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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
59/157

エピローグ ~ 星空の下で

(コールドスリープ完了しました。覚醒シークエンス実行中。身体に異常ありません)


 ベスの声がどこか遠くに聞こえて、レイチェルは目を開けた。

 まだ朦朧としている意識の中で、最初に目に入ってきたのは満天の星空だった。いくつもの星が美しくきらめいて見える。


(……ああ、きれいな星空)


(そういえば、これと同じことが前にもあったわね……)


 星空の下でコールドスリープから目覚めたのは、これが初めてではなかったはずだ。心の何処かで感じる既視感。だが、それはいつのことだっただろうか。まだ、目覚めたばかりで、頭が回っていないのか、記憶がぼんやりしている。


(そうだ、あれは私は見知らぬ時代だった……)


 あの日、目が覚めたら、そこははるか未来のまったく未知の世界だった。もちろんショックや戸惑いもあったが、暮らしていくうちに楽しいことも多かったと思う。その名残のような甘さがぼんやりとした記憶にかすかに残っている。


 あれからものすごく時間が経ったような気がするのはなぜだろう。


 ふと、カプセルを取り囲んで、中で横たわっている自分を見下ろしている人たちに気がついた。


(そういえば、あの時もこんなふうに囲まれていたわね……)


 当時、目覚めたばかりのとき、自分はまだ事情がのみ込めておらず、うろたえていたことが思い出される。

 そして、その中で自分が最初に話しかけたのは、こうやって隣にいた優しそうな青年ではなかったか。


(えっ……?)


 ようやく、レイチェルの意識もはっきりしてきた。それに伴い、これまでのこと、そして現状の様子、そして、自分の周りにいる人たちのことが、一気に意識に流れ込んできた。そして、あわてて身体を起こす。

 その突然の動きに、周りにいたものは驚いた声を上げた。

 何もかも前回目覚めたときと同じだった。満天の星空、カプセルを取り囲む人々。辺りを橙色に照らす篝火。だが、一つだけ大きく異なる点があることがあった。それに気がつき、レイチェルはうれしさのあまり溢れて来る涙を止めることができなかった。


「ああ、クリス! それにみんなも……」

「気がついたかい、レイチェル。よかった」

「おお、レイチェル、よかったぜ」

「レイチェルさん」


 クリスたちのパーティー、そして、ウォルターの発掘チームの全員がカプセルを囲んで、レイチェルの帰還を口々に喜んでいた。相変わらず、後ろに控えていた村人たちが、「ははーっ」と土下座したり、ひざまずいて自分に祈りを捧げているのも見える。


「ああ、私、私……」


 レイチェルは思わず、カプセルの中で半身を起こしたまま、自分の横にいたクリスに泣きながら抱きついた。


「おっと」


 クリスは、少し驚いたようだったが、しっかりとレイチェルを受け止め、その肩を抱きしめた。


「もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 落ち着かせるかのように背中をさすりながら、クリスがレイチェルを優しく声をかける。その声が心地よくレイチェルの心に染み込んで来る。


「私、私……」


 そう。あの時と違うのは、自分を取り囲んでいたのが、自分の友人たちだったということだった。


(ああ、私、帰ってきたんだ……)


 元いた世界から一万年も未来。そこで二度目にコールドスリープから目覚め、「帰ってきた」という感触を初めて感じたとき、レイチェルは、本当に自分がこの時代の人間になったのだと感じたのだった。


「おかえり、レイチェル」


 その気持ちを汲み取ってくれたかのように、クリスの声が肩越しに聞こえてくる。


「……ただいま」


 レイチェルは、クリスの胸に顔をうずめたまま、少しはにかみながら、いっそう強くクリスを抱きしめたのだった。



◆◆◆◆



「ホントに、よく助けてくれたわね」


 目覚めて一息ついたあと、レイチェルはクリスたちとともに、カプセルを引き揚げた湖のそばに立っていた。岸近くで篝火が焚かれているため、湖面が赤や橙色に染まって揺らめいている。背後では、ウォルターたち発掘隊の一行が遅い夕食の支度に忙しくしていた。


