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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第四巻 遙かなる時の漂流者
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家族の痕跡(1)

「ウォルターさん、お呼びでしたか?」


 レイチェルは、ウォルターの背中から声をかけた。発掘現場で作業を見守っていた彼のそばには、発掘隊の一員であるリンツと、そして、今回から仲間に加わったと紹介された幻術士が立っていた。

 もう一人の隊員エドモンドは、自分を宿営地の小屋に呼びに来たついでに、何やら大きな荷物を背負って自分の後ろについてきている。


「ああ、レイチェル殿。お呼びだてして申し訳ありません。階段を掘り進めて、ようやく部屋の内部に出たようですのでね」


 レイチェルの呼びかけに、ウォルターが振り返って微笑んだ。

 クリスの父である彼は、旧文明遺跡研究の第一人者として名を馳せる学者であり、自らのチームを率いて発掘調査のため各地を飛び回っていた。

 年のころは四十代後半。考古学者らしく知的なまなざしと、文化人らしい瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気を持つが、脆弱な感じは一切しない。筋骨隆々のエドモンドほどではないが、仕事に必要なだけ筋肉がついており、長年の発掘作業のせいか日に焼けた褐色の肌で、むしろ精悍に見えた。ただ、その瞳は穏やかで優しく、クリスはこの瞳を受け継いだのだと、レイチェルは思っていた。


 ここは、アルトファリア南部の国境沿いにある火山地帯で発見された旧文明の建物跡。

 レイチェルは、アルティアでクリスたちに再会した次の日、幻術士のテレポートでここに来たのだ。そして、それから一旬あまりの間、遺跡の基礎調査など、発掘隊の作業を手伝っていた。


 遺跡とは言っても、発見されたのは単なる建物の残骸であり、残っているのは壁や柱らしきものだけである。それさえも、火山麓の森の中ということで、ツタや下生えに覆われて、気をつけていないと分からない有り様だった。

 初めてここに来た時、レイチェルは、よくこんなへんぴなところで発見されたものだと感心したぐらいである。


 当初の予定では、壁や柱を調べて終了の予定だった。ベスと名付けた自分のBICによる分析によれば、それらの壁の残存状況から、この遺跡はミサイル攻撃により破壊されたことがわかっている。これは、レイチェルがフィンルート遺跡の軍事基地で見た映像に一致する。

 事態が急転したのは一昨日のことだった。堆積物に埋もれている床を掘り返している時に、階段らしき構造物が見つかり、しかも地下に続いていることが分かったのである。

 そして、昨日から実際に掘り出し作業が行われていたのだ。


「レイチェル殿はどう見ます?」


 ウォルターが、目の前の掘り起こされた跡を示した。それは、折り返し階段であったようで、10段ほど降りたところに踊り場がある。レイチェルが立っているところからは見えないが、おそらくそこで折り返してさらに地下に続くのであろう。

 階段周辺では、近くの集落から募った村人の一団が、掘り起こした土を邪魔にならないところまで運んでいる。


「この大きさと形から考えると、一般の住居ではなく、何かの施設のもののように思えますね」


 レイチェルは、土砂を運び出す村人たちのじゃまにならないように、階段のそばにしゃがみ込み、壁面や段の構造を調べた。まだ、完全には泥が除去できていないために、材質までははっきりと確認できないが、これだけ幅の広い折り返し階段が個人の住居に使われるとは思えなかった。


「ほう」

「……というと、先日のフィンルート遺跡のようなものですか?」


 若手の学者であるリンツが、遠慮がちに尋ねた。彼はもともと大人しくて真面目そうな、いかにも学究の徒然とした青年であった。おそらく、レイチェルより幾つか年上だが、レイチェルが旧文明人ということもあってか、常に丁寧な物腰で接していた。


「ええ、ただ、これが軍事基地かどうかはわかりませんが……」


 リンツの言ったフィンルート遺跡、それは、一万年前にレイチェルが勤めていたリトルワース軍事基地であった。そして、それはまた、数カ月前に自分がコールドスリープカプセルで眠っているところを発見された場所でもある。


