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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
69/157

祝賀会(挿絵あり 2枚)



 クリスたちが王宮に連れて来られて二日後。

 カトリア王国建国百五十年を祝う式典が昼間に行われたあと、夕刻には祝賀会が催され、これにはクリス一行も招待された。祝賀会は正装が義務づけられていたため、どうしたものかと悩んだクリスたちであったが、パルフィの計らいで、クリスとグレン、ルティの衣装については王宮側に用意してもらうことができた。しかし、東方の国ヒノニアから来たミズキの正装は、そう簡単に入手することも、すぐに取り寄せることもできないため、結局、ミズキが直接在カトリアのヒノニア在外公館を訪れ、事情を話して借りてくることとなった。

 公館にいたヒノニア大使と事務官たちは、本国からはるか離れたこのような地で、同朋が修行しているということに驚き、さらには、ミズキがパルフィ王女の友人であるということに驚いたようだったが、それならばと快く貸してくれたのだった。


 そういうわけで、クリスたちが支度をすませて、祝賀会の会場で落ち合ったとき、それぞれに立派な礼装を身につけていた。クリスは、白地に黒の縁取りのある高級そうなハーフローブと、貴族が下衣として着るような、光沢のある布製のブリーチを、そして、グレンは濃灰色のチュニックに黒い革ズボン、黒いマント、ルティは白を基調とした神官のローブに、複雑な模様が編み込まれた紫色の帯を首からかけていて、三人とも随分と立派に、そして位が高く見えた。

 さらに、ミズキが着ていたヒノニア国の民族衣装は、クリスたちが見たことのないものだった。普段、ミズキが着ている『袴』と似ていたが、淡い紅色の生地にたくさんの花の模様が描かれており、袖が非常に長いのが特徴的であった。そして、袴よりも体に密着しているため、ミズキのほっそりとした体のラインを引き立たせている。また、この衣装に合わせたのか、髪も結い上げて美しい装飾のついた髪留めで留めているため、ミズキの細くて白いうなじが見えていた。


「へえ、これがヒノニアの民族衣装なんだ」

「う、うむ。着物と呼ぶのだが、あ、あまり見ないでくれ」


 と照れるミズキ。


「うわあ、私初めて見ました。華やかできれいですね」

「ああ、いいんじゃねえか。似合ってるぜ」

「そ、そうか。どうも照れるな」

「ミズキは普段は凛々しい感じだけど、そうやって綺麗な衣装を着てると、やっぱり女の子なんだねえ。とてもきれいだよ」

「ク、クリスまで、やめてくれ。う、うう。まいったな……」


 手放しの称賛に、ミズキが照れて薔薇色に頬を染め、右手を頬に当てながらはにかむ。

 確かに、今日のミズキからは普段の勇ましい様子は全く感じられず、きわめて女性的であり、そして、華やかな美しさと淑やかさが感じられた。


「ヒノニアでは、いつもキモノなの?」

「いや、普段はいつも私が着ている袴というのだが、それを身につけている。このような格好は、正装が必要な時だけだな。それに、この着物は『振袖』と言って特別な時に着るのだ」

「へえ」

「だが、そういうお前たちも、ずいぶんと立派な格好ではないか」

「まあね。慣れてなくてまだ違和感あるけどさ」

「全くだぜ」

「私は、このような高位の神官が着る祭服は恐れ多いのですが……」


 ルティが両手を広げて、自分の着ている神官の祭服を見回した。


「いや、ルティもよく似合ってるよ」

「ああ。思わず拝んじまいそうになるぜ」

「そ、そんな……」

「ははは」


 ひとしきり、互いの礼装を褒め合ったあと、グレンは周りを見渡した。


「それにしても、王宮の祝賀会ってのはすげえもんだな」

「全くですよ、こんな豪華な催し物なんて、来たことがないです」

「ほんとだねえ」


 クリスたちがそのような驚嘆の声を漏らすのも当然だった。

 千人入ってもまだまだ余裕があるくらいの巨大な広間は、天井も高く、それ一つだけでいくらするのか分からないようなシャンデリアがいくつも吊り下げられ、もうすっかり日も落ちた広間を赤々と照らしている。そして、白い布を掛けられたテーブルが間隔をあけて、いたるところに置かれ、その上には、クリスたちがこれまで見たことのないような豪勢な料理と高級な酒類などの飲物が所狭しと並べられていた。その横には、招待客が自由に使えるよう、これまた豪華な装飾で飾られた銀の食器類が山と積まれている。

