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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第5話 マジスタ認定試験 実技

「クリス君だね」

「はい」


 試験官が真っ直ぐにクリスの目を見て、落ち着いた声で話しかける。今の今まで激しい戦闘をしていたのに、息一つ乱れていない。

 試験官は理性的な顔立ちで、クリスより数才しか上ではないように見えたが、それにもかかわらず、何かしら威厳を感じさせる雰囲気を持っていた。


「私の名は、クリード。君の試験官だ。とはいっても、普段はマジスタとしてパーティを組んで活動してるんだがね。今日は、魔幻府の依頼でここにいる。よろしくたのむ」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 クリスは頭を下げた。


「うん。さて、実技試験だが、段取りは簡単だ。今から私と君とで模擬戦闘を行う。それをあちらの席に座っている老師たちと試験官である私が採点するというわけだ。私も攻撃はするが、君の実力に合わせたものになる。模擬戦闘とはいっても、試験だから本気で来てくれよ。私はランク4だから、遠慮なくかかってきてくれ」

「はい」

「では、始めよう」


 そう言って、クリードはクリスから距離を取り、再び向かい合った。

 そして、審査員席の長老らしい老師が旗を振る。


「始め」


 開始の合図と同時に、クリスは緩衝壁の呪文を唱えた。自分を包み込むように周囲に薄い膜のような光が現れて、すぐに見えなくなる。金属と皮製の鎧は、魔道士のエネルギーに干渉するため、魔道士は鎧を着ることができない。その代わりに、呪文でダメージを吸収することになるのだ。


(よし、いくぞ)


 クリスは手始めに、火の玉の呪文を唱えた。着火する音がして、手のひらに炎が現れ、球形になる。それをクリードに向かって投げつけた。

 火の玉が風を切る音とともに狙い通りに彼に向かっていく。が、彼はよけようともしない。


(え?)


 とまどうクリス。火の玉はそのままクリードの胸部付近に直撃すると、大きく膨れ上がり、彼の上半身を飲み込んだ。


(だ、大丈夫かな。直撃したけど……)


 いくらランク4魔道士とはいえ、まともにくらえばケガをするのではないかと、クリスは心配になった。

 たが、炎が消えたとき、クリードは完全に無傷で立っていた。

 そして、ほんの一瞬だったが、彼の四方を覆う透明な壁のようなものが光ったのが見えた。

 その壁が彼を守ったのは明らかだった。


(……防御壁か。そりゃそうだよな。ランク4なんだから。いや、まてよ……)


 クリスはクリードが防御壁の呪文を唱えるのを見ていない。ということは、前の受験者と闘っているときにかけたものがそのまま持続していることになる。

 防御壁は、クリスが唱えた緩衝壁よりも上級の呪文で、より防御力が高い。しかし、ダメージを受けるごとに疲弊し、限界を超えると消えてしまうのは緩衝壁と同じだ。それが、この時点でも残っている以上、よほどかけた呪文が強力だったか、または攻撃を食らっていないかである。

 クリスはおそらく両方だと当たりを付けた。よく考えてみると、先ほどのメーガンとの戦闘でも、直撃どころかかすったのすら見ていない。そして、直撃を受けたところで何ともないことは今の一撃でよく分かった。


(なるほど、ランク1の呪文を食らっても何てことないってことか……)


「この通り、私はダメージを受けないから、気にせず思いっきりかかってきてくれ」


 そう言いながら、クリードは手を横に大きく広げて無傷であることを示す。


「は、はい」


 クリスは全力で攻撃しても問題がないことに少し安心した。魔物でも悪党でもない相手に対して殺傷能力を持つ呪文で攻撃することはやはりはばかれるのだ。


 しかし、それと同時に、もう一つの感情がわきあがってきた。

 それは、反骨心だった。

 自分の攻撃呪文をまともに受け止められ、まったく効き目がないことを見せ付けられて、効かないから思いっきりかかってこいと言われたのだ。

 別にクリードが自分を見下して言っているわけではない。それどころか、自分の攻撃に迷いがなくなるよう試験官としてあえて言ってくれたことはよくわかる。事実、今の一発で自分も落ち着くことができた。

