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紫をまとういと高き天使  作者: げんくう
第10章 沖縄戦《高女学徒隊》
85/105

【小池勇助隊長(ふじ学徒看護隊)】

 車は331号線のバイパスを海沿いに走って行く。


「皆さん、これから行く積徳の塔は、私立積徳高等女学校の慰霊碑で、

積徳高女の看護隊は、校章が藤の花をあしらっていましたので、

ふじ学徒隊とかで呼ばれています。

 ちょうどこの、331号線を、反対のひめゆりの塔の方へ行ったところに、

糸洲の壕というのがありまして、最後はその壕で看護にあたっていました」


「やはり戦況の悪化で、南部に移ってきたのですね」


「その通りです。でも大田さん……」


 比嘉さんは、にっこりして助手席のゴリをちらっと見ると、


「最後にみなさんに、沖縄戦における、一筋の光りといいましょうか、

心温まるお話をさせていただきます」


「え、いい話ですか?」


 俺は思わず身を乗り出した。


「ふじ学徒隊のみなさんは、4年生のうち、疎開とか避難中の者を除き、

約半数の56名が動員され、看護研修のあと、豊見城にあった、

第24師団の第二野戦病院の壕へ配属になりました。

 そこで病院長で、隊長の小池勇助軍医少佐が、

56名も責任もって預かれないからと、

健康上、家庭の事情などの理由を書かせた調書を取り、

35名を返し、25名が残りました。

 その中で、戦場で亡くなったのは2名だけで、あと1名は戦後、

こころの病から自死しましたが、22名が生き残ったのです」


「戦禍に斃れたのは2名だけとは、えらい少なかったですね」


 ゴリも不思議そうな表情だ。


「そうなのです。

 最後に南部の戦場に移動した看護隊の多くは、

隊員の半分以上が亡くなっていますから」


「そうですよね。

 なんでふじ学徒隊だけ戦死者がすくなかったのですか?」


「それは、病院長の小池隊長の配慮があったからでした。

 各看護隊へは、6月18日には司令部より、解散命令が出ていたはずです。

 解散命令は、米軍が包囲されてる中に、放り出されるようなものですから。

 小池隊長は、軍命令に背き、解散命令を握りつぶしました。

 折しも18日にバックナー司令官が戦死し、

米軍が全軍挙げて、猛攻撃を展開しましたから。

 復讐による無差別の殺戮が、22日の第32軍の司令部が崩壊し、

翌23日の牛島司令官の自決まで続きましたから。

 沖縄戦で亡くなった学徒隊員の多くは、軍の解散命令が出された後の、

この期間に亡くなりましたから。

 小池隊長は、米軍の攻撃が収まった、

26日になって解散命令を発したのです。

 また小池隊長は、看護隊員たちを、我が娘のように可愛がり、

父母から大切な娘さんを預かったのだから、

絶対に死なせてはならないと考えていました。


「小池隊長は、26日にみんなを集めると、日本軍が敗北したことを話し、

負けると解かっていれば、君たちを預からなければよかった。

 申し訳ないと。

 自決を願う看護隊員たちを抑え、


『君たちは絶対に死んではならない。

 必ず生きて、お父さんお母さんのもとに帰りなさい! 

 夜空には北極星が輝いている、位置は変わらないから、

北を目指して逃げなさい』と。

 また、

『捕虜になることは、決して恥ではない。

 アメリカ軍は、民間人は殺さないから、両手を挙げて出て行きなさい。

 そして生き残って、この地で起こった戦争の、悲惨な出来事を、

後世の人に伝えてほしい』とも」


 俺は感激して、胸がじーんとなって、自然と涙がこぼれ落ちた。


 ジャンヌも顔を膝に落とし、ハンカチで顔を覆って泣いている。

 ジャンヌが顔を挙げると、完璧な涙目だ。


「ごめんなさい……お願いします」

 

