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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
64/157

カトリア入国

 そして、次の日。

 早朝にルートンの街を出たクリスたちは、カトリア王国に向けてアルロン街道をひたすら歩いていた。目指すはカトリア側の国境沿いの街メルシュである。アルロン街道は、アルトファリアとカトリアを結ぶ主要道の一つであり、ルートンからメルシュ、そして幾つかの街を通って、首都ルーンヴィルまで続いている。

 ルートンからメルシュまでは徒歩で半日とすこしかかるため、夕方になる前に到着して宿を取ることができるよう、朝早く出発したのだった。


 朝もやの立ち込める中、ルートン郊外の田園風景を抜け、なにもない草原と丘陵地に入り、さらに東に街道を進むと、昼過ぎには大きな山地に差し掛かった。アルトファリア-カトリア間の自然的国境をなすヴィラン連山である。それほど高い山ではなく、山道もかなり広く整備もゆきとどいているので、さほどの難所ではない。このヴィラン連山を越えると、そこがカトリア王国であった。


 そして、クリスたちがヴィラン連山の山道を進み、幾つかの登り下りを繰り返して、間もなく山を抜けようかという時だった。

 それまで談笑していたミズキが前を向いたまま、突然、思わぬことを皆に言ったのだ。


「みな、少し私の方に寄ってきてくれ。さりげなくな」


 ミズキの声には、警戒の響きがあった。クリスたちは一瞬驚いたが何も言わず、歩調を変えないまま、ミズキの方に体を寄せる。


「どうしたの?」

「やはり、私たちは見張られているようだ」


 やや声を潜めて、しかし平静を装いながらミズキが言った。


「えっ?」


 パルフィが辺りを見回そうとするのを、ミズキが止める。


「待て、パルフィ。きょろきょろするな。相手に気取られる」

「う、うん……」


 慌てて前を向く。


「今度はオレも感じたぜ。もういないようだがな」

「またですか?」

「ということは、やっぱり、アルティアを出たところでミズキが言ってたのも本当だったんだね」

「おそらくな。あの時点から、私たちは何者かの監視下にあったのだ」

「いったい誰が……?」

「もしかして、私たちが依頼された書類を狙っているのでしょうか?」

「おいおい、なんか、やべえ密書だったのか?」

「いや、それも腑に落ちんな。本当に重要な書類なら、私たちに頼むとは思えない」

「そうか。確かにそうだね」


 国家間の書類なら、王宮付きの魔道士や幻術士などが正式な使者として届けるはずである。また、仮に公的なものでなくても、重要度が高い機密文書ならもっとランクの高いマジスタに依頼するだろう。ランク2は、まだ中級ともいえない強さである。


「それに、ずっと見張られていたわけではないと思う。これは私が気づかなかっただけかもしれんがな」

「ケッ、コソコソしやがって。何のつもりだ?」

「今のところ、攻撃してくる様子もない。見られているという気配がするだけで、殺気を感じたわけでもないしな。それも腑に落ちぬところだが……」

「それでは、急いでカトリアに入国してまって、メルシュで対応を考えるというのはどうでしょう?」

「だな。ここで悩んでも仕方がねえ。それに、考えてもみろ。ここまで人気(ひとけ)のないところも散々通ってきた。襲ってくるつもりならチャンスはいくらでもあったはずだ。なのに何もしてこねえところをみると、何か別の目的があるのかもしれねえからな」

