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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第6話 パルフィの憂鬱(挿絵あり)

(疲れたな、茶でも飲むか)


 実技試験の後、初めてのアルティアの街をしばらくブラブラと歩いた後、クリスは喉が渇いたことに気が付き、通りがかった酒場に入ることにした。こういった街の酒場は、朝から開いていて食事や茶など酒以外のものも出す店が多い。


「らっしゃい。何にする?」


 店に入ると、カウンターを挟んで客と話していた主人らしき中年の男が聞いてくる。クリスは茶を頼んで、カウンターの端っこに一つだけ空いていた席に座る。まだ朝も早い時間だというのに、繁盛しているようだ。


「ふう。やれやれ」


 夜も明けないうちから歩き通しで、実技試験まで受けて、さすがに疲れを感じていた。


「はいよ、お待ちどう。若けえの、新人の魔道士さんかい」


 主人がクリスの前に茶を置きながら話しかけてくる。


「うん、こないだ見習いを終えたばっかりなんだ。で、さっきマジスタの実技試験を受けて、このあと筆記試験を受けるんだよ」

「へえ、そうかい。そりゃあ、がんばんなよ」

「ありがとう」


 そこで、クリスは一つ気がついた。


「あれ、おやじさん、どうして僕が新人だって分かったの?」


 魔道士であることは魔道士のハーフローブを着ているので分かるとしても、なぜ自分が駆け出しだと分かったのか分からなかったのだ。


「ああ、オレはこういう商売してるからな。大体雰囲気で分かるんだよ」

「そんなに新人っぽい雰囲気してる?」

「まあな、入ってきた瞬間から分かるぐらいにはな」

「そうなんだ。やっぱり半人前に見えるのかなあ」


 そう言って、クリスは両手を広げて、自分の手や体を見渡す。


「まあ、気にすんなってことよ。最初はみんなそんな感じだ」

「ここには、他のマジスタも来るの?」

「ああ。ここは魔幻府にもギルドにも近いからな。ちょいと寄って飲み食いしてくれるやつらは多いぜ」

「じゃあ、クリードって知ってる? 魔道士なんだけど」

「ああ、もちろん知ってるさ。よく来てくれるからな。それに、やつは腕利きのマジスタだから、この辺じゃ名の通ったヤツだぜ。まだ中堅どころだが、将来はえらいさんになるんじゃないかって言われてる。腕が立つ上に人望もあるからな。たしか三人編成のパーティでやってたんじゃなかったかな。お前さんは、やつに会ったことがあるのかい?」

「会ったもなにも、さっき実技試験で戦ってきたところだよ」

「そうかい。新人でヤツとやらされちゃあ、大変だったな」

「いや、向こうは試験官の仕事だったから、かなり力を抜いてたと思うんだけど、それでもあっという間にやられちゃってさ」

「ははは、さすがはクリードだ」


 その後、しばらくとりとめない話をしていたが、主人が別の客に呼ばれてそちらの方に行ったので、クリスはこの後の筆記試験までどうしようかと考えながら、何気なくテーブル席の方に目をやると、奥の席に先ほど亜空間移動してきた女の子が座っているのが見えた。なにやら分厚い本を読みながらパンをもぐもぐかじっているが、まだ向こうは気がついていないようだ。



挿絵(By みてみん)



 一瞬、声をかけようかと思ったが、今朝やり込められて、タジタジとなったことを思い出した。


(いやいや、やばいやばい)


 触らぬ神にたたりなし。幸い向こうも気づいていないようである。クリスは背中を丸めながら、女の子のほうに背を向けてこちらも黙って茶をすすっていることにした。


 しかし……


「あら、あなたは確か……さっき腰を抜かしてた人ね」

「ぶっ。いや、あの、や、やあ、ゲホッ、さっ、さっきはどうも」


 いつの間にかその女の子が後ろに立っていた。不意を突かれて、茶を吹き出しながらも、なんとか返答する。


(今、『腰を抜かしていた』とか言ってなかったか?)


