【猿田彦大神】
今日は月曜、日曜日を挟んで登校二日目だ。俺は、入学式の夜、両親から
聞かされた俺の出生の秘密を、ゴリにも確かめたかった。
今日、学校が終わってから俺ん家に誘った。
ゴリも俺に話したいことがあると言っていた。同じ話のような予感がした。
ゴリを連れて帰宅すると、オカアにゴリを紹介した。ゴリの奴、オカアに、
「こんにちは、大田猿田彦です」って『猿田彦』を意味深有りげに強調した
ように聞こえた。
すぐにゴリを俺の部屋に案内すると、俺の名前の由来を説明した。
「俺はいままで小さい時から、修験道の開祖の、役行者の名前から付けた
としか聞いてなかったんだ。それがさあ、一昨日の夜、最も重要な事を初めて
聞かされたんだ」
ゴリは真剣なまなざしで聞いている。
「両親が那智の滝に詣で、その夜、夢の中に役行者が現れ、余の分霊を授ける、
その名前を『小角』にせよと言われた。両親は正夢と信じて俺の名前を『小角』
と付けたと。
役行者はその時『《紫をまとういと高き天使》が地上に降ろされる。余の分霊を
その右脇侍として守護させよ!』と、言われた事を聞かされたんだ」
ゴリは、ここまで話すと
「うん、うん。俺が聞いた話も全く同じだ」
ゴリも興奮ぎみに俺の話を聞いている。
「両親とも、俺が成長していくにつれ、いつ天使が現れるのか、気が気で
なかったらしい。
一昨日の夜も、オトウは、天使の左脇侍は大田猿田彦君で、そして、本命の
《紫をまとういと高き天使》は、大橋ジャンヌさんに間違いなかろうと言って
いた。俺もそう思う」
一通り説明するとゴリは、
「俺も両親から、ほとんどオズと同じ話を、入学式の夜に聞かされたんだ」
「やっぱり入学式の夜、両親は気がついたんだ」
「家は両親と3人兄弟の5人家族なんだ。姉貴と妹がいるんだけど、
姉貴が1才の時、父親の転勤で、三重県の四日市市に住んでいたんだ」
「へえー、ゴリん家は転勤族なんだ」ゴリは頷いた。
「そこで新車を乗り換えた時、車のお祓いを、椿大神社(つばきおおかみ
やしろ)っていう神社でお願いしたんだ。この神社の祭神は『猿田彦大神』
という神様なんだ。
お祓いを受けたその夜、両親とも同じ夢を見たんだ」
「夢の話も家と一緒じゃん」
「神社の拝殿でお祓いを受けたシーンが出てきて、本殿の奥の方から厳かな声で
『汝らに我が分霊を授ける! 猿田彦と名乗らせよ! そして
《紫をまとういと高き天使》が地上に降ろされる、その天使の左脇侍として
守護させよ!』と仰せられ、翌朝目が覚めても、両親とも夢のシーンを
はっきり記憶していたんだ。
親父はこれを<神様のご宣託>というやつかと思ったそうだ」
「俺の話しと全く同じだな」と言いながら、ゴリも正夢と信じているようで安心
した。
「俺も両親から、名前の由来は聞かされていたけど、天使の守護うんぬんの話は
一昨日の夜に初めて聞かされたんだ。俺の両親も、オズの親と同じように、
天使といつ出会うのか、俺がまだ、小さい時から、いつも気にとめていたみたい
だった」
「オカアが言ってたけど、天使の出現というか、出会いが確実になってから俺に
話そうと、オトウと決めていたそうだ。へたに話すと、俺の女性を見る目が、
変に意識しちゃって、おかしくなるのを心配してたみたいだ」
「そうそう、うちのおふくろも、オズん家と同じような事言ってた」
「それからさー、大橋のことなんだけど、両親が、《ジャンヌ・ダルク》の生れ
かわりだろうと言っていた。ゴリん家も同じか?」
「うん、同じ、うちの両親も、《紫をまとういと高き天使》は《ジャンヌ・ダルク》
のことで、大橋ジャンヌはその生まれかわりだろうと信じている」
「ところでさー、大橋は、自分のこと、どこまでというか、何か聞かされている
のかな?」
「そこなんだけど、あとで俺の考え話すから、その前に俺の話聞いてくれるか?」
とゴリ。
「先週、オズに、『猿田彦大神』って、神話の世界に出てくる人って話したよな」
「ああ」
「地の神とか、国津神だとか呼ばれているけど、『アメノウズメノミコト』という
女性と結婚するんだ。『天之宇受売命』と書くんだ」
そこまで聞くと俺は気付いた。
「それって、先週、クラスの自己紹介で、大浜ジュリが言っていた本名、
『受ける』と『売る』と同じじゃない?」
「そうなんだ、俺も先週聞いてて、え? ほんと? まじかよって感じだった」
「ゴリたちは、生まれる前から赤い糸でしっかりつながっていたんだ」
「そうなんだ。俺もジュリに会った瞬間から、空気より身近な存在っていうか、
別れていた魂が再びくっついたっていう感じかな。
縁結びの神様に結ばれた瞬間のようだった。
だから先週からメールのやり取りして、昨日も二人で会って、演劇の話とか、
いろいろ話したんだ」
俺はゴリの話を聞きながら、ジャンヌをめぐっては、ゴリが俺的な恋のライバル
でないことになり、本心を悟られないよう、内心嬉しさを嚙みしめていた。
ゴリはジュリの存在があっても、ジャンヌをしっかり守っていくはずだ。
ゴリは人間的にも誠実で信頼できる男とみた。
「次の日からデートなんて、ゴリたち、よっぽど気が合うんだな」
同じジャンヌを守っていく身で、責任感と自覚を持っているゴリにたいして、
