【ファザコン】
「そういえばさア、俺、ジャンヌのこと、知らないこといっぱいある。
ジャンヌさア、中学の時、部活何かやってた?」
「私、美術部だったの」
「え? マジ? 俺のお祖父ちゃん、もう俺が小さいとき亡くなってるけど、
絵描きだったんだって。
晩年はヒマラヤをライフワークにしてたってオトウが言ってたな」
「え? ほんと? 私、オズのおじい様の作品、観てみたいな。
あ、多門院の本堂に掛かっていた絵、ひょっとすると、おじい様が描かれたの?
たしかヒマラヤの山の絵だった記憶がする」
「そうだった。ジャンヌよく判ったな。
『早春のカシミール高原』だったな。
家の玄関とリビングにもおじいちゃんの絵が飾ってあるよ」
「ええ、玄関がヒマラヤらしい山の寺院の絵でしょ。
リビングが花の絵だったわね」
「ジャンヌ、さすが絵画部だな」
「私、絵を観るの好きだから、多門院でちらっと観ただけだけど、
何か、何処かで観たことのあるタッチだなって。
やっと納得できたわ。
私的には、リビングに掛かっている静物の花の絵がとっても好きよ。
おじい様、とってもお上手ね。オズは芸術的センスは?
選択は書道だったわね」
「俺、絵の方は全然センスないよ。
書道の方は、小学校の時から書道教室に通わされたからな。
オカアの趣味でさ、自分が書道やってたから、息子にもやらせたかったって。
おじいちゃん先生で、お習字のあと、お菓子もらって帰るのが楽しみだったな。
だから俺、お習字は得意なんだ。小学校の時から、よく賞をもらったな」
「それでかあ、オズ、字書くの、とっても上手よね」
「オトウも絵の才能は全然ないって言ってるけど、
絵の才能は、隔世遺伝するから孫の俺に絵の才能が出るんじゃないかって、
期待されたけど、全く期待ハズレさ」
「私はどちらかっていうと、自分で絵を描くより観る方が好きよ。
よくお父さんに、美術展連れて行ってもらったの。
お父さんが絵画鑑賞好きで、
それからクラッシックのコンサートも、
毎年年末は第九を聴きに行くのが私とお父さんの恒例イベントなの」
「え? ジャンヌ、お父さんと二人? お母さんは一緒に行かないの?」
「ええ、お母さんがお父さんに気を使って、いつもお母さんは、
『ジャンヌと一緒に出かけられるのは今のうちだけですよ』って、
それに家のお母さんいわく、
『お父さんは、娘と二人でお出かけするのが最高の楽しみなのよ』って」
「へーえ、さすがジャンヌのお母さんだな。
夫婦でも<おもてなしの心>を発揮するんだ。おばあちゃん仕込みだ」
「さあ、それは分からないけど、お母さんは
『私は、ジャンヌが生まれるまでは、さんざんお父さんとお出かけしたから』って。
でもよく三人で横浜のデパートへお買い物行ったりするわ。
帰りに中華街でお食事して帰るのが我が家の定番なの」
「へーえ、やっぱジャンヌん家、すげえな。
俺、今まで両親とデパートなんて行ったことないぜ。
俺、小学校からずっとサッカーやってたから、
土日はサッカーの試合があったから、
チームの父兄と小学校の会場へ移動して、一日中両親とサッカー漬けだったな。
ジャンヌ、デパートって、ウィンドウショッピングじゃないよな?」
「ええ、私のイベント用のお洋服買ったり、靴も買ったり」
「ジャンヌ、イベント用って、コンサートとか絵の鑑賞とかに行くとき用?」
「ええ、私、着せ替え人形みたいに、
お父さんお母さんが、あれがいいこっちの方が似合うとか」
「なんだ、ジャンヌ、自分の好みは言わないんだ」
「私はあんまりこだわらないから、両親が楽しそうに選んでくれるから」
「なんかさあ、ジャンヌの家って、みんなで気配りで競ってるじゃん」
「そうかなあ、自分じゃあよく分からないわ」
「でも、ジャンヌの家って、さすが天使の家って感じだな。
なんかさあ、聞いてると、ジャンヌの家って、生活レベルが高いじゃん。
一人娘だし、幼稚園から白百合って感じだし、私立中学受けなかったの?」
「ええ、お父さんね、藤澤周平の大ファンなの。
なんか生き方まで心酔していて、
『普通が一番』っていうのが藤澤周平の口癖なんですって」
「それでジャンヌも『普通』が大好きなんだ」
「ええ、私はお父さんからの影響だけど。
藤澤周平は、一人娘のお嬢さんにも
『女の子は普通が一番』が口癖だったらしいの」
「そうなんだ。でもジャンヌ、ジャンヌは私立中学行きたくなかったの?
