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紫をまとういと高き天使  作者: げんくう
第11章 鎌倉古寺巡礼
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【東慶寺《縁切寺》②甲斐姫】

 俺は次に、隣の墓を案内しながら、

「このお墓は、宝篋印塔(=ほうきょういんとう)っていって、

生前の身分の高い人のお墓なんだ。

 ほら、周りはみんな、無縫塔だろ。

 ここは歴代住職のエリアなんだ。

 あそこの用堂尼が第五世で、天秀尼が第二十世だろ、

このお墓の隣が二十一世の無縫塔なんだ。

 住職でないけど、天秀尼の隣りに建ってるだろ。

 天秀尼が亡くなったのは、1645年2月7日で、

この宝篋印塔の人は、ほら、

『天秀和尚御局 正保二年九月二十三日』と刻まれてるだろう。

 天秀尼の後を追うように、7ヶ月後に亡くなってるんだ」


「正保二年って、1645年なのね。

 天秀尼様は、おいくつで亡くなられたの?」


「37歳さぁ。若いだろ」


「まあ! ご病気かなにかかしら? 

 2月なら寒い時期ね。

 そしてこの方は、同じ年の9月なんだぁ」


「ああ、ずっと天秀尼に仕えていたんだろうけど、

この戒名『台月院殿明玉宗鑑大姉』も、院殿が付いているから、

相当身分が高い人だったんだ。

 東慶寺では、この墓に関する記録は一切残ってないから、

誰のお墓か判らないそうなんだ。

 でもなジャンヌ、天秀尼の養育係を務めた、

甲斐姫という人がいて、大阪城落城後、

天秀尼と一緒に、東慶寺に入ったという言い伝えがあるんだ」


「オズこの方甲斐姫様ね!」


「え? ジャンヌ! 

 俺もそう思うんだけど……」


「今、甲斐姫様が、そうだと仰られたひびきを受けたの。

 間違いないわ」


 ジャンヌは、お墓の前でひざまずき、お祈りしている。


「ジャンヌ俺、甲斐姫のこと、オトウから聞いたり、

俺が調べたことあるから……ここじゃなんだから……」


 俺は墓地をぐるっと見回し、

「あそこの階段に座ろうや」


 俺はリュックから、ビニールシートを取り出し、一番下に敷いていると、

ジャンヌは4・5段上にある、お墓に手を合わせている。


 お墓にお尻を向けるので、お詫びか許可をお願いしてんだろう。


 二人、階段の下に座って、

「ジャンヌ、『のぼうの城』って映画観た? 

 小説が映画化されたんだけど」


「いいえ、小説も読んだことないわ。オズは観たの?」


「いいや、俺もないけど、戦国末期、秀吉が小田原の北条氏を攻めた時、

関東には、北条方の城が100近くあってさ、その中で、今でいう、

埼玉県行田市に、忍城(=おしじょう)というのがあって、

唯一最後まで落城しなかったんだ。

 石田三成が、3万の兵で攻めたけど落ちず、

小田原城が先に降伏したから、忍城も最後は開城したんだ。

 城主の成田氏長は、精鋭と共に小田原城の籠城戦に加わっていたから、

留守部隊と領民で籠城して守ったんだ。

 城代には氏長の親族がなったんだけど、氏長には甲斐姫という長女がいて、

これがまた、絶世の美女で、しかも武勇に優れ、

戦闘でも個人戦でも負け知らずで、神がかり的に勝利するんだ。

 局地的に、守備が崩れそうになると、甲斐姫が甲冑をまとい、

伝家の宝刀『波切り』を携えて、応援に駆け付けると、

形勢を逆転させる奇跡を何回も起こしたんだ」


「女性で甲冑を身にまとい、負け知らずなんて、

ジャンヌダルクみたいな方ね」


「おう、俺もそう思った。 

 甲斐姫は、1572年生まれで、秀吉の小田原征伐が1590年だから、

甲斐姫が18歳の時の話だな。

 開城して城を出て行く時、甲斐姫は甲冑を身にまとい、

義母と妹たちも、同じく甲冑を身にまとって、

馬にまたがり、退城していったらしいんだ」


「わーかっこいぃ! 

