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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第四巻 遙かなる時の漂流者
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意外な訪問者(2)

「一万年後の……未来……? ホントに、そんなこと……」


 クロンの出した分析結果に、アマンダは耳を疑った。


「そんなバカな。もう一回確認しろ」


 ロバートが激しく振り返って、クロンに命じる。


「確認中……間違イアリマセン。コノたいむびーこんハ、10163年後ノ未来カラ発信サレテイマス」

「待て、百年や二百年ならまだ分かる。だが、一万年だと……、一体、どういうことだ……」

「受信しーくえんす実行中。時空こらいだノ起動ニウツリマス。くぉーく・ぐるーおんぷらずまノ発生ヲ確認シマシタ。臨界ニナリシダイいんぷろーだーニ接続シマス」


 しばしの間、自分の思考に沈むロバートだったが、クロンの報告に、ハッと顔を上げた。


「まずい、そんな先の未来からの転送など、いくらなんでも危険すぎる。止めろ、転送を中止するんだ。クロン、転送中止(アボート)!」


 だが、その叫ぶようなロバートの命令は、にべもなく拒否された。


「ソノ命令ハ実行デキマセン。中断限界点ヲ超エマシタ。ココデ強制的ニ止メルト機器ガ深刻ナ損傷ヲ受ケマス」

「お、お父さん……」


 アマンダは、ロバートを見上げた。


「ぐぐぅぅ」


 ロバートが(うめ)き声を上げる。

 一万年後の未来からなら、転送元でクロノポーターを操作しているのは未来の自分たちである可能性は極めて少ない。誰か、全くの他人がクロノポーターを使って何かを送りつけてきたことになる。このため、転送の目的が何なのか見当さえつかないのだ。もし仮に、超高度な科学力を持つ未来から、何か害をなす物が送られてきたら、もはや防ぐ手段はない。受け入れを躊躇するのは当然である。

 しかしながら、ここで急に転送を止めると、機械に深刻な影響をおよぼすことはロバートにも分かっていた。

 本来、このクロノポートというプロセスは、人間などにとても扱えないような巨大な力を、科学技術で無理やり押さえ込んでいるところがある。一度、動作が始まった装置を途中で止めるのは危険であった。

 それに、もし装置が損傷を受ければ、こんな状況では、修理すらままならないだろう。今や、人類をヴェルガンの破壊から救う唯一の希望と言っていいクロノポーターを、そのような危険にさらすわけにはいかなかった。



「くっ、やむをえん。受信シークエンスを継続しろ。このまま転送を受け入れるしかない」

「了解シマシタ。受信しーくえんすヲ継続シ、第2ふぇいずニ移行。物質転送ヲ受ケ入レマス」


 クロンの声と同時に、転送ステージの真上から、筒型の特殊硬化ガラス製の防護壁が降りてきて、転送ステージを完全に密閉した。同時に、空気が噴出するような音がして防護壁内に真っ白な冷気が充満し、やがて防護壁内部も真っ白に凍り始める。その中では、激しい放電が繰り返されているようで、稲光がそこかしこで光っている。冷気も激しくうごめいている。まるで、雷雲を再現したようだ。

 薄暗い研究室の中で、防護壁内が光っていた。

 そして、装置の稼働音が、実験室全体に反響している。その音は、だんだんと高くなってきて、やがて甲高い音に変わった。それと同時に、微細な振動が転送ステージから伝わってくる。


