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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
67/157

招待状

「ところで、クリスよ」


 パルフィが少し照れ笑いを浮かべながら、クリスの隣に戻ったのを見て、国王が話しかけた。


「はい」

「そなたたちはわが王宮に用事があったのではないのか? 書類を届けてくれたのであろう?」

「えっ?」


 国王の言葉にクリスは不意を突かれて驚いた。


「さ、さようでございますが、よくご存じで……」


(あらかじめ、知らせでもあったのだろうか……)


 もちろん、自分たちはそのためにカトリアに来たのだが、よもや、国王自らがそのような些細なことを知っているとは思っていなかったのだ。


「では、それを出すがよい。受け取りの署名も必要なのであったな?」

「は、はい、では、失礼して……」


 クリスは、何か腑に落ちない気持ちのまま、旅人袋の中からギルドで預かった封書と、受け取りの署名をしてもらうための証書を取り出し、国王の前に片膝をついて差し出した。


「こちらです」

「ふむ。ジョゼフ、ペンを取ってくれ」

「かしこまりました」


 ジョゼフは、飾り棚にあった羽ペンとインク壺を銀のトレイに載せ、うやうやしく、国王の目の前にあるテーブルに置いた。


「陛下」

「うむ」


 国王はペンを取りインク壺に浸して、証書にサラサラと署名し、クリスに返す。


「ほら、これでよかろう」

「有り難くちょうだいいたします」


 クリスは証書を押しいただいて、自分の席に戻り再び袋の中にしまった。これでミッションは完了である。あとはこれを持ってアルティアのギルドに報告すればいいだけだ。


 国王は、クリスから受け取った書類の封を開け、上等そうな一枚の紙を中から取り出し、目を通す。そして、フフッと口元を緩ませて、ルーサー王子を見た。


「ルーサー、これはお前の仕業か?」

「ええ。でも父上もそのおつもりだったのでしょう?」

「ああ。まあな。フフフ、なかなか面白いことを考えたものだ。どれ、クリスよ、そなたたちもこの書状を読んでみてくれぬか」

「え、よろしいのですか?」

「これは、そなたたち宛てのようだぞ」

「は?」


 自分たちが届けた書類を自分たち宛だと言われて、クリスは何を言われたのか意味を測りかねつつも、書状を受け取り読んでみた。それは、意外なことに、本当にクリスたちに宛てられたものだった。


『クリス殿

カトリア王国建国百五十年を記念して行われる祝賀会に、貴殿ならびに、グレン、ミズキ、ルティ殿の出席を賜りたく、ここに招待申し上げる。


カトリア王国 宰相

ルーサー・フェルディナンド・カトリアート』


 手紙の最後には、流れるように美しい書体で書かれたルーサーの署名があった。


「こ、これは……」

「クリス、何が書いてあるんだ?」


 グレンが興味深そうに聞いてくる。


「あ、ああ、ほら」


 そう言って、グレンに渡す。ルティとミズキも横から覗き込む。


「こ、こりゃあ、オレたちの招待状じゃねえか……」

「これはまた……」


 グレンたちも、どう受け取っていいのか分からないように、書面を見つめていた。


「え、なになに。ちょっと貸してよ」

「お、おう」


 パルフィが、クリスの隣から体を伸ばすようにしてグレンから招待状をもらうと、何度か読み返し、国王を見上げた。


「お父様、これって……」

「そこに書いてある通りだ。明後日、建国百五十年を記念する式典と祝賀会が執り行われることになっておる。それに、クリスたちも出席してもらおうというわけだ。もちろん、パルフィ、これはそなたにも出てもらわなければ困る。それもあって、無理して今日戻ってきてもらうことにしたのだからな」

「え、そ、それはもちろん出席しますけど、で、でも、この招待状って、なんであたしたちが運んできた封筒の中に……。ど、どういうこと?」

「これは、お前たちにここに来てもらうために、ルーサーがアルティアの魔幻語ギルドに頼んだのだよ」

「えっ?」


 それを聞いて、パルフィが何を言われたのか分からないような顔つきでルーサーを見た。

 ルーサーは、満足そうにニヤリと笑った。


「ああ。配達ご苦労だったな」

「は? はぁぁぁぁぁ?」


 パルフィが、素っ頓狂な声を出す。


「な、なによ、それ。何で、そんなバカみたいなこと……」

「ふふ、まあ、落ち着け」


 パルフィが仰天のあまり半ば取り乱すのをなだめながら、ルーサーが答えた。


「お前がアルティアでマジスタをやるだろうというのは、アルキタスから聞いていたのだよ。だが、直接、アルティアまで人をやってお前と接触するのは、お前の身元が周りに知られる恐れがある。それはさすがに危険だし、一国の王女が他国の首都で、こともあろうにマジスタとしてうろつくなど、国際問題になりかねん。それに、どうせお前に使いをやって連絡をつけたところで、おとなしく戻ってくるとも思えなかったしな。そこで、ギルドを通してお前たちに仕事を頼み、自分たちのほうからカトリアに来てもらうことにしたのだ。入国さえしてもらえばあとはどうとでもなるからな」