 コールドスリープから目覚めたばかりのレイチェルには休息が必要だろうということで、一行はすぐにはフィンルートには戻らず、湖の岸でその日は一泊し、翌朝に戻ることにしたのだった。もともと、レイチェル捜索のための野営をしていたところである。以前のように小屋などは作られていなかったが、いくつかの天幕が張られていた。


「あれからどれくらいたったの?」


 レイチェルは、しばらく湖を眺めたあと、後ろに立っていたクリスたちを振り返った。


「今日で4日目だよ」

「え、そんなに?」

「ああ。もう流石にダメなんじゃねえかって思ってたところに、クリスが駆け込んで来てよ」

「ホントよね。あとちょっと遅かったら、捜索を打ち切って帰るつもりだったんだから」

「うん、助けを求める声が頭に聞こえてきたときはびっくりしたよ。それも、君の使い魔の声だって分かって。ベスって言ったっけ?」

「ええ」

「棺は湖の底だったけど比較的浅いところだったし、ベスが正確な場所を教えてくれたから助かったよ」

「そう……」


 研究員居住区は、建物の最上階にあった。つまり、地中に埋れた状態では、一番地表に近い。そのため、レイチェルは、爆発で地上まで飛ばされるのではないかと考えていたのだった。とはいっても、カプセルがどこに出るかは完全に賭けだった。実際は、カプセルは湖の底だったようだが、地中深くに埋もれるよりははるかに救出しやすかったはずである。レイチェルは、自分の幸運に感謝した。


「ホントにすごい爆発だったんだよ」

「オレたちもその瞬間は見てねえが、かなり景色が変わっちまったからな。そりゃすごかったんだろうよ」

「そうだったのね……」


 レイチェルは、湖に視線を戻した。篝火の光では周囲の山々までは見渡せないが、確かに、自分が見慣れてしまった光景とは全く異なっていた。発掘現場もすでに水没してしまってここからは見えない。


(もう、基地は完全に破壊された。そして、リチャードも……)


 今までは強く意識していなかったが、基地の存在は自分にとって大きかった。自分と元の世界をつなぐ唯一の証として、ある意味では自分の心の支えになっていたのだ。

 そして、身を守るためとはいえ、自分のせいでリチャードも亡くなってしまった。

 もう、元の世界と自分をつなぐものは何もない。そのことに急に孤独感が湧き上がり、押し流されそうになる。

 思わず、涙がひとしずく零れた。


「レ、レイチェル?」

「大丈夫?」


 それを見たクリスたちが慌てたように、話しかけてくる。


「え、ええ。ありがとう。ちょっと感傷に浸ってただけよ」


 レイチェルは指で涙をぬぐいながら、無理に微笑んだ。

 心配そうな様子でこちらを見ているクリスたち。


 ちょうどそのとき、


「おーい。みんな、夕食ができたぞ」


 クリスたちのさらに後方から、ウォルターの声が聞こえてくる。

 そちらを見ると、大きな焚き火の周りで、ウォルターたちと村人たちが夕食を給仕しているところだった。火にかけられた大鍋から湯気が立ち上っているのも見える。


「あ、レイチェル、夕食だって。行こう」

「あたしもおなかペコペコよ 」

「レイチェル殿もさぞかし空腹だろう」

「そうですよ。四日も寝たきりだったのですから」


 口々に、クリスたちが元気付けるように笑顔で自分に話しかけてくる。

 その様子を見て、レイチェルは急に孤独感が消えていくのを感じた。


(……そうだ、私はもう一人じゃないんだ)