 それに、一言二言話しただけで、彼の誠実な人柄はよく伝わってきた。

 また、相手との実力差を考えると、こちらが雑魚なのはやむをえないのも分かっている。

 しかし、それでもやはり自分の無力さを見せつけられているような気がするのだ。


(ようし。そういうことなら絶対一発当ててやる。炎がダメなら、今度はこれだ)


 クリスが呪文を唱えると、鋭くとがった氷柱が何本も空中に現れる。


「ほう、今度は氷魔法か」

「ハァッ」


 クリスは力を込めて両手を前に突き出した。その瞬間、空中に浮かんだ氷柱が一斉にクリードに向かって飛んでいく。

 だが、今度は彼は待ち構えてはいなかった。クリスが氷魔法を放つと同時に、すばやく呪文を唱えて、身長の半分はあるのではないかというぐらいの巨大な炎の玉を出し、クリスに向かって投げつけた。

 しかも、それは飛んでくる途中で、クリスが出した氷柱をすべて飲み込み溶かしてしまい、そのままクリスに向かってきた。


「うわっ」


 クリスは慌てて横っ飛びして、ぎりぎりでかわす。

 炎の玉はクリスがいたところを通過して、床に着弾し激しく燃え上がって消えた。


(あ、あんなのくらったらひとたまりもないぞ……)


 クリスも緩衝壁を出してはいるが、あの威力から考えてほとんど役に立たないのは明白だった。そして、直撃を食らったらどうなるかは、先ほどのメーガンの姿を見て分かっている。

 しかし、かといってクリードが高度な呪文を出しているわけではない。クリスが最初に出したのと同じ初級の火の玉呪文である。単に、ランクが高い分威力が上がっているだけなのだ。


(こうも威力が違うとは……)


 これがランク1と4の差なのかと、愕然とするクリス。これなら、リロイやメーガンが意識不明になるのも無理はない。


「どうした? 来ないなら、こちらから行くぞ」


 クリスがしばし呆然としているのを見たクリードは、小型の火の玉を手のひらから出して、次々と投げつけた。


「うっ」


 クリスは、飛んでくる炎をかわしながらも徐々に追い詰められる。


(まずい、このままでは……)


 呪文の発生速度も、強さも圧倒的な差があった。


「そらっ」


 クリードが叫んで、手を前に突き出した。すると、ことさら大きい炎の玉がその手から生み出される。そして、それをクリスに投げつけた。

 轟音とともに巨大な炎の玉が自分に向かって飛んでくる。


「くっ」


 クリスはぎりぎりでかわしてなんとか直撃は避けたものの、炎が緩衝壁の一部にかすった。

 その瞬間、微かな音と発光とともに緩衝壁が消えうせた。クリードの呪文の強さに術が耐え切れなかったのだ。


(かすっただけでこれか……)


 あまりの破壊力に肝を冷やしながらも、クリスは再び緩衝壁の呪文を唱える。しかし、それはもはや気休めでしかないことは明白だった。


「よく避けたな。では、これでどうだ」


 クリードが別の呪文を唱えると、今度は多数の氷柱が空中に現れた。やはりこれも先ほどのクリスの氷呪文と同じである。ただし、現れた氷柱の数も大きさも鋭さも自分とは比べるべくもなく強力に見えた。


「ハッ」


 クリードが気合いとともに右手を前に振った。浮かんでいた氷柱がクリスに殺到する。


「くっ」


 クリスは両手を前に突き出して、呪文を唱えた。先ほどのクリードほどではないが大きな火の玉が現れる。そして、それを氷柱のコースにぶつけた。しかし、クリスは自分の呪文ではクリードの氷柱を全て溶かすのは無理だと分かっていた。そして、投げた瞬間に、火の玉の行く先も確認せず横っ飛びで氷柱のコースから逃げた。

