の悪い話-恋愛編-
真夜中のテンションって不思議ですよね。
何時もの如くパソコンを立ち上げてまとめサイトを見ていると、呼び鈴が鳴った。
玄関は俺の部屋のちょうど真下なので、誰が来たのか窓から覗いてみると、良い感じに日焼けした黒髪ショートカットの女性がいた。
バイクやらトラックやらが無いところを見るに、配達の人では無さそうだ。
まあ、暫くすれば親が出るだろうと考えた矢先に、再び呼び鈴が鳴らされた。
無視してパソコンの画面へと目を向けると、二連打で呼び鈴が押された。
可笑しいな、と考え、ふと思い出す。
今日は両親とも仕事であった事に。
引きこもってると分からなくなるもんだなぁ、と思っていると、今度は三連打で鳴らされた。
ピンポピンポピーンポーン、といった感じ。少々煩い。
待っていても女性は立ち去りそうに無かったので、諦めて玄関に向かおうとして、ふと、一ヶ月は剃っていない髭が気になった。
待たせてる人は別に恋人でも友人でも無さそうだし、(女性の引き締まった日焼け肌がちょっと気になるけど)別に良いだろうとは思ったのだが、心の奥の方で何かが止めろと叫びだしたので、髭を剃る事にした。
剃っている間にも呼び鈴は鳴らされ、今では切れ目なくピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポ……と近所迷惑になりそうな程である。
慌てて玄関を開けると、20代後半辺りには達してそうな、しかして、何処か子供っぽいあどけなさの残る女性の姿が。
「やっと開けてくれた」
俺の姿を見て、女性はそんな事を口にする。
「あ……き、近所、め、めいわ、迷惑、だ、から……」
久し振りの他人との会話だからか、すっかり対人スキルは錆び付いてしまっている様で、何度も噛みそうになる。
いや、対人スキル低いのは元からなんだけどさ。
「そりゃごめんよ。
ところで……広樹くん……で、あってるかな?」
悪びれる様子もなくそう尋ねる女性。
首を傾げた姿が可愛らしい。
「な、なん、で……」
「そりゃあ中学までは同級生で、高校は別だけど、割とエンカウントはしてたからね。
覚えてないかな?」
何で名前を、と尋ねようとしたところで、そう口にする女性。
言われてみれば、何処かで見たような……あ。
「さ、桜井 夏、さん?」
やたらと人懐っこいと言うか、人の領域に土足で踏み込んでは生来の親友であるかの様に誰彼構わず話し掛ける事で有名だった同級生の名前を口にすると、女性はにっこりと笑みを浮かべた。
因みに、クラスどころか学校全体から『鬱陶しい奴』か『友達』のどちらかとして扱われていた。
誰に対してもそう態度が変わらないとは言え、呼ばれればほいほい付いていってしまうため、『危機感の無いお子様』か『ビッチ』呼ばわりされていたりもするが、本人を前にして言う奴は流石にいなかったと記憶している。
俺としては、鬱陶しいけど明るくて可愛い美少女、である。
たまに本気で鬱陶しいけど。
「正解♪」
「そ、それで……一体何の用です、か?」
結婚式に出て欲しい、とかだったら即座に扉を閉めてやる、等と思いつつ尋ねてみると、桜井さんは満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと休ませてほし……」
俺は無言で扉を閉めた。
俺と同年代という事は、彼女はもう27歳。
そんな良い歳をした大人が、常識外れで頭が沸いてるんじゃないかと思うような事を口走るとは思わなかった。
俺の初恋ってなんだったんだろうなーと思いため息を吐いていると、桜井さんが扉の向こうから『開けてよー』と気の抜けた声で呼び掛けてきた。
惚れた弱味があったとしても、せめて彼女の頭が冷えるまでは開ける気はない。因みに、外は36度と高温である。
「冗談だってばー!
あーけーてーよー!」
そんな煩わしい声を聞いて、ふと、昔を思い出した。
熱中症ギリギリの状態で我が家の呼び鈴を鳴らす、中学時代の桜井さんの姿を。
「……み、水くらいしかだせませんが、それでもよければ、どうぞ」
倒れられても困るしな、と自分に言い訳をして扉を開けると、桜井さんは額の汗を拭い、安堵のため息を吐いた。
「それじゃあ、おっじゃまーしまーす♪」
彼女は実に、楽しげであった。
※※※
「んくっ……ぷはー!
生き返るぅー!」
冷たい麦茶(氷入り)を煽るように飲み、そう口にする桜井さん。
彼女らしいが、どう見ても大人らしくはない。
「それじゃあ、出てって下さい」
「えー、ちょっくらお話くらいしようよー」
ぶー、と拗ねたように頬を膨らませる身体がでかくなっただけの子供こと、桜井さん。
マトモに生活出来ているのかすら不安であるが、大丈夫なのだろうか?
