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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
58/157

それぞれの想い(挿絵あり)

 グレンがベッドで目を覚ましたとき、自分はまだ夢の中にいるのではないかと勘違いしそうになった。

 アルティアにいるはずのエミリアが、なぜか自分のそばにいて心配そうに見守っていてくれたからである。


「あ、お気づきになりましたね。ご気分はいかがですか?」


 彼女の微笑みは相変わらず優しく、そして暖かかった。

 グレンはずっと張り詰めていた心が溶けるように癒されるのを感じる。


「エ、エミリア。なんでこんなところに……、というか、ここはどこだ?」


 頭を動かして、周囲を見ると、見慣れない部屋の景色が見える。窓からは昇ったばかりの日差しが入ってくる。


「ここはフィンルート村の宿屋ですわ」

「オレは、どうしてここに……」

「クリスさんに聞いたところでは、レイチェルが皆さんを遺跡の外に脱出させたそうです。そして、ウォルターさんが、グスタフという方のテレポートで私を迎えに来てくださったのです」

「グスタフ? ああ、あのリチャードの副官とかいうやつか」


 それは、いい知らせなのだろうと思った。ウォルターがグスタフに勝って、無理やり手伝わせる以外に、そんな展開にはならないからである。


「お加減はいかがですか?」


 エミリアが心配そうに見つめる。


「ああ、エミリアの顔を見たら、もう治った気がするぜ。っつつ」


 身体を動かそうとして、顔をしかめるグレン。しかし、その痛みで意識がはっきりした。


「はっ、こんなことしてる場合じゃねえ。ルティは、みんなはどうした?」


 ガバッと起き上がるグレン。


「落ち着いてください。ルティはあなたの隣りで寝ていますわ。それに、クリスさんも、パルフィさんも、ミズキさんも無事ですよ」


 横をみると隣のベッドでルティが眠っていた。


「そうか……よかった」

「ただ、レイチェルが……」

「レイチェルがどうした?」

「レイチェルは自分ごと遺跡を爆発させたそうです。脱出できたかどうかは分からないとクリスさんがおっしゃっていました。今日から捜索を始めるそうです」

「そうか……、じゃあ、オレも手伝わねえとな」

「ええ……、でも、お怪我はまだ完治したわけではないので、無理はしないでくださいね」

「いや、それにしても、情けねえな。こんな姿をさらしちまって。エミリアを守るなんて大きなことは言えねえや。まあ、頑張って修行して、釣り合う男になって見せるからよ」

「……いえ、そんなことは……」


 エミリアがやや表情を暗くして、言いよどんだ。

 その言い方に何か引っかかるものを感じ、グレンが尋ねた。


「エミリア、言いたいことがあるなら聞くぜ」

「あ、いえ、まだお加減がよくなってないのですから……」

「こんなの、平気さ」


 そう言って、グレンが身を起こしたまま、体をずらし、エミリアと向き合った。


「それより、何か心配事があるなら言ってくれ。どうせオレとのことだろう?」

「……え、ええ」

「どうした。やはり、オレとでは幸せになれないという結論になっちまったか?」

「い、いえ、決してそういうわけではないのですが……」

「そうか、そうじゃないなら、それだけでオレにとっては、最悪の話じゃなさそうだな。いいから言ってくれよ」

「でも……」


 心配そうな、そして不安げな表情で、エミリアがグレンを見上げる。


「オレのことは気にしないでくれ。あのときも言ったが、オレはエミリアの返事がどのようなものでも受け入れるつもりだ」

「そうですか……、分かりました。では……」


 そう言うと、エミリアは居住まいをただした。


「……私は、ルティを置いて自分だけ幸せになるわけにはいかないのです」


 ややあって、思い切ったようにエミリアが話し始めた。


「私が誰かと一緒になってしまったら、ルティは一人になってしまいます。姉の私が言うのもなんですが、ルティは優しい子ですからきっと一人でも大丈夫だというでしょう。しかし、私はまだ年端もいかないルティを一人にさせるわけには参りません。あの子は、まだ一人で生きていくには幼すぎます」