ほら、いつだかの沙也香ちゃんみたいに、ミッション系の学校なら、
ジャンヌ、毎日教会でお祈りしそうだよな」
「ううん、私のお友だちも、何人か、進学塾へ通う私立中学受験組がいたけど、
私は地元の公立中学でいいからって思っていたの。
両親も私の希望は確認してくれたわ」
「そうか、やっぱジャンヌは、
生まれる前から六国高校への入学が決まっていたんだ。
だから前期日程で楽々入試突破して、早々と入学決めたんだ」
「モンチも前期日程で合格ね」
「ああ、ゴリも内申、すげー高かったし。
俺なんか、内申ぎりぎりだったから、
本チャンの試験、本気で頑張ったんだ」
「オズも生まれる前から一緒に合格することになっていたのね。
ジュリもきっと同じね」
「俺さあ、ジャンヌ。試験勉強はそれなりに頑張ったんだけど、
山勘っていうか、重点的にやったとこが全部どんぴしゃで出題されてたんだ。
なんか、ここ試験に出そうだからしっかりやろうってやったとこ」
「ジュリもオズと同じようなこと言っていたわ」
「そうかあ、ジュリも内申ではヤバかったらしいから、
俺みたいに、天之宇受売命が個人指導っていうか、
神様だから、出題は全部判るから、
この問題しっかりやれとかいう感じだったと思うよ」
「ジュリも、六国高校に入学して、演劇部に入って舞台に立つという、
明確な目標があったから、自分でも不思議なくらい勉強したし、
集中できたって言っていたわ。
神様も、合格させるからには、それなりの努力をさせるものなのね」
「ジャンヌ、俺も努力したからな。勉強すげー集中できたぜ。
今は昔のペースに戻っちまったけど」
「ねえオズ、今年の年末、第九聴きに行かない?
きっとオズも感激すると思うけど」
「俺、ぜったい行く。
俺、ジャンヌが感激すること、俺も一緒に感激したい」
「わー嬉しい。
じゃあ、年末の第九のチケット、オズの分も取ってもらうから」
「なあジャンヌ、ゴリとジュリも都合がつけば一緒に行きたいな」
「もちろんよ、オズ。後は年末にスケジュールが空くといいわね」
「あ、でもさあジャンヌ、年末の第九って、
お父さんとの恒例イベントって言ってたじゃん。
お母さんも遠慮して、一緒に行かないんだよな。
俺なんか、お父さんに悪い気がしてきた。
ごめんなジャンヌ、せっかく盛り上がったのに」
「わーオズ、優しんだ。お父さんの心配してくれてありがとう。
でも大丈夫よ、オズ。
年末の第九はね、お父さんと私の大事なイベントなんだけど、
演奏会の前に、レストランでお食事するの。
それなりのお洋服とかコートを着て、
リトルプリンセスになったつもりになるの」
「俺ジャンヌ、そんなスーツなんか持ってねえし、
いい服なんかも持ってねえから……」
「ごめんなさいオズ、レストランっていっても、
一流のホテルとかレストランに行くわけじゃないの。
そういうレストランは、大人の世界だから、いくら着飾っていても、
連れていかれないわ。
子供が背伸びして、大人の世界に入るのは、
西片町のおばあちゃんが絶対許さないし、
お母さんもそこのところは良くわかっているから。
ファミレスよりちょっと上の感じ位のところよ。
だから服装は心配しないで。普段着でOKよ」
「でも、ジャンヌに合わせないと悪いしな」
「ううん、全然気にしないでね。気になるなら、私も普段着にするから。
でもオズぅ、上野の文化会館とかサントリーホールでのコンサートでも、
若いカップルなんかは、男性はラフな格好の人多いいわよ。
ジーパンの男性もそこそこ見かけるわ。
でもねオズ、女性の方はみんな着飾っているわ。
イヤリングかなんかしちゃって、男性のラフな格好とのアンバランスが、
若者らしくてとってもほほえましいなって。
男性は、気取らなくて爽やかな感じがするし、
女性が一段と引き立って見えるのよね」
「そういうもんか、それなら俺は普段着でOKなんだな」
「もちろんよ」
「でも俺、ジャンヌには着飾ってもらいたいし、
ジャンヌのお嬢様スタイルっていうか、
プリンセス姿もすっげー見てみたくなった」
「あら、ごめんなさい。すっかり横道にそれちゃったけど、
さっきの私とお父さんのイベントのことだけど。
去年の年末も、レストランでお食事しながら、いろんなお話をしたの。
その時お父さんがね、寂しそうに言ったの。
『ジャンヌと第九を聴きに行くのも今年が最後かな』って。
そしたら私、
『え、なんで? おとうさん。私とお父さんの大事なイベントでしょ。
私、来年もいっしょに観に行くつもりよ。どうしたの?』って。
そしたらね、
『いや、来年ジャンヌが高校生になって、彼氏と言うか、
男の友達の、一人や二人はできるんじゃないかと思って
そしたらもう、一緒に行けなくなるのかなって』」
