【浅間山】
「ただいまー」
玄関に入ると、オカアがキッチンから、
「お帰りオズ! 早かったわね」
キッチンから急ぎすぎてよろけながら俺たちを向かえた。
一刻も早くジャンヌを見たい気持ちで足がもつれたみたいだ。
「只今帰りました」
「ジャンヌさんもお帰りなさい。
わー、やっぱり決まってるわね、髪! 美容室?」
「ハイ、いつもの美容室なんですけど、
花火大会に浴衣着て行くってお話したら、
髪を結わせて欲しいって言われたものですから。
そしたらこの花飾りも美容室で用意してもらいました」
「それに、浴衣もとても似合ってるわよ! 髪型も花飾りも」
「ありがとうございます。やっぱり美容室にお願いしてよかったです」
「ちょっと待っててね、今写真撮るから。
あ、その前にお父さんがお待ちかねなの」
オカアがジャンヌをダイニングへ促した。
「お母様、これ、井上蒲鉾の小判揚げなんですけど。
お好きだってオズくんから聞いたものですから」
「わー、嬉しい。ジャンヌさん私、大好物なのよ」
俺は、ダイニングで一杯やっていたオトウにただいまをした。
「お父様、ただいま帰りました」
「うをー、ジャンヌさん、浴衣バッチリ決まってるね!
なんか、いつものイメージと全然違うね! 」
「ありがとうございます。
私、今日、オズくんに、鎌倉の井上蒲鉾教えてもらったんです。
お父様がお酒のおつまみに、昆布巻き蒲鉾が最高って聞いたものですから、
おみやげに買ってきました。
蒲鉾に昆布が上手に巻かれているんですね」
「えーえ、ほんとー? 」
オトウったら、まるでオラウータンみたいに胸を張り、
両腕を拡げて雄叫びをあげたようだ。
俺の予想した通り、大喜びだ。
「な、ジャンヌ、言ったとおりだろ!」
「ジャンヌさん、ありがとう。
気が効くね。おじさん、井上蒲鉾の昆布かま、大好物なんだ。
酒のつまみに最高なんだ」
「お父様、昆布かま、少し召し上がりますか?」
「もちろんいただくよ」
「お母様、私が切って差し上げてもいいですか?」
「まあ、ジャンヌさん、もうお父さん、メロメロになっちゃうわね」
オカアとジャンヌがキッチンへ。
キッチンからオカアとジャンヌの楽しげな会話が聞こえてくる。
「ちょっと待っててね、今浴衣、たすき掛けしてあげるからね」
「お母様ごめんなさい。私がわがまま言って」
「いいのよ、家ね、子供オズだけでしょ、私、もう一人、女の子欲しかったの、
だからジャンヌさんがこうして家にきてくれると、私、とてもうれしいの。
それにしても、髪型、とってもお似合いよ。
ジャンヌさん、うなじがとってもきれいね」
「ありがとうございます。 美容室でも言われたんですけど」
「そうでしょ、ジャンヌさんなら美容師もやりがいあるわね」
やっぱジャンヌのうなじ、特別きれいなんだ。
俺はまた確認したくなった。
キッチンをのぞくと、オカアが、
「なにオズ? ジャンヌさんのうなじ見に来たの?
ほら、きれいでしょ」
ジャンヌが振り返ると、恥ずかしげに頬を染めた。
オトウまで「どれどれ」って言いながら、
「なに、お父さんまで……もうお父さんったら、顔がいやらしいわよ」
「オトウ、エロおやじ丸出しだよ。
ジャンヌが恥ずかしがってるじゃん。
もうお金とるよ。なあジャンヌ」
「いいえぇ、お父様、見ていただけますか?」
ジャンヌはオトウに向かって恥ずかしげにうなじをみせた。
「うん、きれいだ。おじさんでも判るよ。天使のうなじだな」
「ハイハイお父さん、もうそっちで待っててくださいな」
なんか俺も、ジャンヌのおかげで親孝行してるし、
ジャンヌがいると、我が家が和むな。
「ハイ、まな板と包丁ね」
「ありがとうございます。なんか、ぬるぬるしますね」
「ジャンヌさん、滑らないように気を付けてね」
なんかジャンヌって、おもてなしの心を学んだだけあって、
人を喜ばせるのが上手だし。
「ワサビとお醤油は、向こうにお刺身があるから大丈夫よ」
「はい、お母様」
ジャンヌは、小皿に盛った昆布かまをお盆にのせて、
ダイニングで一杯やりながら待ちかねているオトウへ、
「お父様、少しですけどどうぞ」
「おー、昆布かま、昆布かま。ジャンヌさん、ありがとう」
オトウは満面笑みっていうやつで、わさびをチューブから、
え! っていうほど醬油の小皿に出して、昆布かまを一切れ食べると、
「おー、この味、この味」って言いながら酒瓶を手にとって、
「『浅間ラベル』の純米吟醸と最高に合うんだ。
この浅間山のラベル、お爺ちゃんが描いたんだよ」
オトウは、祖父の描いた絵がラベルになっている日本酒を呑んでいる。
祖父は洋画家で、実家が長野の中山道沿いにある造り酒屋で、
元禄二年創業の大澤酒造だ。そこで造ってる酒だ。
「あ、今日、オズ君から聞いたんですけど、
おじい様、洋画家でいらっしゃったんですか?
