【ずゐせんの塔(瑞泉学徒看護隊)】
「次のずゐせんの塔は、県立首里高等女学校の4年生61名が動員され、
33名亡くなっています。
塔の正面に、33名全員の名前が刻まれています。
その他、教職員が15名、同窓生が50名亡くなり、
一緒に祀られています」
車は駐車場を出て、国道331号線を左折すると、
ちょっと行って信号を右折すると、すぐ右側にあった。
梯梧之塔と同じように、ひっそりと建っている。
他に参拝客もいない。
「ここは駐車場がないので、ここで降りて下さい」
俺たちは、参道の入口で降ろしてもらうと、入口で整列し、
ジャンヌともども一礼した。
「ここでも、《平成の祈り》の後に、梯梧之塔と同じように、
『ずゐせんの塔に祀られた皆様が浄まり、
天界に導かれ光輝きますように』と祈ります。
最後の守護神様への感謝の後に、
『瑞泉学徒看護隊の天使のみなさま、
ありがとうございます』を加えます。
よろしいですか?」
「はい」
慰霊碑の前に、ジャンヌを中心に三人並ぶと、
ジャンヌは天を仰ぎ、
「瑞泉学徒看護隊の天使の皆さま、宜しくお願いします。
それでは守護神様に全託して下さい。ハイ」
祈り終わるとジャンヌが、俺とゴリに、
微笑みみながらありがとうって握手された。
「やっぱお祈りに来てよかったな、ジャンヌ」
「ええ。比嘉さんにもお礼いわなくちゃ。
モンチの車の手配のおかげね」
「おう、俺はいいよ」
車を駐車してきた比嘉さんが、
「もうお参りは済みましたか?」
「はい。おかげさまで、3ヶ所お参りさせて頂きました。
看護隊のみなさんと、ご縁を結んでくださり、
ありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。
瑞泉学徒のみなさんも、さぞかし喜んでいるでしょう。
ここも、ひめゆりの塔と比べると、寂しいかぎりでしょう。
花もありませんし」
「比嘉さん、一つお聞きしても宜しいですか?」
「はい、なんでしょう?」
ジャンヌは、慰霊碑に刻まれた、
『首里高女』と刻まれたレリーフを見て、
「比嘉さん、この『首里高女』と書かれたレリーフは、
泉が涌き出ている絵のようですが、瑞泉と関係があるのですか?」
「首里高女の前身は、女子工芸学校と呼ばれていまして、
校舎が首里城の中に有ったのです。
首里城は、尚王の王宮で、首里城の中には、
王様の飲み水となる泉が、涸れることなく、
こんこんと涌き出ていて、その近くに瑞泉門がありまして、
『瑞泉』の額がかかっていたのです」
「それで瑞泉学徒と呼ばれているのですね」
「そうだと思います。
でも、実物の泉は、『龍樋』と呼ばれ、
今でも竜の口から流れ出ていて、この絵とは違いますけど。
もっとも今の瑞泉門も、戦後建て替えられていますから。
首里城の守礼の門とか、国宝級の建物も、みな焼失しましたから」
「比嘉さん、日本軍は初め、司令部を首里に置いたんでしたね?」
「そうです、大田さん、お若いのによくご存知ですね。
日本の守備隊の第32軍は、首里に司令部を置きましたから、
首里を巡って、アメリカ軍との激しい攻防戦が続きました。
日本軍は、首里城の地下に、膨大な地下壕を掘って、
守りを固めたんですけど、結局アメリカ軍に押され、南へ撤退するのです」
「それで首里の街が焦土となってしまったんですね」
ジャンヌは、慰霊碑の正面に刻まれた案内文を読んでいる。
振返って比嘉さんへ、
「比嘉さん、先程、瑞泉学徒のみなさんは、
4年生61名が動員されたと仰られましたけど、昭和20年3月27日に、
野戦病院壕で卒業式を挙行と書かれていますが、
高等女学校は、5年制と聞いていましたが?