「それは、そうだが、じゃあ、何か? ルティを一人にさせておけないからオレと一緒にはなれないということか」

「……申し訳ありません。私は、ルティを一人前に育てると両親に約束したのです。それをなかったことにして、自分だけ幸せになるわけには行かないのです。ルティが独り立ちできるまで、まだ時間もかかります。それまで、お待たせするわけにはいきませんし、私も心苦しいので……」

 本当に申し訳なさそうな表情で、エミリア頭を下げた。

 しかし、一方のグレンはそれを聞いたとき、むしろほっとした表情になっていた。


「なんでえ、そんなことか。もっと別の深刻な話かと思ったぜ」


 ははは、と笑うグレン。だが、そのグレンに、エミリアはすこし驚いた表情を見せ、彼女にしてはきつい声で言い返した。


「『そんなこと』ではありません。私にとっては、ルティのことは一大事なのです」


 グレンは、そのエミリアの言い方に、慌てて言い直した。


「あ、い、いや、違うんだ、エミリア、誤解だ。オレが言いたかったのは、ルティのことがたいしたことがないって言いたかったんじゃなくて、あいつのことを考えるなんて当たり前すぎて、とっくにそのつもりだってことだったんだよ」

「え?」

「いや、こんなことを言うのは、気が早ええと言うか、突っ走り過ぎだと思ってこないだは言わなかったんだがな。もし、もしもだぜ、オレと所帯を持つようなことになったら、オレは、ルティも一緒にうちで引き取るつもりだ。何てったって、エミリアにとっては唯一の家族だし、オレにとっても、パーティーの仲間であるだけでなく、本当の弟みたいなもんだ。だから、もしそうなったら、二人でオレの家に来てくれりゃいい。オレには、オヤジとお袋、年の離れた妹がいるんだが、家族が増えて、みんな大喜びするぜ。ま、エミリアが、オレを選んでくれたらって話だがな。エミリアを幸せにするってのは、ルティの面倒を見るってのも入ってるなんて、当たり前じゃねえか」

「……そうだったのですか。でも、それではご迷惑では……?」


 そのエミリアの問いかけを聞いたとき、グレンは嬉しそうな表情になった。


「何言ってるんだ。むしろ、エミリアにルティまで家に連れていけば、よくやったって褒められるのは、目に見えてるぜ。なんせ、うちの親父もお袋ももっと子供がほしかったって普段から言ってるくらいだからな。オレとしちゃ、いい親孝行が出来るって思ってるし、妹も大喜びするだろう。それに、エミリアとルティにも新しい家族が出来ていいんじゃねえかと思うんだがな」

「そうだったんですか……」

「いや、こんな話は、エミリアがオレを選んでくれた後にするもんだと思ってたんで、余計な心配を掛けてすまないな」

「……いいえ、そうやって言って頂くのは、本当にありがたいことだと思います」

「まあ、そんなわけだから、そのつもりで、他のことは何も心配せず、本当に自分が幸せになれるかだけをよく考えてくれればいい」

「ええ、そうさせていただきますわ」


 心配事が消えたかのように、安心した表情で、エミリアはうなずいた。そして、グレンの気持ちを受け入れられるかどうか、まだもう少し考えてみるつもりだったが、自分が最後にどのような結論を下すのかは、何となく予想がつくのだった。




 その同じ頃。グレンたちの向かいの部屋。


 パルフィは、目を覚ましたとき、見慣れない部屋でベッドに寝かされているのに気がついた。

 ここが何処かはわからなかったが、どうにかして助かったことは分かる。

 ふと人の気配を感じて自分の右側を見ると、隣にもう一つのベッドがあり、ミズキが眠っているのが見える。そして、自分とミズキのベッドの間に、クリスが椅子に座って居眠りしていた。

 その様子から、一晩中この部屋で見守ってくれていたのではと思う。


(じゃあ、あれは夢じゃなかったのね……)


 隔壁の中で最後の巨人と、言わば刺し違えるような形で倒れたのははっきりと覚えている。そして、自分はもう死ぬと思って意識を失ったあと、気がついたら、なぜか野外の地面に寝ていて、こんな所にいるはずのないエミリアが治療してくれていた。そのあと、意識がまたなくなって、今度は、クリスに抱きかかえられて、この部屋に連れてこられた記憶がうっすら残っている。

