【コーチ】
俺は、部室で着替えて、グランドでサッカー部の部活に参加する。
グランドに出てきた部員は、リフティングとかで準備している。
グランドの端の、陸上部の部室の前で、ジャンヌと後藤がいる。
ジャンヌは、今日からさっそく後藤の指導を受けている。
他の陸上部の連中は、校外で練習だろう。
ジャンヌは真剣な表情で、後藤の指導を受けているが、
後藤は嬉しさを隠しきれない感じだ。
集合がかかった。先ずグランド5周のランニングだ。
陸上部の部室の前を走る度にジャンヌを観察するが、
ジャンヌは時々笑顔を見せている。
遠くから見ても、お似合いのカップルに見える。
なんか、二人が仲良さそうなので、だんだん心配になってきた。
今日は野球部がいないので、グランド全体を使えるので、紅白戦だ。
俺も右サイドバックで試合をし、ハーフタイムの時点では、
ジャンヌはまだいたけど、試合が終わったらもういなかった。
後藤もいない。
俺は二人がどこに消えたか心配になってきた。
陸上部は、よく、校門の外で練習している。高野台の坂を利用しての練習だ。
ジャンヌは、おそらくもう帰っただろうけど、
後藤の奴、陸上部に合流してればいいけど。
なんか、俺は心配だ。
次の日、ランチタイムだ。
「ジャンヌ、きのう後藤君の指導どうだった?
速く走れそう?」っとジュリ。
「ええ、とても参考になったわ。走りって、腕振りが大切なんですって。
それから、私の靴、駄目って言われちゃったの。
陸上用のランニングシューズって、とっても軽いのね。
昨日後藤君のランニングシューズ、見せてもらったけど、
とても軽かったわ。
だから今日、後藤君の指導が終わったら、
藤沢へランニングシューズ買いに行くの」
「ジャンヌ誰と買いに行くの?」とゴリ。
「もちろん後藤君とよ」ゴリが何か言おうとしたが、引っ込めた。
ジュリが、
「ジャンヌ、今日、シューズ買ったら、早く帰りなさい」
「え? もちろんよ、なんで?」
「遅くなると、オズが心配するでしょ」
冷やかされてジャンヌは、顔を赤らめながら、
「オズぅ、心配しないで。
帰りは、藤沢駅から家の方に行くバス、沢山あるから」
ジャンヌの奴、男と二人だけになるから心配してるのに、
あいつはぜんぜんわかってないな。
「ジャンヌ、要は、シューズ買ったら真っ直ぐ家に帰れってことだよ」とゴリ。
「え? もちろんそのつもりよ」
「それならいいんだけど」ゴリもそれ以上何も言わなかった。
放課後、今日もジャンヌは、グランドの端の、
陸上部の部室の前で練習している。
相変わらず二人とも楽しそうだ。走りの指導にしては、仲良しすぎる。
後藤の奴め、調子に乗ってる。ジャンヌの嬉しそうな顔も気にくわない。
シュート練習しながら小林が、
「おいオズ、あの二人心配だな。昨日もいい感じだったよな。
お前、うかうかしてると、大橋、後藤に取られちまうぞ。
しっかりしろよ。
ところでよー、お前ら、どこまでいってんだ?」
「え? どこまでって、どこも行ってねえよ」
「お前、とぼけんじゃねえよ! もう最後までいったんか?」
「もう最後までって、なんだよ?」
「もうオズ、お前鈍いなー、だから大橋とやったのかって?」
俺は小林に、思いがけない事を急に言われ、狼狽してしまった。
「あ、赤くなってら、図星だろ。お前もすみに置けねえな」
「お前、ジャンヌはそんな奴じゃねえって」
「え? なんだオズ、まだお前、やってねえんだ」
「うるせえな! あったりまえだろ」
「なんだオズ、きれいなまま飾って眺めてるだけか。
お前、そんなんじゃ、後藤に大橋が汚されるの、時間の問題だな。ほら」
小林が顎をしゃくると、後藤とジャンヌは、
バトンの受け渡しの練習をしている。一組の第二走者は後藤だ。
後藤はバトンを持ちながら、ジャンヌに覆い被さるように、
腕と手をベタベタ触って指導している。
ジャンヌも笑顔で楽しそうだ。
俺は焦ってきた。
もうジャンヌを、後藤に取られてしまった気がしてきた。
俺はもう、ジャンヌに嫌われたのかもしれない。
三好キャプテンが遅れてやって来た。
ジャンヌを見つけると、
「よー、大橋さん、元気?」
「あ、今日は」
「大橋さん、リレーに出るんだって?
聞いたよ。病気で走れない女子が、抽選で当たっちゃったから、
大橋さんが代わってあげたんだって? 」
ジャンヌが恥ずかしそうに頷いた。
「凄いよな、頑張ってな」
「ハーイ、ありがとうございます」
昨日の事なのに、もう広まってるんだ。
ひょっとすると、俺の失態も、おまけに広まってるかもしれないな。
気のせいか、廊下で女子とすれ違うと、
後ろで振り返ってひそひそ話している気がしていた。
やっぱ噂になってしまったのか? 参ったな。
それより、ジャンヌが後藤に汚される。
そんな、神聖であるべきジャンヌが、絶対あってはならない。
許せない事だ。
シュー練(シュート練習)の次にミニゲームだ。
休憩に入り、部室の前で休んでいると、ジャンヌと後藤が着替えて帰っていく。
二人俺たちの前を通って行く。
三好キャプテンが、
「大橋さん、もう終り?」
「はい、今日これから、藤沢へ、ランニングシューズ買いに行くんです」
「そうかい、じゃあなー」
「はい、お先に失礼します」
ジャンヌは、俺を無視して、目を合わせようとしない。知らんぷりだ。
やっぱ俺は、ジャンヌに振られてしまったのか。
二人は楽しそうに帰っていく。
会話が弾んでいるようで、恋人たちみたいだ。
「おい、オズ、お前、追っかけたほうがいいんじゃねえか?
ヤバイぞ大橋」
確かに俺もそう思う。
ジャンヌを追っかけて行って、怒鳴りつけたい衝動に駈られた。
このままだと今晩、ジャンヌが後藤に汚されてしまう!
「よし、始めるぞ」
三好キャプテンの集合がかかった。
俺は、心配と嫉妬で胸が張り裂けんばかりだ。
練習を再開しても、目の焦点が定まらず、練習にならない。
気がついたら、練習は終わっていた。
さすがに小林も見かねたのか、
「オズ、心配すんなよ。
後藤の奴、まさか今晩、いきなり決めちまうってことあねえから」
「ああ」それもそうだな。俺も小林に言われ、少し安心した。
「お前、明日、大橋にびしっと言っとけよ。
あんまり後藤をその気にさせるんじゃねえって。
あいつ、誰にでも愛想いいじゃん。だから、誤解する奴、
結構いるんじゃねえ? 後藤みたいに。
まあ、あの顔で微笑まれちゃ、みんなころっとくるからな。
先輩たちみたいに」
黙って聞いている俺に、
「オズ、大丈夫だって。大橋信じてやれよ。
あいつ、そんな尻軽女じゃねえだろ」
小林の奴、マッチポンプか。
俺を散々心配させといて、でもまあ、長い付き合いの友達だし、
やっぱ本気で心配してくれてるのがわかる。




