【作法室】
今日は作法室で、ジャンヌが抹茶を点ててくれることになっている。
俺は例によって、部屋の窓からジャンヌが来るのを待っている。
今日はお母さんが車で送ってきた。大きな紙袋を持っている。
お茶道具が入っているのだろう。
俺は下に降りて、外へすっ飛んでいった。
「おはようジャンヌ、すげえ荷物だな、悪かったな」
「オズ、おはよう、ううん、ぜんぜん平気よ」
「おはようございます」ジャンヌのお母さんへ挨拶。
「おはようオズ君。今日夕方、ジャンヌを迎えに来るから、
その時寄せていただくから。お母さんに伝えておいてね」
ジャンヌのお母さんは、すぐに帰って行った。
昼のチャイムが鳴った。
「今日はおしゃべりしないで早く食べて、作法室に集合よ」
「私、先に行って、鍵開けておくから、オズ、あとでポットお願いね」
「OKジャンヌ、先に持って行こうか?」
「ううん、あとからでいいわよ」
ジャンヌは、紙袋を抱かえて教室を出て行った。
俺とゴリは、ジュリからの話しかけにも空返事で、弁当をかっ込んだ。
あっと言う間にごちそうさまをした。
「あなたたち、もう食べたの? 早すぎない?」
「おしゃべりしないで、早く食べろって言ったの、ジュリじゃんか」
「もう待ってよ。急かさないでよ、消化に悪いでしょ」
俺たちは、ジュリが食べ終わるのを待って作法室へ。
作法室では、ジャンヌが敷物の上に、茶碗や茶道具を並べて待っていた。
「いらっしゃい」
和室に控えるジャンヌが、三つ指ついて、微笑みながら迎えてくれた。
和の雰囲気にマッチして、癒し度200%っていう感じだ。
「ジャンヌ、私、お茶の作法っていうか、ルールまったく知らないから教えてよ」
「ジュリ、そんな形式ばらずに、気軽に飲んでもらえばよくってよ」
「じゃあ、気軽に飲むけど、やっぱ、基本的なことは教えてよ。せっかくだから」
「それでは、先ず私が、基本的な動作をやってみるわね」
ジャンヌは立ち上がると、入り口の襖の前に座った。
「襖の開け閉めは座って、引き手に手を伸ばして少し開け、
引き手と敷居の真ん中くらいのところを、指先を揃えて、
体の前まで引き、右手にバトンタッチして開けるの」
「にじって入って、閉めるときは、右手の逆手で体の中ほどまで閉め、
左手にバトンタッチ。手の甲が柱に着いたら、引き手に手を掛けて閉める」
ジャンヌの所作が美しく、制服を着ていても、
時代劇を見ている錯覚に陥りそうだ。
「お茶室に入ると、先ず、掛け軸を拝見するの、
敷居と畳の縁(へり)は踏まないように」
ジャンヌは、床の間の前に座り、両手を畳につけながら深々と礼をした。
「本当は、掛け軸が掛って、お花が活けてあり、香炉が置いてあるの。
今日は、お軸が掛っているつもりね」
ジャンヌは、両手を畳に着けながら、掛け軸を見ているように、
「先ず掛け軸を拝見するんだけど、書とかが多いけど、
作者がそこにいらっしゃるつもりで、作者に敬意を表し、
お花も活けてあるのだけど、お花も生命があるので一礼し、
香炉と続けて拝見して、正面に一礼するの」
ジャンヌは立ち上がると、斜め入り口に進み、
正面を向き直って、壁伝いにポットの前に座り、
「次に、お釜を拝見したりして、それから席に着くの」
「今日は、お客様が三人だから、正客、次客、詰めでいくわね」
俺たちは、意味が解らずぽかんとして、ジャンヌの話を聞いている。
「じゃあジュリが正客、メインゲストね、モンチが次客、オズが詰めね」
ジャンヌは、床の間の前から手で順番に、三人に座る場所を示した。
ジャンヌは、用意した懐紙を取り出し四枚敷くと、
角砂糖みたいな白いものをのせると、
「ほんとは和菓子なんだけど、今日はブドウ糖にしたの、
先に召し上がって」
「ジャンヌ、いつも抹茶に入れてるの、このブドウ糖?」
「ううん、お抹茶に入れるのは、粒子状のものよ」
「すげえ甘いな、砂糖と変わらないジャン」
「先に甘いものをいただくと、お抹茶が美味しくなるの」
ジャンヌの前に、茶碗が四っつ置かれている。二つはどんぶり並みに大きい。
「この抹茶茶碗、みんな萩焼なの、萩焼はね、七変化とかいわれていて、
使い込むうちに釉薬(うわぐすり)の色が変化してくるの。
これが私が家で使っている茶碗よ。虹みたいでしょ」とジュリの前に置く。
「わー、綺麗な茶碗ね」ジュリが手にとって眺めている。
小ぶりの白い茶碗もジュリの前に置き、