 話を中断した比嘉さんが、ゆっくりと話を続ける。


「小池隊長は、看護隊員たちに、逃避行にあたっては、

大人数だと目立つので、2、3人ずつで逃げなさいと。

 最後に全員、一人ずつ握手して、今までの労をねぎらい、

感謝の言葉とともに、必ず生き抜くよう話されました。

 一番初めに壕を飛び出したのは、大里ハルさんという、

宮古島出身の学徒さんで、八重山、久米島の友人3人でした。

 隊長に言われた通り北を目指し、昼はサトウキビ畑に隠れ、

夜移動しました。

 数日後、米軍のキャンプに紛れ込んでしまい、銃撃を受け、

3人倒れ込み、血まみれの友人が、

『ハルちゃん助けて! ハルちゃん置いてかないで!』

 気がついたら、自分は銃弾を受けてなく、

左の三つ編みが吹き飛ばされていました。

 友人の一人は亡くなり、一人は重傷でした。

 他にもう一人、壕を出て逃避中に亡くなり、

二人の犠牲者がでたのでした。

 最後に壕を出たのは、皆川晴子さんの3人グループでした。

 途中、米軍がまいたタバコを拾うと、

隊長のもとへ届けに戻ってみると、

小池隊長は青酸カリで自決されていました」


 ジャンヌがまた、ハンカチで顔を覆った。


「皆川さんたちのグループも、サトウキビ畑に隠れているところを、

米軍に見つかり、捕虜となりました。

 皆川さんはその後、米軍の野戦病院で働くことになり、

2年後に米軍の日系二世と結婚し、ハワイへ渡ります。

 6月の末には、硫黄島で捕虜となった、

日本人の軍医や衛生兵を中心とした、

日本人向けの病院が設置されていましたから。

 皆川さんが働き始めた二ヶ月後の8月には、

ひめゆりの学徒たち20名ほどが、病院での手伝いを志願してきました。

 みんなは、自分たちだけ生き残って、自決した友人たちに申し訳なく、

恥ずかしいと。

 ですから、病院の中でも、もっとも過酷で重労働のため、

みなが嫌がる精神科を希望してきました。

 精神を煩った患者たちは、尿も大便も垂れ流し状態で、

糞尿にまみれていましたから。

 そんな中で、かいがいしく働く彼女たちは、

周囲に感動をあたえました」


 ゴリもたまらず『ウ―』と低い声で、唸るように泣き出した。


「なあジャンヌ、生き残った看護隊の人達も、みんな天使じゃん」


 ジャンヌはハンカチで顔を覆ったまま、うんうんと頭だけ頷いた。


「そんなひめゆりの学徒の中で、宮下ルリさんは、

第三外科壕でガス弾を投げ込まれ、みんなの下敷きになり、

三日後に意識が戻り、重なる死体を押しのけて顔を出し、

水を求めて叫んだそうです。

 生き返ったのに、幽霊と勘違いされましたが、

6月24日に米軍に投降して助かりました。

 宮下さんも、病院で働く事を志願し、最初は顕微鏡で、

マラリヤなどの、伝染病の検査をしていました。

 沢山の学友が亡くなったのに、自分は生き残り、

それなのに、こんな楽な仕事していては、申し訳ないと、

精神科へ配転希望しました。

 学校では、機会あるごとに、日本の婦女子の心構えを説かれ、

みんな友人たちとは、死ぬときは一緒にが合言葉で、

約束し合っていましたから、生き残った自分を責めていたのでしょう」


 ゴリが頷きながら、


「きっと看護隊のみなさんは、

本気で自決を覚悟していたのでしょうに」


「ふじ学徒隊のみなさんは、小池隊長の、

最後の訓示で命が救われたのですね。

 比嘉さん、小池隊長の、素晴らしいお話し、

ありがとうございました」


「いえいえ、大橋さん。私も小池隊長のこと、調べてみました。

 小池勇助隊長は、長野県の現在の佐久市の生まれで、

地元の旧制野沢中学、現在の長野県立野沢北高校を卒業し、

