王女の帰国(2)
「ようこそカトリア王国へ参られた。わしがカトリア国王クロヴィス四世である。そして、これにおるのが王妃マリア、王子ルーサー、そして、第一王女セシリアである。以後見知りおいてくれ」
「御意得まして光栄に存じます」
クリスは、頭を下げ礼儀正しく返事をしながらも、国王一家の様子に衝撃を受けていた。
国王は、年の頃は五十代半ば。日に焼けた顔に灰色の髪を短く揃え、その目は鉄の意思を感じさせる。分厚いガウンを羽織っていたが、鍛え上げられたがっしりした体格が見て取れた。だが、何よりも大きな特質は、身体中から発せられる威厳であろう。まるで何かの物質が体から出ているかのような、相手をひれ伏ささずにはおれない圧倒的なオーラが漂っていた。
その隣に、国王に寄り添うようにひっそりと座っている王妃は、その対極だった。年はおそらく四十代半ばから後半と思われた。美しく整った顔には、柔和な微笑みが浮かび、母性的な優しさと慈愛、そして物腰の柔らかさを感じさせる。さらに、全身から漂う気品と内面からにじみ出る優雅さが、表面的な顔の造作をはるかに上回っており、おそらく、見た目がそれほど整っていなくても「美しい」という印象を与えたであろう。慈愛と気品、まさに、王妃にふさわしいたたずまいであった。
さらに、その隣。二人がけのソファに並んで座っている王子と王女も、やはりひとかどの人物であることは間違いなかった。
ルーサー王子は、二十代半ばで、長身ではあるが、父親のようにがっしりした体格ではなく、むしろ細身であるように見える。だが軟弱という印象は一切ない。いざとなれば、剣をとって勇敢に戦うという強さの格を感じさせる。父親とよく似たその目には知性の輝きがあり、いかにも切れ者という趣だった。それにまた、この会見を愉快そうに楽しんでいる表情は、快活でユーモアに溢れた人柄という印象を与えていた。
そして、さらにその横
(こ、この方は……)
セシリア王女に視線を移し、思わずクリスは息を飲んだ。
パルフィの姉でもあるセシリア王女は、ルーサーよりもいくつか年下に見える。スラリと均整の取れた体を、白と青を基調とした略式のドレスに包み、優雅なレースのケープをまとっていた。少しカールのかかった美しい銀色の髪を上品に後ろでまとめ、小さな、しかし大きな宝石がたくさんついたティアラが光る。母親ゆずりの美しい顔立ちであるが、決して冷たい印象はなく、優しい眼差し、そして、見る者の心を奪うような女性の魅力を感じさせた。また、王妃の気品に加えて、父親である国王の威厳もしっかり受け継いでおり、弱々しい感じはまったくない。一国の王女にふさわしい風格であった。
(これが、カトリア国王一家……)
確かにパルフィの言った通りの姿だった。それぞれが圧倒的な何かをもった稀有な存在であり、民衆をひれ伏せさせ、従えるのに十分な威厳と、自ら仕えたいと思わせる魅力があった。極めて優れた治政者たちであるのも間違いないだろう。
(確かに、これだと、パルフィが引け目を感じるのも仕方ないのかもしれない……)
パルフィの王女ぶりをこの目で見たわけではないが、仮に彼女が国王たちの横に並ぶとすると、どうしても霞んでしまうのは避けられないと思われた。別に、パルフィの見目に問題があるわけではなく、母親によく似た整った顔立ちで、可愛くもあれば、愛嬌もある。それに、幻術士の素質もある。しかし、それでもこの四人とは毛並みが違うというのは逃れようのない事実であった。
クリスは、生来のマイペースと、父親の発掘調査の関係で貴族と接する経験が多いことから、すぐに最初の衝撃から立ち直ると、もうさほど緊張していなかったが、ふと、隣に座っているグレンたちの様子を伺うと、みな緊張で硬くなったままのようであった。
(みんな……。この方たちなら、仕方ないか)
一声かけた方がいいのか迷ったが、クリスが何かを言いかける前に、王妃が微笑を浮かべて、まるで子供と接するかのように優しく話しかけてきた。
「みなさん、そんなに硬くならなくてもいいのですよ」
「そうそう、別に牢屋に入れようなどとは考えてもいないからな、ははは」
ルーサーが、快活な笑い声を立てる。
「お兄様、そんなことをいったら余計にクリスたちがびっくりするではありませんか」
「そうか、それは済まないな。どうも、性分なものでね」
「い、いえ、そんな……」