私の祖母も、5年間学んだと……」
「終戦近くになると、1年短縮して、4年までとしたのです」
「それで最高学年の生徒さんが動員されたのですね」
「そうです。
4年生というと、今の高校1年生ですから、
まだ15歳、16歳の少女ですよね」
「えーえ! みなさん、私と同じ年代だったのですね。
なにか信じられない感じです」
「他の高女でも、だいたい4年生を動員対象にしましたが、
ひめゆり学徒隊の場合は、3、4年生を対象にしていました」
ジャンヌは、ずっと驚きの表情で聴いている。
看護隊の仕事も過酷だったようで、俺は比嘉さんへ、
「さっきのでいごの塔の、説明文に書かれてましたけど、
ナゲーラの壕って、負傷兵が次から次と運び込まれ、
壕の中はまるで、生き地獄だったと書かれてましたね」
「そうですね。
首里高女の看護隊も、でいご看護隊と同じく、
ナゲーラの壕に配属されていましたから。
壕の外も地獄で、悪臭を放つ死体を、担架に載せて、
壕の外に埋葬するのも看護隊の仕事でしたから。
埋葬といっても、米軍の艦砲射撃で出来た、大きな穴に、
投げ込むしかなかったそうです。
外は常に砲弾や爆撃、機銃掃射の危険が伴っていましたから。
壕の中は、死臭、腐敗臭、ウジ虫だらけの中で、
そのうえ高温と湿気で、蒸しかえっていたそうです。
手術する場所の、ロウソクの灯り以外は真っ暗だったですし、
手術といっても、麻酔もなく、切断された手や足は、
無造作にバケツに捨てられ、それを捨てに行くのも看護隊の仕事でした。
壕内は、定期的に換気をしないと窒息しますので、
看護隊のみなさんが、チームワークよろしく、定期的に毛布をもって扇ぎ、
新風をリレーのように送り込んでいたのですね。
そのとき、『ふるさと』などの小学唱歌や童謡を歌いながら、
みんなでリズムをとってやっていました。
その看護隊のみなさんの歌声は、まさに天使のようで、
傷病兵の心と傷を癒したそうです。
新しい空気が送り込まれた爽快感と相まって、天使たちの歌声が、
父母を思い、故郷を懐かしむ、安らぎのひとときでもあったのです」
「看護隊のみなさんって、なんて素晴らしかったのでしょう!
ご自身がつらい環境に置かれていても……」
ジャンヌは声が詰まって泣きじゃくり、ハンカチで顔を覆ってしまった。
「彼女たちの偉かったことは、指導教員がいない中で、
健気に頑張ってきたことです。
ひめゆり学徒隊は、規模も大きく、指導教員が付いていましたから。
中でも親泊千代子先生という、東京女子師範を最年少で入学した、
若き女性教師が一人、引率されていましたから。
親泊先生が、過酷でつらい壕の中の生活でも、常に生徒たちを励まし、
慰め、先程の壕内の換気のときも、先生が先頭に立って、
歌を歌いながらおこなっていました」
「比嘉さん。どこの壕でも換気のときに、看護隊のみなさんが、
歌を歌いながら換気していたんですね」
「オズさあ、病床で横たわる兵隊さんたちも、
今まで軍歌ばかり歌ってきたんだろうから、
小学唱歌とか童謡聴いたら、そりゃあ癒されるよな。
それも、うら若き乙女たちの声だから」
目を腫らしながらジャンヌが、
「比嘉さん。
そのぅ、親泊先生は……どうされ……?」
比嘉さんは、ジャンヌをちらっと見ると下を向きながら、
「ひめゆり学徒隊に、6月18日の夕刻、解散命令が出され、
親泊先生はちょうど、ひめゆりの塔の真下にある、
第三外科病棟のがまにいました。
他の壕にいた学徒隊の人達は、18日の夜からグループ毎に、
次々脱出していきました。
第三外科病棟のがまでは、19日の未明に脱出することを決め、
みな制服に着替え、胸に校章を着け、夜明け前に、壕の入口に集まりました。
そして、壕を出ようとしているときに、米軍の攻撃を受け、
沢山の人が亡くなりました。
その中に親泊先生も含まれていました……」
そこまで話されると、ジャンヌはその場で泣き崩れてしまった。
声をあげて泣いている。
俺は、なんて声をかけたらいいかわからない。
ひざまずいて泣いているジャンヌの前に、俺もひざまずき、
「ジャンヌさあ、さっきさあ、
天使となった、親泊先生と交流されてたじゃん。
ジャンヌの涙に、先生もきっと喜んでるって。
ジャンヌありがとうっていってるだろう」
ジャンヌは下を向いたまま頷くと、
さっと顔を挙げ、ニッコリと、
「オズありがとう。そうだったわね」
立ち上がるとジャンヌは、涙目のまま笑顔で上を向き、
「先生ごめんなさい」って言うと、右手を天に差し出した。
親泊先生と、握手しているのだろう。
嬉しそうな表情だ。
「よかったなジャンヌ。
瑞泉のみなさんにも、握手してやれよ」
ジャンヌは俺を見て、うふっていう表情で頷くと、
慰霊碑の正面に右手を差し出した。
ジャンヌが振返り、満足げな表情を見せると、
「ジャンヌ、そろそろ次行こうか」
「ハーイ。比嘉さん、宜しくお願いします」




