第7話 マジスタ認定試験 筆記
そうこうしているうちに、試験監督らしい老師が入室し、試験問題と答案用紙が配られ、試験が始まった。
問題は全部で五十問。基本的に四択問題である。
魔道の使用にかかわる法律などの問題が主だったが、確かにクリスの聞いていた通り、常識的な問いばかりだった。
(こりゃ、思ってたよりも簡単だな)
特に悩むこともなく、スラスラと解答を書き込んでいく。
(『だから言っただろう』って後でパルフィに言ってやろ)
今朝、出会ったときから、どうもパルフィには言い負かされっぱなしで分が悪い。それぐらいは言ってやるかと思いながら、問題を解いていく。
ところが……。
ちょうど、十問目を解いたときだった。ふと、隣のパルフィが「ううぅ」とうなりながら、頭を抱えているのが目の端に見えた。相当悩んでいるようである。
ここまでそんな難しい問題はなかったので、このあとに出てくるのだろうかと思ったとき、彼女が、試験用紙を覆うようにしていた右腕をずらしたため、どの問題を解いているのかが一瞬だが目に入った。
(あれは、五問目だ……、どんな問題だっけ)
途中にそんな難しい問題などあっただろうかと思い返しつつ、確認すべく見直してみる。
五問目は、『市中でやむを得ない場合に攻撃呪文を使ってもよい条件を次の四つの中から選べ』という問題で、選択肢が
① 魔道が使えない一般人との喧嘩
② 自分や他人の命を守るなど、緊急の場合
③ 他の魔幻語使いとの個人的ないさかい
④ 他人を的にした魔道の実験
であった。
(……この問題の、一体どこが難しいんだ?)
クリスは、不思議に思いながら、隣のパルフィを横目でチラッと見る。まだ、同じ問題で悩んでいるようであった。
(いかんいかん、集中しなきゃ…‥‥)
とにかく自分の問題に戻ることにした。しかし、ときどき、パルフィの様子を伺うと、どうもほとんど全ての問題で、悩んでいるようである。
(どれも、簡単というか、常識で分かるような問題だと思うんだけど……)
クリスは彼女の出来が心配になったが、これ以上気にしないことにして、とりあえず最後まで解き、一通り見直しているときに試験が終了した。
「そこまで」
試験官の声が静まり返っていた広間に響き渡る。
「お、終わった……」
広間いっぱいに受験者の安堵のため息やざわめきが広がる中、心底疲れたといった表情で、パルフィが額に手の甲を当て、目をつぶってイスの背にもたれかかった。脱力のあまり椅子から滑り落ちそうなほどである。
「どうだった?」
「いやもう、がんばったわよ。まあ、あたしの手にかかれば、この程度の筆記試験なんてちょちょいのちょいなんだけどさ」
パルフィはそう言って、「ふぃぃ」と大きく息を吐きながら、今度は机の上に突っ伏した。よほど、筆記試験がつらかったらしい。
思ったより簡単で常識があれば誰でも解ける、ということは、この際言わないほうがいいと考えて、クリスは、ただ
「とりあえず、試験が終わってほっとしたよね」
とだけ言った。
「みな、静粛に」
老師が大きな声を張り上げた。ざわついていた広間がまた静まり返る。
「試験、ご苦労であった。みなの合否は、いま受けてもらった試験の結果に加えて、先に行われた実技試験の結果も加味されて決定される。半刻後に結果を広間入り口横にある掲示板に張り出すゆえ、おのおの結果を確認して、合格した者はまたこの部屋に戻ってくるのだ。不合格になった者は、また精進して試験を受けてもらいたい。わが国は優秀な魔幻語使いをいつでも募集しておるでな。それでは、各自自分の答案用紙を提出して、退室してよろしい」
受験者たちは、それぞれ荷物をまとめて、試験用紙を持って立ち上がった。広間中にガタガタとイスから立ち上がる音と、ざわめきが広がる。そして、それぞれに提出すべく前に歩いていく。
「よし、僕たちも行こう」
「うん」
二人は同じように荷物を持って、前に行き答案用紙を出して、広間を出た。
「さてと、これから半刻はどうしようか。お茶している暇もなさそうだし」
人の流れに沿って歩きながら、クリスがパルフィに尋ねる。
「そうね。とりあえず、外の空気を吸いたいから出ましょう」
「そうだね」
二人は考査棟の外に出て、入り口から少し離れたところにあったベンチに座った。
「ああ、やれやれだわよ」
パルフィが、いかにも疲れたという様子で、ベンチの背に反り返るようにもたれかかる。