丁度その時、ジョゼフがお茶を乗せたワゴンを押して部屋に入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
「おお、ジョゼフ、気が利くな。わしもちょうど頼もうと思っていたところだ」
「さようでございますか。それはよろしゅうございました」
ジョゼフは、パルフィが帰ってきた嬉しさがまだ持続しているのか、満面の笑顔で答えた。
そして、ワゴンをテーブルのそばまで押して、高価そうな陶器のカップにお茶を注ぎ、それぞれの前に置いていった。
「さあ、みなさん、遠慮なく召し上がれ。あら、セシリア、このお茶は……」
カップをとって口に運ぼうとした王妃がセシリアを見る。
「ええ。お母さま」
「こ、これは……」
その横では、ミズキもカップに入っているお茶を見て驚いていた。
「変わったお茶ですね。色が緑で」
ルティが珍しそうにのぞき込んでいた。
「そうでしょう? これはヒノニアのお茶よ」
セシリアが優雅に微笑む。
「え、本当なのか、ミズキ?」
「ああ、ヒノニアでは普通、お茶と言えばこれのことだが、ここでこれに巡り会えるとは……」
「へえ」
「ねえ、ミズキ。あなたはヒノニア出身なのでしょう?」
セシリアが優しい口調で、ミズキに問いかけた。
「さ、さようにございます」
王女と言葉を交わすことに緊張しているのか、ミズキがどぎまぎした様子で返事をする。
「わたくし、まだヒノニアには行ったことがないのだけれど、いつか行きたいと思っているのよ。だから、こうやってお茶などを取り寄せたりして学んでいるの。あなたにもぜひヒノニアのお話を聞かせていただきたいわ」
「そ、それは、光栄です」
ミズキはよほどうれしかったのか頬を染めて、頭を下げた。
「そういえば、グレン」
「ぶっ。は、はい」
いきなりルーサーに話しかけられて、セシリアを見とれていたグレンは慌てたようにカップをテーブルに戻して、ルーサーに向き直る。
「君のお父上は、なかなか腕のいい鍛冶屋らしいね」
「は、はい。息子のオレから見ても、そ、そう思います」
さすがに王子相手では、普段の口の聞き方ではダメだと思ったのか、ぎこちないもののグレンにしては丁寧な言い方である。
「君は、父上の後を継がなくてもいいのかい?」
「はい。オレは鍛冶屋に向いていませんし、オヤジも、好きなことをやってそれを極めればいいと言ってくれてます。いつか、オヤジの剣を使いこなせるようになるのがオレの夢なんです」
「ほう、そうか。それは、いい父上を持って君も幸せだな」
「あ、ありがとうございます」
王子に自分の父親を褒められて嬉しかったのだろう、やや、紅潮した顔で頭を下げた。
「ルティ」
今度は王妃が、母親らしい優しい笑顔を浮かべながら、ルティの名前を呼んだ。
「はいっ」
次は自分かもしれないと予想していたのか、王妃に話しかけられてもルティには慌てた様子はなく、うれしそうに返事をする。
「あなたはその若さでマジスタになるなんて、とても立派ですよ。聞けば、ここ数十年で最年少合格だそうね。きっと、一生懸命にがんばったのね」
「い、いえ、そんな……」
「それに、ご両親のことは聞きましたよ。なんでも、流行病で多くの人が倒れて行く中、自らの命も省みず、懸命に治療を続けて、ご自分たちもその病で亡くなられたとか。とても立派な方だったのですね」
「は、はい。私も修行を積んで、両親のように人の命を救うために働きたいと思っています」
ルティの返事に、王妃が慈愛に満ちた微笑みを見せる。
「それは、素晴らしいわ。きっと、ご両親もあなたのことを誇らしい気持ちで天から見守ってくれていると思いますよ。あなたもお父様とお母様に負けないように頑張るのですよ」
「は、はい、ありがとうございます!」
ルティは、王妃の言葉に感動したのか、涙を潤ませながらも満面の笑顔で礼を言った。
そして、最後は、国王がクリスに話しかけた。
「クリス」
「はい」
「そなたの父は、旧文明の学者ウォルター・アークライト殿だそうだな」
「はい、そうです」
「ふむ。ウォルター殿の名前は我が国でも知られておってな、いずれは、カトリアにも一度来てもらいたいと思っておる。わが国にも、旧文明の遺跡が発見されておるのでな」
「さようでございましたか」
クリスは、父を知ってもらえているのが嬉しく、微笑みながら返事をした。
「そなたは、ウォルター殿と同じ道に入らんのか?」
「いえ、まだ決めてはおりませんが、マジスタとして研鑽を積み、ゆくゆくは魔幻語の研究をしたいと思っています」
