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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
76/157

伝説との邂逅


 五日後。

 当初の目的通りレイチェルに呪文を強化してもらったクリスたちは、再びオルベール宮殿に戻った。そして、さっそくその足で、ロシュフォール山脈にあるドラゴン保護生息地(リザーブ)に向かい、キャセルとの四度目の勝負に挑んでいた。


「どりゃああ」

「ハッ」


 前衛のグレンが豪剣を振り回し、ミズキが軽やかなステップでキャセルの後ろを取っては技を仕掛ける。

 このパターンはこれまでと同じだが、異なることがあった。それは、二人が習得している技のうちの一つずつが、レイチェルのおかげでランク一つ分は強くなったということである。そのため、一撃一撃が重く、破壊力が増しており、さすがのキャセルも簡単にあしらうというわけにはいかなくなってきた。

 そして、わずかずつではあるが、ダメージが蓄積していく。


 ピャアァァ


 キャセルも首を縦横無尽に動かして、火の玉や冷気で反撃しようとするが、ミズキは動きが速すぎて捉えきれず、かと言ってグレンに狙いをつけると、これまた攻撃力が上がったクリスとパルフィの呪文がすかさず飛んできた。たまに誰かに攻撃が当たっても残りのメンバーが攻撃を集中させて深追いさせない。そして、回復力が大幅に上がったルティのヒールがすぐに傷を全回復させていた。


 ピィィィ


 キャセルも今回は分が悪いと分かっているのか、これまでになく必死な様子で戦っている。


「なかなか、いい感じではないか」

「今度こそ、いけるわよ」


 前回までとは違う手ごたえを感じ、意気上がるクリスたち。

 フィンルート遺跡で初めてレイチェルに出会ったとき、クリスたちはランク1だった。したがって、その時点で強化できたのもランク1の技と呪文であった。しかし、今回は、全員、ランク2の呪文や技を選んで強化したため、それだけはランク3程度の力があったのだ。


 おそらく、キャセルはランク3相当の強さであり、呪文だけを強化したクリスたちよりも強かったが、5対1であったこと、そして、キャセルがまだ幼く、戦いに慣れていないこともあって、戦況は徐々にクリス側に傾き始めていた。


(これは、驚いた。いったい、どうしたというのだ? これまでよりもはるかに攻撃力が上がっているではないか)

「確かに。これは、わしも予想はしておりませなんだ」


 いかにも意外だったかのように、ヘンリエッタとアルキタスの声が聞こえてくる。

 そして、その言葉に勇気づけられ、さらにクリスたちの攻撃ペースが上がった。


「まだまだぁ」

「えいっ、やあっ」


 パルフィの火の玉がキャセルに命中し、一瞬体が炎に包まれる。


「今だ。どりゃあ」

「ハアァッ」


 炎で眩惑させている間に、グレンとミズキが斬りかかった。

 ガシッという金属を撃ったような音が響き渡る。

 キャセルは、翼で二人の攻撃を防いだが、完全には受け止めきれず、よろめきながら数歩後退する。


 キャウゥゥゥ


 キャセルは、ドラゴンの鱗のおかげで大したダメージは受けていないものの、疲労が蓄積してきたらしく、徐々に足がもつれ始め、攻撃の精度が落ちてきていた。


「そろそろ決めるぜ」

「ようし、一斉に行くよ」

「うんっ」


 そして、全員が最後の総攻撃をかけようと力を溜め、身構えた時だった。


「みな、待て。待つのだ!」


 突然、アルキタスが大声で叫んだのだ。


 グウォグアアア


 それに続いて、ヘンリエッタも雄叫びを上げる。


「えっ?」

「な、なんだ?」


 その声に不意を突かれ、クリスたちはたたらを踏んで、戦闘をやめる。

 アルキタスの声には、ただならぬ切迫した響きがあった。クリスたちがアルキタスを見る。キャセルも、ヘンリエッタが止めたのか、攻撃をやめた。


「せ、先生、どうしたの?」

「なにやら空間のゆがみが感じられます。もしかすると、何者かがテレポートしてくるかもしれませぬ。しかも、わしがこれまで感じたことのない波動じゃ。殿下、お気をつけくだされ」

