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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
74/157

意外な一面(挿絵あり)



「やっぱり、エミリアの料理はいつ食ってもうまいな」

「ホントよね。あたし、もうおなかいっぱい。幸せ~」

「あら、ありがとうございます」


 嬉しそうにエミリアが微笑んだ。

 パルフィの治療が終わった後、一同は、エミリアが作った料理を堪能し、茶を飲みながらくつろいでいた。パルフィも、エミリアの回復呪文が効いたのと、満腹になったことで、すっかり元気になったようだった。


「ところで、エミリアさん、今日はお尋ねしたいことがあって来たんです」


 一息ついたところで、クリスがエミリアに尋ねた。


「はい、何でしょう?」

「実は、僕たちレイチェルに会いたいんですけど、どこにいるのか知らないんです。もしかしたら、エミリアさんならご存知かと思いまして」

「まあ、そうでしたの?」

「姉さん、前にレイチェルと会うって約束してなかった?」


 エミリアの隣に座っていたルティがたずねる。


「ええ、そうよ、でも、もう会ったのよ」

「えっ?」

「実は、二週間ほど前にここに来て何日か泊まっていったんですよ」

「うわあ、すれ違いか……」

「うーむ」

「あ、でも、今は、アルティアに住んでるらしくて、住んでいる所も聞いてありますわ」

「おお、では教えていただけますか?」

「ええ、もちろんです。レイチェルも、みなさんに会いたがっていましたから、きっと喜ぶと思いますわ」

「よかった。それは、助かります」

「ああ、ホッとしたぜ」


 これで無駄足を踏まずにすみそうだと、クリスたちは安堵の表情を見せた。


「レイチェルに何か大切なご用事でもあったのですか?」

「ええ、そうなんです。実は、いま僕たちはカトリアでミッションをしているんですけど、それをレイチェルに助けてもらえないかと思ってまして……」


 そして、クリスがカトリアでの経緯を簡単に説明する。エミリアがパルフィの生まれに気づいているとすでにパルフィから聞いていたため、さほど隠す必要もないと判断したのだった。


「そうだったんですか。カトリアに……」

「ぼくたち、王宮に住まわせてもらってるんだよ、姉さん」


 ルティがすこし得意げに、エミリアに言った。


「まあ、王宮に?」

「うん、そうなんだ。このミッションが終わるまでは、王宮に滞在するようにって、国王さまから言われてるんだ。部屋も大きくてとても豪華で、お付きの人もいるから、ぼく戸惑っちゃって。それだけじゃないよ。ぼくたち、国王ご一家にもお目通りが許されたんだよ。ぼくも王妃さまに話しかけてもらって、そしたら、ぼくたちの両親のこともご存知で、立派だって言ってくださったんだよ」


 よほど嬉しかったのか、ルティは熱心に話した。


「そうだったの。よかったわね、ルティ」

「うんっ」

「そうそう。それによ、王女さんと話す機会があったんだが、これがまたべっぴんさんでなあ。たまげちまったぜ」


 グレンは、セシリア王女と会った時のことを思い出したのか、鼻の下を伸ばしてニヤニヤする。

 それを聞いて、クリスたちはハッとなったが、すでにグレンは何やら妄想中で周りが見えないようだった。


「あら、それほどお美しい方だったのですか?」

「ああ、あんな美人は他に見たことねえよ」


 グレンは、はるか遠くを見るような目つきで、伸びた鼻の下をさらに伸ばして、へらへらとだらしない顔になった。

 そのときだった。何やら、ピシッという音が聞こえてきて、一瞬で場の空気が凍り付いた。同時に、クリスたちは、体中が総毛立つような寒気を感じてビクッと身をすくませる。


「……そうですか。よかったですわね。そんな素敵な女性とお話できて」

 

 にっこりとエミリアが微笑みかけた。

 部屋の空気が一変したのに気がつかないのか、グレンが、だらしない顔をさらにだらしなくした。


「そうなんだよ。それに、見た目だけじゃねえぜ。上品だし、頭もよさそうだし、ケチの付けようがねえな。ありゃあ、男なら、誰でも惚れちまうぜ」


 まるで、それが自分の手柄であるかのように、自慢げに話すグレン。


「うふふ、グレンさんは、よっぽどうれしかったんですねえ」

「ヘッ、まあな……」


 エミリアはいつも通りの聖女のような微笑みを浮かべ、優しい口調でグレンと話をしていた。しかし、クリスたちは、エミリアから不穏な雰囲気がにじみ出ていることに気がついた。そう、グレン以外は……。