「女性は女性同士の方が話が合うでしょうし、そういった友人と話して下さい」
「陰口だったりファッションだったりで詰まんないんだよ。
ファッションなんてボクにゃあ関係無い話だし、陰口に同意なんざしたくないし」
まあ、そうだろうなーとは思ってたよ。
イジメとかは嫌いだったからな、桜井さん。
鬱陶しいけど、根は真面目なのが始末に終えない。
「……引きニートとの会話も詰まらないと思いますよ?」
「キミとなら、ぐだぐだどーでも良いこと話してるだけで楽しいもんだよ?」
にっこりと笑って、そう言う桜井さん。
一瞬ドキリとさせられるが、基本男子には似たような事を言っている。
だからこそ彼女は、ビッチだの何だのと陰で言われていた訳だが。
「はいはい、そういう発言はそう口にするもんじゃ無いですよ。
勘違いされますからね」
「んー?勘違い?」
「つまり、相手をLOVEの意味で好きだとか、そういうやつです」
気持ちを落ち着かせ、なるべく意識しない様に言ったつもりだが、やはり胸は高鳴り、頬は赤くなる。
「あー、言われてみれば、確かに」
昔は首を傾げるだけだったのだが、どうやら少しは成長したらしい。
苦笑いを浮かべて、桜井さんは気をつけないとなー、なんて呟いている。
「……じゃあ、話も終わりましたし、帰ってください」
「いやいや、まだ全然話してないじゃんか。
それに、外はやたらとあっついからヤダ!」
子供みたいな事を言う桜井さんに、俺は深くため息を吐く。
「……そういや、広樹くん。
キミ、ちょっと太った?」
「まあ、引きこもってますからね、太りますよ、そりゃ」
「じゃ、一緒に走ろうよ!」
名案を思い付いたとでも言わんばかりの表情を見せる桜井さん。
この人は一回危ない目に遭った方が良いんじゃないかと思う。
大人の厳しさと言うか、何と言うか。
押し倒してやろうか、なんて一瞬考えたが、70kgにも満たない俺じゃあ、健康的な身体付きの桜井さんが相手だと、押し倒してもすぐに抜け出されそうだし、俺にそんな勇気はない。候補から除外する。
「……遠慮しときます」
「んー……そりゃ残念。
それじゃ、ちょっとキミの部屋見せてよ」
「何がそれじゃあなのかは分かりませんが、嫌です」
漁られたくない、というのもあるが、男のアレの臭いが落ちないのが主な理由である。
「えー、ちょっとくらい良いじゃん良いじゃん」
駄目です、と言い掛け、ふと、ある事を思いつく。
「じ、じゃあ、ヤ、ヤらせてくれたら、良いです、よ?」
自分の株も下げる行為だが、駄目で元々、どうせ付き合ってはくれないんだろうし、と思い、そう提案してみる。
結果、俺の顔は真っ赤で、後悔の念が胸の中で渦巻いている。
「……へ?」
聞いた方は、というと、桜井さんの顔がみるみる赤くなる。
「い、いや、それは、その……婚約者と以外は、ちょっと……」
「じ、じゃあ、嫁になって下さい。これならどうです?」
考えてもいないのに、口が勝手に動き出し、そう提案すると、桜井さんの顔は更に赤くなった。
「え、えっと、その……あ、あの……あ、そ、そうだ!
や、やる事あったから、き、今日は帰るね!?
お、お茶ありがと!」
桜井さんは風のように去っていった。
一人残された俺は、後悔の念と共に自室で悶え苦しんだとさ。
※※※
翌日。
再び呼び鈴が鳴り、窓から確認すると、桜井さんがいた。
気まずさと共に、玄関を開ける。
「……あ、あの……その……き、昨日のって、本気……なのかな?」
恥ずかしそうに、桜井さんはそう言う。
明るくボーイッシュな彼女らしからぬ女の表情に、不覚にもクラッときた。
「そ、それは、その……」
勢いだったとは言え、好きなのは事実だ。鬱陶しいだけだったら、昨日の時点で本気で追い出している……の、だが……上手く言えない。
その様子を見て何か察したのか、桜井さんは泣き笑いのような表情を見せた。
「あ、あはっ……あははっ……そ、そうだよね。
そんなわけ、無い、よね……あ、あははっ……ご、ごめん、勝手に勘違い、して……ぐすっ……」
腕で目の辺りを擦る桜井さん。
その姿を見て、どうしようもなく愛しく思えて、そのまま抱きついてしまう。
「あ……れ?」
「好き……好き、です……
こんな、社会不適合者に好かれても嬉しくは無いかもしれませんが、好き……ですっ!」
華奢な桜井さんをぎゅっと抱き締め、そう口にすると、桜井さんは肩の力を抜いて、笑みを浮かべる。
「え、えへへ……ボクも……だよ、広樹、くん。
ホントは、中学の頃から、ずっと……」
「桜井さん……」
ぎゅっと抱き締め合い、俺達はそのまま俺の部屋に向かい……身体を重ねた。
この日、俺達二人は恋人となり、それから一生、共に生きていく事となる。
相変わらず鬱陶しい所も多い夏さんだが、今ではそれも愛しい。
終わり
はい、終わりです。
エロ描写はあえて省きました。