「えっ」


 だが、一同がアルキタスの言葉を理解しないうちに、少し離れたところで空間がぼやけ、赤い光でできた大きな輪のようなものがジワジワと滲み出てくるように現れた。直径は人の高さよりも大きい程度で、それが地面に接するかどうかの高さで、垂直に立って浮かんでいる。輪の中は、さまざまな色の光が、まるで濃い液体に溶けて揺らめくようにまばゆいばかりにうねっていた。そのため、輪の向こう側にあるはずの森の木々は見えなかった。

 同時に、ブーンブーンという低い音がかすかにきこえてくる。


「な、なんだ、ありゃあ?」

「こ、これは一体……」

「あ、誰か出てくる!」


 やがて、輪の中から人らしき姿が現れた。まさに、輪の向こう側からくぐって出てきたというような足取りである。

 そして、あっけにとられてクリスたちが見つめる中、次々と輪の中から姿が現れ、全部で十名ほどになった。そして、しばらくすると、光の輪は音と共に消えてしまった。残ったのは、奇妙な姿の一団だけだ。


「なんだ、あいつら……」

「テ、テレポートか?」

「あんな術、あたし見たことないわよ……」


 グルルルルルルル


 ヘンリエッタも警戒しているようで、低くうなり声を上げる。


 輪から出てきた者たちは、全員が黒ずくめの格好をしており、先頭の一名はその一団の長らしく、同じ黒色でもひときわ立派な格好に、長いマントを身につけていた。全員が剣を腰に帯びてはいたが、兵士のようにがっしりした体格をしておらず、むしろ貧弱な体つきであった。


 だが、最も奇妙なのは、その肉体のありようであった。皮膚は青く、瞳は金色に煌めいており、耳も尖っていたのだ。

 人の形をしているが人ではない。一目で、それが分かる姿であった。


「あいつら、一体……」


 その時、クリスの耳にパルフィが息をのむ音が聞こえた。


「ま、まさか……」

「どうしたの? あいつら知ってるの?」

「そ、そんな……、せ、先生、あれは……」


 激しく狼狽しながら、アルキタスに問うパルフィ。


「……残念ながら、間違いございませぬ」


 厳しい表情で答えるアルキタス。その声は硬い。


「お、おい、あいつら何者か知っているのか?」

「敵なの?」

「みんな、下がって」


 パルフィは、問いかけには答えず、まるで自分が仲間を守るかのように、激しく手を横に伸ばして、クリスたちに後ろに下がるように指示する。その声は、アルキタスと同じように切迫したものがあり、真剣そのものだった。


「えっ?」

「いいから早くっ!」

「わ、わかった」


 パルフィの剣幕に押され、クリスたちが戸惑いながらもパルフィの後ろに下がる。


「どうしたんだよ、パルフィ?」


 クリスが、後ろから問いかける。


「新種の魔物か?」

「違うわよ。あれは……、魔族よ」

「えっ?」

「ホ、ホントに?」


 クリスたちは当惑した表情で、黒ずくめの一団を見つめた。

 確かに、先日、魔族が永の沈黙を破り出現したことは国王から聞いていた。しかし、数百年にわたり人間と断絶し、伝説と化した魔族が、今ここで現れたと突然言われても受け止められないのだ。

 だが、クリスたちの動揺をよそに、アルキタスはもちろんのこと、パルフィも比較的落ち着いていた。

 それは、先日、パルフィが自分で言っていたとおり、『聖石の管理者たち(ストーン・キーパーズ)』の一国、カトリアの王女として、魔族についての教育を受けていたことにもよるだろう。