「い、いったい、なんで、そんなこと……」

「だから、父上がおっしゃったとおり、明後日の式典には出てもらわなければならないからだよ」

「そ、そんなの……」

「他の行事はともかく、建国記念の式典に王女がいなくてどうする。ただでさえ、この数か月の公式行事はすべてお前の不例、または、修業中のために欠席ということで押し通したんだぞ。それに、今回は他国からも多数賓客を迎えるんだ。王女の一人が出席していないとなれば、痛くもない腹を探られるだろう? いや、実際に家出中だったのだから、痛い腹を探られるのだが」


 ルーサーは、いかにもそれが面白い皮肉だったかのようにふふふと笑った。


「で、でも、こ、こんなミッションをギルドに頼んでも、私たちが引き受けるなんて限らないじゃない」


 パルフィは、それでもまだ納得がいかないかのように反論した。自分がいわば兄の手のひらで踊らされていたことを認めたくなかったのだ。


「そういや、そうだ。オレたちがこのミッションを引き受けたのは、偶然だったよな」

「そうですよ。たまたま、ギルドに行ったときに掲示してあって……」

「いや、待て。確か『メンバーの中にカトリア出身の者がいること』っていう条件があったのではないか」

「え、でも、だからって……」


 だからと言って、必ずしも自分たちが引き受けることになるとは限らない、そうパルフィが言いかけた時、ルーサーは片手をあげてさえぎった。


「あらかじめ調べさせておいたのだが、この書類配送に適するランクのパーティー、まあ、ありていにいえば初級のということだが、その中で、カトリア出身の者が属しているのはお前たちだけなのだよ」

「え、ほんとに?」

「ああ」

「や、やられた……」


 半ば呆れたように、パルフィがつぶやいた。


「ははは」

「じゃ、じゃあ、なによ、あたしたちこの招待状をわざわざここに届けに来たの?」

「まあ、そう怒るな。正直言って、中身は何でもよかったのだ。お前たちがカトリアに入国してくれさえすればな。とはいっても、ただの紙切れを持たすのもつまらないだろう? だから、クリスたちの招待状にしたのだ」

「でも、それなら、どうしてティベリウスにわざわざ国境まで迎えに来させたのよ? どうせ、あたしたちが届けに来るんだから、ここで待っていれば済むのに」

「それは、幾つか理由があるが、一番大きな理由は式典まで日がなかったことだ。われわれは、アルティアからお前たちの進行状況を見守っていたが、ルーンヴィルに入るのは、結構ギリギリになりそうだと分かっていたからな」


 それまで、じっとパルフィたちのやり取りを聞いていたミズキがハッと何かに思い当たった顔をした。


「では、やはり私たちを見張っていたのは……」

「うん。王宮に仕える幻術士たちだよ。そういえば、ミズキ、君が彼らの気配を感じ取っていたことに、幻術士たちはみな驚いていたぞ。こちらとしては結構高ランクの幻術士たちを送ったつもりだったからね」

「いえ、そんな……」

「私は、セシリアほどは、ヒノニア国について詳しくはないのだが、それでもサムライロードが気の流れを読むのに長けているというのは聞いている。だが、それでも驚きだね」

「あ、ありがとうございます」


 ミズキは、褒められてうれしかったのか、頬を少し赤くして頭を下げた。


「そんな優れた戦士が多数いるヒノニアとは、友好関係でいたいものだと思ったよ。まあ、それはさておき、ティベリウスに迎えに行かせたもう一つの理由は……」


 また、からかい半分の笑顔を見せて、ルーサーがパルフィを見た。


「な、なによ?」

「パルフィ、お前が王宮に素直に来るとは思ってなかったからだ」

「どういうこと?」

「なにしろ家出中のお前のことだ、見つかって連れ戻されないようにするために、自分だけ適当な理由をつけて王宮には来ず宿屋で待つとか、変装してバレないようにするとか、いろいろ悪知恵を働かせるに決まっている。そうなったら面倒だろう?」

