【リレー】
明日から長い夏休みが終わり、二学期の始まりだ。
俺は、ジャンヌとの花火大会のあと、
7月末からのサッカー部の合宿に行って来た。
高校サッカーの選手権ブロック予選は2回戦で負けてしまった。
3年生は六高祭のあと引退する予定だ。
神奈川県は、全国で最大の激戦区で選手権に出場するには最難関だ。
シード校でなければ、16ブロックに分けられた
地区予選を突破しなければならない。
7月末までにブロック毎の決勝が行われ、
9月からシード校を交えたベスト32校によるトーナメントが始まる。
サッカー部の目標も、ブロック優勝が第一段階の目標だ。
俺個人の目標は、新メンバーでのレギュラー入りだけど、
ちょっと無理そうだ。
ジャンヌは夏季講習を受けていた。
その合間に、久々に西片町と北鎌倉台のおばあちゃん家へお泊りなど、
結構忙しそうだった。
ジャンヌは夏休み中も、何日か俺ん家へ寄って、
神殿でお祈りしてたみたいだけど、
俺も部活で、練習とか対外試合とかですれ違いが多かった。
ゴリもジュリも部活の練習とか遠征公演とかで、チョウ忙しかったみたいだ。
7月末の、鎌倉芸術館での公演は、俺はサッカー部の合宿で観にいけなかった。
オトウとオカアは観に行って感激していた。
もちろんジャンヌ一家も観に行ったそうだ。
なんせ、鎌倉芸術館の大ホールが満員にたったそうだ。
本格的な舞台装置と演技力で観客を魅了し、加えてコーラスもきれいで、
音楽も素晴らしく、生演奏でチェロまで演奏してたといっていた。
オカアも、ゴリとジュリが、中学時代に感激したのも納得と言っていた。
それぞれみんな、充実した夏休みだった。
俺は小学校からずっと、夏休みの最終日は、嫌な感覚っていうか、
明日から学校行きたくないって思いが強かったけど、
今日はそれどころか明日が待ち遠しい。
明日からまた、ジャンヌと毎日会えると思うと心がうきうきしてきた。
今日は二学期の初日だ。
ホームルームで担任の『岡ちゃん』<岡田先生の渾名>が、
金子が夏休み中に、お父さんの転勤で、ニューヨークにいくことになった。
だから転校したとの報告があり、問題は、秋の体育祭、
『六高祭』の<色別対抗リレー>に金子が出ることになっていた。
今日は、その代わりを決めなけりゃいけない。
六国高校の体育祭、六高祭は、全学年全クラス、
黄色・青・ピンクの三色に分かれ争う色別対抗戦だ。
1年1組は青で、五月に実行委員会を立ち上げて、団結式で気勢を挙げ、
九月の『六高祭』に向け準備を進めてきた。
<色別対抗リレー>は、女子のチアリーディングと並ぶ
『六高祭』の最後を飾る花形競技だ。
リレーの出場選手は、5月に金子で決まっていた。
女子に緊張が走った。
『六高祭』は今週土曜日だから、後釜は今決めるしかない。
岡ちゃんが先ず、希望者を募った。誰も希望しない。岡ちゃんは、
「それじゃあ、じゃんけんで決めるしかないな。みんないいか?」
女子はみんな沈黙、
「よし、それじゃあ、じゃんけん始めるぞ。女子は全員立って」
女子は全員、しぶしぶ立ち上がった。岡ちゃんが、
「最初はぐうー、じゃんけんポン」
女子はキャーキャーいいながら、悲喜こもごもだ。
俺はジャンヌに注目した。ジャンヌは一回目でセーフだった。
これで安心だ。ジャンヌがリレーの選手をしなくてすんだ。
女子のボルテージがあがり、最後に三人が残った。
岡ちゃんが、
「最初はぐうー、じゃんけんポン」
松山が負けて、リレー選手が決まった。
みんなの歓声をよそに、松山が席に戻ると机に泣き伏した。
それまでのお祭り騒ぎとはうって変わって、重苦しい空気がクラスを覆った。
誰かが、
「松山って、心臓悪かったんじゃねえ?」
それを受けて女子が、
「そういえば、体育の授業、見学が多いわよね」
男子から、
「それならもう一回やり直せよ」
女子から、
「ヤダー、せっかく勝ったのに」
男子から、
「それじゃあ、最後に残った二人で決めるとか?」
「それはないよ!」
松山が、
「ごめんなさい」って震えた声で言うと、全身体を震わせて泣いている。
ふと、ジャンヌが立ち上がり、松山の席へ行き、
「松山さん、大丈夫よ。私が走るから」
ジャンヌは優しく松山の肩に手を置いた。
ジャンヌがヤバイ! 俺は咄嗟に立ち上がり、
「先生、俺が代わりに走ります!」 俺は思わず叫んでいた。
岡ちゃんは一瞬目が点になった。
「大澤、お前、いつから女になったんだ?」
あ、しまった。
俺は瞬間湯沸し器のように全身が熱くなった。
勢いよく立ったものの、引っ込みがつかなくなった。
クラスのみんなは、俺と岡ちゃんを交互に見つめている。