 案の定、火の玉は氷柱を溶かすどころか、氷柱の冷気に負けたらしく、数本の小さな氷柱を溶かしただけで消えてしまった。残った大きな氷柱はそのままクリスの立っていたところに次々と突き刺さっては消えていく。


「ほう、これもかわすか。なかなかやるじゃないか。では、こちらも真剣にいくぞ」


 クリードは感心したように声を上げた。気のせいか、うれしそうな響きも感じられる。そして、両手を合わせ特殊な印を組んで呪文を唱え始めた。


「え、いや、ちょっと、真剣に来られても……」


 クリスが狼狽して抗議するが、クリードは耳も貸さず呪文の詠唱を続ける。


(ど、どうしよう)


 クリードほどの使い手に真剣になられては勝ち目も何もあったものではない。クリスは焦った。そのとき、ふとクリードが唱えている呪文が聞いたことがあるものだと気がついた。


(あ、あれは、前に先生が使ったことのある呪文だ……。な、何だっけ……。あ。ま、まずい)


 クリスはその呪文を思い出した。


(た、たしか『炎の小龍』ってやつだ。ランク4の呪文とか言ってたっけ。って、この人ランク4じゃないか。ホントに本気出すんだ……)


「ハアァァァ」


 そして、どう対処しようかと悩む間に、クリードが詠唱を終えて気合と共に両手を上に突き上げた。

 その瞬間、炎が燃え盛る音とともにクリードの両手の上に炎の龍が現れる。

『小龍』という名前通り、全長が人の身長程度しかないが、見るからに凶暴そうで、宙に浮いたままクリードの頭上を激しく動き回っている。


(な、なんとかしなきゃ……)


 慌てて、クリスがこちらも少し強力な呪文を使うべく、印を組んで詠唱に入る。


「行け、小龍」


 印を組んだままクリードが命じると、激しい咆哮とともに炎の龍が向かってきた。噛み付こうというのか大きな口を開けている。


(だめだ、間に合わない)


 詠唱が間に合わないと悟ったクリスは、印を解いて地面に身を投げ出し、龍の顎をギリギリでかわした。だが、龍は空振りしたと分かると、床にはいつくばっているクリスに向かって、大きな口を開け、今度は炎を口から噴射した。


「うわあっ」


 完全に不意を突かれたクリスは、炎をかわしきれず大半を浴びた。しかし、これは緩衝壁が効いたのか思ったほどのダメージはなく、服の一部が焦げただけですんだ。ただし、この一撃で緩衝壁は吹き飛んだが。

 慌てて立ち上がるクリス。

 すぐさま詠唱を終わらせ、こちらに向かってくる龍に向かって手を突き出す。


『大嵐!』


 魔幻語で呪文の名前を叫んだ瞬間、目の前で大きな風が吹き荒れた。その風で炎の龍が自らの火を吹き飛ばされながら進路を逸らされる。

 クリスはさらに両手を激しく動かした。すると、風の方向が変わり今度は龍が逆向きに流されていく。

 何度かそうやって龍を風で押し戻した後、最後に大きく手を振り回して輪を書いた。すると、龍の周りに風の流れができたらしく、まるで龍は台風の目の中に閉じこめられたかのように、身動きが取れなくなった。何とか風から逃れようとするが、少し移動しては風に押し戻されることを繰り返していた。

 そして、クリスはその間にもう一つ別の呪文を唱えた。


「ハッ」


 人の頭よりも少し大きいぐらいの水の玉が空中に現れた。波打ちながらも球形を保ったまま宙に浮いている。

 クリスが手を前に振り下ろすと、水の玉は、風の中に閉じ込められた龍に向かって一直線に飛んでいく。そして、その頭部を完全に覆った。


「グガガァ」


 龍は頭部を水没させられた形となり、もがき始めた。水で鈍くなった龍の叫びが聞こえる。同時にゴボコボと泡が立ち上る。

 だが、炎の強さにクリスの呪文が負けつつあるのか、水が蒸発してきて、水の玉の大きさがだんだん小さくなる。


(いかん)