「グ、グレン……」

「ちょ、ちょっと」


 クリスたちは、一生懸命にグレンに目配せしたり、横から袖を引っ張ったりして、助けてやろうとしたが、浮かれているグレンには届かなかった。


「そんなに心惹かれる方なら、私などに構わず、その王女様と結婚なさればよろしいのに」


 エミリアは、まるで絶縁状をたたきつけるようなセリフを、女神のような微笑みと穏やかで優しい口調で言った。

 同時に凍てつくような冷気が部屋中に吹き荒れる。


(うわあ……)

(こ、怖すぎる……)


 エミリアから放出される冷気にガクブル状態で体を寄せ合うクリスたち。

 だが、さすがにこれにはグレンも気がついたらしく、ハッと我に返った。そして、エミリアの様子と、クリスたちの青ざめた表情を見て、自分の状況を悟ったらしく、とたんにしどろもどろになった。


「へ? あ、い、いや、違うんだ、エミリア。ご、誤解だ」

「何のことでしょう? 誤解などしていませんわ。とても、美しくて魅力的な方だったのでしょう?」

「それは、確かにそうだが……」

「ブッ」

「ちょ、ちょっと……」


 そこでうなづくバカがいるかとばかりに、クリスたちがあわてて横から止めようとするが手遅れだった。


「そんな方なら、きっと、グレンさんにはお似合いですわよ。よかったですね」


(うわあ)

(ひえぇぇ)


 その言葉に、クリスたちは首をすくめる。

 あわてて取り繕うグレン。


「あ、い、い、いや、ちがうんだ。誤解だ。話を聞いてくれ」

「聞きたくありません」


 ぷいっとすこしふくれたようにエミリアがそっぽを向く。


「い、いや、待てって、こ、これには止むに止まれぬよんどころない事情が……」

「事情って何ですか?」


 エミリアは振り返り、疑わしそうに上目遣いでグレンを見る。


「そ、その、あれだ、あれ。ほら、え、えーと……」

「さてと、お部屋のお掃除でもしてこようかしら……」


 エミリアは、スッと立ち上がると、うろたえるグレンを放置して、スタスタと部屋を出て行った。


「ちょ、ちょっと、待ってくれ。エ、エミリアってばよ……」


 そして、そのあとをあたふたと必死に言い訳しながら、グレンが付いていく。


 後に残されたクリスたちは呆然としていた。


「……」

「うーむ。これは、すごいものを見た気がする……」

「……アレって、やきもちよね。おまけに、拗ねちゃったわよ」

「エミリアさんって、妬いたり拗ねたりするんだ……」

「わ、私も知りませんでした……」


 姉の意外な一面を見て、ルティも驚きの表情で固まっている。


「やっぱり、エミリアさんも年頃の女の人なのねえ」


 普段は、物腰柔らかく、落ち着いていて、しかも、どこか神々しさを感じさせるエミリアだけに、今の一幕は衝撃的ですらあり、同時に、エミリアの知られざる一面を見た気がしたのだった。


「とりあえず、エミリアさんを怒らせちゃいけないってよくわかったわよ」

「ホントだよ……」

「まあ、いいではないか。妬いているということは、それなりに好意を持っているということの裏返しだろう?」

「あ、そうよね。なんだかんだいって、脈あるんじゃないの? ルティ、そこんとこどうなの? エミリアさんから何か聞いてないの? こっそり教えてよ」

「いえ、確かなことは何も。まだ、悩んではいるようです。ですが……」

「どうしたのだ?」

「さっき、二人で夕食の用意をしているときに、『私が誰かと一緒になっても、ルティは平気?』って聞いてました」

「ほう」

「へえっ、そうなんだ」

「あと、グレンの好物も聞かれました。早速、さっきの夕食にも出してましたし……」

「なあんだ。じゃあ、うまくいきそうなんじゃないのよ。ばかばかしい」


 心配して損したと言わんばかりに、パルフィが呆れた声を出した。


「いや、だが、まだ油断はできないのではないか?」

「うん。今ので50点ぐらい減点になった気がするよ……」

「そっか。あーあ、ホントにグレンったら、女の子の気持ちがわかんないバカなんだから」

「だから、気をつけなよって言っておいたのに……」

「確かに、あれでは無神経のそしりは免れないな」

「で、でも、まだ大丈夫だと思います……、たぶん……、いえ、きっと……」


 ルティが、非常に心許ない様子で、まるで自分を励ますように言った。

 どうやら、ルティは、グレンが自分の義理の兄になるのを望んでいるらしい。


「まったく、男というのはつくづくしようのないものだな。なあ、クリス?」


 ため息混じりに、ミズキがクリスを振り返った。


「い、いや、そこで僕に同意を求められても困るんだけど……。でも、まあ、男としてはグレンの気持ちも分からないでもないな。確かに、パルフィのお姉さん、きれいだからね」