 確かに元の世界には戻れないかもしれない。しかし、ここで出会った仲間たちがいればやっていけるのではないか、レイチェルはそう思うと急に心が軽くなるような気がした。


「そうね、私もおなかが減ったわ。行きましょう」

「うん」

「行こう行こう」


 レイチェルは足取りも軽く、クリスたちとともにウォルターたちの下に歩いていった。


◆◆◆◆


 そして、次の日の早朝、クリスたちは発掘隊一行とフィンルート村に戻った後、一息ついてそのままアルティアに帰ることにしたのだった。すでに基地が破壊されて5日、発掘隊は事後調査に取り掛かっていて、クリスたちに手伝えることはもうなかったのだ。


 レイチェルとウォルターたちが見送るというので、クリスたちは村の入り口までともに歩いていた。


「みんなが帰っちゃうと寂しいわね」

「もう遺跡もなくなって、仕事もないからね」

「これから、みんなはどうするの?」

「アルティアに帰って、ギルドに報告したら、また新しいミッションをもらうんだよ」

「……そう、じゃあ、しばらく会えなくなるわね」


 レイチェルが、寂しげな微笑みを浮かべた。


「そんなことないよ。会おうと思えばいつでも会えるさ」

「そうよ」

「姉もレイチェルさんと会うのを楽しみにしてますから」

「……そうね、私もここで生きていかなきゃならないんだから、寂しいなんて言ってられないわね」

「そういうレイチェル殿は、このあとはどうされるおつもりなのだ?」

「うーん、もう少しここの調査に付き合って、それから考えるわ。多分、旧文明の調査を手伝うとか、私の知識を生かすような仕事をするんじゃないかしら」

「レイチェルはアタマいいもんね。何でもできるわよ」

「ふふ、ありがと」

「ねえ、父さん、ここの調査が済んだら、レイチェルはどうなるの?」


 クリスが後ろを歩いていたウォルターを振り返って尋ねた。


「そうだな、まだはっきりしたことは分からないが、おそらく、アルトファリア政府の保護の下でアルティアに住むということなるだろう。まあ、国民に与える影響を考えると、レイチェル殿の身元は当分表には出されないだろうな。そのほうが、レイチェル殿にとっても過ごしやすいだろう。きっと、神殿に奉られるなんてことは御免蒙りたいでしょうからな」


