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紫をまとういと高き天使  作者: げんくう
第三章 聖地巡礼
32/105

【沙也香の父】

 今日は月曜日、昨日のお伊勢参りの疲れも見せず、

ジャンヌもゴリも集合した。


 いつものように7時からお祈りを始めて、もうすぐ8時になろうとする時、

水晶に映像が映し出された。


「銀行だ、大船駅近くの商店街の路地にある銀行だ」ゴリが叫んだ。


「ほんとだ、日にちは今日だ。窓口の時計は午後12時20分を指している」


 野球帽にマスクの男が、カバンから拳銃を出して、窓口で金を要求している。


「このおじさん、沙也香ちゃんのお父さんじゃねえ?」


「大天使ミカエルからの指令がありました。

 今日、銀行の前でミッションね」


「今日の12時20分て、中間テスト、終わるの何時だっけ?」とゴリ。


「午前中で終わりよ、11時半に終わるから、

帰り道は下りだから、歩いて30分あれば銀行に着くわね」


「じゃあ、試験終わったら即出発しよう」


 俺は、ジャンヌとゴリに確認し合った。


俺たちは、試験が終わると高野台を下って、甘粕屋敷の長屋門の前を通り、

常楽寺のバス停へ出て、大船駅を目指した。


 銀行には、12時ちょっと前に到着した。


 銀行の入口の路地で、沙也香ちゃんのお父さんを待ちかまえることにした。


 12時10分、野球帽にマスクの男性が銀行の前の路地を通りすぎる。


 銀行を横目でようすを窺っていながらだ。水晶に映し出された男性だ。


「ジャンヌ、あの人に間違いないな」


「きっと躊躇してるんだろうし、迷ってるなあ」とゴリ。


 また銀行の前を通りすぎようとして、今度は立ち止まった。

 路地から銀行の入口に向かっている。


 ジャンヌが前に出て、


「お父さん」


 ジャンヌが声をかけた。


 父は、一瞬ドキッとして立ち止り、ジャンヌを見た。

 悲壮な表情だ。


「お父さん、沙也香ちゃんを悲しませないでください」


 父は、悲壮から困惑の表情に変化した。


「沙也香の知り合い?」


 父は、何事かを察知して、緊張のあまり、声が震えている。


「ハイ」


「な、なんで私を知っているの? 君たちは」


「私たちは、大天使ミカエル様の指示でここに来ています」

「大天使ミカエル?」


「ハイ、お父さん。

 お父さん、沙也香ちゃんが、

毎日イエス様にお祈りしているのは、ご存じですか?」


「ええ、それが?」父の緊張は続いている。


「沙也香ちゃんの祈りが、イエス様に通じたんです」

「え? どういうこと?」


「沙也香ちゃんは、お父さん思いのとっても優しい子ですね。

 お父さんのことも、毎日熱心に祈っているのはご存じですか?」


「いや。沙也香は、今の中学に入った時から、

あ、今の中学は、ミッション系で、

学校の教会でも、また、学校から勧められて、日曜日にも、

教会に行って祈ってるはずだけど、祈りの内容まではわらない」


 父が徐々に心を開いてきた。


「お家でも祈っていますよね?」

「ええ、食事の前にも、家族ともども祈らされているし。

 今の中学に入ってからは、キリスト教が、我が家にやってきた感じで。

 もちろん沙也香の信仰心が篤いからだろうが」


 ジャンヌとの会話の中で、父を覆っていた、暗黒の妄念が、

浄化されていくのが分かる。顔も不安な表情が薄らいできた。


「お父さん、沙也香ちゃんは、お父さんと家族の幸せを、

毎日祈っているんですよ。

 その祈りを、イエス様が受けとめられたのです。

 そして、イエス様が、大天使ミカエル様を通して、私に、

沙也香ちゃん一家の救済をお命じになったのです。

 私たちは、大天使ミカエル様の指導を受けている者です」


 父はまだ、半信半疑で聞いている。


「さっき、沙也香を悲しませるなとか、言っていたよね。

 私がここに、何しに来たか……知って……いるのか……ね?」


 最後の声は、震えていた。


 ジャンヌは、父を見つめ、黙って頷いた。


 父は、急に全身が震えだした。


「お父さん、お父さんには、銀行強盗は似合わないですよ。

 間違いなく捕まってしまいますよ」


 父は、目をそらせ、下を向いたまま、


「このままでは、資金がつまづいて、倒産してしまう。

 そしたら沙也香は、今の中学を辞めて転校させることになる。

 沙也香にだけは、つらい思いをさせたくない一心で、思い詰めて……」


「お父さん、沙也香ちゃんは、どんなにつらく、悲しい目に遭っても、

しっかり乗り越えられる子ですよ」


 父は黙ってうなずいた。