「何それ、ありえない!」「ばーればれ」「そういうこと」「ごっざんでーす」
うつ伏せて泣いていた松山が立ち上がり、ジャンヌに、
「ありがとう」って抱きついて、ジャンヌの胸に顔を埋めた。
岡ちゃんが、
「そうか。大橋! ありがとな。
みんなー、大橋の博愛精神に、スタンディングオベーション」
全員立ち上がり、ジャンヌに拍手。
誰かが岡ちゃんに、
「先生、大澤にもドンキー賞やって」
「よし、ナイト(騎士)精神を発揮した大澤にも拍手うー」
ジャンヌ以上に大歓声があがった。
ジャンヌも顔を赤くしている。
俺のせいでジャンヌにも恥をかかせてごめん。俺は心の中で謝った。
ホームルームが終わると、ジュリが、
「ジャンヌ、私が代わりに走るよ」
「え? ありがとうジュリ、でもいいの。大丈夫だから……」
岡ちゃんが、
「おい大橋、ちょっと」
ジャンヌが教壇の岡ちゃんの前に、
「はい、岡田先生。何かご用でしょうか?」
「お前、茶道部だったな」
「はい、岡田先生」
「なんか走り、早くなさそうだから……」
そう言いながら、教室を見回し、
「おい後藤、ちょっと」
後藤が教壇へ。何事かという顔している。
「後藤、お前、陸上部だよな?」
「はい、そうですけど、何か?」
「リレー、大橋で決まったんだけど、お前、ちょっと大橋に、
走りのコツっていうか、基本的なことでいいから、教えてやってくれないか。
どうせお前、リレーの第二走者で、大橋からバトンもらうんだよな」
「え? はい、俺がですか?」
後藤はジャンヌをちらっと見た。内心喜んでるのがわかる。
「な、大橋、どうだ?」
「はい、岡田先生。ご配慮ありがとうございます」
「いいか? 後藤」
「そりゃ、かまいませんけど」
「後藤君、宜しくお願いします」とジャンヌ。
「よし、そうか。それならそういうことで、大橋、頑張れよ」
岡ちゃんは、後は後藤に任せたって感じで教室を出て行った。
岡ちゃんの奴、お節介焼きやがって。 俺のジャンヌに勝手に!
後藤は後藤で、引き続きジャンヌと話してる。
ジャンヌの奴、 後藤と楽しげだ。おまけに微笑んでしまっている。
後藤が誤解して、その気になるんじゃないかと心配だ。
やっとジャンヌが席に戻ってきた。
「ジュリ、さっきはごめんなさい。
心配してくれてありがとう。でも私、ほんとに大丈夫だから」
「そう? じゃあ頑張ってね。
なにジャンヌ、後藤君に走りの指導してもらうの?」
「ええ、岡田先生が心配して下さったの。
もう日にちないから、今日から授業終わってから指導してもらうの」
二人の会話が終わるのを待っている松山に、ジャンヌが気がついた。
「大橋さん……」
松山はジャンヌに一言発すると、ハンカチで顔を両手で覆って泣き崩れた。
今度はジャンヌが松山を両手で抱き締めた。
松山は、泣きじゃくりながら、
「私……始めに……走るの……無理だから……」
ジャンヌは、松山の背中を優しく叩きながら、
「わかっているわ、松山さん。
申し出する暇もなく、始まっちゃったんだから、仕方ないわね。
松山さんは悪くないわ。みんなもよくわかっているから」
松山は、ジャンヌの胸に、顔を埋めたまま頷くと、
ゆっくり顔を挙げ、ジャンヌを見つめ、
「大橋さん、ほんとうにありがとう。私、今日の事、一生忘れない」
じっと見ていたジュリが、
「松山さん、ジャンヌなら大丈夫よ、走るの遅いけど、1組はスタートだから。
多少遅れても、抜かれる心配ないから」
「そうよ松山さん、だから気にしないで」
松山も、やっと落ち着いて自分の席へ。
ここでジャンヌが俺のとこにきて、
「オズぅ、さっきはありがとう。
私、胸がジーンときて、泣きそうになったのよ」
「え、 マジ? 俺、ジャンヌに恥かかせちゃって、ごめんな」
「いいえー、私の方こそ。オズぅ、私を庇ってくれてありがとう。
私、とっても嬉しかった」
「やっぱジャンヌ、凄いよ! 私、感激しちゃった」 とジュリ。
「そうそう俺も、さすがジャンヌだなって。
ジャンヌの持ってる優しさって、本物だって」ゴリも同調してる。
「ドンキーオズ。
あなた、ジャンヌの事になると、冷静さを失っちゃうのね」
「うるせーなー、ジュリ」
「ごめんごめん、でもオズ、カッコよかったわよ、ほんとに。
私がジャンヌだったら、やっぱ感激してたよ」
「わかったからー、もういいじゃん」
それよりジャンヌのリレーが心配だ。
でも、青組のトップバッターだから、抜かれる心配ないし、
グランド半周だから、黄色組、ピンク組ともそんなに差がつかないだろう
後のメンバーが、きっと頑張ってくれるさ。
それに、後藤の指導も、少しは役にたつだろう。




