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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
68/157

謁見の後で

 クリスたちは、国王の居間を辞した後、自分たちの部屋を用意してもらう間、居間から少し離れた別室に案内されてパルフィと共にいた。

 そして、国王との謁見を振り返っていたのだった。


「いやあ、緊張したねえ」


 クリスが、やれやれと力の抜けた様子でソファにもたれかかる。


「ホントだぜ」

「みなさん、すごいオーラが出てましたよ」

「まったくだな。王族の威厳というものが、あれほどのものとはな」


 グレンたちも、緊張のしすぎでやや疲れたようだが、それでも、国王一家に目通りが叶い、直々に言葉を交わした興奮がまだ冷めやらない様子であった。


「すげえ家族じゃねえか、なあ」

「まあね。だから、問題だったんだけどさ」


 パルフィが肩をすくめて答えた。


「でも、パルフィも褒めてもらってたじゃないか。がんばってるって。それに、このままでいいって言ってもらえたし」

「そうね。家族みんなからいろいろ聞けて、ちょっと気が楽になったわ」


 肩の荷が下りたようなすっきりした表情で、フッと微笑みを浮かべた。


「それにだぜ、さっきの話だと、もしかしたらこのまま旅を続けていもいいと言ってもらえるかもしれねえな」

「そうですよ。ちょっと、ホッとしました」

「まあね。即座に却下されるかと思ってたけど、意外だったわね」

「それって、覚醒がどうこうっていう話のおかげだよね。ちゃんと修行しないと、パルフィの身に何かが起こるって。僕はよく分からなかったんだけど、どういうこと?」


 クリスの質問に、パルフィも苦笑いする。


「ああ、あれね。実は、あたしもよく分かんないんだけどさ、一千年前にカトリアート家を興したオーガスタスっていうすごい幻術師がいたんだけど、その能力がね、百年ごとだか十代ごとだか忘れちゃったけど、子孫に受け継がれるらしいのよ。で、どうやらあたしにその力があるってことらしいわ」

「へえっ」

「それはすごい話ですね」

「で、さっきお父様が言ってたように、その能力が目覚めたときにちゃんと制御できるように修業を積まないといけないんだって」

「じゃあ、何、パルフィって大幻術師になる才能があるってこと?」

「どうだろ。全然、実感ないけどねえ」


 パルフィは、まるで他人ごとのように肩をすくめた。


「制御できなければどうなるのだ?」

「さあ。お父様は、自分と周りの人が危険にさらされるようなこと言ってたけど、どうなんだろ。魔力が制御できないってことは、呪文が暴発するとかじゃない? 火の玉撃ったら自分が黒コゲになるとか」

「はは、そりゃ気をつけないと」

「なら、覚醒しそうになったらおめえから逃げねえとな。黒コゲにされるなんざ、まっぴらごめんだぜ」

「フン」


 パルフィは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。


「……ところで、魔族とは妙な話を聞いたものだな」


 ミズキが、腕を組みながら、思案げに言う。


「おう、そうそう。だが、王様のあの様子じゃ、マジなんだろ? おめえも、信じてるみたいだしよ」

「もちろんよ。カトリアは『ストーン・キーパーズ』の一国だからね。あたしも、その教育も受けてるわ。みんなは、伝説みたいに思ってるかもしれないけど、あたしたちにとっては、今も進行中の戦いなのよ、この数百年の間休戦してただけでね」

「へえ。でも、伝説によると確か、大戦争のあと魔王が封印されて、その封印に使った三つの石をアルトファリア、カトリア、ルーデンスバーグの三つの国で管理して、めでたしめでたし、じゃなかった?」

「そうよ。でも、この何百年かの間に魔王を封印した呪文がだんだん弱まってるのよ。もう何十年か前から、問題になってたんだけどね」

「ほう」

「では、封印が解けたら、魔王が復活するということですか?」

「まあ、封印の聖石は三つともこちらが持ってるから、急に解けたりしないけど、それでも、呪文が弱くなってるのは事実だから、今、この石が取られたら危ないわね。魔族に解呪の呪文が使えるのかどうか知らないけどさ。それを考えると、三つの石を三つの国で分けて持つって考えた昔の人はエライわよねえ」

「なるほどなあ」 


 パルフィの話に、四人が感心したように頷いた。


「……それにしても」


 ミズキが、フッと微笑みを浮かべて、ソファの背にもたれた。


「ん? なに、ミズキ?」

「いや、昨日あたりから、なかなか激動の1日だったと思ってな」

「ああ、ホントだよ。まず、パルフィが王女だとわかってさ。そのあと王宮に連れてこられて、国王ご一家にお目通りを許されて、おまけに、魔族が出たとか、パルフィの覚醒の話とか、なんだか僕はもう、頭がいっぱいいっぱいだよ」