「なるほど。では、その辺りも含めて調べることにしましょう。早速今から中に入ろうと思います。レイチェル殿もご同行いただけますか?」

「ええ、もちろんですわ」


 レイチェルは微笑んだ。先日の一件で、リトルワース基地が破壊され地面の底に埋もれた時、自分が本当にひとりぼっちになったという孤独感があった。それから数ヶ月が経ち、すでにこの時代の住人として暮らし始め、友人もできたレイチェルにとって、孤独感は薄れてしまってはいるが、それでも、やはり元の時代の建物に入ることが、まるで昔に戻るようで感情の昂ぶりを感じるのだ。


「ありがとうございます。みな、すまんが引き続き土砂の片付けを頼む」


 ウォルターが、村人たちに声を掛けると、村人たちはそれぞれに頭を下げて作業を続ける。


「では、みんな、行こう」

「へい」

「行きましょう」


 ウォルターを先頭に、レイチェル、そして、エドモンドにリンツ、さらには、最後尾に幻術士がついていく。

 掘り起こされたばかりの段を降り、踊り場でぐるりと180度向きを変え、さらに下っていくと、そこはガランとした大きな広間のような部屋だった。階段から差し込む光しか光源が無いため、奥までは見えない。

 一行はそのまま階段から離れて数歩ほど中に足を踏み入れる。一万年も地下に埋もれていたためか、空気が淀んでいた。

 内部は時の流れる音が聞こえそうなぐらい静まり返っていた。床には流入した土砂や、瓦礫が散乱しているため、歩くたびにそれらを踏む音がするが、何かに吸い取られているかのように、響かなかった。


「かなり広いようだな……」

「隊長、明かりをつけやしょう」

「ああ、頼む」


 エドモンドが、背中に担いでいた大きな背負い袋を下ろして、中からランプを幾つか取り出した。そして、それぞれに火をつけて、順番に手渡していく。


「レイチェルさんも、どうぞ」

「ありがとう」


 エドモンドは、幻術士にも渡そうとしたが、彼はそれを断った。


「私は結構だ」


 そして、自分にはこれがあると言わんばかりに、呪文を唱えて鬼火を出す。赤とオレンジ色の炎の玉が現れて、幻術士の前にふわふわと浮かんだ。その光で、周りが明るくなる。


「そうか、鬼火がありやしたね。便利ですな」

「うむ」


 重々しく幻術士が応える。彼は、無口で必要なこと以外は話すことはない。


「よし、では行こう」


 ランプをかざすと、漆黒の闇の中で先程よりも視界が広がった。そこは、ちょっとしたホールのようであった。大きな石柱も何本か見える。床には、そこら中に瓦礫と乾いた砂利が散乱していた。


 今降りてきた階段側の壁は、大きな正方形のパネルを並べて取り付けたような作りになっており、埃でくすんでいたり、所々に傷がついていたものの、経過した年数を考えれば当時のままといっていい状態だった。そして、右手の奥に向かって延々と続いている。


 階段は建物の左側に位置していたらしく、階下に下りてすぐ左横は壁だった。ただし、ところどころ大きく倒壊しており、そこから入り込んだらしい土砂があちこちで堆積していた。ただ、激しい流入はなかったようで、ホールの一部に土砂が流れ込んでいるだけである。

 左の壁に沿って奥には、応接スペースらしき場所があり、低いテーブルが一台と、椅子が数脚、そして、元はソファだったらしい金属の骨組みが残っている。椅子はほとんどが倒れている状態で、テーブルからはるか離れたところに転がっているものもあった。この建物は、ミサイル攻撃に曝されたことが判明している。おそらく、その時の衝撃や爆風によるものだとレイチェルは当たりをつけた。

 また、一万年の間に、繊維や紙類はほとんどすべて消失しているようだった。レイチェルが周りを見回すと、形をとどめているのは、金属類か大きな木材程度である。


 一行がさらに奥に進み、明かりをかざすと、今度は正面に突き当たりの壁が見えた。その壁には窓が並び、中央には入り口らしき構造物が見える。だが、窓や扉に使われていたと思われるガラスは枠に破片が残っているのが見える程度で、 ほとんどが吹き飛ばされている状態だった。一部、壁も破壊されている。そして、その窓や欠落した壁の向こうに見えるのは堆積した土である。


(あれ……?)