「どちらでもいいわよ、好きなほうに点てるから」
「私、こっちの白い茶碗でいいわ」
「オズとモンチは大きいので飲んでね。こっちの茶碗、
まだ使ったことないの。これも釉薬がきれいでしょ」
ゴリの前に置いたので、ゴリが手にとって見てる。
ゴリは、俺に手渡しながら、
「うん、綺麗だな、新品だ」
ジュリがすかさず、
「ゴリ、その茶碗で飲むのはオズだからね」
「そんなことぐらい、言われなくてもわかってるよ」
「え? なんで?」
「だってその茶碗、新品でしょ、ジャンヌ、一番先にオズに使って
もらいたいって顔に書いてあるわよ」
「え? 私、そんなつもり……」
ジャンヌは恥ずかしそうに下を向いてしまった。
俺は、なんて言ったらいいかビミョーな立場になった。
「私、モンチもオズも、とっても大切なお友達と思っているから……」
俺はゴリより優先してもらいたかった。
でも、それは俺のエゴだっていうことは理解できる。
でも、ジャンヌはやっぱし一人占めしたい。
ジャンヌの本心は、きっと本当は、
俺に一番先に使ってもらいたいと思ってるけど、
ゴリの手前、遠慮してるんだって、自分なりに納得させた。
ゴリは順番なんてこだわってないはずだ。
それに比べて俺の心境というか境地の低さを痛感した。
でも、ジャンヌが困った顔してる。
俺は、ジャンヌを困らせたら絶対ダメだ。
「わぁー、すっげー綺麗じゃん、ゴリ、俺、わがまま言っていいかな?」
「え? オズのわがままなんて、聞いたことないぜ」
「俺、この茶碗、すっげー気にいったんだ。新品だっていうから、
俺に使わせてくれないか?」
突然ジャンヌが声をあげて泣き出してしまった。
「ジャンヌ、どうした? 俺、何か……」
「オズ、ナイスリカバリー、あなた、ほんとに鈍いんだから」
「え?」
ジャンヌはポケットからハンカチを出して涙を拭うと、
「オズ、ありがとう。ジュリもモンチもありがとう」
ジャンヌは、棗(なつめ)のふたを開け、
茶杓(ちゃしゃく)で抹茶をすくって茶碗にいれると、
ポットからお湯をそそいだ。
茶筅(ちゃせん)でお茶を点てている。
改めてジャンヌの手をみると、細くてかたちのいい指先だ。
『大和撫子』の指先だ、
俺はジャンヌの指先にも恋をしてしまったみたいだ。
ジャンヌは、茶碗を持ってジュリの手前に置き、
「ジュリ、始めに茶碗が、畳の縁の外に置かれるから、
三つ指で一礼し、茶碗を持って、こんどは畳の縁の内側に、
こうして次客のモンチとの間にお茶碗を置いて、
三つ指ついて、お先に頂戴いたしますって挨拶し、
茶碗を自分の前に置き、今度は主人の私へ正式の礼をするの。
両手を畳に着けながら上半身を前に倒し、両掌を畳に着けるの。
お点前頂戴いたしますって言って、このように両手で持って、
軽く一礼し、ここの正面を避けるように、
こうやってちょっと左に二回まわして、めしあがれ」
「わかったジャンヌ、こうやって茶碗をゴリとの間に置き、
三つ指ついて……」
「ジュリ、飲み込み早いじゃん」とゴリ。
「ジャンヌ、何口で飲むの?」
「別に決まりはないわ。自分のペースでいいの。
飲み終わったら、親指と人さし指で飲み口をぬぐって、
懐紙で指を拭いて、茶碗を右に回して正面を戻し、主人へお返しするの」
ジュリは、ジャンヌに確認しながら作法通り飲み終えた。
次にジャンヌは、ゴリにもう一つの大きな茶碗、
使い込んで釉薬が変化しているが、淡い色合いで、これも綺麗だ。
ジャンヌは、点てた茶碗を前に置き、
「ジュリ、モンチの場合は、茶碗を正客のジュリとの間に茶碗を置き、
お相伴させていただきますって、三つ指で挨拶し、
次にオズとの間に茶碗を置き、お先に頂戴いたしますって、三つ指で挨拶し、
最後に自分の正面に茶碗を置き、
ここで主人に対し、両手をついた正式の礼をして頂くの」
「わかったわジャンヌ。客同士は三つ指で、主人へは正式な挨拶ね」
ゴリは無言だけど、ジュリと俺には作法通り挨拶して飲み終えた。
最後に俺の番だ。新品の萩焼だ。俺も抹茶飲むのは初めてだ。
茶碗はかなり大きめなので、不味くて残すといけないから、
「俺の、薄めにしてくれる?」
ジャンヌは、「ハイ」って返事しながらまた、優雅にお茶を点てる。
手の動きは、まるで名画を鑑賞しているようだ。
俺は、指でも怪我したら、ジャンヌのやさしそうな指先で、
包帯でも巻いてくれたら、心が癒されるだろうなんて、想像してしまった。




