【天之宇受売命】(あめのうずめのみこと)
椿大神社の本殿で、ご祈祷が済んで、俺たちは、
隣の天之宇受売命(天之鈿女命)が御祭伸の、椿岸神社に参拝した。
俺は、お社を見た瞬間、ジャンヌと同じような、慈愛に満ちた、
優しさの権化みたいな雰囲気を感じた。
ジュリへの先入観と、芸能の神様ということで、男勝りで活発で、
情熱的で、しかも妖艶な感じを想像していたが、まったく違っていた。
全てを受け入れる、女性的な包容力を感じた。
お社の前に立つと、かつて学んだ、老子の説く
『谷神は死なず』の中にある<玄牝の門>の前に立っているようだ。
芸能の神様ということだけではなく、全ての女性の神様でもあると、
俺は、讃えようもないくらいな感激と衝撃を受けた。
ここではジャンヌが、ジュリを前に据え、後ろに三人が並んだ。
みんなで祈り始めると、ジュリが両膝を地面に付けて泣き崩れた。
例によって、ジャンヌが金色に輝きだした。
俺は、母の胎内にいるような感覚に陥った。
懐かしさと安心感で、なんとも言えぬ心の安らぎに満たされた。
「ハイ、皆さん、ありがとうございました」
どれだけの時間、祈っていたのか。
おそらく短い時間だったろうけど、俺は、永い眠りから覚めた錯覚を覚えた。
ジャンヌも膝まずき、ジュリの後ろから優しく抱き締めた。
ジュリは膝まずいたまま振り返ると、
ジャンヌの胸に顔を埋めながらきつく抱き締めた。
「ジャンヌ、私、なんだか解らないけど、感激して、
自然に涙が出て止まらなくなったの。全身が熱くなって私……」
「天之宇受売命が、よく来たわねって、大変お慶びになって、
ジュリを抱きしめられたのね」
ゴリがジャンヌ越しに、ジュリの両肩を、ポンポンと軽く叩いて、
「ジュリ、よかったな」
ジュリは涙顔を上げ、ゴリを見つめ頷いた。
「みんな、ゴメンね」
ジャンヌがううんと首を横に振った。
「ジュリ、俺、ジュリに謝んなくちゃいけない」
ジャンヌが、ジュリの手を引きながら立ち上がって振り返った。
ジュリが俺をまっすぐ見つめている。
「俺、天之宇受売命って、神話の世界では、天の岩戸が開き、
天照大神が出てくる時、上半身はだけて踊ったり」
ジャンヌも、ジュリの肩を抱きながら、俺を見つめて頷く。
「天孫降臨の折り、天の八ちまたに、猿田彦大神がたちはだかっていると、
天照大神が、天之宇受売命に、
『お前は度胸がいいから、なんで立ちはだかっているのか聞いて来なさい』
とお命じになっり。
俺のイメージでは、活発で、男勝りなダンサーっていう気がしてたんだ」
ジュリは、俺の言うことを、一言も漏らすまいと、次の言葉を待っている。
「でも、このお社を見た瞬間、何ともいえない女性的な優しさというか、
慈愛の溢れた女神がいらっしゃる感じがしたんだ。
俺は男性だけど、えらい女性的なものを感じて、祈ってる時、
母の胎内にいる気がしてたんだ。
俺は、天之宇受売命は、単たる芸能の神様ではなく、
全女性の神様って気がしたんだ。
感激したんだジュリ。
自分の中で、芸能っていうと、芸能人っていうか、スポーツ新聞って感じで、
だから、今まで軽く受けとめていた自分を反省したんだ。
でも、今、初めて、芸能人が芸能を極めていく芸道人だって気付いたんだ。
ゴメンなジュリ」
「ううん、オズ、天之宇受売命を誉めてくれてありがとう。
私、とっても嬉しい。
自分のことより嬉しい。
でも、オズ、言っとくけど、私はそんなに立派な人間じゃないからね」
「いいえ、ちがうわ。
ジュリはとっても立派な人間よ。
思いやりがあって、優しくて」
「それに、人情味があって、涙もろくて」
「ジュリ、お前のいいとこ、ジャンヌもオズもよくわかってるって」
「そうだ、お節介も、優しさの現れだし」
「なに! オズ、あんた私が……」
「まあ、ジュリ、オズは長所として言ってるんだぞ」
「そおよ、ジュリ、気が付いてて知らんぷりするような人より、
ずっと素晴らしいわ」
「ありがとう、みんな。一通りお参りしたら、後でまたくるから」
入口の参道には、名だたる芸能人や伝統芸能の人の札が掲げられている。
おそらく神恩に感謝して、多額の寄付でもしているんだろう。
さすがに芸道の神様だ。
次に行満大明神への参拝だ。
行満大明神は、猿田彦大神の子孫で、役行者を導いたといわれている。
お社に行く途中、隣に、パナソニックの創業者松下幸之助氏が寄進した茶室
<鈴松庵>があった。
松下氏は、経営の神様といわれたそうだが、度々椿大神社を参拝され、
ここでは『松下幸之助社』として 御霊が祀られている。
お茶室には、参拝が全て終わってから、立ち寄ろうということになっている。
行満大明神の本殿の前まで来ると、ジャンヌが、
「オズ、行満大明神は、修験道の開祖でもある役行者を導かれたから、
ここはオズがリードしてもらえるかな」
「よっしゃあ、じゃあ俺が、始めに役行者を導かれたお礼と感謝を捧げるから。
そしたら参拝な」
俺が一歩前に立ち、心の中で役行者をお呼びして、全託する心境で報告した。
次に「ハイ」の合図をして、ゆっくりと二拝二拍手、
『平成の祈り』と行満大明神への感謝、最後に一拝で終えた。
続いて、延命地蔵の前でもお祈りし、椿大神社での参拝は終了した。




