【鎌倉駅】
鎌倉駅の改札口を出るとすごい人だ。
人の波は、東急ストアの横から 海岸へ向かう。
改札口を出てからジャンヌの様子がおかしい。
さっきまでの雰囲気と全く違う。
人混みの中を進んでいくが、緊張してるようだ。
無口になり遅れがちに付いてくる。
俺は振り返りながらジャンヌを見つめると、
俺をちらっと見ると目を反らしてしまった。明らかに緊張の表情だ。
「ジャンヌ、どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
ジャンヌは首を横に振った。
「ジャンヌ、やっぱおかしいよ!」
俺たちは人混みの中で立ち止まった。
人混みを避けて東急ストアの横を曲がらず若宮大路へ進み、
そこでジャンヌに、
「ジャンヌ、俺に隠し事するなよ、何があったんだ?」
ジャンヌは下を向きながらモジモジしている。
「あのー、オズぅ……、オズがー……いつ手をぎゅっと握るのかと……」
あ、ジャンヌは、拐われないよう、俺がいつ手をぎゅっと握るのか、
それで緊張してたんだ。
ジュリが言った冗談を真剣に受け止めていたんだ。
俺は、ジャンヌの純真な素直さに、改めて感激すると共に、
限りない愛おしさを感じた。
「俺、絶対ジャンヌを護るから、心配するな!」
俺は興奮して、思わず大きな声を出してしまった。
ジャンヌは、いきなり大きな声を出され、戸惑いなが
ら頷いた。
「なんだジャンヌ、始めに言っときゃよかったな。悪かったな」
「ううん、いいの」 いつもの微笑みで返してくれた。
「あのな、ジャンヌ、俺、さっきから、ジャンヌのまわり、
チェックしてるから、手を繋がなくても大丈夫だから」
「そうだったんだ。オズ、頼もしいー、ありがとう」
「ジャンヌを拐っていくような、変な奴がいたら、
いつでもジャンヌの手を握る用意してるから。
そうだ、 予行演習してみっか?」
ジャンヌは頬を染め下を向きながら、首を、コクりと頷いて、
そっと右手を差し出した。
ジャンヌは、完璧に俺の言うことを信じている。
浴衣の袖口からのぞく、細い手首が白くて眩しい。
華奢な手は、強く握ると砕けてしまいそうだ。
俺は、一瞬、手を握るのを躊躇した。
ジャンヌは首を左にかしげ、首筋まで赤く、緊張している。
髪をアップにしているので、白いうなじがきれいだ。
艶めかしさを感じてしまい、ぞくっときた。
思わず抱きしめたい衝動に駈られた。
再びジャンヌの小さめの手を見つめると、
穢れを知らぬ高貴さを感じ、俺の不純な思いに戸惑った。
『いかんいかん』思わず俺は、ジャンヌの信頼を弄んではいけない。
やっと俺にブレーキがかかった。
「ジャンヌ、やっぱ予行演習しなくても、大丈夫だから。行こっか」
ふっとジャンヌの全身から、緊張が溶けた。はにかみながら、
「ハイ」って頷いた。
ふと気がつくと、『井上蒲鉾』の店の前だ。
「ジャンヌ、ここの『小判揚げ』、食べたことあるか?」
「ううん、美味しいの?」
「ああ、さつま揚げみたいなんだけど、オカアがとっても好きなんだ」
「え? それなら私、お母様に、おみやげに買って帰るわ。
今晩、帰りにオズのお家寄って、お母様に私の浴衣姿、お見せするでしょ。
帰りはお母様が家まで送って下さるから」
「そうか、オカアも喜ぶよ。それからさー、ここの『昆布かま』、
『昆布巻き蒲鉾』なんだけど、オトウの大好物でさ、
酒のつまみに最高って言ってるんだ」
「わー、それなら私、『昆布かま』もお父様のおみやげに買って帰るわ」
「え? オトウ、ジャンヌから『昆布かま』、プレゼントされたら、
もうメロメロになっちゃうぜ」
「オズ、教えてくれてありがとう」
ジャンヌは大変な喜びようだ。
「じゃあ、俺がジャンヌとお母さんに小判揚げ、
お父さんに『昆布かま』買ってやるよ」
「え? いいの? ありがとう。 お父さんとお母さん、とても喜ぶわ」
「帰りだと店、閉まっちゃうといけないから、先に買っておこうか」
俺たちは、それぞれ小判揚げ10枚と昆布巻き蒲鉾一個を買って店を出た。
俺は、若宮大路の信号を渡って、向こう側から海を目指す。
材木座側で見るつもりだ。
その方が空いているし、できるだけ、
俺たち二人の回りは静かなほうがいい。
俺たちは、信号を渡りながら、
「ジャンヌ、俺は金、オカアにもらうけど、ジャンヌは大丈夫か?」
「え? オズ、自分のおこずかいからじゃないの?」
「なに? ジャンヌ、自分で払うの?」
「ええ」 ジャンヌは頷いた。
きっとジャンヌは、沢山おこずかいもらってるのだろう。
やっぱ金持ちなんだ!
「そっかー、ところでジャンヌ、おこずかいいくらもらってるの?」
「3000円だけど」
「え? それだけ? それじゃあさっきの井上蒲鉾で、
おこずかいの半分無くなっちゃうじゃん」
「ええ、だって、私、あんまり使うことないし、
必要なものは買ってもらえるから。
じゃあオズは、いくらもらっているの?」
「俺は5000円、俺、家が近いから、他の奴らみたいに、
コンビニで買い食いしないから、けっこう余っちゃうんだよな」
「そうでしょ、私も入学以来、オズの家と自宅以外、
他はどこにも行ってなかったわね」
「そーかー、じゃあジャンヌ、四月から金、たまってるんだ」
「ええ、オズも、お金使うのに、山を下りなければならないし」
「そう言えば、オカアが言ってたけど、
親としちゃあ六国高校に入学させたいらしい。
なんてったって、山の中の高校だから、勉強に部活にと、
親は子供を辺鄙な所に入れておくほうが安心なんだろうと言っていた。
それに、北鎌もなんにも無いしな」
俺は、ジャンヌと海岸目指して歩いているが、
浴衣の女性もけっこういる。
ついついジャンヌと比較してチェックしてしまう。
浴衣を着て、髪をアップにして、
花の飾りを付けるのが女性の定番みたいだ。