 最後のセリフはレイチェルに向けられたものだった。


「ええ。私はただの科学者ですから、ロザリアみたいにはなりたくありませんわ」

「でしょうな。だから、クリスたちもそのつもりで、くれぐれもレイチェル殿の身元は内密にな」

「うん、わかった。でも、神殿に奉られる友達がいるってのも面白かっただろうけどね」


 冗談ぽくクリスが言う。


「そりゃいいや、なんなら、ルティの神殿に祭ってもらったらどうだ?」

「えっ、そ、それは……」


 ルティが困った顔で口ごもった。


「もう、やめてよ」

「ほ、ホントですよ……」

「あははは」


 二人の困った顔を見て、一行は笑った。


 そうこうしているうちに、村の出入り口に着いた。ここからは、また山道を下って街道に出ることになる。

 クリスたちが振り返った。


「じゃあ、父さん、僕たちは帰るね。いろいろありがとう」

「ああ、気をつけてな」


 ウォルターは、クリスをぐっと抱きしめた。


「がんばって、修行するんだぞ」

「うん。父さんも、あまり無理しないでね」

「ああ」

「親父さんたちには、世話になったな」

「こちらこそ、来てくれて助かったさ」

「いろいろお世話になりました」

「ありがとうございました」


 グレンたちも口々に礼と別れの挨拶を述べる。


「ああ、みんなも頑張れよ」

「小僧ども、また手伝いに来いよ」

「また一緒に発掘しましょう、みなさん」


 エドモンドとリンツも、笑顔でクリスたちと握手を交わす。


 そして、その横で……。


「ちょっとパルフィ、こっちに来て」


 レイチェルが手招きして、パルフィをクリスたちから離れたところに呼び寄せていた。


「何?」

「ちょっとあなたに話しておきたいことがあってね」


 その言い方に、首をかしげるパルフィ。


「どうしたの、改まっちゃって?」

「いい、パルフィ? クリスを狙ってるんだったら、早くしないと私が取っちゃうからね」

「え、ちょっ、あ、あんた、い、いきなり、何言ってんの?」


 パルフィは、思わぬレイチェルの発言にサッと頬を染め、しどろもどろになった。


「あれ? あなた、彼に気があるんだと思ってたんだけど?」

「そ、そ、そんなこと、な、ないわよ。何言ってんのよ」


 パルフィは否定するが、動揺しているのは明らかだった。


「フーン。それだったら私が取っちゃってもいいってことよね?」

「なっ、そ、それとこれとは話が別じゃ……」


 慌てて、反論しようとするパルフィを、「ほらね」という顔で見つめるレイチェル。

 その表情を見て、パルフィもうまく乗せられたと気がついたのか、赤面したまま口ごもった。


「いや、あの、その、べっ、別にいいわよ、そんなこと……」

「うふふ、冗談よ。それに、心配しなくてもいいわよ、別に抜け駆けしようとは思ってないから。私もこれから色々忙しいことになるみたいだし。でも、彼のことがちょっといいなって思ってるのは、あなただけじゃないんだからね」


 そう言って、レイチェルはウィンクした。


「ううう」

「あたしもこれで恋多き乙女なんだから。ふふふ、これから楽しくなりそうね」

「あううう」


 パルフィは、どう反応していいのか分からないようで、ただうめき声を出すだけだった。


「あ、そうだ、これは言っておかないとフェアじゃないから、言っておくわね」


 これから自分が言うことが、どんな反応を引き起こすのかを見るのが楽しいように、意味ありげにパルフィを見つめた。


「な、何よ?」

「実はね、私、クリスに好きって言っちゃった」


 そういって、茶目っ気たっぷりな表情で、「ふふっ」と笑うレイチェル。


「えっ? ホ、ホントなの?」

「ええ」

「で、で、ど、ど、ど、どうなったのよ?」

「まあまあ、慌てない慌てない。別に何にもないわよ。まだ基地にいるときに、もう脱出できないかもしれないと思ったから、別れの挨拶ついでにちょっと言っただけよ。たぶん、クリスも告白されたとは受け取ってないと思うしね」

「ふ、ふーん」


 パルフィは、素っ気ないそぶりを見せようとしたようだったが、様々な思いや考えが激しく脳内を巡っているのはその表情から明らかだった。

 そして、


(まったく、油断ならないわね……)


 思わず、といった体で、ボソッとつぶやく。


「ん? 何か言った?」

「え、い、いや、な、何でもないわよ」

「ふーん、まあいいわ。それとね。もう一つあって……」

「げ、まだあんの?」

「ふふ、今度は私じゃなくてあなたのことよ」

「へっ? あたし?」


 ここでなぜ自分が出て来るのか分からないという表情で、キョトンとレイチェルを見つめるパルフィ。


「あなたね、クリスにキスされたのよ」

「は?」


 何を言われたのか分からないという表情で、一瞬固まったあと


「えっ? えーっ? な、な、な、な、なに言ってるの?」


 パルフィは、耳まで真っ赤になりながら、半ばパニックを起こしたかのように慌てふためく。


「覚えてないでしょうけど、基地の中で、意識不明で倒れてるあなたを見つけたときにクリスが口移しでポーションを飲ませたのよ」

「え、ウ、ウソ、ホント? そんなの、あたし知らないわよ」

「そりゃ、そうよ。だって、あなた意識がなかったんだから」

「え、だ、だって、そんなこと言われても、あ、あたし、あたし……」


 パルフィは、激しく狼狽え、赤面したまま自分の唇に指を当てながら、よろよろと一歩二歩と後ずさりする。


「ふふふ。まあまあ。でも、まあ、あれはキスしたうちには入らないと思うけどね」

「あ……う……」


 クリスとキスをしただの、やっぱりそれはキスしたうちには入らないだの、適当なことを言われて、パルフィは、パクパクと口を開くだけで、うまく言葉にならないようであった。