「ほう、なるほどな。分野が違うとはいえ、学者というわけじゃな」
「はい」
「なるほど。父のように、励むのだぞ」
「ありがとうございます」
クリスはすでに緊張を感じていない。にこやかに一礼した。
「よろしい。みな、落ち着いたようだな。では、本題に入ろう。話というのはほかでもない。パルフィのことだ」
クリスたちが一息つくのを待って、国王が話し始めた。
「さきほど、パルフィとも話をしたが、家出したことは反省しておったのだが、なぜ家を出るに至ったのか、その理由をなかなか教えてくれなんでな。そなたたちなら知っておるやもしれぬと思うて、来てもらったのだ」
「パルフィ、いえ、殿下は今どちらに……」
「あれは今、自分の部屋に下がらせておる。そなたたちだけで話をしたかったのでな」
「さようでございますか」
「どうだろう、何かあれから聞いているのではないかな?」
「ええ、それは……」
クリスたちは顔を見合わせた。
「それをわしたちに聞かせてもらえないであろうか。本人のおらぬところで、気が引けるかもしれぬが、わしたちもあれのことが心配なのだ」
「……分かりました」
国王にそこまで言われては断りようがない。パルフィが言いたくなさそうにしていたので、すまない気持ちもあったが、クリスは馬車の中で聞いたパルフィの話をかいつまんで国王一家に話した。
「そうであったか。あれはそんなふうに感じておったのだな……」
クリスの話を聞いたあと、国王はやれやれというような大きなため息をついた。
「あの子ったら、それならそうと言ってくれればようございましたのに……」
「そそっかしくて思いこみで行動する妹だとは思っていたが、まさかそこまでとは……。先が思いやられますな父上」
「あら、そそっかしさはお兄様譲りではなくって?」
「いや、私はそこまでひどくないよ」
(あれ……?)
クリスは思ったほど、国王一家が深刻でない様子にとまどっていた。少なくともパルフィは深刻に思いつめて、家出までしたのだ。だが、一家は、むしろ呆れているといった雰囲気である。
それを見て、国王は
「あ、いや、クリスよ。すまぬ。わしらとてパルフィのことは心配でないわけではないのだ。だが、家出の理由が、なんというか、まあ、あやつの誤解でな」
「誤解、でございますか?」
「そうだ、というのはだな……」
話し始めた国王に、横から王妃が声をかけた。
「あなた、パルフィにも聞いてもらった方がよいのではありませんか?」
「ん、おお、そうじゃな。侍従長、パルフィを呼んで参れ」
「かしこまりました」
ジョゼフが、部屋を出て行き、しばらくしてパルフィを連れて戻ってきた。
「お父様、何かご用でしたか……。あれ、みんなどうしたの、こんなところに?」
「わしが呼んだのじゃよ。まあ、そなたもこちらに来てかけるがよい」
「は、はい」
パルフィは、一瞬どこに座ろうかと迷ったそぶりを見せたが、結局、クリスの隣に座った。
「パルフィ、話はすべてこのクリスから聞いたぞ。なぜ家出したかもな」
「え、ちょ、ちょっと、クリス、お父様にばらしたのね」
パルフィがバツが悪そうに、ヒソヒソ声でクリスを責めた。
「え、だって、国王陛下のご下問にお答えしないわけにはいかないし、それに、なんといっても心配かけたご家族には説明しとかないといけないと思って……」
「そ、それはそうなんだけど」
「よいよい。わしが無理にクリスにたずねたのだ。しかし、おかげで、わしはそなたの思い違いを正してやることが出来るというものなのだぞ」
「え? 思い違い?」
思わぬことを言われたという様子で、パルフィが聞き返す。
「そうだ、思い違いだ。まずは、そうだな、そなたの王女の資質について話しておこう。そなたは自分のことを王女失格と申しておったそうだが、失格どころか、わしもお前の母上もお前には大変期待しておるのだぞ」
「で、でも、お父様。私は政治も学問もだめで、外交や交渉ごとなんて無理だし、お兄様やお姉様のようにできませんわ。あたし王女になんて向いてないんです……」
「そこがお前の分かっておらんところだと言うておるのだ。のう、パルフィよ、そなた、わしたち王家に属するものの務めはなんだと思うておる?」
「え、それは、国を治めることじゃ……」
当たり前のことを問われて、やや口ごもるパルフィ。
