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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第四巻 遙かなる時の漂流者
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意外な訪問者(3)


「こ、これって……」

「ど、どういうことだ……?」


 ロバートとアマンダは、言葉を失って立ち尽くす。


 クロノポーターの転送ステージに現れた者たち。

 それは、五人の若者であった。そのうち四人はアマンダより二つか三つほど年下に見える。残りの一人は、十二~十三才程度の少年だ。そして、転送中に、立っていられないぐらいの衝撃があったのか、五人とも片膝を付いたり、尻餅をついたりしていた。


(な、なんで子供まで……?)


 アマンダは、戸惑っていた。このような歴史的な一大事に、このような若者たちが、しかも、子供まで含まれているなど、全く予想もしていなかったのだ。


 だが、奇妙なのは、その年齢だけではなかった。

 データによれば、彼らは一万年後の未来人のはずだ。しかし、彼らが身につけている衣服は、まるで古代人のようであったのだ。むしろ、千年前の人間と言われた方が納得できる服装である。

 しかも、二人の男女は、銃ではなく、剣のようなものを腰に帯びている。

 そして、この五人は、レイガンをつきつけられているのに、気にする様子もなく、ただ何かを確認するように、周りをキョロキョロと見回していた。


「この子たち、いったいなんなの……」


 アマンダは、自分が見ている光景を信じられなかった。

 ロバートも同じ気持ちであったらしい。オペレーターコンソールを振り返って、クロンに尋ねた。


「クロン、本当に、一万年後の未来からの受信か? 千年前の過去からではないのか?」

「確認シマス。びーこんニ含マレテイタ転送でーた、ナラビニ受信でーた波長ノ時空偏移率カラ逆算シテモ間違イアリマセン」

「でも、この子たちの格好……」


 その時、アマンダの背後からヘレンの声が聞こえてきた。


「あなた。BICのDNA分析でも、同じ結果だったわ。少なくとも、その小さな男の子はそうね」

「お母さん」


 アマンダが振り向くと、ヘレンがそばにいた。おそらく、危険はないと察して、近づいてきたのだろう。そして、自らのBIC(ブレイン・インタグレイテッド・コンピューターアシスタント)を使って、少年のDNAを分析したのだ。BICは脳内に取り付けられた超小型コンピューターであり、多彩な機能とセンサーを持つ。


「しかし、ど、どういうことだ……? 一万年後だと? どう見ても、古代人じゃないか……」

「でも、お父さん、もしかして文明が滅びて、別の文明が興ったのかもしれないわ」

「なるほど、一万年なら、それもありうるか……」


 文明は、人間の一生と同じように、生まれ、栄えて、滅び、そして、また新たな文明が生まれる。これを繰り返すのだ。したがって、今の高度な科学文明が滅びた後、もう一度古代文明が生まれるということは考えられた。一万年なら十分に時間的にも可能である。実際に今、ヴェルガンの攻撃により人類は滅亡の危機に瀕し、高度な科学文明を失おうとしているのだから。逆に言えば、この青年たちの姿は、この文明の行く先を暗示するものでもあった。


「だが、待て……、それなら、なぜクロノポーターを使いこなせるのか、という疑問が残る」


 ロバートは、この青年たちは害をなす者たちではないだろうと判断したのか、レイガンを下げて、思案げに顎を撫で回した。

 クロノポーターは、科学の粋を結集して作られた機械である。使用するにも、原理が分かっていなければならない。もし、この者たちが、クロノポーターを使ってここに来たのなら、高度な文明から来たはずであった。