「ふぉーすふぃーるど起動。転送元ト時空連動りんくヲ確認」


 クロンの声が、実験室内に響く。


 アマンダとロバート、そしてヘレンも、もはや身動き一つせず、転送ステージを見つめていた。もう、ここまで進めば、あとは、転送を見届けるしかない。


「時空同定シマシタ。たきおん粒子びーむヲ検知。れせぷたーニ受信中」


 クロンが状況報告する音声が次々と流れていく。

 だが、順調に進んでいると思わせた転送だったが、突如、ビーッビーッとけたたましい警告音が鳴った。


「警告シマス」

「今度はなんだ?」

「えねるぎー出力ガ急速低下シテイマス。エネルギーセルの容量不足デス。コノママデハ転送完了デキマセン」

「何だって? エネルギーは十分に……、いや、そうか、転送元は一万年後だったな……。アマンダ、補助エネルギーを回してくれ」

「分かった」


 アマンダは、ふたたびコンソールに向き直ると、キーボードを打つ。

 遠い時間をまたぐ転送ほど、送り手も受け手も、大量のエネルギーが必要になる。一万年を越える転送は、エネルギーセル満タン状態でもギリギリなのだ。


「補助えねるぎーノ注入ヲ確認。たいむこらいだーニえねるぎーヲ充填シマス。時空微分器ノ出力ハ、転送ぷろとこるノ許容範囲内デス。いんぷろーだーニ接続開始」


 クロノポーターの作動音がより激しくなる。今度は別の装置が起動したのか、低い唸るような音が鳴り響き、同時に振動も大きく、ガタガタと激しく揺れ始めた。実験室内にもその振動が伝わる。

 アマンダは声を張り上げた。


「時空回廊の生成を確認したわ。安定してる!」

「くろのぽーとマデ、アト30秒デス」

「えっ? お、お父さん、なにしてるの?」


 ロバートが壁際に歩いて行くのが目の端に見えて、アマンダがふとコンソールのスクリーンから目を離して見上げると、ロバートが物入れからレイガンを取り出していた。


「武装しておかなくてはな。万が一ということもある」


 手にとったレイガンを確認しながら、ロバートはまた転送ステージの前に戻る。

 ピッという音が鳴ったのは、安全装置のロックを外したのだと思われた。


「それと、アマンダ、念の為にこちらからの転送準備をしてくれ」

「え、どうして?」

「これが、もし危険物だったら、すぐに送り返すんだ」

「……そうね、分かった」


 アマンダは、頷いて、キーボードを叩き始めた。確かに、ロバートの言うことに一理ある。転送の意図が読めない以上、最悪を想定して準備しておく必要がある。

 

「クロン、この転送受信が終わったら、送信転送モードの起動準備に入って」


 だが、このアマンダの命令は、クロンに聞き入れられなかった。


「ソレハ不可能デス」

「えっ?」

「なぜだ?」


 ロバートが激しく振り返って、クロンに問いただした。


「現在進行中ノ、転送ノ受ケ取リニヨリ、えねるぎー残量ガ転送ニ必要ナ量ヲ下回ッテイマス。基幹しすてむ以外ノ機能ハ使用デキマセン。えねるぎー消費予想デハ、転送終了後、たいむびーこんモ発信不可能トナリマス」

「あっ」


 アマンダが、思わず叫び声をあげる。エネルギー残量のことを完全に失念していたのだ。


「そ、そうか、一万年の未来からだったな……」


 クロノポートは、長い時間をまたぐほど、エネルギーを消費する。一万年を越える転送を受け入れたために、エネルギーセル内のエネルギーがなくなったのだ。


「えっ、それじゃ……」


 そして、同時に、アマンダに理解が落ちてきた。


「お父さん、もしかして、この転送で……」


 ロバートもアマンダの言わんとするところが分かったようだった。


「そうだ、きっとこれが原因だったのだ……、この未来からの転送のせいで我々はエネルギーを使いきり、そして、エネルギーセルの補充もできず、クロノポーターの使用を断念したのだ。それで、これから先の未来でタイムビーコンも検出できなかったというわけだ……」

「そ、そんな……。じゃあ、なに、これで、もう終わりなの? ヴェルガンからこの惑星(ほし)を取り戻すこともできないってこと?」


 一万年後から人間が転送されてきたこともショックだったが、エネルギーがなくなったのはまさに痛恨の極みであった。もう、エネルギーセルを補充しない限り、未来への転送はできなくなったのだ。そして、この状況下で、エネルギーセルを充填するのは極めて困難である。


