【沙也香の父】
今日は月曜日、昨日のお伊勢参りの疲れも見せず、
ジャンヌもゴリも集合した。
いつものように7時からお祈りを始めて、もうすぐ8時になろうとする時、
水晶に映像が映し出された。
「銀行だ、大船駅近くの商店街の路地にある銀行だ」ゴリが叫んだ。
「ほんとだ、日にちは今日だ。窓口の時計は午後12時20分を指している」
野球帽にマスクの男が、カバンから拳銃を出して、窓口で金を要求している。
「このおじさん、沙也香ちゃんのお父さんじゃねえ?」
「大天使ミカエルからの指令がありました。
今日、銀行の前でミッションね」
「今日の12時20分て、中間テスト、終わるの何時だっけ?」とゴリ。
「午前中で終わりよ、11時半に終わるから、
帰り道は下りだから、歩いて30分あれば銀行に着くわね」
「じゃあ、試験終わったら即出発しよう」
俺は、ジャンヌとゴリに確認し合った。
俺たちは、試験が終わると高野台を下って、甘粕屋敷の長屋門の前を通り、
常楽寺のバス停へ出て、大船駅を目指した。
銀行には、12時ちょっと前に到着した。
銀行の入口の路地で、沙也香ちゃんのお父さんを待ちかまえることにした。
12時10分、野球帽にマスクの男性が銀行の前の路地を通りすぎる。
銀行を横目でようすを窺っていながらだ。水晶に映し出された男性だ。
「ジャンヌ、あの人に間違いないな」
「きっと躊躇してるんだろうし、迷ってるなあ」とゴリ。
また銀行の前を通りすぎようとして、今度は立ち止まった。
路地から銀行の入口に向かっている。
ジャンヌが前に出て、
「お父さん」
ジャンヌが声をかけた。
父は、一瞬ドキッとして立ち止り、ジャンヌを見た。
悲壮な表情だ。
「お父さん、沙也香ちゃんを悲しませないでください」
父は、悲壮から困惑の表情に変化した。
「沙也香の知り合い?」
父は、何事かを察知して、緊張のあまり、声が震えている。
「ハイ」
「な、なんで私を知っているの? 君たちは」
「私たちは、大天使ミカエル様の指示でここに来ています」
「大天使ミカエル?」
「ハイ、お父さん。
お父さん、沙也香ちゃんが、
毎日イエス様にお祈りしているのは、ご存じですか?」
「ええ、それが?」父の緊張は続いている。
「沙也香ちゃんの祈りが、イエス様に通じたんです」
「え? どういうこと?」
「沙也香ちゃんは、お父さん思いのとっても優しい子ですね。
お父さんのことも、毎日熱心に祈っているのはご存じですか?」
「いや。沙也香は、今の中学に入った時から、
あ、今の中学は、ミッション系で、
学校の教会でも、また、学校から勧められて、日曜日にも、
教会に行って祈ってるはずだけど、祈りの内容まではわらない」
父が徐々に心を開いてきた。
「お家でも祈っていますよね?」
「ええ、食事の前にも、家族ともども祈らされているし。
今の中学に入ってからは、キリスト教が、我が家にやってきた感じで。
もちろん沙也香の信仰心が篤いからだろうが」
ジャンヌとの会話の中で、父を覆っていた、暗黒の妄念が、
浄化されていくのが分かる。顔も不安な表情が薄らいできた。
「お父さん、沙也香ちゃんは、お父さんと家族の幸せを、
毎日祈っているんですよ。
その祈りを、イエス様が受けとめられたのです。
そして、イエス様が、大天使ミカエル様を通して、私に、
沙也香ちゃん一家の救済をお命じになったのです。
私たちは、大天使ミカエル様の指導を受けている者です」
父はまだ、半信半疑で聞いている。
「さっき、沙也香を悲しませるなとか、言っていたよね。
私がここに、何しに来たか……知って……いるのか……ね?」
最後の声は、震えていた。
ジャンヌは、父を見つめ、黙って頷いた。
父は、急に全身が震えだした。
「お父さん、お父さんには、銀行強盗は似合わないですよ。
間違いなく捕まってしまいますよ」
父は、目をそらせ、下を向いたまま、
「このままでは、資金がつまづいて、倒産してしまう。
そしたら沙也香は、今の中学を辞めて転校させることになる。
沙也香にだけは、つらい思いをさせたくない一心で、思い詰めて……」
「お父さん、沙也香ちゃんは、どんなにつらく、悲しい目に遭っても、
しっかり乗り越えられる子ですよ」
父は黙ってうなずいた。
「お父さん、私たち、タイムカプセルで、未来を見ることができるんです。
