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紫をまとういと高き天使  作者: げんくう
第二章 ジャンヌ・ダルク
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【独座観念】

「ねえ、ジャンヌ、お茶って、前習ってたの?」

「ええ、私、中学の時から、東京のおばあちゃんについて、習っていたの」


「え? 東京のおばあちゃん、て、ジャンヌ東京に住んでたの?」

「ううん、中学の時から、毎週日曜日に、おばあちゃんの家に通ったの」


「え? 一人で?」

「ええ、そうよ」


「東京って何処まで?」

「文京区の西片町っていうところよ。東京大学の、正門前から入っていくの」


「ずいぶん遠いとこまで通ったのね」


「西片町のおばあちゃん、もうおじいちゃん、

だいぶ前に亡くなって一人暮らしで、お茶の先生しているの。

 お母さんの方のおばあちゃんなの。

 私が西片町へ行くの、お母さんがとっても喜ぶし、

なによりおばあちゃんが毎週、とても楽しみに待っていてくれたの。

 それに、お父さんも、女の子は、行儀作法が大切だから、

おばあちゃんに、厳しく躾してもらいなさいって」


「だからか、ジャンヌ、どうりで。食事のときなんか、

なんとなく優雅に見えるのよね」


「そうそう、いいとこのお嬢さんって感じ」ゴリも賛同。


「え、そんなことないわ。だから、東京へ通うときも、

中学の制服で行かされたし、お稽古のときも、

きちんと制服着ていないと、叱られたわ。

 お泊りするときや、お家のお手伝いするときは、

もちろん普段着に着替えたけど。

 それから、電車に乗っても、座るんだったら、

お年寄りの方が乗ってこられたら、席を譲って差し上げなさい。

 席を譲る勇気がないのなら、初めから座ってはいけませんとか」


「へーえ、行儀見習いやお稽古事のときは、おばあちゃんも厳しいのね」

「でも、とっても優しいおばあちゃんよ」


「ジャンヌって、結局おばあちゃん子なんだ。おばあちゃん孝行したんだ。

優しいのね」


「この茶碗も全部、西片町のおばあちゃんからもらったの


「じゃあ、これらの茶碗、全部ジャンヌの好みなんだ」               

「ええ、そんなとこね」


「西片町のおばあちゃんからは、茶道全般、いろいろなことを学んだの。

なかでも<おもてなしの心>は厳しく習ったわ」


「おばあちゃん、教え方厳しいの?」

「ううん、とってもやさしいけど、心構えには厳しかったわ」


「芸事って、厳しいときは、厳しそうね」


「先週、みんなで家にきてくれたでしょ、お父さんもお母さんも、

とっても喜んでいたわ。

 帰りに私、玄関の前で、みんなをお見送りしたでしょ」


「うんうん、俺たち途中で振り返ったら、ジャンヌ、

ずーと見送ってくれてたな」とゴリ。


「オズったら、路地を曲がっても、まだジャンヌが見送ってるか、

戻って見に行ったわよね」


「そうそう、ジャンヌ、絶対まだ見送ってるって、

やっぱジャンヌまだいたぜって、オズ、すごい喜びようだったぜ」


「いやー、なんとなく、インスピレーション感じてさー」


「オズぅ、私もオズが再び顔を出してくれて、とても嬉しかったわ」


「ハイハイ、ごちそうさま」

「違うの、ジュリ」


 ジャンヌは、顔を曇らせ下を向いた。


「私も西片町へ通うようになって、帰りにいつもおばあちゃんが、

玄関の前で、見送ってくれるの。

 路地の曲がり角でバイバイして帰るんだけど、一回、

曲がった後、おばあちゃんがまだいるかなって、角から覗いたの。

そしたらおばあちゃん、じっと角を見つめていたわ。