 ホールの奥まで視界に入った時、一瞬、不思議な既視感がレイチェルの胸に湧き上がった。この光景を何処かで見たことがある気がしたのだ。

 だが、自分は、このような火山の麓にある建物に来たことなど一度もない。


(どこか別の場所と間違えてるのかしら……)


 気のせいだろうと言い聞かせながら、入り口の扉に向かって歩くウォルターの後について行く。


「この扉は、おそらく建物の外につながる出入口だな……、ということは、この階は地下ではなく、一階だったのか」

「おそらく、一万年の間に埋まってしまったのでしょう」

「上の階が失われていることを考えると、この部分は比較的保存状態はいいようですな」

「そうだな。レイチェル殿はどう思われます?」

「……」


 だが、レイチェルは、ウォルターに話しかけられたのに気がついていなかった。それどころではなかったのだ。


「レイチェル殿?」


 ウォルターに促されて、ハッと我に返る。


「あ、え、ええ。そうですわね。おそらく構造から考えて、この階はこの建物の入口ホールのようなものだったと思います……」


 レイチェルは、ますます強くなる既視感に戸惑っていたのだ。


(おかしい、私、絶対この建物に見覚えがある……)


 室内がランプのみの灯りで暗い上にあまりにも変わり果てた姿となっているため、すぐにどこで見たのかを思い出せない。しかし、既視感はすでに確信に変わっていた。それだけでなく、胸が締め付けられるような懐かしさ、そして、得体のしれない不安が湧き上がってくる。

 もはや、気のせいではないことは明らかだった。

 そして、視点を変えてみようと、外から入ってきたつもりで入り口に背を向け、中を見た。その瞬間


(あっ……)


 突然、頭の中で何かがつながったように、元の姿を思い出した。


「ま、まさか……」

「ん、どうかしましたか?」


 思わず漏らした声に、ウォルターが問い返す。だが、彼女にはそれに応える余裕はなかった。


(ベス、現在地を私の時代の地図上で照らし合わせて、ここがどこか教えてちょうだい)


 レイチェルは、ベスと名付けている自分のBIC(ブレイン・インタグレイテッド・コンピューターアシスタント)を呼び出した。


(現在地を特定中……。周囲の地形は大幅に変わっていますが、現在の緯度・経度から算出すると、ここは国立科学研究所の別館E棟と思われます)

(ああ……、やっぱり、そうだったのね……)


 やはり自分の予想が当たったことに、動揺するレイチェル。我知らず左手を口に当てていた。


 国立科学研究所の別館E棟。

 それは、父と妹の研究室があるところであり、小さい頃から妹と連れ立ってよく来た場所でもあった。そして、科学者となったあとも、よくここに顔を出していたのだ。それだけではない、コールドスリープカプセルに入る二週間ほど前、つまりレイチェルの時間ではつい数カ月前にも、母と一緒に二人の研究の進み具合を見に来たのだった。


  フィンルートの基地で見た記録映像で、世界全体が壮大な惑星規模の同士討ちを始めて自国にミサイルを撃ったこと、そして、そのために、国土が荒廃したことは頭では分かっていた、その悲惨な光景も映像で見た。しかし、自分のよく知る場所が廃墟になっているのを目の当たりにするのは別である。しかも、ここは、自分が幼少の頃から何度も通った思い出の場所なのだ。

 何度この入り口を通って、このホールに入ってきたことだろう。

 

(お父さん、お母さん、アマンダ……)


 流れた時の長さと、もう家族に会えないという寂しさに押し流されそうになりながら、レイチェルは、ただ、この廃墟の中を見つめていた。





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