 とはいえ、この状況からうまく脱することができるかどうかは別問題である。


「ちょっとまずいことになったわね」

「まさか、このような南にまであらわれるとは予想もしておりませなんだな」


 アルキタスが苦々しい顔でパルフィに言った。

 このドラゴン保護生息地(リザーブ)は、カトリアの南端に位置するロシュフォール山脈にある。そして、ガーラント王国は、カトリアよりはるか北方に位置するのだ。ここのところ魔族との接触が報告されていたが、それはすべて北の国境付近でのことだった。それが、いきなりこのようなところに現れるということは全くの予想外だったのだ。すなわち、それは魔族がすでにカトリア内のかなり広い地域にまで入り込んでいるということを示唆していた。


「殿下」


 アルキタスも、クリスたちの前に出て、パルフィに小声で囁いた。


「もはや、テレポートは間に合いませぬ。好戦的な彼らのこと、おそらくは、戦いは避けられますまい」

「……覚悟はできてます、先生」

「パ、パルフィ……」

「なんてこった……」


 思わぬ事態の展開と、パルフィのこわばった声を聴いて、息をのむクリスたち。もう、これは小さいころから聞かされていた伝説でも神話でもない。現実なのだ。そして、自分たちはその真っ只中にいる。駆け出しのマジスタである自分たちが、このような歴史的と言っていい大事に巻き込まれることに、みな戸惑うばかりだった。


「みんな、ここは先生と私に任せて、もうちょっと下がってて。それと……、自分の身を守ることだけ考えて」

「……分かった」


 クリスの決断は早かった。

 おそらく、あの一団の長らしき男は、クリスたちよりも相当に強いと察せられた。だが、それでも、アルキタスほどではないように感じられる。また、残りの兵士たちも、クリスたちよりは強いようであったが、大差ではない。おそらくアルキタスがいれば何とかなりそうに見えた。しかも、こちらはヘンリエッタとキャセルがいるのだ。むしろ、自分たちが戦いの邪魔になる可能性が高い。狙われないように後ろに下がるのが得策であった。


「みんな、もう少し下がろう」

「あ、ああ」

「はい……」


 クリスの声に、グレンたちも一緒に後方へ下がった。

 横にキャセル、そして、そのすぐ後ろにはヘンリエッタがいる。

 キャセルも、これから何かが起こることが分かっているのか、ヘンリエッタのそばでおとなしくしている。


 一方、一団の長らしき人物は、テレポートが完了すると、あたりを見回した。そして、クリスたちとシルバードラゴンの親子に気が付いたらしく、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。残りの兵士たちも後に従う。

 それを見たアルキタスは右手の掌を突きだして、声を張り上げた。


「しばらく」


 一団は、先頭に出たアルキタスから十歩ほど離れたところで、立ち止まった。剣の間合いには届かないが、呪文の射程には十分入っている。


「ガーラント王国の方々とお見受けする。なにゆえ、このカトリア王国の領内に足を踏み入れられたのかは存ぜぬ。だが、ここで無用の戦闘は避けたいところ。この場はお引き取り願えぬだろうか」


 アルキタスの言葉に、先頭の男が口を開いた。


「ほう、人間の分際で小賢しい口を聞くではないか」


 流暢ではあるが、強い訛りが感じられる言葉で話しかけてきた。

 そして、男の声には見下したような響きが感じられる。


「それに、我らをガーラントのものと知って、その落ち着き。しかも、シルバードラゴンと戯れるとは、ただの村人ではあるまい。何者だ、貴様たちは?」


 余所の国に侵入したうえ、それを見とがめられているにもかかわらず、この言い草はあったものではなかったが、アルキタスは動じなかった。


「我らは、魔幻語使いとしてここで修業しているもの。我は、これらの師匠にしてアルキタスという一介の幻術士であり申す。貴殿の名をお聞かせいただきたい」

「私か? どうせ死ぬのに私の名前など聞いてどうするのだ。……まあ、いい、座興に教えてやろう。私はガーラント王国のメル・トゥーシュ家門(クラン)の長ヴェルフェールだ」