 クリスは両手を伸ばしたまま、さらに念を込める。同時にまた水の玉が徐々に大きくなってくる。

 ここで、ようやく龍がのた打ち回りだした。頭部は水の玉が押さえ込んでいるため、首から下だけを激しく動かしている。


(くっ、早く消えてくれ……)


 必死に念をこめるが、龍は消える気配がない。クリスは、自分の集中力がもう長くは持たないのを感じて、ありったけの力を振り絞って最後の念を込める。さらに激しくもがき出す龍。しかし、クリードの呪文の威力が強いのか、なかなか消えなかった。


(だ、だめか……)


 だが、呪文が維持できなくなり、術が切れそうになったとき、


「ゴボコボコボ」


 うめき声を出して、龍が消えた。それと同時に、水の玉も空気にしみこむかのように消えてなくなる。


「や、やった……」


 クリスは、ひざに両手をついて、大きく安堵の息をついた。


「ほう、龍を消すとはな。ますます気に入ったぞ」


 クリードが感心した声で云った。


(でも、今のは本気じゃなかった……)


 ランク4魔道士が出す龍が、あの程度の技で消えるはずがないのだ。それに、あの炎の噴射を浴びて自分が無事でいるはずがない。クリードは高ランクの術を使うときは、攻撃力を弱めているのだと察した。

 それに、もう一つ、腑に落ちないことがあった。どう考えても、自分の前の受験者メーガンと戦う時ほど、激しく攻撃されていない。なぜだか、緩めてもらっているという感が強かった。いや、彼が本気を出せば、初級ランクの誰が相手でも瞬殺で、試験にならないため、先の二人に対する時も緩めてはいたのだろうが、自分にはより甘い気がするのだ。今、倒れずに済んでいるのはそのせいに思えた。


 とはいえ、これまでの攻防で自分の体力も限界である。

 すでに、息が切れ、クリスは肩を大きく喘がせていた。


(……もう、あの技を出すしかない)


 たいていの場合、魔道士なら魔道士、幻術士なら幻術士のクラス共通呪文というのがあり、これは標準の呪文としてどこでも学べる物である。そのほかに、術者本人が独自に編み出した呪文や、流派に伝わるもの、一子相伝の物なども数多くある。また術者によって得意な呪文も異なる。つまり、同じクラスでも同じ技を使うとは限らないのだ。

 クリスには修行中に編み出した技が一つあった。そして、それは同じ魔道士とはいえクリードは当然ながら知らないはずである。


(どうせこのままじゃ、何も出来ずに終わる。一か八かだ)


 クリスは心を決め、火の玉を次々と投げた。しかし、どれもやや方向がそれており、クリードには当たっていない。


「どうした、そんな攻撃では私には当たらないぞ」


 そう言いながら、クリードも火の玉を投げつけてくる。そして、決着をつけようと至近距離から攻撃しようというのか、クリスに向かって歩いてきた。


「くっ」


 クリスは再度火の玉を投げるが、今度はクリードは自分に当たらないと察したのか、よけるそぶりどころか、その火の玉を見ることもせず、クリスから視線を離さない。


「もう終わりか」


 さらにクリードが近づいてくる。


(よし、そろそろいいか)


 頃やよしと見たクリスは、もう二発ほど普通の火の玉をあさっての方向に投げた後に、三発目を装って、狙いの一発をクリードの足元の地面に向かって、しかし、つま先から少し前方に投げた。


 クリスは最前から、火の玉をわざと的外れなところに投げていた。苦し紛れに出しているように見せかけるためである。そして、それはクリードを油断させ、この一発を投げるためであった。

 案の定、クリードは自分に当たらないコースに飛んでくる火の玉には目もくれなかった。

 そして、その火の玉が地面に着弾したとき、急速に炎が立ち上り、クリードの前方と左右両側を囲う馬蹄形の壁のように広がった。


「むっ」


 クリードが反射的に後ろに飛びずさって、顔の前に手をかざし炎をよける。炎はクリードからやや離れており、直接ダメージを与えるものではないが、身長よりも高いため視界を妨げていた。