 兜の後ろから、黒髪が馬上颯爽と流れていたんでしょうに。

 甲斐姫様退城のシーンが目に浮かんで来るようよ」


「甲斐姫って、武勇と容姿にも優れ、有名だったから、

『のぼうの城』にも登場するけど、他にもいろいろな小説に登場するし、

漫画やゲームの世界でも活躍してるんだ。

 映画では、NHKの朝ドラの主人公をやった、女優の榮倉奈々が演じたんだ。

 戦国マニアの間では、結構有名人で、ファンも多いみたいなんだ」


「へーえ、そうなんだ。私全然知らなかった。

 戦国時代で、武勇に聞こえた女性って、聞いたことないし、

それに美女だったら、もっと人気が出てもおかしくないわね」


「俺もオトウから聞かされるまで、知らなかったんだ。

 若い頃は有名だったけど、亡くなった年月日も、墓も不明になってるんだ」


「甲斐姫様には、ファンも沢山いらっしゃるのなら、

このお墓が世の中に知られ、お参りに来られたら、

甲斐姫様もファンの方も喜ぶでしょうに……」


 下の参道辺りが騒がしい。

 修学旅行生たちみたいだ。


『後醍醐天皇だって、すげー! 行ってみよう』


 中学生のグループが階段を上がって来た。


 みんな、上のエリアを一通り見ると、さっと行ってしまった。


「なあジャンヌ、みんな秀頼公の娘の墓って知らないから、素通りだよな。

 後醍醐天皇って書いてあるだけで反応したじゃん。

 豊臣秀吉の孫娘の墓って、下に案内板出したら、

みんなどんどん上がってきそうだな」


「そうね、それに、お墓に手を合わせてもらえるわね」


「あそこの覚山尼の墓の横に、立て札あるじゃん、消えかかってるけど。

 あんな案内板、天秀尼と甲斐姫の墓にも立ててあげたらいいのにな」


「甲斐姫様のお墓って知られたら、全国のファンの方がお参りに来そうね。

 戦国マニアやゲームオタクって、どんな人たちなのかなぁ?」


 俺は、甲冑を身にまとい、名刀『波切り』を携え、

颯爽と馬にまたがる甲斐姫を想像してしまった。


 それもいいけど、アニメに出てきそうな、現代風な、

マニアックなコスチュームも似合うかも。


「オズぅ、また空想してるぅ。

 オズも甲斐姫様のファンって、どんな人達かなって想像していたの?」


「え? あ、ああ、まあな。

 それでさあジャンヌ、甲斐姫だけど、開城後、父の氏長は、

蒲生氏郷に預けられ、氏郷の会津移封に伴って、

父と共に会津に行くんだけど、秀吉が、

甲斐姫の武勇と美貌を聞き及び、側室としたんだ」


「そうなんだ。

 甲斐姫様、誰か思いを寄せる人、いなかったのかしら?」


「どうかなあ。

 小説では、色々脚色されてるみたいだけど。

 実際は判らないよな。

 結局側室となって、大阪城で暮らしたんだろうから。

 秀吉の、醍護の花見の時、甲斐姫が詠んだ歌の短冊が残っているから、

正式な側室、16名のメンバーだったことは確かなんだ。

 淀君とも仲が良く、秀頼の養育係を任されたんだ。

 それだから、天秀尼の母親の側室は、

成田なにがしかの娘ということになっていて、甲斐姫が、

実家の成田の親族から側室を選んだんだろうって、

これはオトウが言ってたな。

 そして天秀尼が生まれると、今度は天秀尼の養育係として、

生涯お側に仕えたんだな」


「大阪城では、秀頼公の養育係なんて、大切なお役目だったのね。

 淀君からの信頼も厚かったのでしょうに。

 でも晩年は、このお寺で、穏やかな生涯を送られたのね。

 ねえオズぅ、甲斐姫様、おいくつで亡くなられたの?」


「えーとぉ、生まれは1572年だから、

亡くなったのが1645年だろ……」


「73歳ね。

 それなら、天秀尼様がお亡くなりになったのが37歳だから、

人生の半分は、天秀尼様とずっとご一緒だったのね。

 もう母と娘という感じだったのでしょうに。

 でも天秀尼様に先立たれて、早くご自分も召されて、

天国でお側にお仕えしたかったのでしょうに」


「そうだよな。

 自分の娘みたいなもんだよな」


 ジャンヌは嬉しそうな表情で、天秀尼と甲斐姫の墓を見比べている。


「ジャンヌなにニコニコしてんのさぁ?」


