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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
48/157

継承者

 一方、研究室の入り口から基地内に入ったリチャードとレイチェルは、無言で通路を歩いていた。コツコツと二人の足音が通路に鳴り響く。

 基地内の照明は落ちていたが、定間隔で設置された非常灯がついているため、薄暗い赤い光がぼんやりと通路を照らしている。リチャードはどこか行くあてでもあるのか、速い足取りで進んでいた。レイチェルは遅れないようにその後ろをついていく。


 レイチェルにとっては、この通路を通るのは2週間ぶりである。そして、ここが本当の自分の世界だった。しかし、久しぶりに戻ってきた自分の基地に思いを向ける余裕は今の彼女にはなかった。この成り行きにすっかり動揺していたのだ。

 リチャードが生きていたというだけなら、これほどの衝撃は受けなかったであろう。一万年前に死んだはずということ自体がもともと現実感のない話だったのだから。

 だが、自分より40も年を取り、しかも別人のように変わってしまっていたというなら、話は別である。

 彼女の知るリチャードは、頭脳明晰で明るく、そして、優しかった。

 しかし、今、この『ベルグ卿』を見る限り、そんなふうにはまったく思えない。陰鬱な表情に、他を寄せ付けない冷酷な笑い、そして、荒々しく酷薄な振る舞い。中でも、何かあったらクリスたちを殺しても良いと命じたことは、あまりにショックだった。何もかもが自分の知っている彼とは対極であるように感じられる。


(もう、この人は私が知ってるあの人じゃない……)


 本当なら、彼のそばに戻れた今、うれしくてしようがないはずである。しかし、レイチェルは、彼は死んだと思っていたときよりも強い喪失感を感じていた。

 彼が年をとってしまっていたこと自体はさしたる問題ではなかった。あの日の彼の優しさと微笑みさえあれば、一瞬の迷いもなく、幸せな気持ちでその胸に飛び込んでいけただろう。ロザリアの記憶で見た、マティアスとの52年後の再会のように。

 しかし、今のリチャードは、もうあの頃の彼ではない。しかも、自分にとってはたったの2週間でこうなってしまったのだ。そのため、戸惑いが先にたち、どのように接すればよいのかも分からなかったのだ。


 心乱れるまましばらく歩いたところで、レイチェルは通路を曲がってシャトルリフトの昇降ホールに来たことに気がついた。シャトルリフトはいわばエレベーターの高機能版で、上下階だけでなく水平にも移動できるように作られている。基地が広大なため、移動時間の短縮のために設けられていた。

 リチャードがボタンを押し、リフトの扉を開いて中に入る。それは、詰めれば30人ほどが収容できるような比較的大きなものだった。レイチェルは、一瞬躊躇したが、続いて中に入り、リチャードの斜め後ろに立った。それを見て、リチャードが