「ほんとだね。でも、とりあえず終わってほっとしたよ」
「まったくだわ」
「そういえば、君は幻術士なんだよね?」
「そうよ」
「どこで学んだの? どこかの学問所?」
「えっ? いや、ま、まあ、適当にね」
「ふーん、そうなの?」
(この話は聞かれたくないのかな)
急にあたふたしてお茶を濁すような答えしか返してこないパルフィの様子に、クリスはそう思って話を変えた。
「そういえば、試験官の人は強かったよね。こちらはランク1なんだから当たり前なんだけどさ。コテンパンにやられたよ」
「そうね。あたしも修行中にいろんな人に教わったけど、自分の先生以外であれだけ強い人とやったのは、あまり記憶にないわね。さすが、魔道大国アルトファリアってところね。見直したわよ」
「ん、もしかしてパルフィはよその国から来たの?」
「えっ、な、なんでそんなこと聞くの?」
なぜか、あわてた態度でパルフィが聞きかえした。
「だって、ここが外国みたいな言い方だったから……」
「あ。え、えーと……」
一瞬しまったという顔をして、ここでもまたパルフィは答えにくそうに言葉に詰まったが、出身地ぐらいは言ってもいいと思ったらしく、
「あたし、カトリアから来たの」
と答えた。
「カトリアって、隣国のカトリア?」
「ええ、そうよ」
カトリアはアルトファリアの東に隣接している小国で、もとはアルトファリアの公爵領だったが、百五十年ほど前に独立したものである。また、建国以来数々の縁組がアルトファリア王家との間で交わされてきた。そのため、アルトファリアとは姉妹国のような関係であった。
また、カトリアは幻術の盛んな国でもあった。魔道を志すものは、魔道大国アルトファリアに留学するものがほとんどだが、幻術だけはカトリアの方が進んでいることもあって、幻術士を目指す者はカトリアに行くことが多い。
クリスは一瞬、それならばなぜパルフィがわざわざアルトファリアに来たのかが分からなかったが、何か言いにくい事情があるのだろうと思い直した。
「そうなんだ。それで、幻術士なのか。なるほどね」
「まあね」
「そういえば、幻術士の実技試験ってどんなの?」
「クラウドコントロールがテーマだったかな」
「『クラウドコントロール』?」
「ええ。まあ簡単に言うと、群れで出てきた魔物の全体の攻撃力を下げるってことよ。眠らせたり、攻撃速度を低下させたり、催眠で敵同士で戦わせたりしてね。幻術士は直接攻撃呪文はたいした火力が出ないから、基本的に攻撃補助役なのよね」
「へえ、そうなんだ。ということは、じゃあ、試験官と一対一の戦闘じゃなかったってこと?」
「試験官が召喚した、精霊何体かとやらされたわよ」
「それはたいへんだったねえ」
それからしばらくの間、とりとめもない話をしていたが、クリスがふと考査棟を見ると、入り口付近にいた受験者たちが次々と中に入っていくのが見えた。
「あ、もう結果が張り出されてるみたいだよ。行ってみよう」
「あ、ほんとね」
二人は立ち上がり、考査棟に向かった。
中に入って、試験会場の部屋に向かうと、入り口横の掲示板前には人だかりができていた。二人はそれをかき分けて前に出ると、すでに掲示板には合格者の一覧が張り出されていた。
「あ、やっぱり、発表になってたね」
「ねえ、クリス。これ、合格者の数がものすごく少なくない?」
「ほんとだ……」
広間には受験者が二百人はいたはずである。それが、掲示されている名前の数はざっとみたところ、二十人程度しかいなかった。
(ということは、みんな実技試験が悪かったってことか……)
他の受験者の様子は見ていないが、もしかすると実技試験のハードルは相当に高かったのかもしれないとクリスは思った。一体、何人の受験者が黒焦げにされたのだろうという疑問が浮かんだが、あえてその答えは考えないことにする。
「……ということは、やっぱり筆記試験が難しかったのね」
クリスの隣で、うんうんとうなづきながら納得するパルフィ
「へ?」
自分が思っていたことと、まるっきり反対のことを言われて、クリスはパルフィの方を向いた。
「あれだけ筆記試験の難度が高いと、しょうがないわよね。わたしでも難しいと思ったぐらいだから」
いかにもしょうがないという感じで、パルフィはクリスを見て肩をすくめた。
(難度が高い? 私『でも』難しい?)