「それもそうだね。ねえ、パルフィ、メルシュってここからすぐだよね?」

「……」


 クリスは後ろを振り返って、最後尾を歩いていたパルフィに問いかけた。

 しかし、パルフィは、目を伏せながら歩いているだけで、クリスには答えなかった。何か考え事をしているようだ。


「パルフィ?」


 もう一度クリスが呼びかけると、ようやくハッと気がついたように、顔を上げた。


「な、なに?」

「いや、メルシュまでどれくらいかなって……」

「あ、ああ、そ、そうね。地図だともうすぐじゃない? あ、あたしもここは通ったことないから分かんないけど……」

「パルフィ、大丈夫? なんか、青い顔してるけど……」


 クリスに話しかけられたパルフィは、アルティアを出たときと同じように、思い悩む表情をしていた。


「へ、平気よ、ちょっと疲れただけで。宿屋に着いてちょっと一眠りしたら大丈夫よ」

「そう? ならいいけど……」

「では、とりあえずこのままメルシュに向かおう」

「了解」


 こうして、一行は少し歩みを速め、ひたすらメルシュを目指して歩いた。

 しばらく山道を下っていくと、ようやく山中から出て、丘陵地と草原地帯に入る。そして、さらに続く街道の向こうに市壁に囲まれた大きな街が見えた。


「あれが、メルシュか」

「結構、大きいね」


 まだ距離があるが、国境沿いの何もないところにある街にしてはかなり大きく、街全体を取り囲む市壁もしっかりしたものに見える。おそらく、通商の盛んなアルトファリアへ行き来するための宿場町として栄えているために、盗賊団などに備えているためと思われた。


「よし、急ごう」

「はいっ」


 ようやく見えた街に心がはやり、意気揚々と歩いているときだった。


「あれ? 街から何か出てきます」

「騎士のようだな」


 クリスたちが目を凝らしてみると、大きな市門の奥から馬に乗った騎士が多数出てくるのが見えた。後から後から次々と出てきて、なかなか列が切れない。それが隊列を組んで物凄い勢いで街道をこちらに向かって走ってくる。およそ、百騎はいるようだ。


「何ごとだ?」

「国境警備隊でしょうか?」

「何かあったのかな?」


 話しているうちに、騎士たちの姿がだんだん大きくなり、馬が地面を踏み鳴らす音も激しくなってきた。


「危ないですから、避けたほうがいいのでは?」

「そうだね」


 道いっぱいに並んで走ってくる騎馬隊をやり過ごすため、五人は、一旦街道から離れて草地に下がり、なんとはなしに立ち止まって騎馬隊を眺める。

 ところが、その騎士たちはそのまま通過するかと思いきや、クリスたちの少し手前で速度を緩め、停止したのだ。そして、ザッという大きな音を立てながら一斉に下馬し、隊列を組んで整列する。

 一見する限り、どの兵士も屈強でかなりランクが高そうであった。


「な、なんだ?」

「こ、これは一体?」

「罠か?」


 突然のことに、慌てふためくクリスたち。

 グレンとミズキはすぐに前に出て、いつでも戦闘体勢に入れるように身構える。


「何者だ? 我らに何の用だ?」


 刀に手をかけつつ、ミズキが兵士たちに向かって叫んだ。グレンも油断なく剣の柄に手をかけている。

 だが、騎士たちは何も答えず、今度は一斉に片膝をついた。誰一人剣など抜いておらず、うやうやしく頭を垂れるだけである。その様子は敵意も殺気もなかった、というよりも、グレンやミズキなどまったく眼中になかったのだ。


「どうなってやがる……」

「む……」


 ミズキが、さらに問い詰めようとした時、


「姫さま!」


 突然、兵士たちの後ろから、ひときわ立派な鎧を着けた騎士が現れた。その精悍な顔つきは、百戦錬磨の戦士を思わせる。しかし、今はその表情は安堵とそして、喜びに溢れていた。そして、騎士たちの前に出て、立派なマントを翻し片膝をついた。


「姫さま、ようやく……。お探しいたしましたぞ。よくぞご無事で……」

「何、姫様だと?」

 

 前衛のグレンとミズキは、この成り行きに、状況が理解できず、戸惑ったような顔で後ろを振り返った。


「何の話だ?」

「ど、どういうことでしょう?」


 ルティも驚いた顔でクリスのほうを見る。


「これは、もしかして……」


 言いよどみながら、クリスは、この騎士が甲冑の上から羽織っているサーコートにカトリアの国旗が刺繍されていることに気がついた。その国旗には、パルフィの持っていた小箱に掘られたものと同じ紋章が描かれている。また、全員同じ兵装、一糸乱れぬ統率された様子、ただの野盗どころか、雑多な兵を寄せ集めた傭兵部隊でさえないのは明らかであった。

 ちょうどその時、騎馬隊から遅れる形で、見たこともないぐらい豪華で大きな馬車が二台、緩やかな速度でこちらに向かってくるのがクリスの目の端に映った。おそらく騎馬隊と同じようにメルシュから出てきたのだろう。