 立食形式の祝宴であるためか、テーブルの周りには椅子はない。しかし、その代わりに、広間の壁に沿って椅子が数十個ずつ並べられ、立食での宴に疲れた人々が座れるようになっていた。まだ祝賀会は始まっていないが、すでに、そこかしこで主に高齢の賓客たちが座って、話に花を咲かせていた。


 広間の最奥には、一段高く作られた高座があった。おそらく、国王一家がそこに座ることになるのだろう、豪華な椅子が5脚並べてしつらえてある。真ん中の二つが特に大きいことから、これには国王と王妃が座るものと思われた。そして、高座の横には、数十人の宮廷楽士の一隊が陣取り、華麗な音楽を奏でている。


 すでに、食前の飲物は自由に飲んで良いらしく、華やかな衣装に身を包んだ招待客たちはあちこちでグループとなり、グラスを傾けながら話していた。


「失礼いたします。皆様方、お飲み物はいかがでしょうか?」

「えっ」


 不意に話しかけられて、クリスが振り向くと、給仕係がグラスに入った飲み物を盆にたくさん乗せて、和やかに立っていた。


「あ、ああ。ありがとう」


 やや、ぎこちない手つきで、クリスがグラスの一つを取ると、続いて、グレンたちもそれに従った。

 全員飲み物を取ったのを確認して、給仕係がまた一礼して去っていく。

 クリスたちは、それぞれにグラスの中の薄い紫色の飲み物をしげしげと見つめて、少し口に含んだ。


「おう、うめえじゃねえか、これ」

「ほんとだね。なんだか、口の中がさっぱりするよ」

「それにしても、あのおてんば娘が、こんなすごい宴会でちゃんとやっていけるのかねえ」


 グレンが疑い深そうに、前方左手にあるひときわ大きく豪華な扉を見た。まだ閉められた状態だったが、扉を取り囲むように華美な装飾が施され、両側に礼装の小姓が立っているところをみると、恐らく国王一家はそこから出てくるのだろうと思われた。


「大丈夫じゃない? パルフィだって王女としての教育を受けてるんだから」

「うむ。これまでも、このようなことは何度も経験しているだろうしな」

「へっ。だといいがな」


 しばらくすると、ファンファーレが鳴り響き、儀典官が声を張り上げた。


「皆様方。国王陛下並びに王妃陛下、ルーサー殿下、セシリア殿下、パルフィ殿下の御出座でございます」

「お、いよいよか」


 小姓二人が、両側から重厚な扉をゆっくりと開く。

 恐らく国王一家の中でも順位の低い順に出座するのだろう。先導係に案内され、まず出てきたのは、パルフィとその侍女たちであった。

 その姿に人々は大きな拍手で迎えた。


 しかし、パルフィの登場は、クリスたちにちょっとした衝撃を与えていた……。


「えっ?」

「ぶっ。お、おい、ホントかよ……」

「あ、あれは、本当にパルフィなのか?」

「うわぁ……」


 パルフィは正装ということで、清楚な薄いピンクのドレスにふわふわの白いショールを羽織っていた。大きく開いた胸元にはいくつもの宝石で装飾された美しいネックレスが輝いており、頭には銀のティアラをつけていた。そして、肩まである髪を後ろで纏めており、薄く化粧もしているようで、普段のパルフィとは全く異なる趣であった。あれがパルフィであると、あらかじめ分かっていなかったら、一瞬では気がつかなかったかもしれない。