金沢医専、今の金沢大学医学部を卒業し、軍医の経験のあと、

地元の中込駅前で、眼科を開業されていました。

 小池隊長の、一番安らぎの時代だったのでしょう。

 その後再び軍医として応招され、戦場に身を置くことになりました。

 小池隊長のお墓は、地元野沢の本覚寺という寺にあり、

数年前に法要が営まれ、ふじ学徒隊のみなさんも、12名が参加され、

命の恩人の墓前に、手を合わせられたそうです。

 その中には、夫とともに、ハワイから駆け付けた、

皆川さんの姿もありました」


「みなさん、戦後何十年も経っているのに、小池隊長への感謝の念は、

ずっともち続けていらっしゃったのですね。

 命の恩人ですものね」


「皆川さん、大里さんはじめ、何人かのみなさんは、

小池隊長の、沖縄戦の悲惨さを伝えて欲しいという、

最後の願いを受けて、沖縄戦の語り部として活動されています」


「比嘉さん、小池隊長には、是非生き残って欲しかったと、

みなさん思っていたでしょうに」


「大田さん、小池隊長も、いかに軍命令とはいえ、

衛生兵はじめ、部下たちを、切り込み隊として突撃させ、

死なせてしまったでしょうから、

自分だけ生き残ることは出来なかったのでしょう。

 最後は自分も自決して、責任をとるつもりだったと思います。

 もう最後の頃には、壕の中は、衛生兵も突撃して、

いなくなっていたそうですから。

 糸洲の壕は、入口が2つある大きな壕で、

壕というよりも、鍾乳洞といったほうがいいですね。

 下には川が流れていて、天井からは滴が滴り落ちてくるので、

靴はいつも濡れて、足は白くふやけてしまっていたそうです。

 壕は、米軍の馬乗り攻撃を何回も受け、

壕内で、100人近くが亡くなりましたが、

看護隊員は、ガス弾攻撃にも、小池隊長の指示で、

水にぬらせたタオルで顔を覆い、必死に耐え、

壕内では25名全員が生き残りました」


車は既に、那覇市内に入ってきた。


大通りを左折し、車はお寺の中に入った。


「積徳高女の慰霊碑は、ここ大典寺にあります。

浄土真宗のお寺の経営だったのですね」


 慰霊碑は入口を入って右奥にあった。


『積徳高等女学校慰霊之碑』と刻まれており、

石碑の上には、藤の花で包まれた校章が、

西日を浴びて、大きく金色の光りを放っていた。

慰霊碑は比較的新しそうだ。


 ジャンヌを真ん中に、俺とゴリが左右に、

少し控えながら慰霊碑の前に進んで行く。


 ジャンヌは既に、ピリッとした表情で、ミッションモードだ。


 俺たちは、慰霊碑の前に並ぶと、

ジャンヌとともに、深々と頭を下げた。


 ジャンヌは、合掌して校章を見つめ、天を仰いだ。


 頷きながら、

「はい、大天使ミカエル様」って言うと、


「今、大天使ミカエル様からご指示いただきました。

 ここでは、私が声に出して祈ります。

 宜しいですか?」


「はい」


 俺とゴリが揃って返事した。

 ジャンヌは合掌から、ピラミッドの印を組むと、

《平成の祈り》を声に出して祈り始めた。


『内平らかに外成る、地平らかに天成る。

 地球の安寧と世界の平和が達成されますように。

 大天使ミカエル様、み心のままになさしめたまえ』


 ジャンヌは続けて、


『積徳高等女学校慰霊碑に祀られた皆様が浄まり、

天界に導かれ光輝きますよう、

ご聖祖親鸞聖人様、ありがとうございます。

 勢至菩薩様、観世音菩薩様、阿弥陀如来様、ありがとうございます。

 積徳高等女学校の天使の皆様ありがとうございます。

 小池勇助様ありがとうございます。

 大典寺歴代のご住職様ありがとうございます』