 クリスは、全てを悟った。


「この人たちは……、パルフィのお迎えだよ」

「えっ?」

「なんだって?」

 

 グレンたちは半ば呆然とした様子でパルフィを振り返る。

 一方、パルフィはパルフィでいきなりのことで驚いたようではあったが、いずれこういうことになろうことは予想にあったのか、覚悟を決めたらしく、あっけにとられて立ち尽くしている四人の前に出た。

 そして、その彼女に向かって、最後に現れたリーダーらしき騎士が話しかける。


「パルフィ殿下のご無事のお姿を拝し、これ以上の喜びはございませぬ。親衛騎士団長ティベリウス以下、百名、国王陛下の思し召しにより、お迎えに参上つかまつりました。本来なら、このような長期に渡るご不在からの殿下のお迎えにはわたくしのような下のものではなく、将軍または大臣が参上すべきところではございますが、何分ことは内密かつ急を要することゆえ、陛下直々のご命令により、僭越ながらまかりこしましてございます」

「パ、パルフィ、おめえ、一体……」

「これは、どういうことだ?」


 パルフィは、理解できないという顔つきで背後から問いかけるグレンとミズキには答えず、やや硬い表情で団長に話しかけた。


「ティベリウス」

「はい」

「王宮からかくも離れた国境の地まで、ご苦労でした」


 その話し方は、普段聞きなれたパルフィのものとは違い、十分に気品も威厳も感じさせるものであり、うすうすパルフィの素性を知っていたクリスでさえ、耳を疑った。


「ははっ。もったいなきお言葉にございます。我らは、パルフィ殿下の親衛隊。殿下をお守りすることが本分でございますれば」

「みな変わりありませんか?」

「はっ、国王陛下ならびに王妃陛下は、殿下がカトリアを出られたことを深くお嘆きのご様子でございましたが、このたび、殿下がカトリア領内に戻られるご予定であるということをお知りになり、たいそうお喜びのご様子で、すぐにお迎えの軍勢として私たちを出発させられました」

「そう。みなにもいろいろと心配をかけましたね。本当はもうすこし旅を続けるつもりでしたが、こうなっては是非もありません。これより私も王宮に帰還することにいたします。案内を」

「はっ」


 一礼してティベリウスは立ち上がる。それと同時に、後に控えていた兵士たちも立ち上がり直立不動の姿勢を取る。その時、クリスは気がついた。無表情に見えた兵士たちの顔もティベリウスと同様、喜びと安堵に溢れているということに。中には、涙ぐんでいるものまでいたのだ。


 一方、グレンたちはこの成り行きにすっかり戸惑っていた。


「お、おい、パルフィ、姫さまというのは、本当なのか?」

「国王陛下とは、一体……」

「お、お前……、お前は何なんだよ?」


 グレンがまだ混乱したような顔つきで、背後からパルフィに尋ねた。


「……」

「パルフィ!」


 その問い詰めるような口調を聞いて、ティベリウスが何かを言おうと前に進み出る。しかし、パルフィがそれを手で制して、グレンたちを振り返った。


「みんな、今まで黙っててゴメンね。あたし……ね、ホントはカトリアの王女なんだ」

「な……んだと……」

「あたしの名前は、パルフィ・アメリア・カトリアート。カトリア王国第二王女で第四位王位継承権者。現カトリア国王クロヴィス四世は私のお父様よ」


 パルフィは、まるで自分が王女であることに引け目を感じているかのように、悲しそうに微笑んで自分の正体を告げた。


「ま、まさか、そんな……」

「カトリアの王女さま……」


 グレンたちはあまりの衝撃で、言葉を失った。

 パルフィはその様子を見て、つらそうに、しかし、それを見せまいとするように陽気に言った。


「別に隠そうと思ってたわけじゃないんだけど、なんか、言う機会もなかったしさ」

「しかし……」

「いいじゃん、あたしはあたしなんだからさ」

「とはいうが……」

「……」

「……」


 この展開にみな言葉を失い、気まずい沈黙が流れる。だが、この沈黙を破ったのは、意外にもティベリウスだった。


「クリス様」

「うわっ、は、はいっ」


 まさか自分の名前がいきなり呼ばれるとは思わず、クリスは驚いて飛び上がった。

 だが、ティベリウスは、クリスの様子にも一向に動じず、まるで何事もなかったかのように続ける。


「クリス様、ならびに、グレン様、ミズキ様、ルティ様の皆様方にも、陛下がぜひお目にかかりたいとのことでございます」


(僕たちのことは全員調査済みということか……)