「ヴェルフェール殿。貴国と我が国は数百年前からの因縁ありとは存じておるが、もう何代も昔の話。すでに貴国は我らにとっては伝説に語り継がれるだけの存在になり、我が国は貴国に対し何ら含むところはない。そしてそれは、ここにいる我々にとっても同じこと。ここは、お互いに無用の損害の出ないよう、無益な戦いは避けるべきと心得るが、如何?」


 アルキタスの申し出にヴェルフェールはせせら笑った。


「フン、数百年の長きにわたり、我らの領袖を怪しげな魔道とやらで封印しておいて、その言い草は片腹痛いわ」

「さもあろうが、それは貴国と我が国の長なり代表なりが折衝すべき事柄であろうと存ずる。ここで我らのような施政とは関わりのない下々の者が承っても意味がないかと」

「なるほどな。だが、貴様は一つ勘違いをしているようだな。我が種族にとっては人間を絶滅させることが大義であり、それがすなわちガーラント王国の国是でもある。多少なりとも人間を減らすことができるのなら、それは無用無益な戦闘などではない」


(人間を……減らす?)


 クリスは、ヴェルフェールの『人間を減らす』という言い方に恐れを感じた。それは、まるで農民たちが畑を荒らす有害動物を駆除して数を減らすかのように、人間を見なしているように思えたからだ。つまり、魔族にとって人間とは、対等の立場にいる敵という扱いですらないのであろう。


「では、どうしても戦うと。この戦力差で我らに勝てるとお思いか?」


 アルキタスは後ろを指し示すように首を振った。

 ヴェルフェールは、すぐにアルキタスの意味するところを読み取った。


「ハッ、シルバードラゴンか。人間を倒すためにあるはずが、何の因果か人間側につくとはな。下等生物に知能を持たせても役に立たぬことの証明だな」


 グウォグアアア


 ヴェルフェールの言い草に気分を害したのか、ヘンリエッタが吼えた。


「フン」


 だが、ヴェルフェールは、それに動じず、相変わらず皮肉めいた表情のまま、悠然と立っていた。


(この余裕、おかしい……)


 クリスは、怪訝に思った。自分たちのような初級の魔幻語使いでさえも、両者の戦力差は感じられる。それが、このヴェルフェールという名の魔族に分からないわけがないのではないか。にもかかわらず、表情と声の端々から、自分たち自身の圧倒的優位を疑っていない様子が感じられるのだ。


 グウォォォォォ


 クリスが自分の思いに沈んでいると、ヘンリエッタが再び咆哮を上げる。


(アルキタス、もうよかろう。この者たちがお主たちの敵であることは分かった。我が始末してやる)


 そして、ヘンリエッタが口を大きく開ける。口の奥が赤く光り、火の玉が現れ、徐々に大きくなる。それは、キャセルが口から吐いた火の玉の何層倍も大きく、強力な力が感じられた。そして、まさに炎の玉を発射しようとした瞬間。


「フッ」


 ヴェルフェールが右手の人差し指をヘンリエッタに突き出し、目が金色に輝いた。


(な、なんだ?)


 いきなり、ヘンリエッタが動きを止め、硬直したように動かなくなったのだ。

 戸惑いの思念がヘンリエッタから皆に伝わる。


(ど、どうしたことだ、我の体が動かぬ)


 もがこうとするが、まるで彫像にでもなったかのように、びくとも動かない。あまりに力を入れているのか、体全体が小刻みに揺れる程度である。そして、そのうちに、口から出そうとしていた炎の玉も消えてしまった。


 グウォオオオ


(お、おのれ、我に何をしたのだ?)