「そっか……。じゃあ、見かけはともかく、この子たちって高度な文明から来たってことかしら……」

「そうは見えないわね……」


 ヘレンも理解できないという表情である。


 一方、五人の若者は、しばらくのあいだ周りをキョロキョロして、仲間内でヒソヒソと話をしていたようだったが、やがて、衣服からホコリを払いながら、立ち上がった。

 それに驚いて、ロバートはレイガンを再び突きつけ、自分のそばに近づいてきていたヘレンをかばいながら、自分も少し後ずさりする。

 だが、一万年後の未来から来た訪問者たちは、敵意は全く無いようだった。

 先頭にいた優しそうな青年が、オペレーターコンソールにいるアマンダに気がつくと、にこやかな顔つきで話しかけてきた。


「※、※※※※。※※※、レイチェル」


「なんだと?」

「なんですって?」


 それを聞いた瞬間、アマンダはばねじかけの人形のように、ものすごい勢いで立ち上がった。

 訳の分からない言葉の羅列の中に聞き取れた名前。それは、アマンダにとっては行方不明の自分の双子の姉、そして、ロバートとヘレンにとっては娘の名前だったのだ。しかも、自分に向かって呼びかけてきた。

 ロバートとヘレンも言葉を失ったかのように驚いている。


「ちょ、ちょっと、今、この人、『レイチェル』って言ったわよね。な、何で、この子たち姉さんの名前を……」


 アマンダの双子の姉、レイチェル・エリオットは自分と同じ科学者であり、ここから数十キロ離れたリトルワース軍事基地にある研究所に招聘され、そこに住んでいた。しかし、先のヴェルガン人の攻撃により、軍事基地は壊滅したらしく、姉の行方は杳として知れなかったのだ。

 その名前を、一万年後の未来から来た、しかも言葉も通じない人間が口にするのは、まったく理解できないことだった。

 その一方で、一卵性双生児の自分に向かってその名を告げたことは、偶然とは思えなかった。たとえ、どのように馬鹿げたように見えても、この若者たちは姉を知っているのだ。


「あ、あなたたち、レイチェルを知ってるの?」


 言葉が通じないことを忘れて、思わずアマンダが尋ねる。


「※※※、※※※、※※※※※※※※※」


 だが、その青年は、何を言われたのかわからない様子で、何かを答えたが、その返事もやはり、アマンダには全く理解できないものだった。それを見て、残りの四人が青年の背中越しに、ヒソヒソと小声で彼に話しかける。


「そんな、バカなことが……」

「で、でも、いまレイチェルの名前を出したわよね? お母さんも、そう聞こえなかった?」

「え、ええ。そうね……」

「だが、偶然そう聞こえただけではないか? 外国語の単語が、たまたま母国語の単語に似ていることはよくある」

「でも……」


(リズ、この人たちの話している言葉分かる?)


 アマンダは、自分のBICを呼び出した。彼女は自分のBICにリズと名づけていた。BICは、高度な人工知能を備えており、頭の中で言葉を話すつもりになるだけで対話できるのだ。


(これまでに記録されたことのない言語です)

(そう。じゃあ、解析してちょうだい)

(了解しました。もう少しサンプルが必要です)

(分かった……)


 リズの言語データベースには、古今東西を問わずこの惑星(ほし)に存在した、ありとあらゆる言語がデータ化されている。にもかかわらず、彼らが、そのデータベースにない言葉を話すということが、アマンダにとっては驚きだった。これこそが、未来から来たことを表しているかもしれない。

 だが、いずれにせよ、リズが彼らの言葉をデータを解析して翻訳できるまで、もう少し彼らに話してもらわなければならない。


 若者たちも、自分たちの言葉が通じないと分かったらしく、仲間内でなにか相談しているようである。

 アマンダは、しばらくの間彼らの様子を見ていたが、このままではいつまでも言語データを解析できない。なんとか、こちらに向かって話してもらえるよう、呼びかけて注意をひこうとした時だった。


 先頭の青年が、なぜか今度は何かを理解したかのようなうれしそうな微笑みを浮かべ、アマンダを指差して、話しかけてきたのだ。


「※※、※※※※※、※※※……」

「え、な、なに? 私がどうしたの?」


 自分を指さされ、訳の分からない言葉で話しかけられて、戸惑うアマンダ。

 しかし、次に彼が発した言葉は、彼女自身も十分理解できるものであり、そして、姉の名前を言われた時よりも、はるかに衝撃的だった。


「アマンダ?」


 その青年は、自分の名前を呼んだのだ。




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