「え? ああ。

 甲斐姫様ねぇ、天秀尼様の隣りに並ばれて良かったなって」


「そっかー。

 二人は切っても切り離せないもんな。

 ジャンヌなぁ、だから大阪城落城のときも、

甲斐姫は天秀尼と一緒に脱出したと思うんだ。

 大阪城には、浅井長政の三姉妹の二番目の、

お初という、京極高次の正室が、徳川方との仲介で入城していたんだ。

 一番下がお江で、秀忠の正室じゃん。

 おそらくお初が大阪城脱出のとき、

一緒に天秀尼と国松もまぎれて脱出したと思う。

 大阪城脱出後、秀頼の遺児の探索が厳しくなり、

高次は既に亡くなっていて、息子の代になっていたけど、

息子の京極家から、天秀尼を捉えて差し出したことになっているんだ。

 淀君から、国松と天秀尼の脱出を頼まれ、連れ出したはいいものの、

国松は逃がして、天秀尼は女の子だから、

助かるのを見越して、差し出したんだろう」


「千姫も、大阪城のときは、天秀尼様を、実の子のように可愛がっていたのね。

 だから必死で助命を家康にお願いしたのでしょうに」


「そうだろうなあ。

 その大阪の陣なんだけど、堀主水の先代の殿様の、加藤嘉明は、

秀吉子飼いの武将で、加藤清正とかと同じ『賤ヶ岳の七本槍』の一人だったんだ。

 関ヶ原の戦いでは、家康方について、加藤清正が肥後一国、

52万石を賜って、熊本城を築城したように、

加藤嘉明も伊予一国、20万石を賜って、松山城を築城したんだ。

 松山城には、加藤嘉明の銅像が建っていて、

城のキャラクター『よしあきくん』のモデルになっているんだ。

 その後加藤嘉明は、40万石に倍増され、会津に転封し、

大阪の陣では、他の豊臣恩顧の武将と同じように、徳川方に付いたんだ。

 天秀尼が助けた、堀主水の堀って姓は、元は多賀井姓だったんだけど、

大阪の陣の時、秀頼方の武将と組み打ちして、

堀の中に落っこちても戦って首を挙げたので、

加藤嘉明が、『堀』って姓を授けたんだ」


「それならオズ、堀主水は、秀頼公の武将を討取った敵だったのね。

 天秀尼様、その妻を助けて、しかも愛弟子にされるなんて、

高い境地にいらしたのね」


「加藤の殿様、元々親父が秀吉の家来だったし、

その孫に無理難題を強要するのは、失礼な話だよな。

それに甲斐姫は、秀吉の側室だったし、

昔の立場の思いもあっただろうに。

 それからジャンヌなぁ、天秀尼が仕えた先代の、

第19世の住職は、足利家から来てるんだけど、

その住職の妹が、甲斐姫と同じく、秀吉の側室だったんだ」


「へーえ、みんないろいろな縁で繋がっているのね」


「だから東慶寺に入るにあたって、甲斐姫も心強かったと思うよ」


「みんな秀吉の側室のネットワークね。秀吉のおかげね」


「おう、甲斐姫もさあ、秀吉にお願いして、

父の成田氏長を、大名に復活させたんだ」


「お父様には、親孝行もなさったんだ」


「だけど、甲斐姫の母親なんだけど、実の母とは2歳の時、

父の成田氏長と、母の実家との間が不穏になり、

実家から返すように迫られ、夫婦仲は良かったんだけど、

仕方なく甲斐姫を置いて実家に戻ったんだ。


 別れる時、城門を出た橋で、氏長と甲斐姫が母を見送り、

その先の橋を渡った所で母が涙を流したんだ。

以降前の橋を『縁切橋』、後の橋を『涙橋』と呼ばれるようになり、

明治の初めまで残っていて、若いカップルは、

決して一緒に渡らなかったんだって。

 今でも橋の跡に、石碑だけ残ってるそうだ」


「『縁切橋』と『涙橋』かあ。

2歳ならまだ可愛いい盛りでしょうに。

お母様と甲斐姫様の、悲しい思いが伝わってくるわね。

 ねえオズぅ。縁を切られたくない縁切りもあるのね。

それにしても昔の人って、いろんな迷信、信じていたのね。

それも若い人たちなんでしょ!」


「それがなあジャンヌ。

迷信って、若い奴も年寄りも、おっさんでもおばさんでも関係なく、

信じる奴は信じてるぜ。

 ジャンヌ、さだまさしの『縁切寺』って曲知ってる?」


「いえ、知らないわ。聴いたこともないけど。

この東慶寺を歌った歌なの?」


「ああ。オトウさだまさしが好きでさ、