「あ、うぅぅ」


 まさに今言われたことをしようと思っていたパルフィはうめき声あげるしかなかった。

 それでも、負けたくない気持ちで、挑むような目で見返すパルフィを見て、ルーサーが今度はセシリアを振り返る。


「なあ、セシリア、我々はなんでこんな手間のかかる面倒なことをしているのだろうな?」

「それは、お兄様、どこかの不肖の妹が、恐れ多くも王女の身の上で、家出などするからですわ」


 セシリアもにこやかに、ルーサーに答える。


「う、それを言われると……。反省シテマス」

「ははは。これでしばらくはお前もおとなしくなりそうだな。だが、実は、もう一つ理由があったのだ」


 ルーサーが、それまで楽しそうに笑っていた表情を引き締めた。


「え?」

「これは、重大な話なので、父上から聞いたほうがいいだろう。父上」


 ルーサーが国王を振り返った。


「ああ、そうだな」


 国王はそれまで愉快そうに、ルーサーとパルフィのやり取りを見ていたが、表情を改めて、真顔でパルフィたちに告げた。


「パルフィ」

「は、はい」

「これは、近く国民にも布告を出すつもりでおるので、お前たちにも知っておいてもらいたのだが、このところ、魔族が出没するようになったのだ」

「え……」


 一瞬、何を言われたのか分からないという表情を見せたあと、ようやく、理解が頭に落ちてきたかのように、パルフィの目が大きく開かれた。


「お、お父様、それは本当なのですか?」

「残念ながら、事実だ」

「そんな……」

「……」


 その横で、クリスとグレンたちは互いに顔を見合わせていた。額面どおり受け取っていいのか、それとも何かのたとえ話のつもりなのか分からなかったのだ。もちろん、魔族や魔王、『聖石の管理者たち( ストーンキーパーズ)』の話は知っている。アルトファリアに住む者なら子供でも知っている話だ。しかし、それは、あくまでも何百年前の伝説にしかすぎない。いきなり、その伝説に出てくる魔族が現れたと言われても、にわかには信じられない話であった。


 だが、パルフィだけは、信じられないどころか、衝撃を受けたかのように顔色を変えている。


「それでは、お父様……、やっぱり……」

「うむ。われらの聖石を狙っていると考えておる。すでに、アルトファリアとルーデンスバーグには知らせてあるが、向こうはまだ、魔族の出現は確認していないそうだ。だが、ことがことだけにすでに警戒体制に入っているだろう。我が国だけに現れて、向こうに行かないわけはないからな。もちろん、こちらも有事に備えて北方の守りを固め、万が一に備えている」

「な、なんで……、今になって……」


 そのパルフィの呟きを聞きつけて、ルーサーが答える。


「まったくだよ。何百年もダークヘイブンに引きこもっていたと思ったら、我々の時代になって現れるのだからな」

「確かにな。それはもう天の配剤というしかない。だが、そのこともあってな、そなたが供回りもろくに連れずにメルシュからここまで来るのを待つというのは避けたかったのだ。それゆえ、ティベリウスに迎えに行かせたというわけだ」

「そうでしたか……」

「まあ、まだ奴らが攻めてくると決まったわけではない。まだ単発の例が何件か報告されただけなので、ただの斥候か密偵が様子を伺っている段階であろう。それに、何と言っても、あちらははるか『神々の山脈』を越えたところにある国だ。油断はできぬが、警戒を怠らぬようにしておけば、今は構わぬだろう」

「……」


 パルフィは、ショックを隠せないかのように黙った。


「とはいえ、クリス」

「はい」

「このような事情があったとはいえ、この招待状は本物だ。そなたたちには明後日の記念式典後の祝賀会には、パルフィの友人として出席してもらいたい」

「そ、それは光栄ですが、私たちが出てもよろしいのですか?」

「ああ。お前たちはパルフィの大切な友人たちだからな」

「かしこまりました。それでは、ありがたく出席させていただきます」

「よし、いいだろう。話はそれだけだ。……おお、そうだ。せっかくここまで来てくれたのだ、おのおのに宮殿内に部屋を取らせるゆえ、しばらくは滞在していくがいい。今日まで、パルフィが世話になったこと、感謝しているぞ」

「もったいないお言葉です……」


 国王直々に感謝の言葉を伝えられて、クリスは恐縮しながら頭を下げる。だが、同時に、国王のその言葉は、クリスたちだけがカトリアを出ることになるという意味だと気づいた。やはり、パルフィをこのままクリスたちと共に修行させるつもりはないのだ。

 パルフィも、それに気が付いたらしく、ハッと顔を上げるとやや緊張した様子で、国王に話しかけた。


「ちょっと待って、お、お父様、そのことでちょっとご相談があるの」

「ん、なんだ?」

「あ、あのね。あたし、まだ一人前の幻術士になれてないし、もっとちゃんと修行したいの。だから、お願い、もう少しクリスたちと修行させてください」

「む。それは、マジスタとして、これまで通りの生活を続けたいということか?」

「……そうです」

「何を言っているの? せっかく無事に帰って来たというのに、また王宮を出るだなんて……」


 王妃が、心配そうな顔でパルフィをたしなめる。


「だ、だって……」

「ふーむ」


 パルフィの言葉に、国王は悩む様子を見せた。

 その横では、ルーサーとセシリアが顔を見合わせていた。


「お願い、お父様、お母様。あたし、王女の立場でそんなこと許されないのは分かってるの。でも、クリスたちと一緒に修行して、すこしでも役に立つような王女になりたいんです。いまのままじゃ、あたし本当にこの国の役に立たないし、そんなのイヤなの」