 そのときに、アルティアへの攻撃は防がれたこと、グレンたちも無事だったこと、そして……


(そっか、レイチェルは行方不明なんだ……)


 レイチェルが爆発に巻き込まれたと告げられた記憶がよみがえった。

 クリスは、はっきりとは言わなかったが、爆発の規模から考えて、望みがないと感じているようだった。それはそうだろう、本来ならこの村まで吹き飛ぶような爆発をシールドで抑えただけで、本人はその爆発の中心部にいたのだから。


 目を閉じると、レイチェルの笑顔がまぶたに浮かぶ。


(レイチェル……)


 パルフィは湧き上がってくる涙を拭いた。そして、痛みに呻きながらも寝返りを打ち、枕元でうたたねしているクリスに近づこうと、ベッドの端に寄った。

 クリスはよほど疲れているのか左腕をだらんと下げた状態で居眠りをしている。

 パルフィは、クリスに体を向けて、布団から腕を出し、手を伸ばしてクリスの手を取ってぎゅっと握った。そして、それだけではまだ足りない気がして、その手をそっと引き寄せて、自分の頬に当てた。


「お願い。しばらくこうしてて」


 パルフィはクリスに話しかけるとも、独り言を言うでもなくつぶやいた。

 クリスは手を取られたまま、スースーと安らかな寝息を立てている。よほど疲れていたのか、起きる様子もない。

 パルフィは、しばらくの間、クリスの手を頬に当てながらじっとしていたが、やがて、少しづつ心が癒される気がしてきた。握った手も暖かく感じられる。気分が落ち着いたあとパルフィは、クリスをそっと見上げた。


(クリス……、ホントに不思議な人)


 自分にとって、クリスはこれまでにはない存在だった。いくらわがまま言っても、調子に乗ってひどいことを言っても、おたおたしながらも穏やかに受け止めてくれる。グレンとの角のつつき合いも楽しかったが、いつしか、そんなふうに自分をありのまま受け止めてもらえる感覚が心地よかった自分がいた。




挿絵(By みてみん)




(クリス……、あたしホントはね……)