「司令室」


と命じる。軽い電子音が鳴って扉が閉まり、かすかな機械音と振動と共にシャトルリフトが動き出した。


 研究棟の何処かに行くのだと思いこんでいたレイチェルは思わずリチャードを見た。


「司令室に行ってどうするの?」


 二人は共に研究員であり、そんなところには用がないはずである。


「ついてくれば分かる」

「……」


 レイチェルは、彼が何も話す気がないのを感じ取り、しばらくの間黙っていたが、やはり心の中で沸き起こる疑問を抑えることができず、思い切って口を開いた。


「ね、ねえ、リチャード。あなた、一体どうやって……」

「お前と同じだ。コールドスリープカプセルにいたのだ」

「で、でも、あの日、カプセルに入る予定じゃなかったわよね……?」

「そんなことはない。私はBICの修理のために、わざわざセントルース基地にいたのだからな。まあ、何の役にも立たなかったがな」

「でも、そんなの私は聞いてなかったわよ……?」


 あの日、カプセルに入るのは自分であってリチャードではなかったはずだ。直前に映像通信で話したとき、彼ははそんなことをおくびにも出していなかったのだ。


「聞いていないだと? なぜ、そんなことをお前に知らせなければならんのだ?」


 リチャードは、理解できないという不満気な顔つきで振り返り、レイチェルをジロリと見る。


「だって……」


 レイチェルは、鋭い視線と刺すような言葉の鋭さに、口ごもった。

 そこでようやく、リチャードが、思い出したかのような顔をした。


「ああ、そういうことか。フン、いちいち、そんなことを言う必要もあるまいに。面倒な」


 吐き捨てるように言って、また前を向く。


「そんな……」


 レイチェルは、別れた男にすがりつく未練がましい女のように扱われた気がして、傷ついた気持ちになった。

 確かに、彼にとっては、自分は40年前という大昔の女なのかもしれない。しかし、自分にとっては、たった二週間前のことであり、しかも別れたわけでもない。「終わったこと」などと割り切れない思いなのだ。それをこのように言われてしまえば、自分の立つ瀬がない。

 一方で、レイチェルは、どうしてあの時、リチャードがこのことを言ってくれなかったのか不思議に感じていた。単なるメンテナンスと異なり、BICの修理は大ごとである。今から思い出しても、そんな様子は一切なかったのだ。

 だが、おそらく、同じ日にコールドスリープに入る予定だった自分に余計な心配をかけないためだと思い至った。


(きっとそうよ。そんな人だから、私は好きになったのだから……)


 そんな気遣いができる優しい人間が、なぜこんな風に変わってしまったのか、人としての温かさを全く感じさせないリチャードの後姿を見つめ、レイチェルの心は悲しみに沈むばかりだった。


 そこで、ふと、彼が気になることを言ったのに気がついた。


「ねえ。あなた今、セントルース基地に行っても役に立たなかったって言ってたけど、それどういう意味?」

「……」

「ねえ、リチャード……」

「……私のBICは結局修理されずに故障したままにされたのだ」

「でも、あなたのBICを修理するためにコールドスリープに入ったんじゃないの……?」

「そうだ。だが、眠らされるだけ眠らされて、放置されたようだな」

「え、じゃあ、あなたのBICは……?」

「もう私が目覚めたときから動作していない」

「そんな。じゃ、じゃあ、この時代の言葉は……?」


 この時代で話されている大陸語は、レイチェルの惑星標準語とはまったく異なる言語であり、当然ながら予備知識も何もない。BICなしでは到底話すことができないはずであった。


「自分で覚えたのだよ」

「そう……だったの……」


 それで、リチャードの話す大陸語に訛りが感じられたのだ。

 見知らぬ世界で未知の言語を学ぶというのは、よほどの苦労があったに違いない。レイチェルは、ベスがいてくれたことを感謝したい気持ちだった。


 やがて、シャトルリフトが停止し、電子音と共に扉が開く。リフトを降りるとそこは大きなホールだった。

 壁には巨大な地図や絵画が掛けられており、所々にテーブルや椅子が置いてあるが、基本的にはがらんとしていて、天井も二階分の高さがある。他に通路などもなく、突き当たりに大きな扉があるだけである。そして、それが司令室への入り口だった。

 リチャードは足早にホールを通り抜けその扉に向かった。レイチェルも後ろをついて行く。

 司令室の中に入ると、薄暗い非常灯の中、さまざまなコンピューターのコンソールやスクリーンなどが所狭しと備え付けられているのが見えた。レイチェルも一度だけ見学に連れて来てもらったことがあり、見覚えのある場所だった。

 向かって右側が正面であるらしく、壁いっぱいに巨大なスクリーンがいくつか取り付けられていた。

 そして、コンソールや小型のスクリーンなど、様々な装置の取り付けられた長いワークステーションが3列に並び、そこを持ち場とする兵士のために椅子がいくつも並べられていた。さらにその後ろは、やや高い位置にステージが設けられ、そこに、司令官用の机、作戦用テーブルや、いくつかの装置が置かれていた。


