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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第3話 幻術士の女の子(挿絵あり)

「やっと、着いた……」


 緩やかに登る街道を丘の頂上近くまで上がってくると、アルティアの街がクリスの視界に入ってきた。

 ようやく見えてきた目的地に、これまでの疲れも忘れ、一気に丘の上まで駆け登る。


「うわあ、これはすごいな」


 思わず感嘆の声を上げ、旅人用皮製カバンを肩から下ろして、眼下に広がる市街を見渡した。それほど高い丘から見下ろしているわけではないので、街の全景が見えるわけではなかったが、それでもその美しさは十二分に分かる。


 アルティアはアルトファリア王国の首都であり、王宮の城下町でもある。国家の象徴とされる白を基調とした町並みは『白光の都』と呼ばれていた。白墨や白水晶などをふんだんに使用した建物は光をよく反射し、確かに、まだ昇ったばかりの朝日を浴びて、街全体が白い光のオーラをまとっているようである。


 外観の美しさに加えて、アルティアは魔道の都としても大陸に名を馳せていた。一千年前に神の巫女により魔幻語が伝えられたとされる旧文明遺跡があったのがアルトファリアであり、それ以来特に魔道の発達に力を注いできた。そして、大陸にある七つの国の中で唯一、あらゆる魔幻語使いを統括する機関「魔幻府」を設立し、魔道士・幻術士・魔道騎士から、業務に魔道を使う鍛冶屋、工芸師にいたるまで、さまざまな魔幻語使いの育成と訓練につとめている。さらには、地方の小さな村にまで私塾から寺子屋、学問所などの勉学の場を設立して、国中から優秀な人材を登用しているのだ。


(なんとか間に合いそうだな……)


 アリシアの遺跡を出て、街道をひたすら歩いて、ちょうどいい時刻に着いた。魔幻府で行われる実技試験は、もう受付が始まっているはずだ。


「よし、行くか」


 かばんを拾って肩にかけ、元気いっぱいにアルティアに向かって歩き出そうとした、そのときだった。

 何か気配を感じて横を向くと、自分のすぐそば、頭一つ分くらい高いところに、とんでもないものが浮かんでいたのだ。


(な、なんだ……?)


 目の前に見えるもの。

 それは女の子の生首だった。

 思わず目をこらしたが、首から下には見事に何もなく、丘陵地の景色が広がっているだけである。

 しかも、生きているらしく、何やら思案しているふうで、まるで高いところから覗き込んでいるような傾き加減で、アルティア市街を眺めていた。


「……」


 あまりの出来事に、硬直して身動きがとれない。

 だが、その生首は彼に気がついたのか、いきなりこちらを向いてニコッと笑い、こともあろうに話しかけてきたのだ。


「あら、こんにちは」

「うわあっ」


 驚きのあまり、大声で叫び後ろに飛びずさった。


「キャッ、な、なによ!」


 首も驚いたらしく叫び声を上げる。その弾みか、空間の穴のようなものが現れ、そこから体ごと女の子が落ちてきた。


「きゃあ」


 ドサッという音ともに女の子が地面に激突する。

 その様子を、クリスは呆然と見つめる。


「あいたたた……」



挿絵(By みてみん)



 しかし、尻餅をついたまま顔をしかめてこちらを見上げる女の子と、まだ空間に残っている黒い穴を見て、ようやく気がついた。


「あ、亜空間移動だったのか……」


 亜空間移動は、幻術士が使うテレポート呪文の一つで、空間にいわばトンネルを作り短時間で長距離を移動する術である。


(たしか、ランク4の呪文だったっけ)


 自分の師がそんなことを言っていたのを思い出した。ランク1の自分から見れば、相当に高度な術である。

 女の子は、その亜空間から首だけ出していただけらしい。

 見たところ、自分よりも一つか二つほど年下のようだった。軽くウェーブのかかった茶色のショートカットで、愛らしい顔をしているが、少々気が強そうでお転婆な雰囲気が漂っている。

 果たして、女の子はよろよろと立ち上がり、砂を払いながら


「ちょっと、あなた。急に大声出さないでよね」


 と噛み付いてきた。小柄でクリスのほうが頭一つ分は高いため、下から見上げる格好である。


「だ、だって、君が、首だけ出すようなことするから……」


 彼女の剣幕に押されながらも、クリスが言い返す。


「ちょっと様子を見るためにのぞいてただけじゃない。だいたい、首が宙に浮いてるぐらいでそんなに驚くなんて、あなたおかしいんじゃないの?」

「そ、そんなの驚くに決まってるんじゃ……」


 なんとか反論しようとするが、女の子は畳み掛ける。


「何言ってんのよ。あたしの住んでるところなんて、こんなの毎日なんだから、だれも驚かないわよ」

「ぶっ、そんなばかな……」


 あちこちで生首が浮かんでいる街の情景を想像し、クリスは思わず吹いた。


「……なによ、何か文句でもあるの?」

「い、いや、毎日生首が浮いてるって、すごいところだね」

「う、うるさいわね。ほっといてよ。それになによ、あなた魔道士なの?」


 女の子は、クリスが着ている魔道士のハーフローブをじろじろと見ながら言った。


「え? う、うん。そうだけど」

「まったくもう。それだったら、幻術士の呪文見たぐらいで驚かないでよね。素人じゃあるまいし」

「う。そ、それはそうなんだけど……」


 確かにそれは的を射ている指摘だった。クラスが違うとはいえ、同じ魔幻語使いである。クリスは言い返すことができずうなだれた。


「あ。わかった。あなた、魔道士とは言っても、見習いが終わったばっかりのなりたてだったりする?」


 女の子は彼の姿を測るように上から下まで、おまけに首を横に伸ばして背中までのぞき込んで言った。


「う、うん、まあ……」


「はあ。それならしょうがないわね。初心者だもんね。でも、こんなことで驚かないぐらいはがんばって修行してよ」

「初心者て……、いや、面目ないです……」


(生首が浮いているのを見て驚くのが、そんなに、修行不足なのだろうか……)


 何か釈然としないものを感じたが、とりあえず謝った。自分が叫んだせいで女の子が落ちたのは間違いないし、それに、高位の幻術士には礼を尽くした方がいいのかと思ったのだ。


「あ、いっけない。ああもう、こんなところで道草してる場合じゃないのよ。今度から気をつけなさいよね」

「う、うん。わかったよ」


 なぜか感じられる『あたしに逆らったら許さない』というオーラに押されて、クリスはおとなしく頷く。


「もう。あ。きゃあ、ゲートが消えちゃう」


 振り返ると、先ほどの空間の穴がだんだん小さくなってきているのが見えた。

 女の子はあわててその穴の下に走り寄り、飛びついて穴の中に入った。そして、一瞬姿が見えなくなったが、また首だけ出して、


「じゃあね」


 そう言って、今度は穴ごと本当に消えてしまった。


 後に残るのは丘陵地から見える美しいアルティアの景色だけである。


(何だったんだ今のは……)


 クリスは、今の一幕に呆然としていたが、首を軽く振ってアルティアに向かって歩き出した。



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