 この時点で、クリスたちの名前まで分かっているということは、何日も前から調査が行われていたということである。やはり、ミズキが気配を察したとおり、クリスたちはアルティアの時点から見張られていたのだ。


「オ、オレたちもか?」


 グレンも、この成り行きに戸惑っているようだった。


「さようでございます。パルフィ殿下のご友人として、ぜひともカトリア王宮へお越しいただきたいとの陛下の仰せでございます」


 どうしようかと顔を見合わせる一同だったが、


「わかりました。それでは、僕たちも一緒に参ります」


 不安そうにしているルティたちに安心させるようにうなづきかけながら、クリスが答えた。


「では、迎えの馬車も参っておりますので、どうぞこちらへ」


 そういって、ティベリウスはついてくるように指し示し、歩き出した。

 ティベリウスに先導され、クリスたちは整列している騎士たちの脇を通り、最後列に停められていた二台の馬車の方へ歩いてゆく。


 近くまでくると、先頭の馬車のそばに、黒い礼装に白の手袋をした初老の老人が御者と共に立っていた。そして、パルフィの姿を見たとたん、歓喜の表情に変わり、手を揉み絞りながら涙を流し出した。


「おお、ひ、姫さま……」

「あら、じいやじゃないの。あなたまで来てくれたのね」

「よ、よくぞ、ご無事で……」

「じいやにも心配かけたわね」

「い、いいえ。こ、このジョゼフ、姫さまのご無事の姿を拝見でき、こ、これ以上の幸せはございませぬ……ううぅ」


 そのあとは言葉が続かず、顔をくしゃくしゃにして、歓喜と安堵の嗚咽を漏らしむせび泣いていた。だが、すぐに懐から手巾を出して涙をぬぐい、クリスたちに向かって会釈する。


「これは、お見苦しいところをお目にかけてしまいました。皆様方、わたくしはオルベール王宮にて侍従長を務めさせていただいておりますジョゼフと申します。カトリアへようこそお越しくださいました。これから、殿下と皆様方をオルベール宮殿までご案内させていただきます」


 そういって、恭しく頭を下げる。


「あ、ど、どうも」


 クリスたちも勝手が分からず、曖昧に頭を下げる。


「それでは、王女殿下は先頭のお馬車へお乗りください。残りの皆様方は後の馬車へ」

「いえ、私はこの方たちと話があります。同じ馬車に乗せてください」

「さようでごさいますか。かしこまりました。では、みなさまも殿下の馬車に御陪乗くださいませ」


ジョゼフは先頭の馬車の扉を開け、パルフィの手を取り、段を上がるのを手伝ってやる。パルフィは、そのように手を取られて馬車に乗るのがまるで普通であるかのように、流れるように馬車に乗った。その様子を見て、クリスたちはまたあっけにとられる。


「みなさまも、順にお入りください」


 ジョゼフがうながして、クリスたちもミズキを先頭に、ルティが入り、次にグレンが


「いてっ」


 ゴンと頭をぶつけながらも、腰をかがめて乗り込んだ。

 そして最後にクリスが中に入る。


 馬車の中には、豪華なソファのような座席が2つ向かい合わせにしつらえられており、3人が並んで座ってもまだ余裕があるほどであった。

最初に入ったパルフィは後部座席の奥に座ったが、そのあと入ったミズキ、ルティ、それにグレンでさえもパルフィの横に座るのがはばかられたらしく、前の座席にパルフィに向かい合う形で座った。最後にクリスが入ったときには、もうパルフィの隣しか空いていないため、そこに座った。