「ま、そういうことだから。お互い頑張りましょうね」


 彼女の反応に満足したように、楽しそうな笑顔を浮かべながら、レイチェルはスタスタとクリスたちのところに歩いていった。


「あううう」


 パルフィは、まだもろもろの衝撃から立ち直れないらしく、よろよろとそのあとを付いていく。


「お、もう話は済んだのかい」

「ええ」


 戻ってきた二人を見てグレンが話しかけた。

 どこか愉快そうなレイチェルの後ろで、何かに打ちのめされたかのようによれよれになっているパルフィに気がつき、クリスが声をかける。


「あれ? パルフィ、どうしたの、顔が赤いけど?」

「へ? あ、な、な、なんでもないわよ」

「あ、そう? ならいいけど……、ん? なに?」


 何でもないと言いながらも、じっと食い入るように自分を見つめるパルフィに気がついたらしく、クリスが問いかける。


「あ、あ、い、いや、なんでもないのよ」

「あ、そう?」


 慌てて、とりつくろうパルフィだったが、クリスはあまり気にしていないように視線をレイチェルたちに戻した。


「じゃあ、レイチェル、しばらくお別れだ。おめえと会えて面白かったぜ」


 クリスとパルフィの横で、グレンが挨拶をしながら、ぐいっと手を差し出した。


「ありがと、グレン。あたしも楽しかったわよ」


 レイチェルもその手を握り返す。


「レイチェル殿。お元気で」

「あなたもね、ミズキ。たまにはあなたも羽目を外さなきゃダメよ」

「そ、それは、努力しよう」


 少し照れたように、ミズキはレイチェルと握手した。


「レイチェルさん、また家に遊びに来てくださいね」

「ええ。ぜひ行かせてもらうわ。エミリアにもよろしくね」

「はいっ」


 ニコニコ顔で、ルティが両手でレイチェルの手を握った。


 そして、次はパルフィだった。


「レイチェル、あたし……」

「なに、どうしたのかな?」


 少し意地悪な言い方で、しかし、姉が妹を見るような表情でレイチェルが問いかける。


「あ、あたしも、頑張るから」


 パルフィは赤面しながら宣言し、レイチェルの手を力強く握りしめた。

 一瞬、レイチェルは驚いたような表情をみせたが、すぐに、優しい微笑みに変わり、パルフィの手を握り返した。


「もちろん、受けて立つわよ。恨みっこなしでね」


 そう言って、また、ウィンクした。


「う、うんっ」

「あれ? パルフィ、また顔が赤いよ? やっぱり熱でもあるんじゃない?」

「な、な、な、なんでもないわよっ!」


 クリスの能天気な心配に、余計に顔を赤らめてパルフィがつっけんどんに言い返した。


「あ、そ、そう? ならいいんだけど……」

「そ、そうよ、なんでもないのよ。ほら、あんたもちゃんとレイチェルに挨拶しなさいよ」

「あ、ああ。そうだね」


 パルフィの剣幕に押されたように、クリスがレイチェルのほうに向き直る。レイチェルも、クリスを見つめた。そして、先ほどまでの、優しさとからかいが半分混ざったような表情は消えて、寂しそうな顔で微笑んだ。


