【材木座海岸】
海岸に行くまでに、時々打ち上げ花火の音が聞こえる。
『さあ始まるぞ、早く来いっていわれてるようで、気が急いてくる』
海岸に着くと、人の流れは、鎌倉駅からそのまま138号線を渡って、
由比ガ浜海岸の方へ吸い込まれていく。
俺は、138号線を渡ると、左側の滑川を渡って、国道沿いに小坪方面へ歩いていく。
打ち上げ花火は、毎年由比ガ浜海岸の前で上がるから、
由比ガ浜の方が混雑する。
材木座も小坪の方に行くほど空いてくる。
材木座の中ほどで海岸へ降りて行った。
まだ、砂浜を歩いても、広いのか、大分空きスペースが在る。
昼間の海水浴の延長で、そのまま肌を焼いているのか?
眠たくて寝てるのか、ビニールシートの上で、水着で寝てるのが沢山いる。
俺は、帰りのことを考えて、比較的海岸入口近くにスペースをゲットした。
ビニールシートを敷き、荷物を置いて、簡易ベンチを置き、並んで座った。
まだ6時前だ。花火は7時からだから、まだ一時間もある。
「まだ着替えてない人たちも、かなりいるわね」
「きっと始めから、花火大会観るつもりなんだろう」
「でもみんな、よく焼けているわね」
「ジャンヌさあ、色白いじゃん。あれだけ焼けるの、大変じゃん」
「そうね、始めは赤くなってお風呂に入ると痛いのよね」
俺もジャンヌと海水浴にも来てみたいし、水着のジャンヌも見てみたい。
スタイルは抜群だし、でも、ビキニなんて着てこられたら、俺、
天使のジャンヌの水着姿なんか見て、色情をもよおしたらまずいしな。
やっぱジャンヌには、スクール水着が似合うかもな。
そもそも、俺たち、まだまともに手も握ってないし、
恋人同士までいってない。
なんせ今日が、初デートだから、二人で海水浴は、大胆すぎるかも。
もしも誘って、軽蔑され、断られたら、
俺は一遍にジャンヌの信頼を失くしてしまう。
色んな思いがわいてくる。
「オズぅ、なに考えているの?」ジャンヌが俺をのぞきこんだ。
俺ははっとして我に返り、ジャンヌに俺の心を見透かされた気がして、
顔が火照ってしまった。
「いや、別になんでもない」
「ねえ、オズぅ、お母様が仰ってたけど、オズって、小さい頃から、
いろいろ空想するのが大好きだったんですって?」
「うん、俺ってそうかもな」
「オズったら、さっきも独りで、楽しそうにニコニコしていたわ」
ジャンヌは俺のこと、オカアみたいにニヤニヤしてるって言わないで、
ニコニコって言ってくれた。
それにキモイなんてジャンヌは言わない。
俺はジャンヌのそうした思いやりが嬉しくなった。
やっぱりジャンヌはすっげー優しいんだ。
「あ、オズ、また独りでニコニコしている。オズ一人でずるーい。
今度はなに考えていたのか教えてー?」
今度はジャンヌは、両手を胸に抱きながら、
俺に顔を、ぐっと近づけてのぞき込む。
しまった。言われたそばからまたやってしまった。
俺は顔を遠ざけながら、
「あのさージャンヌ、オカアは俺のこと、ニヤニヤしてるって、
キモイみたいな言い方するんだけど。
ニコニコ楽しそうって言ってくれたじゃん。
俺、すっげー嬉しかったんだ。
ジャンヌのそういった思いやりが」
「え?、ごめんなさいオズ。
私、意識して使ってなかったわ。
だってオズ、ほんとに楽しそうに、ニコニコ顔だったのよ」
「そうかジャンヌ、でも俺、今もジャンヌがニヤケ顔って言わないで、
ニコニコ顔って言ってくれたじゃん。
俺のこと、好意的に見てくれてるなって、
やっぱオカアと比較して、俺、すっげー嬉しいんだ」
「ふーん、そうなんだ。
私、よく解からないけど、だけどオズ、自分のこと、
キモイなんて言わないで。
全然そんなことないから。お願いね、オズ」
俺は、ここで話を切り替えておかないと、さっき、
ジャンヌの水着姿を空想していたことが、ばれないように、
「ジャンヌ、麦茶持ってきたけど、飲むか?