私と目が合うと、とても喜んで手を振ってくれたの」


「よく子供がやりそうなことね。オズもまだ子供なんだ」とジュリ。


 ジャンヌの表情は曇ったままだ。


「次の週、私、おばあちゃんに叱られたわ。オズ、ごめんなさい。

水をさすようなこと言って」


「俺はいいんだけど、ジャンヌ、どうして叱られたの?」

「私、おばあちゃんから<おもてなしの心>も学んだっていったでしょ」


「ああ、それとどんな関係あるのさ」


 ジャンヌはいいにくそうにしている。


「あのー、みんなにも関係あるんだけど」


「え? 俺たちにも関係あるの? それなら遠慮せずに話してよ」


「幕末に、桜田門外で暗殺された、井伊大老、井伊直弼って知っているでしょ」


「幕末物の映画やテレビによく出てくるよな」


 みんな知ってるって頷いた。


「井伊直弼って、十四男だったから、家督を継げる望みもないし、

若い頃は部屋住みが長く、茶の湯とか文化面に造詣を深めて、

茶人としても一級だったんですって。

 その井伊直弼が、おもてなしの心を<茶の湯一会集>に著わしていて、

おばあちゃんの座右の書にしているの。

 茶の湯の、主人と客の心得がしるされているの。

余情がまだ残っているなか、茶事を終えるの。

 名残を惜しみながら挨拶をして帰路につくとき、

客は路地を出るまでは声高に話さず、静かに後ろを振り返りなさい」


「そういえば俺たち、近所迷惑なくらい大きな声で話していたな」


 頭をかきながらゴリ。


「主人は客が見えなくなるまで見送りなさい。

早々の戸締めは不興千万、いままでのおもてなしが無に帰す。

 そして、茶室に戻り、独り座り、客の帰路を思い、余情を残しながら、

一期一会が済んだら、再び返らないことを観念しなさい。

《独座観念》の境地が大切と教わったの」


「なんだ、そうだったのか。確かにジャンヌが、思い出に浸っているところに、

また顔出されたら、興ざめするわな。

 俺、おばあちゃんの気持ちも、ジャンヌの気持ちもよく解ったよ。

これからは覗かないから」


「いえ、オズ、私、興ざめなんか絶対してないわ。とっても嬉しかったわ。

オズ、怒ってない? みんな、気分害してない? ごめんなさい」


「全然気にしてないわよ、ねえ、ゴリ。そういえば私、

ジャンヌの家にカチューシャ忘れてきちゃったでしょ。

 途中で気がついて、戻ろうかと思ったけど、まあいいやって、

取りに戻ったら、ぶさいくだったわね」


「お茶の世界って、奥が深いんだ。

 でも、客が帰った後、すぐ鍵締めねえ?」ってゴリ。


「そうそう、お客じゃなかったら、玄関閉めて即鍵ガチャンよ」


「それって、目の前でやられると気分悪くねえ?」ってゴリ


 俺たちの会話を聞くジャンヌに、笑顔が戻った。


「車の見送りも、バックミラーで、すぐ家の中に入ったか判るもんな」


 そろそろ昼休みも終わる時間だ。


「ジャンヌ、ごちそうさま。俺、なんか、ジャンヌの動作見てると、

それだけで癒される感じがしたよ」


「オズ、褒めてくれてありがとう。茶道部の先輩たちも、みんな所作は綺麗よ。

このお部屋でお稽古しているんだけど、お茶の先生が来て、

教えてくださっているの」


「ジャンヌ、私、気軽に抹茶飲みたいなんていったけど、大変だったわね。

ありがとね」


「いいえー、私もみんなに喜んでもらえて、とっても嬉しいわ」


「ジャンヌごち、そんなににがくなかったな」とゴリ。


「ええ、今日は、お薄といって、薄めに点てたから」


「ジャンヌ、私、後かたずけ手伝うから。ゴリとオズ、先いってて」


 俺は今日、ジャンヌのあらたな魅力を発見してしまった。

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