 これまで感じたことのない感情の高まりが心に沸き起こり、それが確かな想いになろうとしたとき、


「うう、ううん……」


 クリスが声を出し、まぶたが開いた。

 パルフィは慌ててクリスの手を離し、自分の手を毛布の中に戻した。

 クリスは目を覚まし、うーんと伸びをした。そして、パルフィが見つめているのに気がついたらしく、ほっとした表情で話しかけた。


「あ、パルフィ。気がついたみたいだね。よかった。あれ? 何か顔が赤いみたいだけど、熱でもあるのかな」


 そういって、パルフィの額に手を当てる。


「な、な、何でもないわよ」

「そう? ならいいんだけど」


 だが、クリスはパルフィの顔をじっと見つめた。


「な、なによ?」

「ねえ、パルフィ?」


 クリスの声がいつもより優しく聞こえる。


「だから、なによ?」


 照れ隠しに、つっけんどんな口調で聞き返す。


「あのね、悲しいときは、無理しなくていいんだよ」

「えっ?」

「ほら、涙拭かなきゃ」


 クリスは袖の隠しからハンカチを出して、ほほに残っていたパルフィの涙をぬぐった。


「あ……」

「まだケガが治ってないんだから、もう少し寝てなよ。まだ、朝も早いし。それにレイチェルだって、まだ生きてるかもしれないんだからさ」


 優しい微笑みを浮かべながら、クリスが言った。

 窓から見える景色を見ると、確かにまだ夜が明けたばかりのようだ。


「うん、そうね……。えと、あのね、クリス。お願いがあるの」


 パルフィは、いつもより自分が素直な気持ちになった気がした。そして、これから言おうすることに少し気恥ずかしさを感じて、毛布を鼻が隠れるまで引き上げた。


「なんだい?」

「あたしが寝るまで、手を握っててくれる?」


 そう言って布団の横から右手を出した。


「ん? ああ。いいよ」


 にっこりと微笑んで、クリスはパルフィの小さな手を両手で握り締めた。


「パルフィが眠るまでここでついててあげるから、ゆっくりお休み」

「ありがと。お休み……」


 ぎゅっと握り返し、心から安心して、パルフィは目を閉じた。



◆◆◆◆



「父さん」


 クリスはパルフィが寝付くまで見守った後、ウォルターが借りている部屋に行き、扉をノックして中に入った。

 ウォルターは、机に向かって書き物をしていたが、クリスの方を向いた。


「どうした、何か話か?」


 クリスの表情を見て何か察したに違いない。ウォルターはクリスにソファーにかけるよう指し示し、自分も向かい側に座った。


「母さんのことだけど……」


 そう言って、クリスは言葉に詰まる。


「母さんがどうした?」

「いや、レイチェルがね、母さんのことを知りたがっていたんだ。きっと、旧文明に関することなんだと思うんだけど、父さん、何か知らないかなと思って……」

「そうか……」


 しばらくの間、ウォルターは黙っていた。だが、思い切ったように口を開いた。


「クリス、お前にはまだ話していなかったことがある」

「なに?」

「お前の母さんはな……、旧文明人だ」

「え……?」


 一瞬、何を言われたのか分からないようにとまどった表情を見せたクリスだったが、やがて、その意味が理解できたのか、驚いた顔でウォルターを見つめた。


「そ、そう、だったんだ……」

「いつか、お前にも話してやるつもりだった。これがいい機会かもしれん」

「……うん」

「これは、もう二十年ほど前、まだ私がカーティス先生の元で修行中だったころだ。私は昔から旧文明に興味があってな。魔道士の修行の傍ら、遺跡に出かけていたものだった」

「……」

「私がアネットと会ったのも、そんな旧文明の小さな遺跡の一つだった」


 そして、ウォルターは、レイチェルに伝えたのと同じ話をクリスにも聞かせた。

 旧文明の遺跡で、泣いているアネットを見たのが知り合うきっかけだったこと、結婚しても過去は話さなかったこと。亡くなる直前に初めて素姓を知らされたことである。

 ウォルターが語るのをクリスは黙って耳を傾けていた。


「カーティス先生は、私の転職も理解してくれた。そして、私がお前を調査に連れて行けないときは、家で預かってくださっていたのだ」

「……そうだったのか。知らなかったよ……」

「ああ」


 しばらくの間、二人は黙っていたが、やがて、ウォルターが口を開いた。


「それとな、レイチェルと話したときに、気がついたんだがな」

「うん、何?」

「お前、他のメンバーよりも、魔幻語の発音を習得するのが速かったそうだな」

「うん、レイチェルがそんなふうに言ってた」

「それはな、母さんのおかげのようだぞ」

「えっ、それどういうこと?」


 ウォルターは、クリスが小さい頃に母親が異国の言葉で話しかけていたことを教えた。


「レイチェルの推測だと、それが魔幻語だったらしい。そのおかげで、お前は人より習得が速かったのだな」

「へえっ」

「まあ、だからそれも母さんのおかげだというわけだ」

「なるほどね……」


 また、しばらくの間、二人は口を開かず、ただ黙っていた。クリスは、いま伝えられたことに、物思いに沈んでいるようであった。そして、ウォルターは、クリスがこの事実を受け止めるのを待つかのようにその様子を見つめていた。


 やがて、ウォルターが開いた。


「クリス」


 物思いから引き戻されたかのように、クリスがウォルターを見上げる。


「今日、昼からレイチェルの探索を行う。お前たちも手伝ってくれ」

「うん、わかった。じゃあ、僕はみんなの様子を見てくるよ」


 クリスが立ち上がる。


「そうだ、クリス」


 ウォルターは、クリスが部屋を出ようと扉を開いたところで、呼び止めた。


「何?」


 クリスが振り返る。


「この件が片付いたら、母さんの墓参りに行こう」


 それを聞くと、うれしそうにクリスは微笑んだ。


「そうだね。いっぱい報告することあるからね。お礼も言わなきゃ」


 そう言って、クリスは微笑みをうかべたまま、すこしはにかんで部屋を出たのだった。







【次回予告】

グスタフのテレポートとエミリアの回復呪文のおかげで一命を取り留めたパルフィたち。だが、果たしてレイチェルの安否は?


次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

最終話、『エピローグ……星空の下で』をお楽しみに。


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