私たちが見たものは、お父さんが、銀行強盗で捕まって、拘置所で、
お父さんとお母さん、沙也香ちゃんとの接見シーンでした。
沙也香ちゃんの、お父さんに対する信頼も愛情も、
まったく揺るぎませんでしたよ。
それどころか、お父さんの健康を気遣い、励ましていましたよ」
ここまで話すと、父はがくりと膝まづき、両手を地面につけて泣き出した。
「お父さん、沙也香ちゃんはね、中学も、地元の公立に転校するし、
中学卒業したら働いて、弟の裕太君を、
自分が絶対大学まで行かせるからって言っていましたよ。
そして、お父さんも、罪を償ったら、迷惑をかけた人たちにお詫びして、
一緒に頑張ろう、それまで待っているからって。
とってもいい子ですね」
「沙也香すまなかった、お父さんを許してくれ」
嗚咽で、言葉にならない言葉で、かろうじて聞き取れた。
「お父さん、私は今、未来に起こったであろう出来事を、お話したのですよ。
お父さん、まだ、銀行強盗やっていませんよ」
「あ、そうか、私はまだ、銀行強盗やっていなかったんだ。ああー」
そこまで言うと、急に立ち上がり、
「ああよかった、本当によかった」
「お父さん、お父さんには、沙也香ちゃんがついていますから、
倒産しようが、無一文になろうが、安心してください。
開き直ってください。
事業に失敗しても、沙也香ちゃんはしっかりした子ですから、
きちんと運命を受け入れてくれますよ。
お父さんへの愛情は、びくともしませんから」
父は、帽子とマスクをとった。暗い表情はすっかり消えていた。
「わかりました。開き直ります。もうなんにも怖くありません。
これって、私の運命が、修正されたってことですか?」
「そのとおりです、お父さん。沙也香ちゃんの祈りが、
お父さんを、銀行強盗の犯人にならずに済ませたんです。
お家に帰ったら、沙也香ちゃんを褒めてあげてください」
父は、泣きながらうなずくと、笑顔で、
「ところで、あなたがた、先ほど、大天使ミカエルが、
どうのこうの言ってましたよね」
「私たち、イエス様のお使いって、思っていただいて結構です」
「お父さん、思いとどまってよかったですね」とゴリ。
「お父さん、倒産したって、命までは取られませんから。
沙也香ちゃんの祈りがあるから、将来、絶対幸せになりますよ。
僕も信じてますから。なあ、ジャンヌ」
「あ、ジャンヌさんておっしゃるんですか。
ほんとにありがとうございました。
このご恩は一生忘れません。
もう大丈夫です。開き直りましたから」
「それでは私たちは、これで失礼いたします。
どうぞ、気をつけてお帰り下さいませ」
ジャンヌが帰りを促して、見送るつもりだ。
「あ、お父さん、この先に、松竹通りがありますよね、西友の前の」
「ハイ」
「そこの、中通り商店街を抜けた、松竹通りに、
宝くじ売り場がありますよね。ご存じですか?」
「あー、ハイ、ありますね」
「お父さん、そこで宝くじ、一枚買ってください。
番号はどれでも、お好きなのを一枚お願いします。
それではお体を大切になさってください」
父は、怪訝そうな顔をしながら、笑顔でお礼を言うと、帰って行った。
俺たちは、父が、中通りを曲がるまで見送ると
「モンチ、オズ、お疲れ様」
「ジャンヌお疲れ、でも、ほんとによかったな、オズも」
「なあジャンヌ、あの宝くじ、ひょっとすると、一等二億円が当たるのか?」
「さあ、神様のみ心だから、私には判らないわ。
でも、当たらなくても、あの家族なら大丈夫よ」
「うん、俺もそう思う。だけどさあ、せっかくだから、
10枚買ったら前後賞合わせて3億円だぜ」
「お前、欲出したら当たるものも当たらなくなるだろう」
「ゴリ、そうだけどさ、当たるの判ってたら、前後賞も欲しいよな」
「オズ、神様ごとなのに、不謹慎だぞ」
「あっ、そうか。俺もまだ駄目だな」
神様のミッションにかかわる事なのに、世俗的に考えてしまって反省だ。
「なんかさー、人の役に立つって、気分よくねえ?」
「モンチ、私もよ。それに、とっても嬉しいわ」
「俺もだ。よっしゃー、それなら試験中だし、帰って勉強するか」
「オズは歩いて帰るの?」
「ああ」
「山登り、お疲れさま。ゆっくり帰ってね。じゃあまた明日」
ジャンヌは例によって、いっしょうけんめい手を振ってくれた。
「ばあい」ゴリも手をあげ二人、大船駅へ帰って行った。