「俺、男だから、なんとなしにお父さんの気持ち解かる。
娘を彼氏に取られてしまうっていう感情」
「家のお母さんね、いつもお父さんには
『お父さん、今どき中学生になっても、
お父さんと一緒にお出かけしてくれる娘なんかいませんよ。
高校生になって、ジャンヌに彼氏でもできたら、
一緒に行けなくなるんですからね』って。
なんかお母さんの薬が効きすぎちゃったみたいでしょ。
だから私、お父さんに言ってあげたの。
『お父さん、年末の第九は、私とお父さんとの大切なイベントでしょ。
私とっても楽しみにしているのよ。
だから、来年も連れて行ってくれるってお約束して』っていったの。
そしたらお父さん、ほっとしたっていうか、
安心した顔して、喜んでくれたの。それから、
『じゃあお父さん。お父さん、もしよ、ほんとにもしだからね。
もしも私に、男のお友達ができたら、
来年お友達も一緒に誘ってもいい?』って聞いたの。
そしたらお父さん、
『お父さんはね、ジャンヌが喜んだり、嬉しがったりするのを見るのが、
一番幸せを感じる時なんだ。
だから、ジャンヌが男の友達を連れてくるのがジャンヌの喜びならば、
そのジャンヌを見るお父さんは、それ以上の喜びを感じるんだよ。
だから遠慮しないで連れておいで』って言ってくれたのよ。
話が長くなったけど、結論はオズは大歓迎ってことなの」
「へーえ、ずいぶんできたお父さんだな。
さすがジャンヌのお父さんだけのことはあるな」
「でもね、オズぅ。お父さんたら、
『あんまりお父さんに甘えると、ジャンヌがファザコンだって、
嫌われちゃうぞ』って。
そうかなあオズ、オズから見て、私ってファザコン?」
「いや、俺はそうは思わない。
確かにジャンヌは、お父さんによく甘えてるけど、それって、俺から見ると、
お父さんとの信頼関係が深く感じるし、とっても素直に育てられたなって思うぜ。
俺、二人の関係見てると、なんかとっても癒されるんだ」
「ありがとうオズ、お父さんに言っておくわね。
余計な心配しなくていいからって。
あ、それからね、恒例の夕食だけど、お父さんたら、
『ジャンヌ、お友達に、とびっきり美味しいもの食べてもらおう。
お父さん何でもお友達に合わせるから』って、
『お父さん、なんでも合わせるからってほんとう?』って聞いたの。
『だってお父さん、焼肉が食べたいとか言われても、
お父さん大丈夫なの?』って」
「え? 俺ならお父さんに合わせるよ。俺、好き嫌いないから」
ジャンヌが急に笑い出した。
「どうしたジャンヌ? 急に笑い出して」
「ごめんなさいオズ、だってまだ7月なのに、私たち、年末の話で、
何食べるかで心配しているでしょ。
ちょっと早すぎるかなって、おかしくなっちゃったの」
ジャンヌといろんな話をしているうちに、砂浜は人でいっぱいになってきた。
あたりも薄暗くなり、もうすぐ七時になる。
「もうすっかり暗くなってきたな。
ジャンヌ、サンドイッチ、すげー美味いから、
俺、一人で全部食べちゃいそうだな。
俺もうお腹いっぱいだから、ジャンヌごちそうさま。あとジャンヌ食べてよ。
俺ん家着くの、9時ごろになるから、ジャンヌも食べておけよ」
「ありがとうオズ、じゃあ食べて片付けちゃうわね」
ジャンヌは食べ終わると、カップとボトルも籠バックに収め、
「もうすぐ始まるわね、なんか私、わくわくしてきちゃった」
「ジャンヌなあ、打ち上げ花火は、あっちの由比ガ浜の前で上がるけど、
材木座からでも迫力充分だぜ」
「それでこっちの方が空いているのね」
いよいよ打ち上げ花火でスタートした。
先ず始めに、尺玉という大きい花火の3連発だ。
「わーすごーい」
ジャンヌが感激している。連れてきて俺は大満足だ。
「このでかい花火、300メートルくらい上がるんだ」
「そうなんだ」
俺は花火を見上げながら、ちらちらジャンヌの反応を観察している。
「それからさあ、水中花火はこの前で上がるんだ」
続いて水中花火が上がった。目の前だ。
「わー綺麗ね」
打ち上げ花火と水中花火が交互に上がっていく。
俺は花火の明かりに照らされる、ジャンヌの横顔をしきりに見ている。
なんか花火よりも、ジャンヌの喜びの顔を見てる方が、俺的には幸せだ。
俺は例によって、一人で水面をぼーっと見つめていた。
「オズぅ、花火見ないの? あーら、また独りで空想していたの?」
「あ、ごめんごめん。俺、ジャンヌが喜んでくれてるから、
連れてきてよかったなって……」
「ありがとうオズ。私、こんなに楽しい花火大会ッて、初めてよ」
「そっかー。良かった、気にいってもらって」
第三ステージの打ち上げも終わり、全て終了した。
俺にとっては、花火よりも、ジャンヌの横顔を見に来た花火大会だった。