「なんだありゃ、あれじゃ本物の姫様みたいじゃねえか」

「い、いや、本物なんだってば」

「これは、驚いたな……」

「まったくです」


 パルフィは、侍女を率いて先導係の後を従いつつ、通り道付近の招待客に微笑みかけていた。そして、十分に優雅と言って良い足運びでしずしずと高座に上がり、国王と王妃の椅子を越えてその隣の椅子まで歩くと、侍女たちが自分のドレスの裾を直すのに身をまかせ、ゆったりと椅子に腰掛けた。侍女たちは、パルフィが腰掛けたのを見て、一礼してそのまま高座から降りる。優雅な所作と気品は、まさに王女として恥ずかしくないものだった。


 そして、パルフィに続いて、セシリア、ルーサーも侍女や小姓を従えて入場してきた。二人は、高座に上がると、パルフィの反対、国王の椅子の左側にそれぞれ座った。そして、最後に侍従長のジョゼフと別の侍従二人に先導され、国王と王妃が並んで入ってきた。拍手が一段と大きくなる。国王は、鷹揚に頷いたり、手をあげたりして、それに応えながら、パルフィたちの真ん中に置かれている玉座に座った。王妃がその横の椅子に座る。


 儀典官がまた声を張り上げる。


「これより国王陛下のお言葉を頂戴いたします」


 人々はまた、大きな拍手を送った。クリスたちも、慌ててグラスをそばのテーブルにおいて拍手した。

 国王は、しばらく人々が拍手するのを見守っていたが、やがて手を軽くかざすと、ピタッと拍手が鳴り止んで、大広間は静寂に包まれた。


「皆、楽に聞いてくれ」


 国王が声を張り上げる。おそらく、幻術士が声を増幅しているのだろう、かなり距離があるが、クリスたちのところまで、いんいんと声が響き渡る。

 国王の言葉で、大広間全体の雰囲気が少しだけ緩んだが、ざわつく者もなく、人々は熱心に国王の話を聞いていた。


「諸兄には、カトリア王国建国150年を祝う祝賀会に臨席を賜り、まことに感謝の言葉もない。また、諸外国からも多数祝いの使者にお越しいただき、厚く礼を申し上げる。もう、挨拶は先ほどの式典で済ませてあるゆえ、長と重ねて言うこともなかろう。今宵は、ゆるりと語らい、大いに音楽と料理を楽しみ、我らと共に建国を祝って欲しい。カトリア王国に栄光あれ!」


「カトリア王国に栄光あれ!」


 唱和が広間中に響き渡り、再び音楽が奏でられ、いよいよ祝賀会が始まった。

 

 人々が、料理を取りにそれぞれの近くにあるテーブルに集まる。もちろん、ここにいるのは、貴族や上流階級の市民ばかりであるため、押し合うことも群がることもなく、近くにいるものから順に自分の好きなものを取っていった。また、大がかりな料理が置かれているテーブルでは、近くに控えていた給仕係が、保温のために料理にかぶせられていた銀製の大きなふたを取り、待っている招待客のために順番に切り分けていた。そして、その合間を縫うように、次々と給仕係が食べ物や飲み物を運んでくる。


 クリスたちは、特に知り合いもなく、話す相手もなかったので、ひたすら飲み食いに励むことにした。あちこちのテーブルに渡り歩いて様々なご馳走を皿に載せてきては、お互いにつつき合い、あれやこれや批評を加えて大いに楽しんでいた。