「そうだ。そして、国を治めるというのは、一言では言えぬほど多くの仕事を含んでおる。たとえば、ルーサーのように国のありようを良くするためのまつりごともひとつだ。そして、セシリアがやっているように、他の国との関係を良くし、友好国を増やすこと、これもまた大切な仕事である」
「それは分かっていますわ、お父様。でも、そのどちらもあたしは出来ません。ほんとうに向いてないんです」
「まあ、待て。それはわしにも分かっておる。しかし、そなたしか出来ぬ仕事が他にあるのだぞ」
「えっ?」
そのような仕事があったのだろうかと、パルフィは意外そうな顔をした。
「たとえば、王族の重要な仕事に行幸というものがある。お前も知っておろう、国内の領地を回り、民とふれあい、王と民の関係を良くすることだ。それも一つだ」
「そんなの私じゃなくても……」
「たしかにな、しかし、国民のそなたに対する人気を考えると、これはもう、そなたがいるのといないのでは大きな差がある」
「そ、そんなこといわれても、あたし出来損ないの王女で、そんな人気なんてないし……」
「本当にそう思ってるのか、パルフィ。それはあまりに周りが見えていないとしかいいようがないぞ」
それまで黙って聞いていたルーサー王子が思わずという様子で横から口を出す。
「私たちカトリア王家は、幸運なことに全員が国民から慕われていて、関係は極めて良好だ。しかし、お前に対する人気と、我々に対する感情はやや違うのだよ。そうだな、父上や母上、それに私とセシリアは、王家の人間として敬愛され、敬われているように思う。それはそれでありがたいことだ。しかし、お前はそうではない。民たちからみると、雲上人ではなく、まるで自分たちの娘が姫君になったかのような受け止め方をされているのだ。王族として尊敬され敬われることも大切だが、民に、自分の家族のように愛される、という資質は王女としては希有であり、それゆえ得難いものなんだぞ」
クリスは、先ほどアンナが話していたことを思い出した。少なくとも侍女たちにはかなり慕われているようだったのだ。
「それは、きっと、小さいころからこっそり王宮を抜け出しては、街を歩き回ったおかげかもしれないわね」
王妃が昔を思い出すかのように、パルフィに微笑みかけた。
「あなたは、天真爛漫で、市民たちの中にも平気でたち混じっていたわ。それに、あなたは幼少の頃からとても好奇心旺盛で、よく王宮を抜け出していたのよ。それで、平民の生活や仕事にとても興味を持って、どんなことでも民にせがんで教えてもらっては、見よう見まねでやっていたの。もちろん、あなたは自分が興味があってやっているだけだったのだろうけど、民たちからみれば、王女が自分たちの業に興味をもち、教えてくれとせがまれるのは、本当に嬉しいことなのよ。どれほど、民たちが喜び、誇りを感じたことでしょう。あなたが王宮を抜け出すたびに大騒ぎだったけど、それも今から考えれば、民に愛される原因になっていたのね」
「お母様……」
「それに、わたくしたちのことをうらやましいといっていたそうね。パルフィ」
セシリアが王妃の後を引き継いで、優しく話しかける。
「ク、クリス、そんなことまで……」
パルフィがやや顔を赤らめながらクリスを見た。兄と姉をうらやましがっていたということは言わないでもらいたかったらしい。
「だってさあ」
「でも、わたくしたちもあなたのことをずっとうらやましいと思っていたのよ」
それを聞いて驚いたように、パルフィがセシリアを見る。
「そ、そんな。お姉様は、頭もいいし、なんでもできるし、あたしをうらやましがることなんてこれっぽっちもないじゃない」
「あら、そうかしら。では、幻術はどう? 幻術はお兄様もわたくしもあなたにはかなわないわ。だって、あなたはカトリアート家を創設した偉大な幻術師の再来と言われるほどの素質を受け継いでいるのだから」
そうなのかと、横で顔を見合わせるクリスたち。
「で、でも、幻術なんて、ほかのことにくらべたら……」
「そんなことはないでしょう? なんといっても、カトリアは幻術の国。王族はみな幻術の修行を積むわ。そして、偉大な幻術士は賢者と呼ばれ、この国の礎を強くする。なのにわたくしはいくら幻術を修行しても、大成しない。少し上達するだけ。もともとの素質がないからよ。もちろん、王族として一通りはこなせるのだけど、あなたほどはうまくできない。これはお兄様も同じね。だから、わたくしとお兄様はいつもうらやましがっていたのよ」
「そうそう。それに兄と姉が妹よりも出来が悪いというのは、体裁も悪いだろう?」
ルーサーが笑ってそう付け加える。