俺は、デートなんて、世俗的にチャカスような言葉を言ってしまい、後悔した。
「いや、俺、土曜の夜に、俺の出生の秘密を聞かされたじゃん、ジャンヌもオズも、
そしてジュリもからむ話だから、ジュリにも聞いてもらいたかったんだ」
「それで、ゴリ、ジュリにアメノウズメと猿田彦が結婚した話もしたのか?」
「ああ、ジュリには隠し事はしないことに決めたんだ。それに、初めに話して
おかないと、俺はオズと同じ、ジャンヌを守る立場だから、
ジュリに変に誤解されたり、嫉妬されても困るからな」
「ジュリの反応、どうだった?」
「ジュリも、初めて俺と会った時、俺と同じ感覚を持ったって言っていた。
だから、やっぱりねって、とても嬉しそうだった」
「誕生前から二人が結婚してたなんて、今更結婚式も、誓いの言葉も不要な
カップルだな」
「ジュリには、俺の正夢の話と、守護すべき《紫をまとういと高き天使》
が大橋ジャンヌで、右脇侍がオズだろうということは話したんだ」
「ジュリ、何か言ってたか?」
「うん、ジャンヌもオズも、正夢的な話はあったのか、確かめる必要があると
言っていた。そこで先ず、俺が明日、オズに聞いてみるって言ったんだ」
「そうか、今、俺に確認取れたから、今度はジャンヌに確認する番だな」
「そうなんだ。俺たち男が確認するわけにもいかないから、
そこはジュリに頼もうかと思うんだが?」
「俺も賛成だ」
「ジュリとジャンヌって、初日からもう友達って感じで、お互い『ジュリ』
『ジャンヌ』って呼び合ってるんだ。今度ジュリと三人で相談すっか」
もちろん俺も了解。
「そういえばジュリの奴、オズがいてくれてよかったって言ってたぞ」
「何で?」
「お前は鈍い奴だな」
「何で俺がいてよかったんだ?」
「あのな、オズ、もしもお前がいなくて、俺一人でジャンヌを守れっていわれたら、
ジュリの立場どうなる? 不謹慎だけど、三角関係みたくなったら困るだろう」
あ、そうか、それなら俺も、ジュリがいてくれてよかった。
「今日、昼休みにジュリが、俺達もジャンヌと一緒に昼飯食べようって、
誘ってくれたのは、3人の関係を知っていたからか?」
「そうかもね。それに、ジュリの奴、ジャンヌをとても気に入っててさ、
ジャンヌを守ることで、自分ができることはなんでも協力するって、
言ってくれてるんだ。これも『内助の功』ねっていわれて、俺、ドキッとしたぜ。
まだ高1になったばかりだぜ」
「過去に夫婦やってたんだからいいじゃん。この世ではまだ、結婚してないけど、
大いに『内助の功』を発揮してもらいたいね」
「オズ、他人ごとだと思ってよくいうよ」
「ジュリが味方してくれると、まじで、学校では頼りになりそうじゃん」
「今日、オズに確認できてよかった。早速ジュリに報告しておくから」
二日後、ゴリとジュリが俺ん家にやってきた。
ジュリがジャンヌに確認したところ、ジャンヌの両親は、結婚してから長いこと、
子どもが授からなかった。
もう諦めかけていたところ、大橋家のお寺さんのご住職に勧められて、
岡山県の山奥のお寺に祈願しに行ったら、ジャンヌが授かったらしい。
お寺に祈願した夜、やっぱし、夢の中にお告げがあったそうだ。お告げは、
子どもが授かるだろうこと、名前をジャンヌと付けなさいの二つだけらしい。
「そこで私は、ゴリとオズの名前の由来と、夢のお告げの話をしたの。
そしたらジャンヌ、自分が《紫をまとういと高き天使》だなんて信じられな
いって言うの。でも、ゴリもオズも、天から使命を持って生まれてきたのは
間違いないだろうし、ジャンヌも何らかの使命を持って生れてきたはずよって
言ったの。私はゴリを、サポートするお役目だと自覚したわって言ったの」
「ジュリ、ジャンヌに『猿田彦大神』と『天之宇受売命』の神話の世界での
結婚話もしたのか?」とゴリ。
ジュリはむっとした表情で
「ええ、したわよ、私、ジャンヌとは単なる友達だとは思ってない。ゴリやオズと
一緒の同志だと思ってる。だからジャンヌとは隠し事はしたくない。勿論ゴリとオズ
ともよ、ゴリ、あなた、過去に私たちが夫婦だったってこと信じてないの?」
「いや、信じてるよ。ただ、いきなり、ジャンヌ、びっくりしたんじゃないかなと」
「それより、肝心のジャンヌは、俺とゴリの正夢の話、信じたのだろうか?」
「ジャンヌって、とっても素直で、人を疑うことを知らない子みたいなの。
ゴリとオズが両親から聞かされたことは、自分も信じるって言ってたわ。そして、
自分を守ってくれるなんて、とっても嬉しいって言っていたわ」
「じゃあ、俺達の使命のことは、ジャンヌ、受け入れてくれたってことでいいんんだな?」
「ええ、勿論よ」
ゴリが確認してくれたけど、やっぱし、守護される本人が、信頼してくれないと。
そっぽをむかれていては、やりにくいからな。
「ジャンヌ、私たちのことは、両親に話すって言っていたわ。ジャンヌも両親とは、
隠し事はしないことにしてるんですって。私も今日の話は、ゴリとオズに話しする
からって言っておいたわ。それから、明日、六国見山登った帰り、オズん家寄るでしょ、
その時、ジャンヌから話があるって言っていたわ」
ジャンヌからの話ってなんだろう、きっと、これから宜しくっていう話だろう。
明日が楽しみで待ちどおしい。