「お父さん、私たち、タイムカプセルで、未来を見ることができるんです。

私たちが見たものは、お父さんが、銀行強盗で捕まって、拘置所で、

お父さんとお母さん、沙也香ちゃんとの接見シーンでした。

 沙也香ちゃんの、お父さんに対する信頼も愛情も、

まったく揺るぎませんでしたよ。

 それどころか、お父さんの健康を気遣い、励ましていましたよ」


 ここまで話すと、父はがくりと膝まづき、両手を地面につけて泣き出した。


「お父さん、沙也香ちゃんはね、中学も、地元の公立に転校するし、

中学卒業したら働いて、弟の裕太君を、

自分が絶対大学まで行かせるからって言っていましたよ。

 そして、お父さんも、罪を償ったら、迷惑をかけた人たちにお詫びして、

一緒に頑張ろう、それまで待っているからって。

 とってもいい子ですね」


「沙也香すまなかった、お父さんを許してくれ」


 嗚咽で、言葉にならない言葉で、かろうじて聞き取れた。


「お父さん、私は今、未来に起こったであろう出来事を、お話したのですよ。

 お父さん、まだ、銀行強盗やっていませんよ」


「あ、そうか、私はまだ、銀行強盗やっていなかったんだ。ああー」


 そこまで言うと、急に立ち上がり、


「ああよかった、本当によかった」


「お父さん、お父さんには、沙也香ちゃんがついていますから、

倒産しようが、無一文になろうが、安心してください。

 開き直ってください。

 事業に失敗しても、沙也香ちゃんはしっかりした子ですから、

きちんと運命を受け入れてくれますよ。

 お父さんへの愛情は、びくともしませんから」


 父は、帽子とマスクをとった。暗い表情はすっかり消えていた。


「わかりました。開き直ります。もうなんにも怖くありません。

 これって、私の運命が、修正されたってことですか?」


「そのとおりです、お父さん。沙也香ちゃんの祈りが、

お父さんを、銀行強盗の犯人にならずに済ませたんです。

 お家に帰ったら、沙也香ちゃんを褒めてあげてください」


 父は、泣きながらうなずくと、笑顔で、


「ところで、あなたがた、先ほど、大天使ミカエルが、

どうのこうの言ってましたよね」


「私たち、イエス様のお使いって、思っていただいて結構です」


「お父さん、思いとどまってよかったですね」とゴリ。


「お父さん、倒産したって、命までは取られませんから。

 沙也香ちゃんの祈りがあるから、将来、絶対幸せになりますよ。

 僕も信じてますから。なあ、ジャンヌ」


「あ、ジャンヌさんておっしゃるんですか。

 ほんとにありがとうございました。

 このご恩は一生忘れません。

 もう大丈夫です。開き直りましたから」


「それでは私たちは、これで失礼いたします。

 どうぞ、気をつけてお帰り下さいませ」


 ジャンヌが帰りを促して、見送るつもりだ。


「あ、お父さん、この先に、松竹通りがありますよね、西友の前の」

「ハイ」


「そこの、中通り商店街を抜けた、松竹通りに、

宝くじ売り場がありますよね。ご存じですか?」

「あー、ハイ、ありますね」


「お父さん、そこで宝くじ、一枚買ってください。

 番号はどれでも、お好きなのを一枚お願いします。

 それではお体を大切になさってください」


 父は、怪訝そうな顔をしながら、笑顔でお礼を言うと、帰って行った。


 俺たちは、父が、中通りを曲がるまで見送ると


「モンチ、オズ、お疲れ様」


「ジャンヌお疲れ、でも、ほんとによかったな、オズも」


「なあジャンヌ、あの宝くじ、ひょっとすると、一等二億円が当たるのか?」

「さあ、神様のみ心だから、私には判らないわ。

でも、当たらなくても、あの家族なら大丈夫よ」


「うん、俺もそう思う。だけどさあ、せっかくだから、

10枚買ったら前後賞合わせて3億円だぜ」


「お前、欲出したら当たるものも当たらなくなるだろう」


「ゴリ、そうだけどさ、当たるの判ってたら、前後賞も欲しいよな」

「オズ、神様ごとなのに、不謹慎だぞ」


「あっ、そうか。俺もまだ駄目だな」


 神様のミッションにかかわる事なのに、世俗的に考えてしまって反省だ。


「なんかさー、人の役に立つって、気分よくねえ?」


「モンチ、私もよ。それに、とっても嬉しいわ」


「俺もだ。よっしゃー、それなら試験中だし、帰って勉強するか」


「オズは歩いて帰るの?」

「ああ」


「山登り、お疲れさま。ゆっくり帰ってね。じゃあまた明日」


 ジャンヌは例によって、いっしょうけんめい手を振ってくれた。


「ばあい」ゴリも手をあげ二人、大船駅へ帰って行った。

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