 クリスは苦笑いでパルフィを見た。


「あ、あたしに言われても困るわよ……」

「これで、パルフィがパーティーを抜けずにすんだら、言うことないけどね」

「王様が最後に言ってたことを考えると、希望は持てそうじゃねえか」


 グレンが、うれしそうな顔をするのを、クリスとミズキ、そしてルティは微笑みを浮かべながら見つめた。


「な、なんだよ。おめえら、気持ち悪い目でこっち見て」

「いやいや」

「ふふふ」


 口は悪いが、やはり、グレンもパルフィが抜けるのはいやなのだ。


「ケッ」


 照れ隠しのように、ぷいっと横を向いて、ドサッとソファの背にもたれるグレンであった。






 一方、国王の居間では、パルフィを除く国王一家がクリスたちの話をしていた。


「パルフィもひところに比べてすっかり明るくなりましたわね。それにずいぶんとしっかりしてきたようですし」


 王妃が、目に光るものを宿らせながら、うれしそうに微笑む。


「クリスたちのおかげであろう。気持ちのよい若者たちであったな。パルフィもいい仲間とめぐり合ったものだ」

「私は、パルフィがすでにランク2だということに驚きましたよ。父上」

「え、そうなの、お兄様?」


 セシリアが、意外そうな声を上げた。


「ああ、ギルドに照会したときに聞いたのだが、新人マジスタの中でもなかなかの成長度らしい」

「それなら、カトリアを出たあとはきちんと修行していたのね。ますます、わたくしたち差をつけられてしまいましたわね」

「本当だよ。まったく」


 ルーサーは笑って肩をすくめる。


「うむ。確かに、著しい上達ではあるな。それを思えば、家出を許したのは正解だったと言えよう」

「ねえ、あなた。カトリアの民たちは、アルトファリアの平民を王家に迎えることをどう思うかしら?」

「ん、何の話だ?」

「あら、お母様もそう思われましたか?」

「あなたも、セシリア?」

「ええ」


 王妃とセシリアはうふふと微笑み合う。


「おいおい、ふたりともなんだよ」

「何だ、分かっておらぬのは男だけか」


 ルーサーと国王が、ともに何の話か分からないという様子で、王妃とセシリアを見る。


「あなた。パルフィはクリスに好意を抱いているのですよ」

「ん? な、なんだと。そ、それは、誠か?」


 まったくの不意打ちだったかのように、国王が驚いた表情を見せる。

 だが、ルーサーは面白いことを聞いたといわんばかりに、ニヤニヤしていた。


「へえ、そうなのか。あいつがねえ」

「それはわしも気が付かなんだな。うーむ。クリスか。確かに、人の良さそうなやつではあったが……。だが、あやつでは、パルフィの尻に敷かれそうだな」

「あら、お父様。かえってクリスのような殿方の方が、あの子を大切にしてもらえそうですわよ」

「たしかにそうかもしれぬがな……。だが、あれも王女の一人。国の行く末ということもある」


 国王は、国のために賛成しかねるという言い回しであった。

 それを聞くと、ルーサーは愉快そうに微笑みながら、国王に言った。


「父上、これはカトリアの宰相として申し上げますが、わが国もアルトファリアを見習って、旧文明遺跡の発掘調査に力を入れるべきと考えます。その時に、優秀な学者が王家と親戚であるというのは、すこぶる都合がいい。特に、国外の学者に手伝ってもらうためには、それなりの縁が必要ですからな」

「なるほど、それならば王女を平民と結婚させるのも、わが国にとって利になる……か。だが、ルーサー、それは表向きの理由だろう?」

「まあ、旧文明遺跡の調査が必要であるのは事実ですし、アルトファリアには相当遅れをとっていますからね。しかし、この理由があれば、うるさ方の諸侯たちを納得させられそうではありませんか? 実際、クリスの父アークライト博士は、この分野の第一人者ですから」

「ふん。国王としては、これでパルフィをクリスに嫁がせる理由ができたというわけだな。だが、娘の父親としては、そうは簡単に納得できるものではないぞ。わしの目に叶うかどうかじっくり見てやるとしよう」


 そう簡単に娘をやるわけにはいかないという父親オーラを全身から漂わせる。


「あらあら、二人とも気が早いですわよ。あの子もまだ子供ですし、結婚だなんてまだ先ですよ」

「そうですわ。それに、クリスがパルフィのことをどう思っているのかわからないのですから」

「ま、そうだな。それに、私もお前も、妹に先に片付かれると立つ瀬がないからな」


 ルーサーがセシリアに向かってニヤリと笑って肩をすくめた。


「ふふ、そうですわね」

「パルフィには……、何事もなく幸せになってもらいたいものだな」


 どこか、懸念の響きが感じられる国王の言葉をきいて、セシリアの表情が曇った。


「……お父様、先ほどの話ですが、覚醒まであと三年しかないというのは、本当なのですか? あの子が宮殿を出た折に、その話は伺いましたけど、わたくし、まだ信じられません。これまでの例だと、オーガスタスの力が発現するのは、かなり年を経てからでは……」

「ああ。そういえば、このところのゴタゴタで、お前たちにも詳しいことは話しておらなんだな。……そうだ。八代ごとに受け継がれるオーガスタスの力は、通常は老齢になってから発現する。ゆえに、その力を受け継ぐ者は、人生の大半を使って自分を鍛え、覚醒に備える。そして、覚醒した暁には、その力をカトリアの繁栄のために使う、というのが通例だった。だから、わしはパルフィがこの力を持って生まれたと知った時、喜んだ。そして、あれが覚醒するまで自分が生きているかどうかはわからぬが、立派にこの力を使ってもらうよう育てようと決めたものだった」