 このクリスの一言にパルフィが噛み付いた。


「な、なによ、クリスまでそんなこと言ってさ! どうせあたしなんてお姉さまみたいに綺麗でも頭がよくもないですよーだ」


 そして、ぷいっとすねたように横を向くパルフィ。


「そ、そんなこといってないでしょ? な、なんでそんな話になるんだよ」

「じゃ、じゃあ、あたしもかわいい?」


 パルフィは、少し頬を染めてクリスに向き直り、上目遣いにクリスを見た。

 思わぬ質問に、クリスもやや顔を赤くする。


「な、なんで、そんなこと聞くんだよ? なんか最近、パルフィもレイチェルと似てきたね……」

「なによ、なんで、レイチェルの話になるのよ!」

「だってさあ」

「お、おい、ふたりとも……」

「あの、もうその辺りで、やめておいた方が……」


 ミズキとルティが二人を止めようとするが、無駄だった。


「……」

「……」


 痴話げんかのようなやりとりを繰り返すふたりを、呆れたように見つめるミズキとルティ。


「なんというか……」

「まあ、仲が良くてよろしいのではないかと……」


 もう手に負えないとばかりに、はあ、と大きくため息をつく二人であった。






 一方、グレンは、エミリアの機嫌をなだめようと必死になっていた。


「エ、エミリア。悪かったって。わ、悪気はなかったんだ。ちょっと、浮かれてただけなんだよ」

「よろしいのですよ、言い訳などなさらなくても。カトリアの王女さまは、お綺麗だって、私も噂を聞いたことがあります。それに、私になど言い訳していただく必要もありませんから……」


 取りすがるグレンの方に見向きもせず、(かたく)なに前だけを見て廊下を早歩きで歩くエミリア。グレンも、なんとか取り繕うと必死に後を追いかける。


「な、なら、ちょっと止まってくれよ」

「何か御用ですか? 私、これからお片付けがありますので、後にしてください」


 穏やかな物言いは変わらないが、エミリアにしては、トゲのある言い方で、スタスタ歩き続け、取りつく島もない。

 だが、機嫌を損ねたままにしては、未来はない。グレンが、エミリアの背中に向かって懸命に言い訳をする。


「た、確かに、王女さんは美人でびびったが、だからって、王女さんと結婚したいとか、エミリアがどうでもよくなったとかなんて思っちゃいねえんだ。オ、オレが惚れてるのはエミリアだけなんだよ!」


 ここで、ようやくエミリアが歩みを止めて、グレンの方を振り返った。

 その瞬間、グレンはハッとしてエミリアを見つめる。

 エミリアは少し顔を上気させ、そして、目を涙で一杯にしていたのだ。

 いつもの落ち着きと聖女のような神々しさはなりを潜め、まるで年頃の娘が失恋のショックを受けて涙ぐんでいるようにしか見えなかった。そしてそれは、グレンがこれまで見たことのない、感情を露わにしたエミリアの素の表情であった。

 グレンは胸を衝かれたように、口ごもった。


「エ、エミリア……、おめえ……」

「好きって……。私のことを好きだって言ったくせに、あんな風に、別の女性に恋い焦がれるような表情をされたら……私……、本当に私だけを想っていただいているのか自信がなくなります」

「エミリア……」


 あとが続かず立ち尽くすグレン。


「……グレンさん」


 しばらくの沈黙のあと、エミリアが尋ねた。


「お、おう?」

「……私は、本当にあなたの気持ちを信じてもいいのですか?」


 目に涙を浮かべて、真っ直ぐにグレンを見つめる。




挿絵(By みてみん)




