【ひめゆりの塔】
空港に着くと先ずゴリが、地震の影響で、
羽田行きの便が、欠航になっていないか、
搭乗カウンターへ確認しに行った。
ゴリが帰って来た。
「やはり地震の影響で、沖縄への発着が全便止まっている。
だけど、沖縄周辺の、島々の飛行場は、地震の影響っていうか、
沖縄本島を含めて、地震そのものが観測されなかったし、
津波警報はすぐに解除になったらしい。
これから、徐々に運行再開していくみたいだ」
「そうか、なあジャンヌ。
俺たち、島を海に沈めたけど、地殻の変動って、
ジャンヌが囲った海域だけが変動したんだ」
「そうみたいね。光のカーテンの外側は、地殻も変動してないわね」
「じゃあ光のカーテンは、海底の地下深くまで敷かれていたんだ。
それで尖閣海域の外では、地震も津波も発生してないんだ。
帰りの飛行機心配ないじゃん」
「ああ、俺たちの便は、遅れはでるかもしれないけど、
欠航はないだろうと言ってた」
「ありがとうモンチ。
じゃあ私、キャリー、コインロッカーに預けてしまうわね」
「それがさあジャンヌ、ジャンヌが行きたいって言ってた、
ひめゆりの塔だけど、空港から40分位だそうだけど、
みんな隣の、資料館見て回るらしいんだ。
資料館は5時までだから、めし食ってると間に合わないかもしれない。
だからタクシーチャーターして、先にひめゆりの塔見学するか?
そしたらキャリー、タクシーに積んどけばいいじゃん」
「そしたらお昼ご飯遅くなってしまうし……」
「俺はいいよ。
コンビニで何か買って少し腹に入れとくから。
なあゴリ」
「俺もいいよ。
ジャンヌの希望優先でいくから」
「モンチ、オズ、ありがとう。
それならひめゆりの塔を見学してから、沖縄料理ゆっくり頂きましょう。
遅くなってしまうけど、ごめんな……」
「ジャンヌ気にするなって。
俺もジャンヌ最優先だから。
それにジャンヌが見学したいってとこ、俺も見てみたい」
「じゃあ、これからひめゆりの塔を見学して、資料館見て、
それから沖縄料理食べて帰って来ようか」
「おういいよ。ジャンヌもいいな」
「ええ、ありがとう。じゃあ私、お家に電話するわね」
俺もゴリも、ジャンヌの家の反応に注目だ。
「もしもし、あ、お母さん、私。
さっきミッション無事に終わったから。
―― ううん、大丈夫よ。
―― ええ、みんなも元気よ。
―― そう。でもね、お母さん、先にお食事すると、私が行ってみたい、
ひめゆりの塔とか、資料館が閉まってしまうから、先に見学して、
それからお昼食べることにしたの。
―― そう、だからみんな、コンビニで何か買って、
少しお腹に入れておくの。
―― 大丈夫。そのあと沖縄料理、ゆっくり頂きます。
―― うん、わかった。お父さんは?
―― そお、それならお父さんにも、帰ったら、
ミッションばっちりだったからって、言っておいてね。
じゃあお迎え宜しくー」
「なあジャンヌ。
お母さん、俺たちのミッションの事、まだ知らないのか?
テレビでまだやってねえのかな?
でも、地震のことも知らないのか?」
「ええ。お母さん、まだ知らないみたいよ。
うち、あまりテレビ見ないから。
夜のニュースまでわからないと思う」
「そうか、じゃあ俺もオカアに電話してみる。
ゴリもしてみたら?」
「俺、その前にタクシー聞いてくる」
ゴリは案内所のほうへ。
事前にジャンヌのお母さんから、時間が余って観光するなら、
タクシー使いなさいって言われていた。
例によって、お金はゴリが預かってきている。
俺もオカアに電話してみた。
「ああオカア?
―― えー、マジで!
―― うん、なんともないよ。
―― ああ、無事だよ。おお、ゴリも。
今ァ、那覇空港だけど、みんなと一緒だよ。
―― そうなんだ。
沖縄は全然揺れなかったんだ。
それで尖閣諸島の被害状況は?
―― あっ、そうか、あの島は無人だったよな。
じゃあ石垣島とかは?
――え? 全然被害ないの? 地震もなかったの?