「それが、なぜこんなことに……」

「パルフィには、生まれついての稀代の幻術士の素養が備わっていたのだよ。アルキタスの話では、百年に一人出るかどうかの逸材だそうだ。もちろん、それは普通なら喜ばしいことなのだが、そのために、心技体が整わぬうちに魔力が成長し、きわめて不完全な状態でオーガスタスの力が発現する確率が高いのだ」

「なんと……。それでは、父上、幻術の才能があるからこうなったということですか?」


 ルーサーが驚いた表情で問う。


「そうだ。皮肉なものだな、あれにそのような素質がなければ、先達たちと同じようにオーガスタスの力が覚醒するのはずっと年を取ってからのはずだったのだ。そして、それなら覚醒しても問題はなかったであろう。逆に、オーガスタスの力を受け継いでいなければ、自らの素質を開花させるだけでよかったのだ。稀代の幻術師に匹敵する潜在能力と八代ごとに受け継がれるオーガスタスの力、幻術士であるならともに羨み、持って生まれたいと願う素養であるのに、二つ同時に持ってしまったがために、このような苦難にあうとはな……」

「……」

「……お父様、もし、オーガスタスの力が暴走したらどうなるのですか?」


 ややあって、セシリアがややためらいながら国王に尋ねた。


「これまでのカトリアート家の歴史の中で完全に暴走した例はないゆえ、どうなるかも正確には分かってはおらん。だが……」

「たしか、暴走しかけたことがあったのですね。我が国の歴史書で読んだ記憶がある」

「そうだ。もう何代も昔の話だが、時の第三王子がそうなったらしい。そのときは、村が一つ壊滅状態になったという記録が残っておる。完全に暴走していない状態でそれなら、制御不能になった時にどれほどの厄災を引き起こすのかは想像に難くない」

「その、暴走したという王子は……?」

「死んだ。詳しいことは分からんが、覚醒によって、まるで悪魔のようなおぞましい姿形になっていたそうだ。そして、最後は自分の出す力に耐えきれず、爆発して粉々になって消えたらしい。村一つを瓦礫の山にし、多数の村人を殺戮したあとにな。しかも、それでもオーガスタスの力の一割も出していないと言われているのだ」

「なんて、恐ろしいこと……」


 セシリアは、やや怯えた表情で手を口に当てた。もしかしたら、自分の妹もそうなるかもしれないのだ。

 王妃は、すでに知っているのか、驚いた様子はなかったが、沈痛な表情で、目を伏せていた。


「父上、パルフィはそのことを知っているのですか?」

「詳しいことはまだだが、魔力が暴走し制御できなくなって、本人と周りを危険にさらすとは伝えてある。だが、それ以上は伝えておらん。まだ、あれも未成熟なところもある。これを受け止めきれぬやもしれぬからな。それに、このことが分かったのは、パルフィが王宮を出る少し前だったのだ」

「もし、そんなことになったら……」


 セシリアのつぶやきに、国王はこれ以上ないほど苦い表情を見せた。


「わしはあれの父親だが、カトリアの国王でもある。そして、いくら娘のためとはいえ、何万もの民の命を危険にさらすわけにはいかぬ」

「父上……」

「万が一、力が暴走すれば、わしは……、わしは、パルフィを殺せと命じなければならないだろう」


 国王は、絞り出すようにそう告げると、苦悶の表情で拳を握りしめた。


「あなた……」


 王妃も悲痛な表情で、横からそっと手を差し伸べ、国王の拳に自分の手を重ねる。


 しばらくの間、居間には重苦しい沈黙が流れた。

 やがて、国王が気を取り直したように、努めて明るく言った。


「だが、まだ事態はまだそこまで悪いわけではない。案ずるな。先に、アルキタスに診てもらったが、その話では、覚醒まではやはりまだ2年ないし3年の余裕があるようだ。そして、この調子で励んでくれれば、オーガスタスの力を使いこなすことができなくとも、覚醒自体を抑え込めるだろうという見立てだった」

「お父様、それは、本当に………?」

「ああ」


 それを聞いて、セシリアが両手を胸に当て、大きく息をついた。


「よかった……。それを聞いて安堵いたしましたわ。それなら、希望が持てますわね」

「まあ、このままあいつが怠けずにやれれば、ということだがな」


 ルーサーも冗談目かしてはいるものの、やはりほっとした表情だった。


「では、あなたはパルフィにマジスタとしての修行を続けさせるおつもりなのね?」

「いや、まだ分からぬ。なかなか、難しいところだな。あまり危険な真似はさせたくないし、かといって成長の速度が落ちれば元も子もない。ただ、今回の件で、マジスタとして修行することが、かなり効果の上がる方法だと分かった。あと三年というのは、長いようで短い。どうするかは、もう少し考えてみるつもりだ」






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