「あ、当たり前だ。エミリア、すまなかった、お、女心が分からねえオレがバカだった。だが、信じてくれ、本当にオレにはエミリアだけなんだ」

「そんな調子のいいこと言って……。他の方にも言っているんじゃないんですか?」

「い、いや、それは違う、人にこんなに惚れたのだって初めてだ。王女に見惚(みと)れてたのは認める。そんな話をエミリアの前でしたのも無神経だった。オ、オレは、あ、あんまり、こういうことに慣れてないっていうか、女心も分からないバカでよ。単に、すげえ美人の王女さまに出会ったもんで、何も考えずに浮かれちまって、エミリアに嫌な思いをさせちまった。本当に悪かった。だけど、これだけは信じてくれ。オレが愛しているのはエミリアだけなんだ」

「で、でも、王女さまのような方がお好みなのでしょう?」


 エミリアはやや拗ねたように言い返した。


「それは、違う。たとえ、王女さんに言い寄られたとしても、オレは間違いなく、一瞬の躊躇もなくエミリアを選ぶ。これは、絶対だ」

「……本当に?」

「ああ。もちろんだ。オレが愛しているのは、エミリアだけだからな」


 グレンは、ひたすら熱心に自分の気持ちを述べた。その様子はこれまでになく真摯なものであった。その態度を見て、エミリアも気が静まったのか、やがて、大きなため息をついて、目にたまった涙を指でぬぐった。


「分かりました……。そこまで仰るなら、私グレンさんのこと信じます」

「ほ、本当か? 本当にもう怒ってないのか?」


 おそるおそるといった感じで、グレンがエミリアを見る。


「ええ、もう気が済みましたから。それに、私も、こんな些細なことで大人げなかったと思いますし……」


 エミリアは、取り乱したことを恥じているのか、少し照れたように微笑んだ。


「いや、そんな嫌な気持ちにさせちまって、オレが悪かった」

「いいえ、もうよろしいのです。お気持ちはよく分かりました」

「そ、そうか。それは、よかった。いや、一時はどうなることかと……。エ、エミリアを怒らせたら怖えってのが、よく分かったぜ」

「もう、そんなこと言って……。それは、あなたが悪いんですからね。私だって焼きもちぐらい焼くんですから……」


 すこし甘えるような声で、責めるようにエミリアが言った。


「そ、そうか、そりゃ、悪かったな……。なあ、で、でもよ、ヤキモチってことは、少しはオレに気があるって思っても構わねえのか。よく分からねえが、気もねえ奴に妬いたりしねえんじゃねえかと思うんだが……」

「え……」


 一瞬、思わぬことを言われたという表情を見せたエミリアだったが、すぐにいたずらっ子のような微笑みを浮かべて、はぐらかした。


「さあ、どうでしょうね。うふふ」

「ど、どっちだよ? ちょっとは見込みがあるのか?」

「好きだって告白なさった女性の前で、他の女性に見惚(みと)れたなんて話をする方には教えて差し上げません」


 意地悪な子供のような言い方をして、エミリアがくすくすと笑った。


「だから、それは悪かったって……。な、なんでえ、さっきの、仕返しか?」

「ふふ。グレンさんには、ひどいことされたのですから、お返ししないと」

「お、おめえ、顔に似合わず気がつええな……」


 それを聞くと、エミリアが嬉しそうな表情になった。


「あら、今頃お気づきになったのですか? 私、小さな頃は気が強くて、おてんばで、いつも、おしとやかにしなさいって母に叱られていたのですよ。今でも、中身は少しも変わりませんわ。ご存知ありませんでした?」

「ああ。芯が強くて、しっかり者だとは思ってたがな」

「もしかして、あなたは私のことを分かってらっしゃらないかもしれませんわよ。もし、一緒になっても、後悔されるかもしれませんわね」


 相変わらずエミリアは、楽しそうな眼差しである。


「た、確かに、おれは、エミリアの全てを知ってるわけじゃない。オレの知らないエミリアの一面ってやつもあるんだろう。だけど、オレは自分の見る目を信じている。それに、気の強い女は、オレは好きだぜ」

「……そうですか。そう言っていたただければ、私も安心です」


 そう言って微笑んでから、エミリアは少し真面目な表情になった。


「でも、お返事は、もう少しお待ちいただけますか? 私にも心の準備が必要ですので……」

「そ、それは、もちろんだ。好きなだけ考えてくれればいい」

「ありがとうございます。でも、そこまでお待たせしませんわ」

「あ、でもよ、心の準備って言ったよな? 断る気なら、そんなのいらないんじゃ……」

「えっ……。あ……、さ、さてと、みなさんにお茶でも入れますわね」


 エミリアは頬を染め、急に話を変えた。そして、何か言いかけるグレンを置いて一人台所に立ち去ったのだった。



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