 そして、宴もたけなわになった頃、クリスたちのもとにパルフィがやってきた。


「クリス、みんな、来てくれたのね。ありがと」


 いつもと違う立場で会うのが気恥ずかしいのか、少し照れ笑いを浮かべている。


「やあ、パルフィ。僕たちこそ、こんなすごい祝賀会に招待してもらって感激だよ」

「パルフィもそんな格好をしていると、本当にお姫様みたいで素敵です」

「そう? 似合ってるかしら」


 すこし、照れながらも、ドレスのすそを少しつまんで持ち上げる。


「うん、そうしてるとやっぱり王女様なんだねえ。なんだか、いつもと感じが違うし、様になってるよ」

「うむ、気品があって、きれいだぞ」

「ほんとです」

「うふふ、そういってもらえるとうれしいわよ。でも、ホントは、こんな窮屈ですそがズルズルするようなのは好きじゃないんだけどさ」

「ははは、その辺がパルフィだよね」

「ね、ねえ、クリス。あたしの格好、クリスも似合うって思ってくれる?」


 不安と期待の入り混じった表情で、パルフィがクリスに尋ねる。


「もちろんだよ、すごく綺麗だよ」

「ホントに?」

「うん」

「そっか、よかった」


 かすかに頬を染めて、パルフィが嬉しそうに微笑んだ。


「あら、ミズキも、それがヒノニアの民族衣装なのね。とっても、きれいよ」

「パ、パルフィまでよしてくれ」

「ふふふ、照れない照れない」

「あ。な、なあ、パルフィ……」


 やや話しにくそうに、ミズキがパルフィに尋ねた。


「なに、ミズキ?」

「いつもと感じが違うのだが、その……化粧を変えたのか?」

「ええ。あたしの侍女がやってくれるのよ」

「そうか……、よく似合っているな……」


 なぜか、少し哀しそうな顔をしたミズキに、パルフィが何かを思いついたのように言った。


「……あ、ねえ、ミズキ。あたしも旅の途中でも一人でできるようになりたいから、祝賀会が終わったら、お化粧が得意な侍女に教えてもらうつもりなんだけど、あなたも一緒に習う?」

「い、いいのか?」


 ミズキは、急に嬉しそうな表情になった。


「ええ、もちろんよ」

「そ、それはまことに助かる。ぜひお願いしたい」

「いいわよ。あたしもさ、家出の時にはお化粧のことなんかちっとも考えもしなかったから、結構大変でさ」

「わ、私もだ。剣の道には必要ないのだが、やはりこのような時にはな」

「ミズキも、綺麗な顔立ちをしてるんだから、きっと似合うわよ」

「そ、そうだろうか?」



挿絵(By みてみん)



 楽しそうに話す二人を見て、感心した表情で頷くクリス。


「そうかあ。やっぱり二人とも女の子なんだねえ」

「当たり前よ。レディの身だしなみってやつよね」

「うむ」

「あんたたちも、こんな美女二人とパーティが組めてうれしいでしょ?」

「あはは。まあね」

「ふふ、そうですね」

「グレン、どう? パルフィ、きれいだよね?」


 グレンを振り返ってクリスが話を振った。だが、当のグレンは半ば惚けたような顔でパルフィを見つめて固まっていた。


「グレン?」


 ハッと我に返るグレン。


「あ、ああ。ま、馬子にも衣装ってのは、このことだな……」


 やや赤面して答えた後、直視出来ないかのようにパルフィから視線を外した。おそらく皮肉のつもりでいったのだろうが、パルフィの姿に照れているのは明らかだった。


「あら? ……ふふ」


パルフィはそれに気がついたらしく、一瞬、いつものようにニヤリといたずらっ子のような顔つきをしたが、すぐに表情を改め、おしとやかな王女のふりでグレンに話しかけた。


「グレンさま、本日はわが国のためにご出席を賜り、カトリアの民を代表して、心よりお礼を申し上げますわ」


そう言って、グレンの手を取り、両手で握りしめる。


「バ、バ、バ、バカいってんじゃねえ」


グレンはますます赤面し、激しく動揺しながら、パルフィから離れようとするが、パルフィが手を離さなかったため、王女の手をむげに引きはがすわけにも行かず、及び腰になりながら、手を取られたまま一歩後ずさった。

 それを見たパルフィはますます調子にのって、


「それに、グレンさま、日頃からわたくしのことをお守りいただいて、本当に感謝していますのよ。わたくし、グレンさまのような勇者とご一緒できて、心から嬉しく思っておりますわ」