「私たちはお前のおかげで、ずいぶんと悔しい思いも、辛い思いもしたものさ」
「そ、そんな、あたし知らなかった……」
「そりゃあ、そうさ。お前の前で悔しそうな顔をすると、お前はすぐに調子に乗って得意げな顔になるからな。ただでさえ、悔しい思いをしてるのに、そのうえお前の得意そうな顔など見たくないぞ、私は。ははは」
「うふふ」とセシリアも口に手を当てて上品に笑う。しかし、ルーサーとセシリアの笑顔は、パルフィへの親愛の情であふれていた。
「どうじゃな、パルフィ。そういうわけで、ルーサーとセシリアは、幻術以外のところで、自分の力を発揮できるところを見つけ、精進したのだ。すなわちルーサーはこの国の宰相としてわしの補佐をしながら政に携わることになった。知っての通り、我が国の昨今の様々な改革は王子の発案と実行力がなければ到底成し遂げられなかった。セシリアは、諸国のさまざまな文化や習慣、言葉を勉強し、それを生かして親善大使として周辺国との関係改善に力を注いでもらっておる。おかげで以前は折り合いが悪かったところとも、戦などせずに済んでおる。これは全て自分の最大限に出来ることに最善を尽くしているからだ」
「お前は量才録用という言葉を知っておるか。一人一人の才能と適性を考慮し人材を用いることだ。わしはこの言葉が好きでな。いつも人事を差配する時は、これを重んじることにしておる。なぜなら、人は得意なこと、好きなことをやっている時が、一番能力も発揮できようし、幸せであると思うからだ。だから、わしはそなたにルーサーやセシリアの代わりを務めさせようと思ったことなど一度もない。そんなことをさせても、うまくいくはずがなかろうし、それに、パルフィ。お前も幸せではなかろう。わしはカトリア君主であると同時にお前の父親でもあるのだよ。もちろん、国王であるからには、民の幸せを最初に考えなければならん。しかし、同時にどうしたら娘に幸せになってもらえるのかもわしにとっては重要なことなのだ。そなたが、幻術士としての能力を極め、わが国を発展させるべく技術向上に尽くし、そのうえで、民との関係をよくしたり、災害などの被災地に飛んで、民を励まし勇気づけることこそ、そなたの天分だと思うておるのだよ」
「お父様……」
「たしかに、パルフィが行けば、どこでも明るくなるかも……」
先ほど、パルフィのいなかった間のことや、アンナが言っていたことを思い出して、クリスがつぶやいた。それを国王が聞きつけてうなづいた。
「その通りだ、クリス。それゆえ、パルフィ。お前は、別に変わる必要もないし、無理をすることもない。これからも今まで通り励んでくれればそれでよい。わしたちは、お前の働きにも期待しておるのだからな」
「そうよ、だから、もう思いつめて家を出るなんてしなくていいのよ。本当に心配したのだから……」
王妃は目頭を押さえながらも、優しく微笑みかけた。
「は、はい……。お父様、お母様、あたし、あたし……」
パルフィは、みるみるうちに目を潤ませ、ぽろぽろと涙をこぼした。
「パルフィ」
王妃はそれを見ると、ソファから立ち上がり、パルフィにそっと手をさしのべる。
「お母様……」
パルフィは、我慢できなくなかったかのように向かいの王妃に駆け寄ると、そのまま胸に顔をうずめ、しゃくり上げた。
「ごめんなさい……、あたし……、ずっとだめな王女だと思ってて、それで、あたし……、ごめんなさい……」
「いいのよ。あなたが分かってくれれば。私たちは、あなたのことを誇りに思っているのよ。それだけは、忘れないで」
王妃が優しくパルフィを抱きしめた。
「はい、お母様……」
「まあ、でも、ちょっとは学問も頑張ってもらわなければならないだろうけどな。今のままでは、さすがに、王女として『どこに出しても恥ずかしくない』とは言えないからな」
笑って、ルーサーが付け加える。それを聞いて、パルフィは王妃から身を離して、泣きはらした目でルーサーを振り返った。
「お兄様ったら、意地悪ね。あたしもがんばるわよ。でも、お兄様ももうすこし幻術に励んでいただかなくてはなりませんことよ」
「う」
「あら、お兄様、痛いところを突かれましたわね」
「いやはや、まったくだ。ははは」
「あはは」
パルフィも、わだかまりもなくなったような、スッキリした表情で笑っている。
(よかった……)
これで、パルフィもつらい思いをしなくてすむだろう。クリスは、そう思って、安心したのだった。