(いまだ……)


 クリスは両手を前に突き出して、自分の魔道エネルギーのほとんど全てを炎に変えて手のひらに集めた。そして、そのまま背を向け一気に炎を後ろに噴射し、クリードのやや左脇に向かってジャンプした。

 クリスの体は、炎の勢いに乗って猛烈なスピードで空中を飛び、クリードの横を抜けた。


(ぐうっ)


 激しく加速したまま後ろ向けに着地したため、慣性で体ごと持って行かれそうになるのを、必死に堪える。

 クリードはまだ前方の炎の壁向いて身構えていた。

 クリスは、最後の魔法エネルギーを全て右手に集めた。手が赤く発光する。


(もらった)


 そして、足を踏み出し手を伸ばして、背中を取ったと思った瞬間。


 クリードが振り返った!


 それと同時に手のひらをクリスの顔に向かって突き出す。

 あわててクリスも手を伸ばすがクリードの体には届かない。

 次の瞬間、クリスは頭に強い衝撃が走ったのを感じた。


(しまった……)


 そう思ったときは手遅れだった。意識は失わなかったものの、視界が真っ暗になり、体が硬直するのを感じた。


(くっ、スタンか)


 スタンは、魔道エネルギーを衝撃波にして、相手の脳に直接送り込む呪文である。かけられた相手は金縛り状態になる。効果はほんの一瞬で、至近距離でないと発動できないが、この距離でほんの一瞬でも金縛りになるのは致命的であった。


 闇のように暗くなった視界のなかで、必死にもがこうとしたが体はピクリとも反応しなかった。いや、体が動いているのかも、自分がどのような姿勢なのかも、感じ取れなかったのだ。

 ようやく視界が明るくなって、体がもとに戻ったとき、クリスは自分がしゃがみこんでいることに気がついた。そして、すでにクリードがすぐそばに立ち、大きな火の玉を出して、狙いをつけていた。

 この距離で、この威力の火の玉をぶつけられては命はない。クリスは負けを悟った。


「ま、参りました」


 万策尽きて片ひざをつき、頭を下げた。


「そこまで」


 審査員席から、二人に声がかかる。


「え?」


 その声を聞いて、クリスは思わず顔を上げ、自分が実技試験の最中であったことを思い出した。

 クリードに一発当てる。それだけに集中していたのだった。


「クリス君といったね。なかなか見事だったぞ」


 クリードが、手のひらに出していた火の玉を消して、話しかけた。

 息一つ乱さず、相変わらず落ち着いた様子で、悠然と立って話している。


「あ、ありがとうございます」


 クリスは、まだ大きく肩で息をしている。


「最後の技は君が考えたのか」

「そ、そうです」

「そうか。私も油断したつもりはなかったが、完全に不意をつかれたよ」

「う、うまくいきませんでしたが……」

「ははは、そこはそれ、私もランク4だ。まだライセンスも持っていない新人に一発決められたとなると、仲間たちに何を言われるかわからないからね」


 愉快そうに、クリードが笑った。


「それにしても、なかなか面白いアイデアだな。魔道士がいわば格闘戦を挑むような技を出すなんて、予想もつかなかったよ」

「あ、ありがとうございます」


 クリスの最後の技とは、この炎の勢いを使ったジャンプだった。幻術士の瞬間移動とは比べるべくもなく遅く、そしてすぐ近くの距離までしか飛べないが、それでも、猛烈なスピードで移動することになる。


 もちろん、ジャンプするだけでは倒せない。

 クリスの狙いは、クリードの後方に着地し、背後からその背中に手を当てることだった。


 魔道士は遠くから呪文を撃つのが一般の戦い方だが、本来、呪文は発動者からターゲットまでの距離が長くなればなるほど威力が減衰し効力が落ちる。もっとも効率的なのが相手との距離を0にすること、つまり、相手の体に直接呪文を流し込むことなのである。ただし、体力も体術も格闘職に劣り、しかも相手の間合いに入るため、実際の戦闘ではそのような機会はほとんどない。