「そ、そ、それは何より……」


 グレンは、たじろぐばかりだった。

 パルフィは自分のことを王女失格だと卑下して、コンプレックスを持っていたが、こうして、ドレスを着て、すました顔でそれらしい言葉遣いをしていると、十分に気品もあり、しかも、兄と姉と同じとまではいかなくても、それなりに王女の威厳もあるのだ。


「ほらほら、パルフィ、もうそのへんにしてやれ。グレンが困っているではないか」


ミズキがやれやれという顔で、二人の間に割って入った。

パルフィは残念そうな顔で手を離す。その瞬間、グレンは猛烈な勢いで手を引っ込めて、後に飛びずさった。


「ちぇっ、せっかくグレンをいじめるチャンスだったのにさ」

「バ、バーロー、そんなのいじめるうちにはいるかよ」


 グレンは、ミズキの後ろに隠れるようにしながら、文句を言った。


「フン、あたしの美貌にデレデレだったくせに」

「何言ってやがる、てめえのドレスを汚しちゃイケねえと思って気を遣ってやっただけじゃねえか」

「フン、なによ」

「まあまあ、二人とも抑えて抑えて」


 クリスが苦笑いでたしなめる。


「でも、パルフィはさすがに本物のお姫様だから、王女様っぽく話してても様になってるよね」

「そう? ありがと。まあ、話し方も結構練習させられたんだけどさ」

「へえ、そうなんだ。話し方まで練習なんて王女も大変だねえ」

「お話中、失礼いたします」


 そのとき、他国の小姓らしき服装を着た若者がパルフィの後から話しかけてきた。そして、振り返ったパルフィに深々と頭を下げる。


「パルフィ殿下、ご歓談のところを誠に恐れ入ります。ルーデンスバーグ国使節団大使であられます、ヴァレンドルフ侯閣下がぜひ殿下にご挨拶させていただきたく、お目通りをお許しいただきたいとのことでございます」


 クリスが小姓の後ろを見ると、少し離れたところで、大柄な貴族が会釈をしているのが見えた。


「そう。分かりました。お連れしてください」

「かしこまりました」


 小姓は丁寧に礼をすると、ヴァレンドルフ候らしき貴族のところに戻っていく。


「それでは、クリスさま、みなさま、この後もごゆっくり楽しんでくださいませ」


 そう言って、パルフィは涼やかな微笑みを浮かべながら、少し声を上げてクリスたちに挨拶した。そして、こんなの柄じゃないんだけどと言わんばかりに、こっそりウインクする。

 それを聞いてクリスは、パルフィのあまりの豹変ぶりにブッと噴きそうになりながらも、


「あ、これはありがとうございます。私どもも殿下とお話しする機会をいただけて、光栄でございました」


 と如才なく挨拶し、王女に対する礼をした。ミズキとルティも後に続く。それを見て、グレンもあわてて礼をした。そして、一同はパルフィの邪魔にならないように、少し離れたところに移動する。

 クリスたちは、侯爵が小姓に案内されてパルフィのところにやってくるのを、何とはなしに見ていた。それほど離れていないので、話し声も聞こえてくる。


「パルフィ王女殿下、お初にお目にかかります。私はルーデンスバーグ使節団の大使を仰せつかりました、ヴァレンドルフと申すもの。殿下には、ご機嫌麗しくあらせられ、誠に喜ばしく存じたてまつります」


 侯爵がパルフィの前で片ひざをつき、挨拶する。


「はじめまして、ヴァレンドルフさま。ご高名は存じ上げております。こちらこそ、お会いできてうれしいですわ」


 パルフィは、ヴァレンドルフ侯爵が押し頂くように自分の手を取り、頭を垂れるのに任せながら、挨拶を返す。そして、上品に手をひらひらと動かして、侯爵に立ってくれるように促した。