今でも車で遠出する時は、聴かされる曲なんだ。

 鎌倉を散策に来た二人が、東慶寺の山門前で、

女の子が突然泣き出してしまう内容でさ、

オカアは暗い曲だから、好きじゃないっていうんだけど、

オトウはそんなことお構いなしでさ」


「えっ! 今でも本気で心配する人いるんだ」


「おう、歌の世界だけじゃなくて、ほら、この寺、

参拝に来る人、カップル少ないと思わない?」


「そういわれてみれば……全然見ないわね。

女性とか年配の方が多いわね」


「そうだろう。

オトウが前に、友人夫婦を鎌倉に案内したとき、

東慶寺を案内しようとしたら、夫婦とも、縁切寺だから入るのヤダとか、

真顔で拒否されたっていってたけど、そういう人って多いと思うよ」


「迷信深い人たちに敬遠されるなんて、残念ね。

女性を護って下さっていらっしゃるのに」


「なあジャンヌ、元々東慶寺は、

覚山尼さんが女性救済のために建てた寺だから、

そういうお役目があるのかな?」


「ねえオズぅ、東慶寺さん、山門入った瞬間、

女性の世界っていうか、オズの話聞いて、なるほどなって思ったの。

 やはり、伝統的に、女性を護るお寺なのね。

 私また来たくなっちゃった」


「おう、やっぱしジャンヌだな。

 ジャンヌさあ、ここ、縁切寺ってイメージが強いけど、

酷い夫から逃れるだけじゃなくって、もっと前向きな、

女性の幸せを応援する神様でもあるんじゃないかって」


「すごーいオズ。オズのいう通りよ。

 ご本尊、お釈迦様でしょ。

 お釈迦様が、仲のいいカップルや、

良縁の夫婦の仲を裂いたりするわけないのにね。

 それに、天秀尼様はじめ、女性の神様が正面に控えて、

女性の幸せを応援されていらっしゃるわ。

 だから前向きな女性とか、もっと悩める女性にも参拝してもらいたいわね。

 それにカップルも」


「そっかー。

 そういえば俺たちもカップルでねえ? 

 俺全然心配してねえけど」


 しまった! 

 調子に乗って余計なこといってしまった。


 ジャンヌの反応を考え自分でドキッとした。


 ジャンヌは意味が解からずきょとんとした顔で、


「オズ、全然心配してないって、何が?」


「いや……だからさぁ……お、俺たちカップルじゃん。

 だ、だからそのー」


 俺は言葉に詰まって、下を向いてしまった。

 やっぱ口に出すんじゃなかった。


 ジャンヌは心配そうに、俺の左腕に、優しげに手を当てながら、


「オズぅ、なにか心配ごとあるの?」


 俺は首を横に振りながら、ふとさだまさしの

『縁切寺』の歌詞が頭をよぎった。


 俺は立ち上がると天を仰ぎ、意を決した。


「俺、ジャンヌとの糸、絶対切らさない!」


 ジャンヌもびっくりして立ち上がり、


「え? 私との糸?」


 ジャンヌは首を傾けながら、俺を見つめ、独り言のように、


「心配してないって? 

 カップルって? 

 糸を切らさないって? 

 ぁ! 赤ぃ……」


 ジャンヌははっと驚きの表情になり、

次に急に顔が真っ赤になって、両手で顔を覆った。


 俺もジャンヌの反応にびっくりして、

「あ、あ、じゃ……ジャンヌごめん。

 お、俺、め、め、迷信なんか……」


 ジャンヌは首を横に振り、再び座って下を向きながら、


「私もよ、オズぅ」


 ジャンヌを見下ろすと、赤い顔ながら嬉しそうな表情だ。


 ジャンヌは俺より一歩進んで、赤い糸と言おうとしたな。

 俺は幸福感に胸が一杯になってしまった。


ジャンヌは恥ずかしいのか、まだ顔を上げない。


 俺はまたジャンヌの隣に座った。


 なんて声を掛けたらいいか迷っていると、

リュックをしょった年配の女性3人が上がって来た。


「ジャンヌそろそろ下に降りようか?」


 俺は立ち上がると、ジャンヌは黙って頷き、


「オズぅ、甲斐姫様のお話し、ありがとう。

 いろいろ調べてくれたのね」


 ジャンヌがシートを片付けてくれ、リュックにしまうと、


「さあ次は、高見順の墓に案内すっから」

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