 驚いたのは事実だが、腰を抜かしたはあんまりだろうと、そこは訂正したほうがいいか悩んでいると、そんなこちらの気も知らず、女の子は無邪気に話を続けてきた。


「こんなところで何やってんの?」

「え、酒場で『何やってんの』もなにも飲み食いしてるに決まってるんじゃ……、あ、いや、えーと」


 女の子の目が鋭く光ったのを感じて、クリスはあわてて言いなおす。


「え、えーと、あれから街をうろついて疲れたんで、お茶でも飲もうと思って。き、君はどうしてアルティアに?」

「あたしは、マジスタの試験を受けに来たんだ」

「え、そうなの? 僕もだよ。さっき実技試験終わったとこなんだ」

「あら、そうだったの。あたしもよ」

「え、あれ? ちょっと待ってよ、ということは、君、ランク1の魔幻語使いってことだよね?」

「そうだけど、何か? あなたもそうなんでしょ?」


 能力を低く見られたと取ったのか、女の子の声が険しくなる。


「い、いや、そうなんだけど、あ、いや、そうじゃなくて、さっきテレポートしてきたよね。あれって高ランク用の術なんでしょ?」

「ああ、あれね。人に飛ばしてもらったのよ」

「へ?」

「ランク1なのにテレポートなんて出来るわけないじゃない。バカね。高位の幻術士に頼んで、ここまで送ってもらったのよ」

「なんだ、そうだったのか。てっきり、僕は君が格上の幻術士かと思ったよ」

(それでゲートが消えるって焦っていたのか……)


 いったんゲートが閉じてしまうと、術をかけ直さなければならない。自分でテレポートできないため、閉じる前に亜空間に戻ろうと焦ったのだろう。


「まあ、テレポート見て腰を抜かしたりしないけどね」


 それを聞いてクリスが苦笑いする。


「あはは、手厳しいな。で、実技試験はどうだったの?」

「ええ、無事に終わったわよ。ま、なんとかなるんじゃないしら」

「そう、それはよかったね」

「あなたもこの後の筆記試験は受けるんでしょ」

「そうだよ」

「まあ、せいぜいがんばんなさいね。初心者なんだから」

「う、うん、ありがとう」


 同じランクで試験を受ける立場なのに、なぜこんなに上から目線で初心者扱いされるのか、戸惑いながらもクリスは答えた。


「あたしちょっと回復薬買ってこなくちゃいけないから、先に行くね」

「うん、じゃあ、またあとで」

「あ、そうだ、まだ名前言ってなかったわね。私はパルフィよ」

「僕はクリスだ」


 差し出された手を握り返しながら、クリスは答えた。


「じゃ、クリス、またあとでね」


 そう言って、にっこり笑うとパルフィはスタスタと店を出て行った。


(悪い子じゃなさそうなんだけどな)


 彼女の背中を見送りつつ、どっと疲れた自分に気がつく。


(……僕も、そろそろ行くか)


 一息ついた後、酒場を出て、定刻より少し前に魔幻府に着いた。

 早朝に実技試験を受けたときには、人影まばらだった考査棟も、今度は全員が一度に受ける筆記試験とあって、受験者らしい者たちでいっぱいだった。


 受付を済ませ、指示された会場に入る。そこは、数百人が収容できそうな大きな広間で、天井が三階ぐらいの高さにあり、ざわめきが響いていた。広間には三人がけの長机が何列も置かれており、すでに多くの受験者が着席している。ざっと二百人は越えているようだ。

 筆記試験は主に、マジスタとして知っておくべき法令や手続きに関する知識を問うものであり、特に難度が高いわけではないとカーティス老師から聞いていた。おそらく他の受験者もそれを知っているのだろう、試験会場は、実技試験の控え室よりもかなりリラックスした雰囲気が漂っていた。


(この辺でいいかな……)


 クリスは、中央後ろ寄りにある、まだ誰も座っていない長机を選んで、そこに座った。

 まわりを見渡すと、受験者たちがそれぞれ知り合いらしい別の受験者と話をしたり、本を読んだりしているのが見える。

 一息ついて、クリスがペンを出したりして用意していると、


「あら、クリス、もう来てたのね」


 と声をかけられた。振り向くとパルフィだった。


「やあ、パルフィ」

「となり座ってもいい?」

「ああ、どうぞ」


 隣のイスに置いていた自分の荷物をどけて、彼女のためにイスを引いた。


「ありがとう」


 ふぅ、とため息をつきながら席に着くパルフィ。心なしか緊張している様子に見える。


(試験が心配なのかな?)


 おそらく、試験が難しいのではないかと心配しているものと考え、クリスは落ち着かせてやろうと話しかけた。


「ねえ、パルフィ。 試験はわりと簡単らしいから、そんなに緊張しなくていいと思うよ。常識的なことばかり問うような問題だって聞いたよ」

「な、なに言ってんのよ。べ、別に緊張なんてしてないし、試験の心配なんてしてないわよ」


 痛いところを突かれたかのように、あからさまに動揺しながら、パルフィは強気に言い返した。

 

「そう?」

「あ、あたりまえでしょ。ホント言うと、あたしは机の前でガリガリやるより、実戦のほうが向いてるんだけど、こんな試験、サクっと受かっちゃうんだから」


 そう宣言して彼女は、すこしふくれっ面でぷいっと横を向いた。しかし、すぐにまた心配になってきたらしく、ため息をついて、両手で頭を抱えだした。


(そんなに心配しなくてもいいと思うけどなぁ)


 クリスは、彼女の思い悩む姿を見ながら、そう思った。



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