「おお……」


 リチャードは、感嘆とも歓喜ともつかない声を上げ、満足そうに司令室内を見渡した。


「フッフッフ。ここは何の損害も受けていないようだな」


 彼のその様子に、レイチェルは嫌な予感が湧き上がるのを感じた。


「ね、ねえ、こんなところに来て何をするつもりなの?」

「まあ、黙って見ていろ。管制コンピューター起動!」


 リチャードが、声を張り上げてコンピューターを呼び出す。


 すると、


「管制こんぴゅーたー起動シマス」


 という機械的な音声が室内に鳴り響き、同時に、司令室内の照明が点灯した。おそらくコンピューターの画面やスクリーンを見やすくするためだろう、照明の光度は低い。それでも、非常灯の暗さに慣れてしまっていたレイチェルはまぶしさのあまり手をかざした。そして、さまざまな機器やスクリーンなどの電源が一斉に入ったらしく、そこかしこで光が点灯し、非常灯の薄暗い光だけだった司令室を彩った。さらに機器の動作音や、ピッピッという電子音などが鳴っている。司令室は完全に生き返ったかのようだった。


「起動完了シマシタ」

「いいぞ。実にすばらしい。全く当時のままではないか。わが国の科学力も捨てたものではない。40年も探した甲斐があったというものだ。ワッハッハ」


 リチャードは勝ち誇った高笑いを響かせた。


「よろしい。現在の基地の被害状況を報告せよ」

「集計中……。基地ノ45%ガ地面ニ埋没、53%ガ水没シテイマス。研究棟3階ヨリ上部ガ損失。動力供給ガ正常値ノ45%。しーるど異常ナシ。浸水ナシ」

「兵器システムに異常はあるか」

「兵器しすてむニハ異常アリマセン。タダシ、みさいるさいろ、みさいるらんちゃーガ埋没シテイルタメ、発射デキナイ恐レガアリマス」

「発射できるミサイルサイロとランチャーを確認しろ」

「確認中。第1カラ第5番さいろマデハ発射不可。第6カラ第8さいろハ発射可能デス。みさいるらんちゃーハ、第3番ト8番ダケガ使用可能デス」


 それを聞いて、リチャードは満面の笑顔になる。


「フフフ、これは思ったよりも悪くない。いや、一万年も放置されて、しかも埋没した状態でこれなら上出来だな」


「リ、リチャード、一体何をするつもりなの……?」

「知れたことだ。この国の無能どもに天罰を与えてやるのだよ」


 彼は、浮き浮きしていると言ってもいいぐらいの機嫌のよさであった。

 だが、レイチェルの方は全くそんな気分ではなかった。


「天罰? ど、どういうことよ?」

「フン、こんな原始人たちのことだ。アルティアにミサイルの一発でも撃ち込んでやれば、天の怒りだと恐れおののき、私を神だと崇め奉るだろうよ。ちょうど、ミサイルの発射テストもせねばならないところだ。まさに一石二鳥ではないか。クックック」


 単なるテストのために街をミサイルで攻撃するという行為が、いかにもよくできたジョークであるかのように、酷薄な笑いを浮かべるのを、レイチェルは半ば呆然と見つめた。


「あ、あなた、一体、何を言って……」


 レイチェルは、自分の耳が信じられなかった。何か良からぬたくらみがあるのだろうと予想はしていた。が、いきなり街にミサイルを撃ち込むつもりだとは思ってもいなかったのだ。アルティアのような大都市にミサイルを撃てばそれこそ何万人の人間が死ぬのは間違いない。ロザリアの記憶で見た街の惨状が、レイチェルの脳裏に浮かんだ。