――そっかー、役場の電話が繋がるんだ。
――おう、大成功だよ。
――え! それはー。
なんとも……いやー、そんなもんじゃあ……
とにかくミッションは大成功だから。
―― まあー、そのうち判るから。
俺たちこれから、観光と飯食うからさあ。
またあとで電話するから」
オカアもまだ、尖閣諸島の消滅を知らないらしい。
ゴリが戻ってきた。
「お待たせ、観光タクシーっていうのがあるんだって。
だからそれお願いしといた」
「おうサンキュウ。
ゴリなあ、オカアの話だと、テレビのニュース、
まだ地震のことしか報道されてないみたいだ。
オカアったら、尖閣諸島の大地震、
ジャンヌさんが起こしたんでしょうって。
観測史上最大っていってたな」
「そうか、ちょっと待ってな、俺も電話するから」
ゴリも電話している。おふくろさんみたいだ。
「俺の家もおふくろ、尖閣諸島の地震、知らなかった。
まだ2時間くらいしかたってないからな。
それに、俺たちが、尖閣諸島に行くって言ってないし」
「自衛隊や海上保安庁も、島の消滅を確認しているだろう。
後はいつ発表するかだな」
「そうだなオズ。それに、政府の今後の対応に注目だな」
「今回は、きっと政府も中国に譲歩してもらえると思うし、
間違いなく日中友好の海になるわ」
「よっしゃぁ。じゃあ、おにぎりかパンでも買って、出発しようぜ。
ジャンヌもなにか食べるだろ?」
「ううん、私は大丈夫。ジュースでも飲んでおくから。
あとで沖縄料理、楽しみにしているから。
モンチ、なにかお勧めあるの?」
「ああ、ジャンヌの口に合うかどうか。
親父からは山羊汁を勧められたんだ。
俺たち断食していたから、体力落ちてるだろうからって」
「モンチ、私はなんでも大丈夫よ。オズは?」
「山羊汁かあ、うまそうだな。俺もいいよ」
「じゃあ山羊汁で決まりだな。
店、調べてこなかったから、タクシーの運転手さんに聞いてみよう。
ひめゆりの塔の帰りに、案内してもらおうか」
観光タクシーは、比嘉さんという70才位の運転手さんだ。
初めに俺たちは、自己紹介をした。
キャリーとバックをトランクに詰め込むと、例によってジャンヌが、
「比嘉さん、本日宜しくお願いします」って丁寧に挨拶し、
俺とゴリも倣った。
ゴリが助手席に乗り、後ろに俺が先に乗り、ジャンヌが左側だ。
「比嘉さん、これから半日ですけど、安全運転で宜しくお願いします。
僕らみんな、沖縄は初めてですから、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします。
これからひめゆりの塔へ行かれて、
隣のひめゆり平和祈念資料館をご覧になって、
沖縄料理を食べて、時間があれば、
その他の観光名所へ寄って、空港でよろしかったですね」
「はい、そうです」
「フライトは19時35分ですね?」
「はい。比嘉さん、空港へは、7時前までに着けば大丈夫ですね?」
「そうですね」
「それから、沖縄料理なんですけど。
父からは、山羊汁食べて、
スタミナつけてこいっていわれてるんですけど。
父が食べた店は、居酒屋さんみたいな店で、
夜からしかやってないということで、
昼間食べられるお店、ご存知ですか?」
「山羊汁ですか、ヤギ料理ですね。
それなら、国際通りの近くに、牧志公設市場の二階に、
沖縄料理の店がありますから、そこなら昼もやっていますよ。
一階が沖縄の食材を扱う市場で、近海で採れた魚介類とか、
豚肉の店だとか、ここも観光名所になっていますよ。
沖縄初めてでは、ご存知ないですね」
「われわれ、もともと観光ではなくて、午後時間が空いたので、
観光しようということになりまして。
ですから全然事前に調べてこなかったんです」
「そうでしたか。あー学校の行事か何かで?」
ゴリが前で頷いた。
「それでみなさん、制服着ているのですね」
「比嘉さん、尖閣諸島で大きな地震があったそうですが?」
ゴリが知らないふりして聞いている。
「そうなんですよ。
巨大地震が発生したっていっても、私は乗車していましたが、
全然揺れを感じませんでしたし、津波っていわれても、