「それでは出発いたします」


 ジョゼフは、クリスが座ったのを確認し、扉を閉めた。

 やがて馬車はゆっくりと動き出したが、しばらくの間誰も口を開こうとはしなかった。パルフィは何やら思いつめた表情で気まずそうにしており、残りの者はまだ衝撃から立ち直れないでいるのと、そして、どのような態度で接すればいいのか悩んでいたのだった。


 この封建制度の社会にあって、平民と王族というのは全くかけ離れた存在である。平民から見て、王女などというものは雲の上の存在であり、何かの祝典などの折に、王宮のバルコニーやパレードの馬車から手を振っているのを、遠く離れたところから見るのがせいぜいである。直接言葉を交わすどころか、近くに寄ることなど、圧倒的大多数の平民は一生に一度もない。もし、そのようなことにでもなれば、緊張と感動でろくに話すこともできないだろう。そして、そのあと孫の代まで語り継がれるような一生の自慢話になるぐらいである。

 それが、他国のとはいえ、王女と行動をともにし、親しく言葉を交わすどころか、時にはケンカもし、あまつさえ寝食まで共にする旅をしていたため、大それたことをしてしまったという気持ちが抜けないのだ。

 おまけに、このような豪華な馬車に乗せられ、客人として王宮に連れて行かれたあげくに、あろうことか国王と会見の見込み、という事態の展開に、すっかり動転し、どうすればいいのか分からない様子であった。


 馬車の中には硬くぎこちない雰囲気が漂っていた。


「あ、えーと、みんな、普通にしゃべってよね」


 パルフィがそれを察したらしく、努めて明るく振舞う。


「というか、よそよそしくされると、つらいな……あたし」


 そして、 寂しそうに、ぽつんとつぶやいた。


「そうだよ、パルフィはパルフィなんだから」


彼女の正体を以前から気づいていた分だけ、クリスの立ち直りは早かった。それに、悲しそうな彼女の顔を見るのが耐えられなかったのだ。


「……クリスは知っていたのか?」


 ミズキはまだパルフィとは直接言葉を交わすのがつらいかのように、クリスに尋ねた。


「直接パルフィから聞いたわけじゃなかったんだけど、なんとなくそうじゃないかなって」

「なんでえ、言ってくれりゃ、よかったのによ」

「うーん、確信があったわけじゃないし、パルフィもなんか隠したいような感じだったしね」

「でも、どうしてカトリアの王女さまが、アルトファリアという外国でパーティを組んで修行なさっているのですか?」


 ルティが不思議そうにたずねる。その口調は、王女だと分かる前とかわりがなかった。ルティは礼儀正しく、しかもパーティの中でも最年少ということもあり、もともと普段からパルフィにも敬語で話していた。そのため、さほど口の利き方を変える必要がない分、話しかけやすいのであろう。


「えとね、あたし、家出してきたんだ……」

「家出ェ?」


 四人の声が見事に重なる。


「うん、あたしさ、小さいころから帝王学やら政治学やら、王女としての教育受けてきたんだけどさ、アタマもよくないし、政治のことなんてからきしでさ、出来の悪い王女だったのよ」

「そうなの?」

「うん。それに、あたしには両親のほかに兄と姉がいるんだけど、あたし以外はみんな完璧すぎるぐらい完璧なのよ。お父様は、カトリア王国の歴史の中でも優れた治世者として中興の祖なんて言われてて、いずれお父様の跡を継いで国王になるルーサーお兄様は宰相としてさまざまな実績をつんで、すでに将来の賢王って評判なの。

 セシリアお姉さまはお姉さまで容姿端麗で気品もあって、淑女の鑑、カトリアの花っていわれててさ、おまけに飛びっきりの才女で性格も抜群で、親善大使として諸外国を訪問して友好を深めるっていう重要な役を任されてるのよ。

 お母様だって、国王の激務を陰で支え、王子と王女を立派に育てた良妻賢母って言われてるし、みんなおかしいくらい完璧なのよ。ところがあたしなんてさ。頭もよくないし、美人じゃないし、おてんばで王女の気品なんてこれっぽちもないしね。勉強なんてどんなに偉い先生に教えてもらってもダメで、ホント嫌になるぐらいなのよ。家族はみんな私には優しくて、周りの人たちも何にも言わないけど、あたしわかってるんだ。あたしはみんなの期待に応えられていないって。王女としては失格だって」