「フ、お前が邪魔をするからだ。いいからそこで黙って固まっておれ、この役立たずが」


 グゴアァァァ


 ヘンリエッタの怒りの咆哮があたりに鳴り響く。


 ピイイイイイ


 キャセルが、ヘンリエッタに何か異変が起こったのを察したのか、慌てふためいたように駆け寄り、キュウキュウ鳴き声を上げながらヘンリエッタの体に自分の体を擦り付ける。


「ヘンリエッタ、どうしたんだ?」

「金縛りの呪文か?」

「だけど、あれで呪文が発動するなんて……」


 何が起こったのか分からないと言った戸惑いの表情を見せるクリスたち。ヴェルフェールがどんな術を使ったにせよ、呪文もなく発動の光もなく、いきなりヘンリエッタが硬直したのだ。

 アルキタスは、覚悟を決めたように息を一つ吐くと、パルフィに言った。


「こうなってはやむをえませぬ。ご準備を」

「……はい、先生」

 

 そして、アルキタスとパルフィは、同じ呪文をそれぞれに唱える。二人の体が一瞬だけ淡い青い光に包まれた。


「む、その呪文はもしや……」


 ヴェルフェールは、今度はパルフィたちに向かって指を突き出した。

 再び目が金色に光る。

 だが、


「残念だったわね、あたしたちにはあんたの呪文は効かないわよ」


 パルフィが、身体に何も影響がないことを見せびらかせるように、勝ち誇った顔で手をひらひらさせた。


「ほう、それが話に聞く催眠防御呪文か。まさか、このようなところで見かけることになるとはな」


 催眠防御呪文 ---


 この呪文は、数百年前の人間対魔族の大戦のとき、カトリアの幻術師が編み出したものである。

 最後の戦いにおいて、幻術師たちがこの呪文を唱え、アルトファリアの魔道師の一団が増幅して、武の国ルーデンスバーグの戦士たちにかけることによって、魔族を撃退したのだ。

 それ以来、この呪文はカトリアの幻術師たちに習得されてきた。

 しかし、大戦から時が流れ、魔族との接触がなくなると、実用的な価値がなくなり、しかも、習得するのに時間がかかるということで、現在では、王家に仕えるものしか習得していないというのが実態であった。


「お前たちなぜその呪文を知っている?」

「何言ってんの? あたしたちは『聖石の管理者たち(ストーン・キーパーズ)』の一国として、あんたたちが懲りずにまたちょっかいを出してきても大丈夫なように、代々修練してるのよ。この呪文だって受け継がれてるに決まってるじゃない」

「……これまでその呪文を使えるものに遭遇したという報告はなかったのだがな。ということは、お前たちは、その呪文を習得する立場にいるということか。なるほどな」


 その時、魔族の兵士たちの目が金色に瞬いた。


「な、なんだ」

「また呪文か?」

「あれは、心話よ。心の中で会話してるのよ」

「パルフィ殿、お控えくだされ」


 老師が、低い声でパルフィをたしなめる。殿下の敬称を使わないのは、魔族に正体を悟らせないためであろう。そして、こちらがどれくらい魔族について知っているのかを相手に知らせたくないと察せられた。

 これは、魔族との数百年ぶりの邂逅(かいこう)である。できるだけ、相手にこちらのことを気取られずに、相手のことを知る必要がある。すでに、戦いは始まっているのだ。


「フン、小娘のくせに、我らの能力もよく知っているようだな。やはり、貴様たちはただの魔幻語使いとやらではないな」


 そして、ヴェルフェールの目が金色に瞬く。最後に、まるで了解したと言わんばかりに、一度だけ兵士たちの目が光った。


「来るか……」


 アルキタスが用心深く身構える。

 クリスたちもその後ろで攻撃に備えていた。


 だが、突然、誰も予想もしていなかったことが起こった。


「な、なんだ?」

「うわっ」

「か、体が勝手に……」


 パルフィ以外のメンバーが、何の前触れもなくいきなり背後からアルキタスに襲いかかったのだ。


「えっ?」


 背後での急な動きに驚いてパルフィが振り返ったときには、グレンとミズキが斬りかかり、クリスとルティが呪文も使わずアルキタスに体当たりするところだった。


「む」


 気配を感じたのか、アルキタスも振り返って防御姿勢をとる。

 アルキタスには強力な防護呪文がかかっていたようで、バシッという音とともに、クリスたちは全員弾き飛ばされた。一瞬だけ、老師の周囲を包む光の球のようなものが現れ、すぐに見えなくなった。防御壁である。