「……」
「何よ?」
「あ、いや、えーと、そうだね」
クリスは、ツッコミどころ満載の感想を聞かされて、どこからどう指摘すればよいのかと迷ったが、結局、何も言わず、とにかく自分の名前を探すことにした。
「さあ、僕たちも受かってるか見てみようよ。えーと、あ、あったあった」
合格者数が少ないため、自分の名前はすぐに見つかった。クリスはそれが確かに自分の名前だと何度も確認して、ようやくホッと一息入れた。
「いやあ、よかったよ」
そういいながら、早朝のクリードとの試験を思い出していた。
(きっと、クリードも合格点をくれたんだな。よかった……)
しばらくの間、修行のことやクリードのこと、そしてこれからのことなど、我知らず物思いにふけっていたが、ふとただならぬ気配を横から感じて、我に返りパルフィの方を振り返った。
「あ、君はどうだったの?」
しかし、クリスの問いかけにも答えず、必死の表情で何度も名簿を読み返すパルフィ。
「え、もしかして……」
その様子に、不安なものを感じ、クリスも名簿を読み返したが、何度見ても、「合格者」の欄にはパルフィの名前がなかった。
「パ、パルフィ。君の名前がないよ……」
「こ、こんなのないわよ。それじゃ困るのよ。ここで合格しなきゃ、あたし、あたし……」
激しく狼狽しながら、パルフィは何度も名簿を読み返す。それを見て、クリスももう一度読み返した。
しかし、何度確認してもパルフィの名前はなかった。もともと合格者が少ないために名前を見つけることはわけもないことである。これだけ読み返して見落とすことは考えられなかった。
「パルフィ……。残念だけど……」
「そんな、あたし……、どうしよう……」
「……」
クリスが、しょげ返って半泣きの彼女をどうやって慰めようか考えていると、ふと合格者名簿の欄外にある注意書きに気がついた。
(ん、なになに『以下の者は仮合格……』)
「パ、パルフィ!」
「な、なによ?」
半ば茫然自失の状態だったパルフィであったが、クリスのその興奮した声で我に返った。
「ほ、ほら、ここ読んでよ」
欄外の文章を指差す。
「え?」
「ここだよ、ここ。ほら、仮合格って書いてあるよ。君も合格したんだよ」
「ウソ、ほんとに?」
パルフィが飛びつくようにクリスの指し示している個所を読むと、確かに、彼女の名前がそこにあった。というよりも、彼女の名前しかなかったのだが。
「ホ、ホントだ。あたし、受かってる。よ、よかったぁ。どうなるかと思った……」
目にたまった涙を指先でぬぐいながら、少し照れた表情でクリスを見返した。心の底からホッとしているようだった。
「これって、一応合格ってことよね?」
「それはそうだと思うよ。仮合格が普通の合格とどう違うのか分からないけど」
「いいのよ、合格してればそんなこと」
威勢良くパルフィが答える。
「そ、そうだね。よし、じゃあ、合格者は部屋に入れって言ってたから、行こうか」
「うんっ」
そして、二人は意気揚々と広間に戻ったのだった。