 そこで、考えたのが炎の壁だった。


 人は前方の視界が遮断されたとき、本能的に集中力が前方に向き、後ろへの意識がおろそかになる。戦闘中はなおさらその傾向が強い。そこに、この攻撃の狙いがあった。


 いかにクリードほどの使い手であっても、自分の前に炎の壁が現れ、視界がさえぎられてしまえば、クリスが背後に飛んできたとは思わないだろう。

 そして、背中から自分の手を通して、相手の体内、それも心臓に近いところに魔道エネルギーを注ぎ込めば、いくら低ランクの魔力でもなんらかのダメージを与えるはずだと、クリスは考えたのだ。


 だが、それもあっさり破られてしまった。

 

「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「何かな?」

「どうして、僕が後ろにいると分かったんですか?」


 激しく燃えさかる炎がクリードを取り囲んでいたのだ。なぜクリスが背後にいると気づかれたのか分からなかった。


「それは、君の気配だよ」

「気配?」

「剣士たちが相手の気配を読むのは知っているだろう。だが、魔道士でも戦闘経験を積んでいけば、それなりに読めるようになるんだよ」

「そうなんですか」

「あの炎の壁に囲まれた時、私は最初、前方からいきなり何か攻撃呪文が飛んでくるのかと思っていた。視界を遮るためにあれを出したのはすぐに分かったからね。ところが、前方にあった君の気配が急に消えたと思ったら、突然、私の背後に感じたのだ。そして、あわてて振り向いたら君が手を伸ばして迫ってきているのが見えたというわけさ」

「そうでしたか……」


 これまで、クリスは格上の魔道士との戦闘経験がなかった。そのため、気配を読まれるなどとは考えつきもしなかったのだった。


「それにしても、君は見た目がまじめで優しそうだが、なかなか根性があるな」

「えっ?」

「途中から、本当に私を倒そうとしてきただろう。私は、この試験官任務を何回も引き受けたことがあるが、見習いを終えたばかりのランク1魔道士に、倒す気でかかってこられたのは初めてだよ」


 そう言うと、クリードは、楽しそうに笑った。


「す、すみません」


 低ランクのくせにあまりにも思い上がったことだっただろうかと、恥じ入るクリス。


「ん? いや、勘違いするなよ。誉めているのだからな。どんな相手でもあきらめずに戦う姿勢はマジスタにとっては大切だ。これからもこの調子で精進してくれ」

「は、はい、あ、あの……」

「どうした? 他に聞きたいことがあるのか?」


 クリスは、もう一つ気がかりなことがあったことを思い出した。

 立ち上がって、クリードに尋ねる。


「どうして、僕の時だけ緩めてくれたのですか?」

「どういうことかな?」


 クリスは、前のメーガンの時と、自分の時では、クリードの攻撃の鋭さが違うことを感じていたのだ。もしかしたら、その前のリロイという剣士の時もそうだったのかもしれない。あれほど、屈強な剣士と経験豊富な魔道士が倒れていて、自分が大したケガも負っていないこと自体が、おかしかった。


 クリスが、このことを告げると、クリードは優しい表情で、そして、なぜかどこか悲しい顔で、クリスに諭すように答えた。


「クリス君」

「は、はい」

「君は、どうしてこの実技試験が行われているか知っているかい?」

「え」


 実技試験である以上、マジスタにふさわしい実力があるかどうかを図るために行われているのは当然である。したがって、クリードはそれを聞いたのではないと察せられた。


「実は、この試験はね、能力を測るためだけに行われているわけではないのだよ」

「そ、それは、どういう……」

「考えてみてくれ。見習いを修了した時点で、魔幻語使いとしての素養があることはもう証明されているも同然だ。あとは経験だけの問題になるからね。したがって、改めて技能を測る必要はそれほどはないんだよ」