 その様子を端から見て、クリスはため息をついた。


「やっぱり、なんだかんだいってパルフィも王女様なんだよね」

「ほんとですよ。振る舞いも話し方も立派なお姫様に見えます」


 ルティが感心していう。


「普段から、あんな感じだと僕も楽なんだけどな」

「うむ。しかし、それにしても、姫御前とパーティを組むなど、驚くべき話だな」

「全くだよね」


 そのとき、


「クリス」


 背後から名前を呼ばれて振り返ると、セシリア王女だった。


「これは、セシリア王女殿下。本日はお招きに預かりまして誠にありがとうございます」


 クリスたちが深々と頭を下げる。

 セシリアは、最初に会った時と変わらず美しく、そして、王女の気品と成熟した女性の魅力にみちあふれていた。


「楽しんでいますか?」

「はい、おかげさまで。このようなところに出席するのは慣れていないのですが」

「そう。それはよかったわ。あら、ミズキ、その振袖よく似合っていますよ」


 ヒノニアの文化も学んでいるといった言葉は誇張ではなかったようで、セシリアはミズキの衣装の名前をすでに知っているようであった。


「あ、ありがとうございます」

「ところで、パルフィはどう? あのような格好をしていると少しは王女らしく見えるかしら?」

「ええ、普段とは違って……、と言ったら怒られるかもしれませんが、とてもきれいだと思います。グレンなんて、しばらく見とれてましたから」

「お、おい、急にオレに振るなよ」

「あら、本当に、グレン?」

「え、ええ、まあ。いつもあんなカッコだときれいでいいんすけどね」




挿絵(By みてみん)




 グレンとしては、たとえ、姉のセシリア王女相手でもパルフィを褒めるのはしゃくに障るような様子だったが、しぶしぶながらも、パルフィの美しさを認めた。


「まあ、それはきっと褒め言葉ね。ありがとう」

「い、いえ、そ、そんな」


 照れるグレン。

 それににっこり微笑みかけ、グレンをさらに赤面させたあと、セシリアはクリスに視線を戻した。


「では、クリスはどう思うの? パルフィのこと」

「えっ?」

「一人の女性としても、見ていただけるのかしら?」

「そ、それはどういう……」

「いえ、たいしたことではないのよ。あの子ももうお年頃だから、同年代の殿方からどのように見られているのか、姉としても心配なだけ」

「そ、そうですか。いや、パルフィはいい子だし、見た目も可愛いと思うので、ご心配する必要はないのではないかと……」

「そう?」


 セシリアは、上品な微笑みを浮かべながらも、まるでクリスの心を射貫くように美しい瞳で見つめていたが、一瞬、何か不思議そうな表情で小首をかしげる様子を見せた後、ふと視線を外し、みなに話しかけた。