「クリス、もうお別れなのね……、寂しくなるわ」

「さっきも言ったけど、いつでも会えるよ。もう僕たちは仲間でしょ」


 クリスは相変わらずいつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。


「ええ、そうね。また会えるのを楽しみにしてる」

「レイチェル。いろいろありがとう。君に会えて本当に良かったよ」

「あたしもよ。私がアルティアに戻ったら、遊びに来てね」

「もちろんだよ。それまで、元気で」

「ええ。あなたも、ね?」

「え?」


 レイチェルは、握手しようとして差し出されたクリスの手は握らず、クリスの胸に飛び込み、そのままクリスを抱きしめた。そして、つとクリスに顔を寄せて、頬にキスした。


「レ、レイチェル?」

「見つけてくれてありがと。そのお礼よ」


 クリスから体を離して、レイチェルは少し照れながら言った。


「あ、ああ」


 クリスがやや頬を染めてキスされた頬を押さえる。

 レイチェルは、クリスの隣で唖然として口を開けっ放しにしているパルフィにチラリと流し目を送り、小声で、


「これで、おあいこよ」


 とささやいた。

 それを聞いて呆気に取られたかのように、またパルフィが、口をパクパクとさせた。


「よし、じゃあ、行こうぜ」


 グレンが荷物を背負い直して、みなに声を掛ける。


「う、うん、そうだね。行こうか」

「おお」

「じゃあ、父さん、行くね」

「ああ、気をつけてな」

「クリス、みんな、元気でね」

「うん、レイチェルもね」

「また会おうぜ」


 そうして、クリスたちは口々に別れを告げアルティアへの帰路についたのだった。

 そして、意気揚々とつづら折りの山道を下っていく。


「やれやれ、今回は、すげえミッションだったな」

「うむ。よもや、あのようなことになろうとはな」

「だねえ。まあ、レイチェルにも会えたし、遺跡にも入れたし良かったよね」

「それにしても、あたしたちがアルティアを救ったなんて、すごいわよね」

「ホントですよ」

「オレたちがいなけりゃ、アルティアの何万人て人間が死んでたんだろ。じゃあ、あれだ。オレたちは救国の英雄ってわけだ」

「そうだね。でも、残念ながら、誰も知らないからそう思ってもらえないと思うけどね」


 基地のミサイルについて知っているのは、現場にいたものだけである。そして、基地が完全に破壊されてしまった今、それを証明するものは何もないのだ。


「そうか、これで一生食いっぱぐれないぐらいの賞金やらもらえてもいいんだが、残念だな」

「まあ、そう言うな。人に認めてもらわなくても、我々がアルティアを救ったのは間違いないのだから、それを誇りに感じていればいいのではないか」

「だね」


 そのとき、突然、グレンが叫び声をあげた。


「あ、しまった!」


 みな、何事かとグレンの方を振り向く。


「ん、どうした、藪から棒に?」

「あれだよ、ほら、グスタフに、テレポートでアルティアまで送ってもらえばよかったんじゃねえか」

「ああ、その話か」


 やれやれといった顔で、ミズキが応える。


「まあ、いいではないか。歩くのも修行のうちだ」

「そうよ、文句言ってないでちゃんと歩きなさいよね」

「あ~あ、何処かにテレポートが使える気のきいた幻術士でもころがってねえかな」

「まだ言ってるわよ、このバカは」

「そうですよ。せっかく、いいお天気なのですから」

「うむ。それに、私たちがこの国を守ったと思えば、誇らしい気持ちで、歩みも進むというものだ」

「へっ、まあ、確かにそうか」

「そうだね。じゃあ、それを噛みしめながら帰るとしようよ」

「賛成~」

「はいっ」


 クリスの言葉に、みなうなずいて、元気いっぱいに歩き出す。

 この分なら、夕方にはアルティアにつけるだろう。


(なんだか、アルティアに帰るのが楽しみだな)


 クリスは、自分たちが命を掛けて救った街に戻るのが、いつにもましてうれしい出来事のように感じられるのだった。




これにて、『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻

『未来の古代人たち』完結となりました。お読みいただきありがとうございました。

みなさまからの、ご意見・ご感想・評価など、とても励みになります。

気に入っていただければ、ぜひよろしくお願いいたします。


次巻からのクリスたちの活躍をどうぞお楽しみに!

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