 パルフィはこの告白の間、すこし悲しげな顔で、家族と比べていかに自分がダメな王女かを述べていた。穏やかな口調と、時折見せる泣きそうな笑顔が、余計に、深刻に悩み続けてきたことを思わせた。おそらく、ずっと同じことを思い続け、つらい思いをしてきたのだろう。


「唯一のとりえは幻術だから、それはがんばってやってたんだけど、それだけじゃね。いくら幻術の国の王女だからって、幻術だけやってりゃいいわけじゃないし。それに、いくら筋がいいとか才能があるとか言われても、ランク1だったしさ……。あたし、お兄様とお姉様が羨ましかったのよ、あんなに見目が整ってて、優秀で、おまけに性格も良くてさ。何で、あたしだけこんなのなんだろって」

「パルフィ……」

「まあ、そんなこんなで、なんだかだんだん自信なくなって、いたたまれなくなっちゃってさ。みんなが優しいから余計に惨めだったし……。それにね、やっぱ、王宮暮らしっていろいろわずらわしいのよね。あたしは末っ子でしかも第二王女だから、お兄様やお姉さまよりもよっぽど好き勝手にやらせてもらってるんだろうけど、それでも窮屈でさ」

「そうなんだ」

「うん。だからね、修行の旅に出るって書置きして、家を出たの。幻術をもっと修業してランクが上がれば、自信もついて、いい王女になれるんじゃないかなって」

「そうだったのか……」

「でね、家出をする前に、どこに行こうか、それからどうしようかって悩んで、結局アルトファリアへ行って、マジスタになって修行しようと思ったのよ。カトリアでパーティ組んだって、すぐにばれちゃうしね」

「そうか。ということは、僕が、認定試験の日にテレポートから現れたパルフィと会ったときって……」

「そうよ。ちょうど家出してきたところよ」

「へえ。そうだったんだ……」

「それでね、ちゃんと修行して、一人前の幻術士になれたら帰ろうと思ってたの」

「なるほどなあ」

「あたし、ホントに王女なんて向いてないのよ」

「まあ、たしかに……」


 クリスの返事に、グレンたちも一様に納得の表情を見せる。


「ムッ、ちょっと、そこはうそでも否定してよね」

「いや、あはは」


 一同は楽しそうに笑った。

 ようやくクリス以外のメンバーも硬さが取れて、パルフィと今まで通り接することができてきた。やはり、ずっと仲間として冒険を重ね、敵と戦い、生死をともにしてきたことが大きかったのだ。


「それにしても、気がついたのはクリスだけだったとはな」


 グレンが、自嘲ぎみに肩をすくめる。


「全くだ。ずっと一緒にいて気づかないとは、修行が足りないと言われても致し方ない話だ」

「まあ、僕も偶然、パルフィの紋章を見て気づいただけだから」

「あたしに気がついたのはもう1人いるわよ」

「だれ?」

「クリスのお父さんよ」

「えっ、そうなの?」

「こないだ、初めて会ったとき、ウォルターさんが私と握手しようとして一瞬固まってたの覚えてない?」

「そういえば、父さん、何かぎこちないように感じたな。どうしたのかなって思ったけど、後は普通にしてたから」

「多分、私のこと、何処かで見たことあるのよ」

「へえ」

「いきなりカトリアの王女が現れたから驚いたんでしょうね。それでも、気を遣ってくれて、何も言わないでおいてくれたから助かったわ」

「なるほどね」

「でも、これからどうなさるのですか?」

「……あたし、もしかしたら、もうみんなと一緒に旅ができないかもしれないな……」

「いや、『かもしれない』じゃなくて、普通考えたらそうじゃねえか。王女が平民と旅なんてなあ? それに、家出して来たんだろ?」

「王女でなくとも、連れ戻されますよね……」

「……うん」


 この事実に、クリスたちは、肩を落としてうつむいた。

 たしかに、王女とあろうものが外国の、しかもどこの馬の骨ともわからない平民たちとまじって、危険な冒険に出るなど、常識で考えても許されるはずがない。しかも、本人は無断で王宮を出てきたのだ。