「あ……」

「ここで試験が行われている一番の理由は、マジスタに向いていないものを落とすためさ。いわば、その資質を見るためなのだよ。まあ、具体的にいえば、腕自慢や自分の才能を誇るような者、心の弱い者ということかな。まれに本当に実力不足の者もいるがね。マジスタは基本的にはパーティーを組んで行動するだろう? そのときに、そういう資質に欠ける者がいると周りにも危険を及ぼす。それは、ひいてはこの国の損失にもなるのだよ。無論、こういう仕事である以上、立派なパーティーでも、命を落とす場合もある。だが、少しでもその危険を減らしたいのさ」

「……」

「確かに、前の二人は、現時点での力は君よりも上だろう。だが、己の力に溺れ、心も弱く、自分の身を滅ぼしかねないと私が判断したのだ。それで、自分の身をわきまえてもらうために、あのようにしたのだよ。まあ、いつかそれに気がついてまた試験を受けてくれることを願っているのだがね」

「なるほど……」

「それに、彼らの心配はないよ。私も死なないように手加減はしているし、ここに詰めている回復士たちはみな優秀だ。今頃は、何事もなくここを出ているさ」

「そ、そうですか……」


 いくら手加減されても、黒焦げにされてはたまらない。自分が同じ目に遭わなくてすんだことを密かに感謝するクリスだった。


「分かってくれたかな? よし、それでは、これで実技試験は終了だ。そこで待機している医師に体を見てもらってから、退出してくれ」

「はい。どうもありがとうございました」


 クリスは深々と頭を下げた。


「ああ、がんばれよ。期待しているからな」


 クリスはもう一度礼をして、医師のところに行って診断してもらった。幸い、激しい戦闘にもかかわらず、けがはなく、単なるマナの消耗、ならびにかすり傷と軽度の火傷だけだったので、回復呪文を掛けてもらえればたちまちのうちに全快した。

 クリスは医師に礼を言って、闘技場から出た。


「次、リトルワース村魔道士リードさん、どうぞ」


 闘技場から出るとき、背中で次の受験者の名前が呼ばれるのが聞こえてきた。




 考査棟を出ると、まだ昼までにはかなり間があったが、来たときの早朝の薄明かりではなく、朝日がずいぶん高く上り、相変わらずいい天気だった。

 少しまぶしい日の光を浴びながら、「うーん」と大きく伸びをする。

 クリスは先ほどの試験のことを考えていた。合格するかどうかももちろん気にはなっているが、それと同じくらい、クリードに強い印象を受けた。彼は、マジスタのミッションとして試験官の仕事を引き受けたと言っていた。つまり、クリスが合格すれば、先輩格になる。

 彼の強さは強烈だったが、その身のこなし、威厳、貫禄、落ち着き、すべてが今のクリスからはあまりにもかけ離れているものであり、なおかつ、いつかは自分がそうなりたいと思うような姿であった。

 もちろん、それらは全てクリスの師匠であるカーティス老師も持つ素養であり、クリードと比べてさえ老師の強さは圧倒的であったが、老師はあくまでも自分にとっての師である。深く尊敬もしているし力の差も圧倒的であるため、自分と比較したり追いつこうなどおこがましいと思っていた。しかし、クリードは、先輩格とはいえ、同じ立場のマジスタであった。老師の元に一人で住み込んで修行していたクリスにとっては、初めて見つけた身近な目標であった。


(僕の技は何一つ通用しなかった……)


 試験中、クリスは自分の全力を出した。もちろん、試験だからということもあるが、自分の術がどれくらい通じるのか、そして、ランク4との距離を知りたかったのだ。そして、いつしか試験中であることを忘れ、相手に一発でも入れることに集中していた。

 しかし、彼の術はことごとく跳ね返され、まったく相手にダメージを与えることはできなかった。取っておきの技もあっけなく見破られた。


(いつか、僕はあの人に追いつき、そして、勝ちたい……)


 あまりに何もかも違いすぎるクリードに自分のふがいなさを見せ付けられ、かえって大きな刺激になった。

 クリスは考査棟を振り返り、またいつか彼と対戦してみたいと心から願った。



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