ピントきませんでした。
空港周辺も、一時騒然となりましたね。
石垣島では一時パニックとなったそうですよ」
「そうでしたか。
でも、津波の発生もなくてよかったですね」
「石垣島でも、地震の揺れは全くなかったそうです。
だから我々運転手の間で、
気象庁の地震計がおかしいんじゃないかって」
空港から南部方面へのバイバスに入ると、ジャンヌが合掌をした。
同時に俺も神様を感じた。
俺はジャンヌと目が合い頷き合った。
「ひめゆりの天使たちか?」
ジャンヌは黙って頷いた。
「このバイバスが出来てから、ひめゆりの塔まで、
30分位で行けるようになりました」
ゴリも俺たちの気配を察知して、比嘉さんとの話題を変えた。
「比嘉さん、今から案内していただくひめゆりの塔は、
女子学生たちが、戦争中、沖縄戦で、
日本軍の野戦病院の看護に駆り出され、
亡くなられた慰霊碑なんですよね」
「そうです。
ひめゆり学徒隊といって、
戦前の沖縄県立第一高等女学校と、
沖縄師範学校の女子部の生徒による、
病院での看護補助をする学徒隊だったのです。
ひめゆりの名称は、第一高女の校内誌『乙姫』と、
女子師範の校内誌『白百合』を合わせたもので、
校舎も同じで、校章も同じく白百合をあしらってあり、
百合の向きが違うだけでした。
「そうなんですか。
みなさん病院で、看護のお仕事のために、
動員されたのですか?」
「はい。女学生は、看護の研修を短期間受けて、
すぐに現場に配属になりましたから。
病院といっても、洞窟(=がま)内の野戦病院だったのです。
昭和20年の4月1日に、アメリカ軍が沖縄本土に上陸しました。
沖縄戦では、圧倒的な戦力で勝るアメリカ軍に、徐々に攻め込まれ、
沖縄がほぼ制圧され、敗戦濃厚になり、
6月23日の日本軍の壊滅前の6月18日に、
ひめゆり学徒隊に解散命令が出されました。
解散命令と言っても、もう既に、周囲はアメリカ軍に包囲され、
逃げ場も無くなっていたのです。
女生徒たちは、洞窟内の野戦病院にいましたから、
敵に包囲されてる中で、放りだされたのです。
解散命令後、洞窟内や、その後逃げ惑う中で、
多くの犠牲者を出したんです。
両校の女子生徒222名と教職員18名、合計240名の内、
136名が亡くなっています。
当時の状況は、ひめゆりの塔に隣接してある、
『ひめゆり平和祈念資料館』に、写真とか遺品、
当時の現場の再現場面も設置してあります。
「悲惨でしたね。終戦の日が近くなると、
よく戦争映画をテレビで放映しますが、
ひめゆりの人達の映画も観たことがあります。
なんか最後はみんな亡くなって、可哀そうな記憶が残っています」
「ジャンヌ、ひめゆりの映画観たことある?」
「いいえ。オズは?」
「いや。俺もないな」
「ひめゆりの塔と資料館は、修学旅行の生徒さんもよく訪れる、
観光スポットになっていますが、皆さん真剣な表情でご覧になられ、
戦争の悲惨さを心に刻んでおられます。
それから、忘れてはならないのは、学徒動員されて、亡くなられたのは、
第一高女と女子師範の生徒たちだけではなく、
他の高等女学校の生徒たちも、同様に沢山亡くなっています。
第二高等女学校4年生による『白梅(=しらうめ)学徒隊』とか、
県立首里高等女学校の『瑞泉学徒隊』とかも犠牲になっています。
「比嘉さん、『白梅学徒隊』とか、『瑞泉学徒隊』とかのみなさんも、
ひめゆりの塔に一緒に祀られているのですか?」
「いいえ、ひめゆりの塔は、ひめゆり学徒隊の関係者たちだけで、
ひめゆりの塔の奥に、梯梧(=でいご)之塔というのがありまして、
私立昭和高等女学校の、梯梧学徒隊の慰霊碑が別にあります。
それから、先程の、首里高等女学校の瑞泉学徒隊の慰霊碑は、
ひめゆりの塔のちょっと先にあります」
「そうですか、後で拝見させて頂きます。
みなさん、私と同じ歳くらいなのに、過酷な運命や、
悲惨な体験をされたのですね。
それぞれの慰霊碑に、お祈りさせていただきますね。
宜しくお願いします」
「え、梯梧之塔とずいせんの塔にも、お参り下さるのですか?」
「はい、お願いできますか?