 俺は、心の中で複唱しながら、

なるほどここは、浄土真宗のお寺だったんだと……


「はい、ありがとうございました」


 ジャンヌは、再び天を仰いで合掌した。


「ジャンヌ俺わかった。

 親鸞聖人のお導きがあったんだな。

 それに、ご住職も、看護隊のみなさんの無事を、

阿弥陀様にお祈りしていたんだな。

 それに、小池隊長との出会いも、親鸞聖人のお導きなんだろう?」


 ジャンヌはにっこり頷きながら、


「そうね、大天使ミカエル様も、真っ先に、

親鸞聖人への感謝を捧げなさいと、お命じになられたから」


「それに弥陀三尊のお導きかあ」とゴリ。


「モンチありがとう、オズありがとう」って両手で握手された。


 後ろに控えていた比嘉さんへも、


「いろいろご案内頂きましてありがとうございました」

 と深々と頭を下げた。


「いえいえどういたしまして。大橋さん、

なるほど親鸞上人のお導きですか。

 そういえば、ふじ学徒隊のみなさんは、初めに配属された、

豊見城の壕でも犠牲者を出していませんね。

 他の看護隊のみなさんは、

艦砲射撃や空からの機銃掃射などで、犠牲者を出していましたから。

 壕の外での死体埋葬とか、切断した手足を捨てに出たり、

水汲み、洗濯などもあり、外での作業は命がけだったのですから。

 それに、糸洲の壕への移動でも、全員無事でしたし」


「奇跡的ですね。

 でもやっぱ最後、小池隊長の訓示で助かったんですよね」


 みんなも頷きながら慰霊碑を見ている。


 慰霊碑の右に、案内の石碑がある。


『ここに積徳高等女学校慰霊碑に刻名された方々は 

 去る沖縄戦で戦死 戦病死なさった 教職員 在校生 卒業生 

 当時の四年生で 学徒看護隊に動員された 戦没者の皆様です

  御霊よ 永久に 安らかにお眠りください 

        積徳高等女学校 ふじ同窓会 

           平成十二年十一月吉日 建立』とある。


「この慰霊碑には、教職員5名を含め、72名の方が祀られています。

 積徳高等女学校は、前身が和裁などを教える家政学校で、

元々お寺自体も、明治になって建てられました。

 それまで薩摩藩は、薩摩でも浄土真宗を弾圧していたように、

ここ沖縄でも、同じように浄土真宗は禁じていましたから」


 慰霊碑の左には、弔意の漢詩だろうか? 

 石碑がある。


『弔女子学徒隊霊』とある。


『散華幾歳 空明眸 母攝衣傷 泣捜子

 閉眼奠香 幻想深 願以霊光 照琉球』と刻字されていた。


 難しいけど最後は解かる。


「なあジャンヌ。

 この漢詩の最後、願わくば霊光を以って、

琉球を照らさんことを! って書かれてるけど、

ジャンヌが祈ってたように、やっぱ高女の看護隊のみなさんって、

天使となって琉球を護ってるんだな」


「そうだぜオズ。

 天使になってもらわないと困るよな。

 あれだけ悲惨な体験されたのだから」


「そうね、慰霊碑に祀られた、看護隊のみなさんは、

みなさん天使となって、光を投げかけられ、

平和のために、天国で働いていらっしゃるのね」

 

 比嘉さんが車から、れいのスクラップブックを持ってきた。


「大田さん、小池隊長の、辞世の詩がありますから、

供養になると思いますので、朗読してあげたらどうでしょう?」


「わ、モンチお願い! 

 比嘉さん、お心づかいありがとうございます」


 南の孤島の果まで守りきて

 御盾となりてゆく吾を

 沖のかもめの翼にのせて

 黒潮の彼方の吾妹に告げん

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