「まあ、でもお父様にお願いしてみるわ。もうすこし修行させてくださいって。あたしも、アルトファリアに来てからかなり伸びた気がするし」


 暗い雰囲気を払おうとするかのように、パルフィが明るく言った。


「うん、僕からもお願いしてみるよ」

「ところで、ここから王宮までは遠いのか?」

「ええ、結構あるわよ。馬車で丸一日はかからないぐらいかな」

「げっ、そんなにあるのかよ」

「今からだと、途中で一泊するんじゃないかしら」

「やれやれ、これならまだ馬に乗ってたほうがマシだぜ」

「カトリアって小さな国だと思ってましたが、実は広いんですねえ」

「そりゃ、アルトファリアに比べれば国土は狭いけど、町じゃないんだから、実際に移動するとなると結構広いわよ」

「なあ、パルフィ。これは私の気のせいかもしれないが、どうも護衛というよりも監視されている気がするのだが」


 馬車の窓にかかっていたカーテンの隙間から外をのぞいていたミズキが、やや不安そうにパルフィに尋ねた。


「え、それはどういうことですか」

「いや、通常誰かを護衛するときには、何者かが襲ってきてもすぐに対応できるように外に注意を向けておくのが普通なのだが、このお付きの護衛隊は外よりも、どうもこの馬車の中に注意を向けているような気がしてな」

「ああ、それね」


 と、パルフィは「そんなことか」という顔で答える。


「そりゃそうだわよ。だって、ここで王女に逃げられたら元も子もないわけだからね。なんとしても王宮まで連れて帰ろうとみんなすごく警戒していると思うわ」

「……なるほど。ということは、みなパルフィを見張っているということだな」

「たぶんね。王族なんて、1日中お付きの人間に見張られてるようなもんなんだけどさ、それをあっさり朝になるまで誰も気がつかないうちに家出されちゃ、周りの者たちもたまったもんじゃないと思うわ。もともと、目の前から消えるなんて、幻術士の専売特許みたいなものだし。カトリア王家はその幻術士の元締めみたいなもんだからね」

「へえ」

「それに、この人たちは私の親衛騎士団なんだけど、(あるじ)に逃げられた挙句、何ヶ月も放っておかれたんじゃやってられないだろうからさ。まあ、そこはあたしも悪いことしたなって思ってるんだけど」


 そういって、パルフィはうふふと楽しそうに笑った。


「はあ」


 あきれたようにクリスたちはため息をついた。


 ミズキの感じたとおり、パルフィが監視されているのは事実であったが、それは、決して、鮮やかな手並みで周りを出し抜いたからというわけではなく、パルフィが侍女に催眠呪文を撃って家出したため、逃げるためなら何をするかわからないと思われたからである。

 そして、親衛騎士団としては、どうあっても、王女を王宮まで連れ帰らなければならず、自分たちが剣を捧げる王女が相手である以上こちらは力ずくというわけにはいかないうえに、しかも王女が何をするかわからないということで、少しでもパルフィが怪しい真似をすれば即座に対応できるように、警戒しているのだった。だが、それは当然ながら本人の知る由もないことであった。




 結局その日の晩は、途中の村で一泊することとなった。パルフィはクリスたちとは別の部屋に連れて行かれた。

 クリスたちは単なるパルフィの友人ということで、いい部屋に案内され、護衛も監視もついていなかったが、パルフィに面会に行くと、部屋の前には護衛が何人もおり入り口を固めていた。しかも、ドアと廊下には魔方陣が描かれていた。


「あれも、きっと、護衛のためとか不審者を捕まえるためとかじゃなくて、パルフィに逃げられないようにするためだよね」

「ああ、そうだろうな。みんなよっぽど警戒しているようだな」

「それにしても、すごいことになっちゃったね」

「ああ。アルティアを出る前までは、王宮に入れたらいいとか、王族にお目通りが叶えばいいなどと言っていたが、まさか、自分たちがとっくの前から王女と旅をしていたとはな」

「そっちのほうが、よっぽどすげえ話だぜ」

「まったくです」




 結局、クリスたちはパルフィには会わせてもらえず、部屋に戻って来たのだった。



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