【浴衣】
ジャンヌとは、北鎌倉駅夕方5時に、ホームの一番前で待ち合わせだ。
もっともこの時間、学校は夏休みだけど、部活帰りの六高生が多いはずだ。
なんてったって六国高校は、部活が盛んだ。
ほとんどの奴が部活に入って活動している。
北鎌倉駅の改札口は、朝の通学時にホーム中ほどの臨時改札口が開くけど、
それ以外は鎌倉寄りの一番前 しかない。
だから、二人でいるところを、六高生に見られないように、
俺が早目に北鎌でスタンバイし、
ジャンヌが大船駅で横須賀線に乗るとき、
メールしてもらうことになっている。
ジャンヌには、一両目の一番前のドアから乗るよういってある。
俺がまだ、権兵衛踏切に達してないのに、もうメールがきた。
まだ20分前だ。駅の改札口まであと7~8分かかる。一本遅らせてもらう。
なんか胸がドキドキしてきた。心が急いて早足になっている。
プライベートでは初めて二人だけで会う。
これってやっぱデートって言うんかな?
ジャンヌも初デートのはずだ。
ジャンヌとどんなこと話せばいいか 、今から心配だ。
俺は、ジャンヌが側にいてくれるだけで大満足なんだけど。
北鎌倉駅のホーム沿い、
ちょうど『オリエント古書堂』のあたりで下りの電車がきた。
やっぱ間に合わなかった。ジャンヌは次の電車で 来るはずだ。
車内はかなり混んでそうだ。浴衣姿もけっこういる。
上りホームには、六高生が何人かいる。幸い俺のクラスの奴はいない。
北鎌倉駅は、鎌倉学園と北鎌倉女学園の乗降駅でもあるけど、
夏休みのこの時間でも、部活が盛んな六高生がやはり多い。
俺が下り電車を待つ間にも、六高生がちらほらホームに入ってくる。
俺は、早く電車が来ないかと焦りはじめた。
一番前のドアにジャンヌが乗ってるはずだから、
ホームで二人でいるところは見られないけど、やっぱ気になる。
俺の浴衣姿も、ジャンヌが大喜びしてくれるはずだ。
ホームで待つ間にも、浴衣を着たお姉さんが入ってきた。
髪はアップにまとめ、花の飾りを着けている。
なるほどジュリが言ってた髪アップだ。
俺はジャンヌが長い髪を、どうやってまとめてくるのかワクワクしてきた。
また今度は、若いカップルが浴衣で決めてきた。
北鎌の下りホームは花火モードだ。
30才くらいの若夫婦のようだ。俺は先に男の方をチェックした。
細身の長身で、浴衣も帯も茶色で決まっている。
下駄も俺のと違って、高そうな下駄だ。
さりげに持ってるバックも、軽くて涼しげで、バッチリ決まっている。
若奥さんも髪をアップにして飾りを着けている。
夫婦で浴衣をオシャレに着こなし、楽しんでる感じだ。
俺はちょっと引け目を感じたけど、大人には敵わないし、
俺まだ高校生だし自分に納得。
やっと電車が来るみたいだ。
俺はホームから、六高生が来ないかと確認したが誰も見えない。
よし、今のうちに早く電車来い!
横須賀線の先頭車両が見えた。
ホーム下の踏切がキンコンカンコン鳴っている。
電車が止まってドアが開いた。先頭車両から人がどっと降りてくる。
北鎌駅は一両目から降りる人が多い。
降りてくる人混みの中にジャンヌも混じって降りてきた。
ジャンヌも俺に気がつき、右手を挙げた。
乗客が降りきるのを待って、一緒に電車に乗り込んだ。
車内は、乗客が北鎌倉駅でだいぶ降りたので、比較的空きスペースがあった。
車内であらためてご対面だ。
ジャンヌは、無言で『わー』って目をクリクリさせながら、
俺の下駄から、浴衣姿を下から上まで眺めている。
俺は体をひねって、背中の帯の結びも見せてやった。
ジャンヌは歓びいっぱいの表情で、目がきらきら輝いている。大成功だ。
今度は俺がジャンヌを見る番だ。
俺も無言で『ほー』って先ず髪型を見た。
ジャンヌは首をひねってアップにしてまとめている後ろを見せてくれた。
俺は胸の前で、音を出さない拍手をした。
次に俺も下駄を見て、浴衣姿のジャンヌを下から上まで眺めた。
後ろ姿も見たいので、俺はジャンヌに向けて、あごをくるっと回した。
ジャンヌは横を向き、背中をひねって後ろを見せ、
正面に向きなおると、恥ずかしそうにはにかんだ。
浴衣は薄い紫地に大きな花が沢山あしらってある、
帯はピンクで浴衣ととても合っている。
下駄はピンクの鼻緒だ。籠バックも夏らしく、これも浴衣に合っていた。
俺は左手でOKサインを出し、無言で『バッチリ』って言った。
ジャンヌはバスケットを両手で前に持ち、肩をすぼめて、
無言で『ありがとう』って微笑んだ。
俺は今、ジャンヌを独り占めしている幸せをかみしめている。
夢見てるようだ。
俺はジャンヌを、舐めるように見つめる。
これが知らない女性だったら通報されそうだ。
でも、俺のジャンヌだから、心ゆくまで観賞できる。
ジャンヌと目が合うと、恥ずかしげに下を向いてしまった。
鎌倉駅まで二人とも無言だった。
ほとんどの乗客が、鎌倉駅で降りた。
ホームも花火客でごったがえしている。
俺は、乗客をやり過ごし、一番後ろからゆっくり進んだ。
「ジャンヌ、バッチリ決まってるじゃん。髪、美容室?」
「ええ。ありがとうオズ。やっぱり美容室で結ってもらってよかった。
オズに褒めてもらえて」
ジャンヌは、俺に見せたくて美容室で決めてきたのか?
俺の為に? まさか! 俺は自惚れていいのか半信半疑だ。
「今晩、帰りに俺ん家寄ってくれるんだよな?」
「ええそうよ。お母様に、私の浴衣姿お見せするって、お約束しているから」
「だよな。きっとオカアも歓ぶぜ。オトウはもっと歓ぶぜー」
「お母様、オズに浴衣着せるなんて、おっしゃってなかったから、
私、オズの浴衣姿見てびっくりしたの。とても似合っているわ。
オズが浴衣着てくれて、すっごく嬉しい」
「オカアとさー、ジャンヌをびっくりさせようって、内緒にしてたんだ」
「そうだったの。私、とっても嬉しい。ありがとうオズ」
「俺さー、旅館の浴衣じゃなくて、本物の浴衣着たの初めてじゃん。
下駄も帯もだけど、さっきさー、
北鎌のホームで、若い夫婦が二人とも浴衣で決めてたんだ。
男の方も、着物着なれてる感じで、いかにも粋に着こなしてたんだ。
男の俺が見てもカッコよかったぜ。
俺はまだ、着物に慣れてないから、何となく堅苦しいよ」
「ううん。オズ、とっても素敵よ。すうーごっく似合ってるわよ」
「えー、そーかー? ジャンヌサンキュー。
でも、やっぱジャンヌの浴衣姿、最高!
回りのどんな女の子より輝いてるぜ。
俺、ジャンヌと一緒に歩いていて、鼻が高いよ」
俺たちは、やっと改札口を出た。