「まさか、ここまで来て……、クロノポーターが完成までして、電池(セル)切れで運用を断念することになるとはな……」


 悪い冗談であるかのように、ロバートが肩をすくめた。


「……」


 うつむくアマンダ。しかし、転送シークエンスは継続中で、状況は差し迫っている。追い立てるようにクロンの声が響いてきた。


「くろのぽーと20秒前」

「まあいい、それは後だ。今は、この受信に集中しよう」

「……そうね」


 アマンダは、折れそうになる自分の心を奮い立たせて、コンソールに向き直った。


「……10秒前。転送物体ノてんぽらるしーるどヲ確認。マモナク時間回廊ニ入リマス。5、4、3、2、1……」


 そして、クロンの『ゼロ』という声が聞こえると同時に、激しい振動と爆音が実験室に響き渡り、防護壁内が何度も激しく光った。その光はあまりに強く、実験室の中を真っ白に染め上げる。


「きゃっ」

「くっ」


 あまりの眩しさに、思わず手をかざすアマンダたち。


「転送しーくえんす正常終了シマシタ……」


 軽い電子音が響いて、転送ステージと天井の装置の振動が止んだ。何かの駆動部分が停止するかのように、風の唸り声のような低い音が聞こえ、だんだんと小さくなり、やがて聞こえなくなった。


「転送ニ異常ハアリマセン。全テノぱらめーたガ受信ぷろとこるノ正常範囲内デス。コレヨリ、転送後ちぇっくニハイリマス」


 再び静まり返った実験室に、クロンの無機質な声だけが響く。激しい光の余韻も収まり、アマンダたちは、目を開けて顔を上げる。


「成功……したの?」

「ああ。どうやらそうらしい。クロン、送られてきたのは何だ?」

「確認中……転送すてーじ上ニ、5体ノ生体反応アリ。人間デス」

「人間……。では、この装置は、一万年という時間を越えるだけでなく、人間も無事に送り届けられるということか……」


 これから自分たちが段階を踏んで少しずつ実験していこうとしたことが、すべてこれで出来たことになるのだ。もう、装置自体はこれで完成と言ってもいいぐらいである。


「すごい……、一万年後の未来から転送なんて。お父さん、大成功じゃない!」


 しかし、今のロバートに実験成功を喜ぶ余裕はないようであった。


「だが、問題は一体、一万年後から何を送ってきたのかだな」


 その時、短い電子音がして、クロンの声が響く。


「転送後ちぇっく終了。有害物質ハ検出サレマセンデシタ。防護壁開キマス」


 気体が一気に吹き出すような音がして、徐々に防護壁が登り始め、床との隙間から冷気がモワモワと漏れだした。

 やがて、防護壁の中の気体が拡散されて、中の様子が見え始める。

 ロバートは、転送ステージから数歩下がって、レイガンを構えた。

 アマンダも、オペレーター席に座ったまま転送ステージを見つめる。


(一体、どんな人間が送られてきたのだろう……)


 今から一万年後の未来から来た人間。果たして、どのような姿をして、どのように高度な科学力を持つのか。

 アマンダは、不安と緊張、そして、抑えきれない好奇心で、胸の鼓動が速まるのを感じていた。


「お前はそこにいろ」

「お父さん……」


 ロバートが手を横に伸ばして、アマンダに座ったままでいるように示して、緊張した面持ちで、レイガンを転送ステージに向ける。


 防護壁が完全に収納されると、だんだんと転送ステージの気体が薄くなっていき、中に数人の人間らしき姿が見える。どうやら床に座っているようだ。


「えっ?」


 アマンダは思わず驚きの声を上げた。

 そこにいたのは、全く予想すらしていなかった者たちだったのだ。





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