「それでは、みなさん、ゆっくり楽しんでいってくださいね」

「あ、どうもありがとうございます」


 セシリアは、礼をするクリスたちにうなづきかけてまた優雅に去っていった。


「……なんだったのかな、今のは?」

「うむ」

「なんだか、心の中を読み取られそうな目で見つめられたんだけど……」

「何か、クリスに言いたさそうになさってましたけどね」

「やっぱりきれいだよなあ、セシリアさま……」


 クリスたちが今の一幕について感想を述べている一方で、グレンだけは鼻を伸ばし、締まりのない顔でセシリアを見送っていた。


「はあ。グレン、あんまりデレデレしてると、エミリアさんに言いつけるよ」


 クリスのため息交じりの呆れた声を聞いて、グレンは我に返った。


「げ、それは勘弁してくれ。まだ、何も始まってないのに、終わっちまうじゃねえか」

「あの……、グレンは、姉を好いていてくれるのかと思っていましたが……」

「そういえば、先ほどもパルフィにも見惚れていたな」

「い、いや、ちょっと待ってくれよ。ご、誤解だって。オレはエミリア一筋なんだから」


 ルティとミズキにジト目で見られて、焦るグレン。


「これっぽっちも説得力がないんだけど?」

「全くだな」

「ですね」

「うう。だってよぉ……」


 グレンが情けなさそうにうなだれる。


「まあ、エミリアさんの前じゃ、気をつけたほうがいいよ。エミリアさんだって年頃の女性なんだから」





 一方、優雅な足取りで大広間を抜けていくセシリアを呼び止めた者がいた。


「セシリア」


 振り返ると、ルーサー王子だった。


「あら、お兄様。どうかなさいまして?」

「いま、クリスたちと話していただろう。どうだった?」


 にこにこというより、ニヤニヤしながら王子が尋ねる。


「どうだったって、どういうことかしら?」

「とぼけなくてもいいよ。クリスに探りを入れてきたんだろう?」

「さすが、鋭いですわね」

「ま、女心などは分からんが、お前たちの行動ぐらいは把握しておかないとな。で、どうだ。脈ありか?」

「さあ、どうでしょう。クリスはまだ自分の気持ちも分かっていないというか、この手の話は奥手な感じがしましたわ。もしかすると、パルフィの気持ちにすら気がついていないのかもしれませんわね」

「ほう」

「それに……」


 セシリアが言いよどむ。

 もう一つ、セシリアには気になることがあったのだ。


(何か、恋愛に対して抵抗があるようなあの感じ……)


 幻術の呪文では、パルフィに一歩譲るセシリアであったが、精神感応力においては妹にも兄にも負けない自信があった。もともと感受性が強い方ではあったが、幻術の修行を積んでいくうち、純粋な幻術の呪文よりもむしろ精神感応力の方が向上したのだった。そして、今では、人の心の動きが波動のように伝わってくるようにまでなった。完全に人の心が読めるわけではないが、おおよその気持ちや、心的傾向などが、言葉を交わしていると感じ取れるのだ。

 そして、この他人の機微に聡いことが、セシリアを有能な外交大使にしている理由の一つであった。


 セシリアは、クリスから伝わってきた思念の波動を思い出していた。恋の話をほのめかした時に、パルフィに対してどう思うかよりも、まるで、恋すること自体を自分で抑え込むかのような心の動きを感じたのだ。それも、修行のために色恋沙汰が後回しになるのを恐れているなどといった理由ではない。何か、人と恋仲になることを避けているような心の揺れのようなものが伝わってきたのである。


(パルフィ……)


 もしそうなら、何か原因があるはずであり、それを解決しない限り、クリスは人と恋をすることにはならないのではないか。


 セシリアは、先日の居間での謁見に同席し、クリスの人柄に触れて、パルフィには好ましい人物だと考えていた。穏やかで優しい性格、そして、パルフィのわがままややんちゃなところも受け止められる度量の大きさで、結婚すればパルフィは幸せになるだろう。もちろん、クリスが王族の一員として国を治めることに向いているとは思えないし、そもそも興味もないだろうが、それは、第二王女の夫としてはさほど大きな問題ではなかった。むしろ、玉座や権力に対する野心のなさが、王家にもめ事を引き起こさずにすんでかえって好都合である。

 とはいっても、パルフィのことを好いてくれないと意味がない。

 そこで、より深くクリスの気持ちを探ろうと、話をしに来てみたのだが、この結果は喜ばしいものではなかった。

 このままでは、パルフィが恋を成就させようと思うのなら、まず自分を好きになってもらう前に、クリスの恋愛に対する姿勢を変えなければならないのだ。


(パルフィ、困った人を好きになったのかもしれないわね……)


「……どうした?」


 思案に沈むセシリアに、ルーサーが促すように尋ねた。

 セシリアは、我に返った。


「あ、いえ、何でもありませんわ。でも、やっぱり先はまだ分かりませんわね」

「うーむ、そうか。カトリア王家は平民の婿を取るか、それとも、妹の失恋をなだめることになるかどちらかと思っていたが……」

「まだ、どちらとも言えませんよ。パルフィも頑張っているみたいですし」

「ほう? そんなふうには見えなかったがな」

「いいえ。今日も、この祝賀会に着るドレスは、何着も試着して決めたようですわよ。きっと、クリスにいいところを見せたかったではないかしら」

「へえ。あのおてんば娘がねえ」


 ルーサーは、腕を組んで、思案気な表情になる。


「まあ、なんにせよ、うまくいくことを祈るだけだな」

「そうですわね。わたくしもあの子には幸せになってほしいですから」


 


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