私達が暮らした幻想郷〜咲夜編〜
朝。私は、安い家賃のアパートで、今日も目を覚ます。そして、朝ご飯を食べ、仕事に向かう。
「お? 咲夜ちゃん。おはよー」
仕事場。といっても、小さな会社だけど。職場につくなり、仕事仲間の中本利恵さんが挨拶をしてくる。
「おはようございます。今日も頑張りましょう」
「も~毎日堅苦しいって~」
まあ会話からわかる通り、いい人である。
「ふぅ~。昼休みの時間かね?」
「そのようでございます」
時計を見るともう12時半。昼を食べに行く。
「今日は何食べようかな~?」
「お迷いでしたら、私のお勧めの店へ行きませんか?」
「あれれ。珍しく咲夜ちゃんからお誘い? 入社1年の中で初めてだね~」
「正しくは13か月11日3時間21分ですね」
「……あはは……」
私のお勧めの店。そこは、喫茶デイズという店で、美味しい紅茶を出してくれる店だ。
「へぇ~。ホントに美味しいね。でも、咲夜ちゃんにお紅茶の趣味があったとは」
「ええ。昔、お嬢様によく作っていたので」
「お嬢様? なになに? メルヘンな夢でも見てたの?」
うっかり口が滑ってしまった。幻想郷にいたことは、外の世界では言わないほうがいいのに。
「いいえ。何でもございませんよ」
「いけないね~。先輩に隠し事? 言っちゃいなよ」
ニヤニヤしながら迫ってくる利恵。まあ、言っても信じないだろうし……。
「昔読んでいた本の話です。これは」
「よっ 待ってました~」
そう。これは、レミリアお嬢様と、幻想郷との別れの話。私にとっては過去の話。でも、ここにとっては幻想の話。
―――――
「お嬢様。急な用事とは何でしょうか?」
私は、屋敷の掃除をしている途中。レミリアお嬢様に呼びだされた。そこにいたお嬢様は、真剣な顔だった。
「咲夜。これは最後の命令よ。私を、殺して」
頭の中が混乱した。訳がわからなかった。
「どういうことでしょうか?」
「そのままよ。フランは私の魔法で封印したわ。でも、私は封印できない。できる吸血鬼がいないから」
「説明してください。なぜ殺す必要が?」
いや。実はわかっていた。前に読んだ本で書いてあったことだ。
・吸血鬼は、死ぬと魂を失い、物人の区別をつけずに破壊を続ける。
・阻止するには、心臓に杭を打ち込む必要がある。
・しかし、吸血鬼は吸血鬼に封印魔法をかけ、それを阻止できる。
・なお、杭を打ち込むのは人間でないとできない。
最近。幻想郷に寿命がやってきたと聞いたが、本当だったのね。
「説明は必要ないわ。早く、この杭を心臓に打って。命令よ」
「……。その……命令は……受け入れません」
初めてだ。お嬢様の命令を拒絶したのは。
「咲夜……。なんで最後のを聞いてくれないの!」
「そんなの決まってます。お嬢様を殺すなど、私はできません」
「でも。そうしなければ、私はあなたを殺してしまうわ。話しかけても聞こえない」
「知ってます」
「だったらなぜ……!」
「止めて……見せますっ…! 私は、お嬢様を……命に代えても……」
「ダメよ。あなたにはできない」
「いいえ! 絶対に元に戻します! だからっ……」
「咲夜。もう、寝かせて……」
「!」
そうお嬢様が言って気づく。さっきから息が荒く、とても辛そうだったのだ。そうか……今、最後の力を出して、ここに立っている。やっと気づいた。
「…すいま…せん」
「よかった……もう、倒れそうだわ……」
私はお嬢様をゆっくり棺桶に寝かせる。
「ごめんなさいね……あなたにこんな命令なんて……」
まったくだ。私の、一生仕えると決めたお嬢様を、殺すことになるとは。
―――――
「可愛そうな話ね……で? そのあと、そのメイドさんはお嬢さんを殺しちゃったの?」
「……ええ。とても、とても、つらかったそうですわ……」
あのあと、実は記憶が微妙なのだ。でも、この手で杭を打ち込んだのは確かだ。
「でも。その三日後。ある手紙が見つかったのです」
「? ほう?」
引き出しから見つけてしまった。いや、お嬢様が最後に、「見つかる運命」にしたのかも知れない。
手紙の内容はこうだった。
咲夜。ごめんなさい。これが見つかったってことは、私を殺してくれたのね。酷いことをしてしまったと思っているわ。でも、しょうがないの。私は、あなたを殺したくなかった。
でもね。私は、フランを封印する時、同じようにとても辛かった。だから、あなたに命令をするとき、あなたの気持ちは痛いほどわかったわ。
それでも、私はあなたに殺されたかった。今まで、私、フラン、パチェ、美鈴、小悪魔を守ってくれて、一緒に暮らしたあなたに。
楽しかったわ。皆でティータイムだったり、散歩だったり、騒いだり。これは、とても良い想い出だったわ。それに、最後の命令を聞いてくれるのは、あなたしかいなかった。
咲夜。きっと私は最後に幸せだったわ。皆といれて、よかった。じゃ、最後に。さよなら。ありがとう。
私は外の世界に戻り。社会人として働いている。だが、この手紙は、なくさないようにとってある。幻想とお嬢様を、忘れないようにと。