「じょ、冗談でしょ……?」

「冗談などではない。私はな、この40年というもの、この国の愚か者どもからないがしろにされ、しいたげられてきたのだよ。奴らにその借りを返さねばならん。街の一つくらいは滅びてもらわなければな」


 多数の人間を殺してしまうことに何のためらいもないどころか、むしろそれが当然であるかのように言うリチャードに、レイチェルは心に引っかかっていたわだかまりも忘れ、感情をほとばしらせた。


「ほ、本気なの? ミサイルを撃つなんて……、あなた、自分の都合で何万人もの人を殺すことになるのよ。そんなの正気の沙汰じゃないわ!」

「何を言うか。これは天罰なのだよ」

「天罰、天罰ってさっきから言ってるけど、あなた自分が神にでもなったつもり? バカなこと言わないでよ」

「フン、この原始人どもにはそう映ることだろうよ。街が一つ消し飛べばな。ハハハ」

「そ、そんなの……、あんまりよ」


 もう、倫理に頼って説得しても仕方がないと思い始めたとき、レイチェルは一つ気がついたことがあった。


「それに……、そうよ、それに、あなたにミサイルの発射命令なんて出せるの? 私たちはただの研究員でしょ」


 ミサイル発射命令など基地の司令官にしか出せないことだ。たかが研究員がコンピューターに命令したところで、聞いてもらえるはずがない。非戦闘員である研究員に使用が許されているのは、せいぜい武器庫の武器ぐらいである。しかも、それですら非常事態中のみに限られているのだ。


 だが、リチャードは、唇の片側を釣り上げニヤリと笑うだけだった。


「フン、それはどうかな」

「それ、どういう意味?」

「まあ、見ていろ」


 そう言って、声を張り上げる。


「コンピューター、基地内の生存人員を確認しろ」

「基地内ニ生存シテイル人員ハ2名デス」

「私とレイチェルだけだな?」

「ソノトオリデス」

「よかろう。現在この基地は原因不明の攻撃により、地中に埋没、ならびに基地の人員のほとんどが死亡した。よって、軍基地運用規則の規定により、生存士官の中で一番位の高い私が指揮を取る。管制コンピューターは、以上を確認し、私の指揮下に入れ」

「状況確認中。基地ノ一部損壊ナラビニ埋没、ほすとこんぴゅーたートノあくせす不可。人員ノ著シイ減少ヲ確認。非常事態トミナシマス。軍基地運用規則第37条3項付則4aノ規定ニヨリ、りちゃーど・めいす大尉ヲ次ノ指揮官ト認メ、りとるわーす基地ハコレヨリめいす大尉の指揮下ニハイリマス。りとるわーす基地ヘヨウコソ、めいす司令官」


 このコンピューターの返答を聞いて、満足気にうなずいたリチャードは、悪夢のようにこのやり取りを聞いていたレイチェルを振り返った。


「……というわけだ。忘れていたかもしれないが、私は、お前と違って軍直属の研究員だったのだよ。指揮権には継承順位があってな。指揮権を持つものが死亡すると、その順位に従ってそれが委譲されることになる。現在この基地内にいる中では私が最高位の士官なのでな。だから私はこの基地を探し続けたのだ。40年かかったがな」