私、多聞院のヒマラヤの絵、拝見しましたよ。
私、どこかで見たタッチだなって、判らなかったんです。
オズ君に、玄関とリビングに架かっている絵、
おじい様の描かれた絵だって聞いたものですから。
とっても素晴らしい絵ですね」
「おう、ジャンヌさん、よく判ったね」
「オトウ、ジャンヌ、中学の時、美術部だったんだって。
よくお父さんと、美術展観に行ったりしてるんだって」
「ええ、私も父も、絵画鑑賞が好きなんです。
お父様、ちょっと見せていただけますか?」
ジャンヌはオトウから浅間ラベルを受け取ると、
「おじい様、山の絵が得意なんですね。素晴らしい絵ですね。
あ、お父様、お一ついかがですか?」って言いながら、
オトウに浅間ラベルを向けると、
「え、ジャンヌさん、注いでくれるの?
なんか、天使にお酌してもらうなんて、
ここは天国か、竜宮城みたいだね」
「まーお父さん、鼻の下伸ばしちゃって。もうニヤケすぎですよ」
「うん、うまい。うまい酒に、うまいつまみ、
それに浴衣の似合う乙姫様までいて、最高! ジャンヌさん。
ありがとね、ジャンヌさん。ジャンヌさんも昆布かま、味見してみたら?」
「ありがとうございます、お父様。
家にはオズくんがおみやげに買ってくれたんですよ。それに小判揚げも」
「オトウ、俺がジャンヌに買った分は、オカアに請求するけど、
ジャンヌのおみやげは、ジャンヌの小遣いだってさ」
「え、そうなの? それならジャンヌさんに何かお礼しないとな、
あ、そうだ、この前話していた、メイド服はどうだろう。
家で台所手伝ってくれる時、やはり着替えたほうがいいね、な、お母さん」
「お父さん、自分がジャンヌさんのメイド服姿、見たいだけなんでしょ、
もう、お父さんたら」
「お母様、そのお話なんですけど、母に話しましたら、
お母様が宜しかったら、夕食とか、お台所、お手伝いする時、
着替え用に買ってもいいっていうことになったんですけど。
いかがでしょうか?」
「ジャンヌさんのお母様がいいっておっしゃったのなら、私はかまいませんけど。
でもジャンヌさん自身はいいの?」
「ええ、それに、9月からまた、六国登山が始まりますでしょ。
モンチも部活の帰りに直接おじゃまして、夕食もご馳走になるし、
私も学校の帰りに自宅に帰らず、
お母様の夕食のお手伝いさせていただければって」
「え、ジャンヌさん、夕食のお手伝いしてくれるの?
それは楽しみにしてるわよ」
うをー、やったね! これでジャンヌのメイド服姿が見られる。
さてと、どんなメイド服が似合うかな?
ちょーうきうきしてきた。
「よーしオズ、ジャンヌさんのメイド服に乾杯」
「オトウ、なんで俺と乾杯なんだよ?」
「オズ、お前、お父さん以上だよ。
ジャンヌさんのメイド服姿見てみたいんだろ!
お前なあ、今、最高に幸せそうな顔してたぞ、ニヤニヤして」
「あ、オズ君、また空想の世界へ行ってたの?」
やべ、俺がジャンヌのメイド服姿、想像していたのがばれてしまった。
「お母様の許可いただいたから、
オズ君は、セーラが着ていたようなみすぼらしいメイド服がいいんでしょ、
お父様はフリルの付いたメイド服で、
メイドカチューシャもあった方がお好きなんでしたよね」
「ジャンヌさんよく覚えているね、
ジャンヌさんは、機能的で、動き易いやつだったよね」
「わぁ、お父様もよく覚えていらっしゃいますね。
私も実は、メイド服着てみたかったんです。
ですから今度、父と秋葉原か原宿へ、
メイド服見に行こうって話になっているんです」
「そうかい、それで、お父さんの好みは?」
「家の父はよくわからないみたいですよ」
「お父さんもオズも、また楽しみが一つ増えて良かったですね」
オカアがジャンヌの浴衣姿を眺めながら、
「私もジャンヌさんのメイド服姿、見てみたくなっちゃったわ」
「なんだよオカア、そんなんなら始めから賛成してくれよ。
もう勝手なんだから」
ジャンヌは笑い転げながら俺ん家の会話を聴いている。
「あ、写真、写真。ちょっと待ってね、今デジカメもってくるから」
一通り写真を撮ると、
「ジャンヌさん、そろそろ帰りましょうか」
「はい、宜しくお願いします。お父様おじゃましました」
「おう、ジャンヌさん、ごちそうさまね、またね」
「オズはお留守番ね」
「え? また?」
「今日はお母さんとジャンヌさんの二人だけで送らせてよ。
私もうきうきしてるんだから」
ジャンヌが家にいると、みんながうきうきさせられるんだ。
ジャンヌってすげえな。
俺ん家は、みんなジャンヌの虜になってしまったみたいだ。