「うわっ」

「くっ」


 後方に倒れこむクリスたち。

 だが、まさにその瞬間だった、魔族の兵士数人がパルフィのところにまで一気に駆け寄り、パルフィに掴みかかったのだ。そして、一人が背後から羽交い締めにして、引きずりながら連れて行こうとする。


「えっ。いやっ、な、なにするのよ!」


 完全に不意を突かれたパルフィは、とっさのことで大した抵抗もできず、ジタバタともがくしかできない。


「パ、パルフィ!」

「やめて、放してよっ」


 大声で叫びながら、なんとか振りほどこうとするが、兵士たちには勝てず、結局そのままヴェルフェールの元に引きずられてしまう。


「パルフィ殿!」


 アルキタスがそれに気づいて、すぐさまパルフィを助けるべく攻撃呪文を唱えようとした時、再びクリスたちが襲いかかった。


「うわっ、また体が」

「と、止まらねえ!」

「くどい」


 だが、今度は、アルキタスも黙ってはいなかった。防御呪文で弾き飛ばしたあと、すぐに別の呪文を唱えた。その瞬間、クリスたちの動きが硬直する。


「か、体が……」

「こ、今度はオレたちが金縛りか」


 クリスたちはアルキタスに襲いかかろうとした姿勢のまま、手足を動かすことができないようだった。


 だが、アルキタスには説明している余裕などなかった、すでにパルフィは、羽交い締めにされたままヴェルフェールの元に連れていかれたのだ。


「パルフィ殿!」


 アルキタスが、攻撃呪文を唱え始めると、ヴェルフェールが声をあげた。


「おっと、攻撃呪文など唱えてもらっては困るな。こやつがどうなっても構わないのか。重要人物なのだろう?」


 その言葉を合図に、兵士の一人が横からパルフィの喉元に小刀を突きつける。


「ぐぬう」


 アルキタスがうめき声をあげて、印を解いた。


「ちょっと、放しなさいよ。放しなさいって言ってるでしょ、この卑怯者!」


 じたばたともがきながらパルフィが叫ぶものの、後ろから羽交い絞めにされているうえに、左右も別の兵士たちに押さえつけられて、どうしようもない状態だった。


「何を甘いことを言ってるのだ。戦いに卑怯も何もない。こんな子供騙しのくだらない手に引っかかるお前たちが悪いのだ。まあ、お前たち低能種族が我らの相手など務まるはずがないのだがな。クックック」


 ヴェルフェールは、いかにも馬鹿にするような笑いを浮かべていた。


「パルフィ!」

「ふざけやがって、そいつを放しやがれ」


 クリスたちもアルキタスの後方から叫ぶ。


 ピイイイイイ


 キャセルも幼いながらに、パルフィがひどい目に合っていると分かったらしく、怒りの鳴き声をあげて向かってこようとする。


「フン、そのシルバードラゴンの子供にも同じく大人しくしてもらおうか。妙な真似をすれば、躊躇なくこの小娘を殺す」

「キャセル、待って。攻撃しちゃダメだ」


 クリスが叫ぶ。


 グウォゥゥゥグウゥア


 ヘンリエッタも体が動かないながらも、キャセルに吼えた。


 ピイピイピイ


 キャセルは、不満そうな鳴き声をあげたが、大人しくなった。


「ハハハ、それでいい。やはりこの小娘はお前たちにとっては大切な存在らしいな。どうやら高貴な生まれのようではないか。隠しても無駄だぞ」

「む……」

「これで我々の勝ちのようだな。最初から結果は分かっていたがな。まあ、いい。ゆっくりと血祭りにあげてやる。この小娘の命が惜しければ、このまま大人しく死ぬがいい。そうすれば、こいつだけは助かるかもしれんぞ? フハハハ」


 アルキタス以下全員が大人しく死んだところで、パルフィの命を助けるつもりが全くないということを隠しもせず、ヴェルフェールは高笑いした。


「不覚……」


 アルキタスが、苦悶の表情浮かべ、絞り出すような声でつぶやいた。



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