「……」


 レイチェルは、あっけにとられて言葉も出なかった。この手際といいい、全ては計画済みなのは明らかだった。


「これで、基地は私のものとなった。さあ、どうだ? 共にアルティアが消し飛ぶところを見ようではないか」

「ちょ、ちょっと待ってよ、リチャード」

「何だ? もう止めても無駄だぞ」

「そうじゃないの……。ねえ、いったいどうしてしまったの? なぜそんなに変わってしまったのよ? あなたはこんな人じゃなかったのに……」

「……」

「一体何があったの?」

「……」

「ねえ、教えて。何の復讐なの?」

「むう……」


 リチャードは、しばらくの間言うべきかどうか悩んでいるようだったが、


「……まあ、よかろう。時間の無駄だが、急いでいるわけでもない。そんなに聞きたいなら話してやる」

「ええ、お願い」

「そうだな……」


 リチャードは、しばらくの間何をどこから話すべきかを考えているようだったが、思いついたらしく、レイチェルに向き直った。


「では、そもそもの始まりから教えてやろう。これを見ろ」


 そう言って、上着の右手の袖を、肌が見えるように肘のところまでずらした。そして、その腕を前に突き出して、見るようにうながした。


「……っ!」


 レイチェルが息を呑む。リチャードの腕には肘から手首にかけて何やらどす黒い模様が見える。何を表す模様かは分からなかったが、模様の周りの皮膚が焼けただれた痕があった。その痕から考えて、その模様が焼きごてを押されてつけられたのは間違いがなかった。


「こ、これは……」

「これは罪人の烙印だ。私はこれを目覚めた日につけられたのだ」

「えっ?」

「私は、この世界で目覚めて、いきなり牢獄に入れられたのだよ」


 袖を元に戻しながら、リチャードが言った。


「そ、それどういうこと?」

「フン、思い出すのもはらわたの煮え繰り返る話だがな……」


 そういって、リチャードはこれまでのことを話し出した。それは、おおよそ、次のようなものであった。


 彼がこの世界で目覚めたのは、土砂崩れが原因だった。山の中腹に埋まっていたカプセルが土砂崩れのために土砂と一緒に流され、露出したらしい。目覚めたときは、基地も廃墟状態で、周りも全く見たことのない地形になっており、現状が理解できず、混乱した。そして、とにかくここがどこかが分からなければ話にならない。そう思って辺りを調べることにしたのだった。


 ところが、あまりに違う光景に呆然としながら、フラフラと街道を歩いていたら、馬に乗った騎士の一団に出くわしたのだ。リチャードは、まだこの時点では1万年後に目覚めたなど全く思いつきもせず、自分が単にどこかの山中に連れ去られた可能性を考えていた。それゆえに、鎧などを着て剣を携帯する一団を見て本当に驚いたのだった。


 おそらく彼が着ていた研究者用の白衣が目を引いたのだろう。彼らが話しかけてきた。だが、悪いことに、BICが動作していなかったせいで、リチャードは大陸語を話すことができなかった。そのため、騎士たちに怪しまれ、どこかに連行されそうになった。誘拐されると思ったリチャードは必死に抵抗するも、殴る蹴るの暴行を受け、その場に昏倒した。


 意識が戻った時、彼は、頑丈な鉄格子がはめられている石造りの牢獄に転がされていた。しばらくすると、お付きの騎士と共に、貴族のような身なりの者がやって来た。そして、鉄格子を挟んだ向こう側で、何やら羊皮紙のような巻紙を開き、相変わらず全く理解できない言葉で、リチャードに対する処分らしきものを読み上げた。すぐに、リチャードは牢から引き出され、別の部屋に連れて行かれた。そして、その部屋で暖炉の炎で赤々と焼かれた鉄の烙印を腕に押し当てられたのだった。激痛に叫びもだえるリチャード。だが、すぐにそばにいた神官らしき身なりの老人が、何やら祈りを唱えると、薄い緑色の光が彼の腕を包み、そして、痛みが消えたのだ。ただし、その烙印は消えなかった。


「それが、私が魔道を見た最初だった。それで私は、ようやく、自分が思ってもいない世界にいるのだと気がついたのだ」


 レイチェルはそれを聞いて、自分も同じ気持ちになったことを思い出した。クリスたちが魔道を使うのを初めて見たとき、ようやくこの世界のありようが見えてきたと思ったのだ。


 その後、リチャードは、荷馬車に載せられ別の場所に移された。そこは、巨大な宮殿の建設現場で、何百人もの人間が働いていた。リチャードも、朝から晩まで休みなく、来る日も来る日も奴隷のように強制的に働かされた。そして、そこで、彼は大陸語を覚えたのだった。