ひめゆりの塔の、近くなのですよね」
「いや、そうですが。
ありがとうございます。
亡くなった女生徒たちも喜びますよ。
みなさん、この二つの塔には、ほとんどお参りされず、
寂しいものですから」
ジャンヌがお参りすると言ったら比嘉さん、自分の事のように喜んでる。
なんか胸が熱くなった。
「比嘉さん、先程の『白梅学徒隊』のみなさんの、
慰霊碑はあるのですか?」
「はい、ありますよ。
白梅の塔といいまして、ひめゆりの塔から、そんなに遠くないですし、
那覇市内へは、少し回り道にもなりますが」
「わーお参りしたいな。だけど……」
「ジャンヌ行こうよ。なあゴリ」
ゴリが後ろを振り向き、
「おう、時間がなくなったら、空弁買って飛行機で食べればいいじゃん」
ジャンヌはとっても嬉しそうに、
「ありがとう、モンチ、オズ。
それでは比嘉さん、白梅の塔もお願いできますか。
いろいろわがまま言ってごめんなさい」
「いえいえなにをおっしゃいます。
こちらこそ感謝したいぐらいです。
当時沖縄本島には、女子師範の他に、
6つの高等女学校がありました。沖縄県立では、
第一高等女学校がひめゆり学徒隊とよばれ、
第二高等女学校が白梅学徒隊、
第三高等女学校が名護蘭学徒隊、
首里高等女学校が瑞泉学徒隊とよばれ、
私立では、
昭和高等女学校が梯梧学徒隊、
積徳高等女学校が積徳学徒隊とよばれていました。
それぞれ戦後、慰霊碑が建てられています。
本島以外では、
石垣島に、
八重山高等女学校の八重山高女学徒隊、
八重山農学校女子の八重農女子学徒隊が。
宮古島には、
宮古高等女学校の宮古高女学徒隊があり、
沖縄県のすべての女学校から、
看護隊として動員されていたのです」
「そうだったんですか。楽しいはずの、女学校の青春時代を……」
「ジャンヌもう全部回ったら?」
「積徳の塔は、牧志市場の近くですけど、名護蘭学徒関係の慰霊碑は、
名護市ですから、今日は無理ですね。
いずれにしろ資料館は、早めに引き上げられた方が」
「私、資料館は見なくても、慰霊碑でのお祈りを……
優先させたいんだけど……」
ジャンヌがまた、遠慮がちに俺をちらっと見るから、
「ジャンヌ俺たちに遠慮するなって言ってるだろ!」
「そうだ、ジャンヌ。
今日は資料館の見学は止めて、
白梅の塔と積徳の塔をお祈りして帰ればいいだろう。
名護蘭学徒さんと資料館は、またの機会にすれば?」
「はい、それではモンチのいうとおりにします」
「ジャンヌさあ、今度ジュリも一緒に連れてこようや。
あいつ絶対喜ぶぜ。なあゴリ」
「おう、こんどは伊勢巡礼じゃなくて、沖縄慰霊の旅になるな」
「わー、またジュリと一緒に旅行できるんだ」
話が盛り上がってきたところで、ひめゆりの塔に到着だ。
ひめゆりの塔は、国道331号線沿いにあった。
ひめゆりの塔の入口を過ぎて左折し、駐車場に入ってい行く。
入口に『梯梧之塔』の看板があった。
「比嘉さん。梯梧之塔の看板がありますね」ってゴリ。
「そうです、この駐車場の右奥にあるのです。
後でご案内します」
タクシーを降りる前にジャンヌが、
「比嘉さん、ちょっと確認させて頂いて宜しいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「ひめゆりの塔に祀られているのは、ひめゆり学徒隊で亡くなられた方と、
関係者というと?」
「沖縄戦で亡くなった、女子師範と第一高女の教職員と、
生徒たちも一緒に祀られています」
「そうですか、ありがとうございました」
入口でジャンヌはぴたりと止まった。
俺とゴリも素早く並び、一礼した。
入口の左手に、献花用の花束が200円で売っていた。
ジャンヌは、正面を見つめ、脇目もふらず進んで行く。
ジャンヌはもう、ミッションモードに切り換わっている。
ジャンヌは進みながら、
「ここでは《平成の祈り》のあとは、
『ひめゆりの天使の皆様、ありがとうございます』でいきましょう」
「よしわかった」
ジャンヌの少し後ろを歩く、俺とゴリは頷き合った。
慰霊碑の前は、生花が沢山供えられていた。
「私が始めに、ここに祀られたすべての御霊に、
《平成の祈り》を奉納する旨報告します。
ハイの合図のあと、心の中でお祈りして下さい」
ジャンヌを中心に、三人が並んだ。
俺はピラミッドの印を組み、目をつぶると、
ジャンヌが輝き出し、天使群と交流しているのが解かる。
「ハイ、ありがとうございました」
ジャンヌは、慰霊碑を見つめながら、
「ここでは、亡くなられたみなさんが、天使となって、
平和の願いの光を、お参りされる方々に降り注がれ、
心を清めていらっしゃいました」
「そうか、ジャンヌ。俺もそう思った」
慰霊碑の前には、病院跡の大きな『がま』が、覗きこめた。
「この大きながまの奥が病院だったんだ」
ゴリが横の案内板を見ている。
「ジャンヌ、奥が資料館だな。今度また来ような」
「ええ。今日はごめんなさい。……」
「ジャンヌさあ、ジュリも俺たちの同志だから、一緒に見たいよな。
次のお楽しみにとっておこうぜ」
「ありがとうオズ」
「さあ、次は梯梧之塔だな。行こうか」
ゴリが俺とジャンヌを促した。