「何を言う、そなたは立派にやっておると言うたではないか」

「でも、取り柄の幻術だって、ランクも低いし……」

「それについては、さきほどセシリアが言うた通り、そなたにはオーガスタスの力が備わっておるではないか。それは、お前も知っておるだろう」

「で、でも、それほどの力はあたしにはありませんわ、ちょっと筋がいいとか言われるぐらいで……」

「それはまだお前の力が覚醒していないからだ」

「その話は前にも聞きましたけど、そんな力があるなんて実感はないです」

「いや、確かにお前には強力な魔力が備わっておる。しかし、まだお前はそれを取り出すすべを知らぬだけだ」

「でも……、じゃ、じゃあ、それなら、早くその覚醒ができるように修行をさせてください」


 それを聞いて、国王が難しい顔をした。


「うーむ。いや、そこがやっかいなところでな。以前にも説明したと思うが、今はまだそなたに覚醒してもらっては困るのだ。オーガスタスの力はあまりに強力であり、器が小さく脆ければすぐに暴走してしまう。ゆえに、そなたは、オーガスタスの魔力が覚醒しても、それを御せるだけの力を身につけなければならんのだ。しかし、それには長の年月がかかる。今、そなたに必要なのは、オーガスタスの力を取り出すための修行ではなく、いわば抑え込むために修行が必要なのだ。だからこそ、わしは危険と知りながらそなたの出奔を許したのだぞ。外の世界で修業した方が成長が速いというアルキタスの進言もあったことだしな」

「そうよ、あなたが王宮を出るのを私たちがどのような気持ちで見送ったことか……」


 パルフィが家を出た日のことを思い出したのか、王妃が、ハンカチで目頭を押さえた。

 だが、それを聞いて、パルフィが驚きで顔色を変えた。


「え、ちょ、ちょっと待って。出奔を許すって、見送ったって、どういうこと? じゃ、じゃあ、なに、お父様もお母様もあたしが家出することを知っていたの?」


 それを聞いて、ルーサーが呆れたように横から口を出す。


「おいおい、当たり前じゃないか。カトリアがいくら小国でも、王女に黙って家出されるほど落ちぶれちゃいないぞ。それに、その気になればいつでも連れ戻せたしな。それともなんだ、まんまと私たちを出し抜いて家出したうえに、何ヶ月も見つからずやってこれたとでも思っていたのか?」

「え、だ、だって……」

「まったく、お前は、もう少し周りが見えた方がいいな」


 ルーサーは、大きなため息をつくと、呆れ果てたと言わんばかりに両手を上げて、そのままソファにもたれかかった。


「うぅぅ」


 ルーサーにやりこめられて、悔しそうにうつむくパルフィ。結局、自分は家出から帰国まで、すべて父や兄の思惑通りに動いていただけだったのだ。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。クリスたちとの修業が続けられるかどうかの瀬戸際なのだ。


「で、でも、それなら、なおさらクリスたちと一緒に修業させてください。あたしの力が覚醒する前に、修行を積んでないといけないんでしょう?」


 パルフィは真剣な表情で、必死に食い下がる。


「うーむ。確かにそれはそうなのだが……」

「お願い、お父様」


 国王はしばらくの間、思案に暮れる様子だったが、やがて面を上げてパルフィに告げた。


「お前の気持ちもわかる。だが、これはお前だけの話ではない。王女としてのお前の立場もある。アルキタスたちとも相談してから、返事をさせてくれ」

「……分かりました」


 パルフィは悄然とうなづいて、引き下がった。

 確かに、王女の分際でマジスタとして諸国放浪など、無茶な話であるのはパルフィにも分っていた。このような事情でなければ到底認められるはずがない。それを、検討してもらえるだけでも、例外中の例外なのだ。


「……」


 クリスたちも、このやり取りをじっと聞いていたが、どうやらいきなりここでパルフィが抜けることにはならないと分かって、安堵のため息をついた。


「それでは、皆下がってよろしい。パルフィも、今日はゆっくり休んでくれ」

「はい」

「それでは、失礼いたします」


 クリスたちは立ち上がって、深々と一礼し、侍女に先導されて部屋を出た。


 こうして国王一家との謁見が終わったのだった。




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