俺、お菓子も考えたんだけど、ジャンヌのお菓子の好み、
判んないし、持ってこなかった」
「ありがとう、オズ。
私もポットにミルクティとサンドイッチつくって持ってきたの。
オズぅ、食べる?」
「おう、ジャンヌの手作り?」
「ええ、あのね、オズ、チーズ好き?」
「ああ、好きだよ」
「ああよかった。
サンドイッチ、チーズサンドも入っているの。ハムと玉子も作ってきたの」
ジャンヌは、籠バックから小さな筒に入ったおしぼりを出し、俺に渡しながら、
「これで手を拭いてね」って、俺は、女性が側にいてくれるって、
癒されるし、なんか浮き浮きしてくる。
次にジャンヌは、タッパの蓋を取り、手作りサンドを勧めてくれた。
俺はチーズサンドをつまみ、一口食べると、美味しさと嬉しさで思わず、
おもいっきりニヤケてしまった。
ジャンヌも俺の表情に注目しながら、釣られて笑ってしまっている。
「オズお味どう?」
「すげー美味い、こんな美味いサンド、俺初めて食べた。
ジャンヌすげー料理上手じゃん。それに、このパンもすげー美味いよ」
「ありがとう、オズ、サンドイッチ用のパン、西鎌倉の『パイニー』っていう、
家の近くにある、美味しいパン屋さんのよ。ハムも玉子も食べてみてね」
ジャンヌは、膝の上にタッパを置いて、微笑みながら俺を見ている。
「うん、ハムも、玉子も最高。ジャンヌも一緒に食べようよ」
「ありがとう、オズ、でも私、まだお腹空いてないから大丈夫よ。
オズ、温かいミルクティなんだけど、飲む?
それとも、オズの持ってきた麦茶にする?」
「もちろんミルクティだよ。サンドイッチに合うしな。
ジャンヌ気がきくじゃん」
ジャンヌは、タッパを置いて、バックをまさぐっている。
手作りサンドに、俺の好きなミルクティか、
女性が側にいてくれるって、こんなに気持ちが和むんだ。
至れり尽くせりだ。これが大和撫子か。俺は独り、悦に入っていた。
「オズぅ」
俺はハットして我に返ると、ジャンヌがティーカップを持っていた。
「はい、ミルクティ。オズぅ、またニコニコして、
自分の世界へ入っていたわね」
「あ、サンキュージャンヌ。俺、今、女性っていいなって思ってたんだ。
女性が側にいるって、こんなにも心が癒されるんだって」
「わー嬉しい。オズって、女の子褒めるの、とっても上手ね」
俺は、クマの童画のティーカップを見ながら、
「ジャンヌやっぱ違うよな。このカップも、わざわざ持ってきてくれてさ、
ほっこりするよな。
手作りサンドとミルクティだけでも最高なのに、
やっぱお茶やってるから、それに、おばあちゃんから、
〈おもてなしの心〉を教わったからかもな」
「オズぅ、カップ、気づいてもらえたし、それに、気にいってもらえて、
とっても嬉しいわ。
オズが言っていたように、お茶の世界って、
亭主も客も、相手のことを、最大限思いやり合うの」
「そうか、それなら俺も、ジャンヌにお茶注いでやろう。
ジャンヌもミルクティだろ? ジャンヌのカップは?」
「あ、ありがとう、オズ、私、麦茶いただくわ」
「え、何で? ジャンヌって、どう見たって、
麦茶よりホットミルクティの方が合いそうじゃん。
あ、俺が麦茶持ってきたから、それで俺に、気ぃ使ってんのか?」
「ううん、私、喉乾いたからよ」
「ジャンヌさあ、さっきジャンヌが言ってた、
お茶の世界の、相手を思いやる心だよな。
俺がさあ、せっかく持ってきた麦茶、
ジャンヌが飲んでくれるのは嬉しいけど。
俺的にはやっぱ、ジャンヌと同じものっていうか、
一緒にミルクティ、味わいたいんだ。
二人で、ミルクティ、美味しいなって。
俺、それに、ジャンヌのティーカップも見てみたい」
俺はジャンヌからボトルを取り上げ、
「ジャンヌ、カップ」って促した。
ジャンヌはちょっと躊躇したが、恥ずかしげに出したカップは、
俺のとおそろいでカップルだった。
「ジャンヌ、オソロじゃん」
ジャンヌは、頷きながら頬を少し染め、嬉しそうにカップを指し出した。
俺はジャンヌにミルクティを注ぐと、
「ありがとう、オズ。オズって優しいのね」
「いやぁ、〈おもてなしの心〉じゃん。ジャンヌから教わったのさ。
じゃあジャンヌ、かんぱーい!」
俺もオトウの乾杯の癖がうつってしまった。
俺とジャンヌはカップを合わせ、一口飲むと、
「これ甘くてうめー。家で入れる牛乳ベースのミルクティじゃん」
「ええ、ヒマラヤ風ミルクティ、お母様から入れ方教わったの。
オズはコーヒーより紅茶の方が好きなんでしょ?」
「俺、コーヒー飲むと、胃がおかしくなって、ニキビが出ちゃうんだよ。
だから家じゃコーヒーは飲まないな」
「そうなんだ、でもお母様、オズ、食べ物は好き嫌いないって仰っていたわ」
「ジャンヌはどうなの、コーヒーと紅茶、どっちが好きか?」
「家ももっぱら紅茶ね、家にはダージリンとかプリンスオブウェールズとか、
いろいろな種類の紅茶を楽しんでいるわ。飲み方は、お砂糖いれるだけよ」
「なんか俺たち、最近までジャンヌが修行してたから、
お祈りばっかだったじゃん。
だからお互いの事、食べ物の好みとか、あんまり知らないんだよな。