 結局、そこにいたのは1年ほどだった。屋敷が完成し、放免されたのだ。


「それから私は、廃墟となったセントルース基地に戻った。他の労働者から、私たちの時代の物品が、闇市場で高額で取引されていることを聞いていたのでな。そこで、基地から高く売れそうなものを持ち出しては売りさばいていたのだ」


「そして、私はいつの間にか大金持ちとなり、それと同時にリトルワース基地を探し始めた。これは思ったよりも困難だった。なにしろ、私のBICが壊れている上に、この呪われた時代ではろくな地図もなく、しかも地形も変わっているからな。だが、その過程で、さまざまな『旧文明』遺跡を発掘することになった。私にとっては、リトルワース基地以外の建物を発掘したところで、何の役にも立たないのだが、この国では遺跡を発掘すると功績とみなされるのだ。そして、いくつかの遺跡を発見したことで、私は有名になった。だが、私のおかげで遺跡が発掘され、旧文明の研究も進んだはずなのに、この国のやつらは、私に一番下の爵位と、辺境の領地しか与えなかった。しかも、『国王陛下のお慈悲により、貴殿はアルトファリア国内の旧文明遺跡の調査を行うことを許可される』というお墨付きまで送ってよこしたのだ。やつらの言う『旧文明』のエリート科学者であった私にだぞ、私の時代の建物の発掘をいちいち許可してやるなど片腹痛いわ」


 話しているうちに感情が昂ぶってきたらしく、どす黒い顔が赤みを帯びてきた。そして、口調がだんだんと激しくなる。


「しかも、私は、きゃつらの言葉が母国語ではなく、出自も不明ということで、宮廷内でもないがしろにされてきたのだ。おまけに、貴族政治という太古のシステムのおかげで、能力が高くともまともな地位を得ることもできん。それにな、お前は、まだこの世界に来たばかりで知らんだろうが、魔道などという馬鹿げた力のせいで、科学が蔑まれているのだ。知っているか? この国の学者どもは、簡単な科学法則も知らんのだぞ。そのくせ、学ぼうとするどころか、科学を悪魔の技のように考えているのだ。一度、宮廷で火薬の実験をして見せてやったら、邪神教の使徒とみなされ、危うく投獄されるところだったのだ。愚か者どもめが」

「……」

「しかも、この国の貴族は、何かしらの魔道のたしなみがあるのが普通なそうなのだ。まったくもって下らん話だ。おかげで、魔道が一切使えない私は、完全な異端であり落伍者なのだよ。私の知識と能力があれば、科学を大きく発展させ、その結果この国も栄えるであろうに、この国の無能な野蛮人どもは、私をまるで出来損ないのように見下し、さげすんできたのだ」


 これまでつもり積もった鬱屈した感情が一気に吹き出したかのように、リチャードがまくし立てた。


「どこで人類が道を間違えたのかは分からないが、我々の時代から一万年も経って、この程度の世界しか作り上げられないなら、一度リセットしたほうがいい。そして、科学主導の世界を作り上げるのだ。そのために、私はこの基地を探し続けた。そして、ようやく見つけたのだ。私はこの基地を使って、まずは魔道などという馬鹿げた力の元締めであるアルトファリアを滅ぼしてやる。そしてこの世から魔道など消し去ってくれるわ。そうすれば、原始人どもも、思い知るだろうよ、自分たちがバカにしている科学、そして、それを使いこなす私がいかに強大な力を持つかをな。いいザマだ。ワハハハハ」


「……」


 感情の高ぶりを押さえることができず 狂ったかのようにヒステリックに笑い出したリチャードを、レイチェルは悲しみと、そして、探るような目で見つめた。


(……おかしいわ。あまりにもリチャードの性格からはかけ離れている……)


 40年の間に性格が変わることはあるだろう。それに、話を聞けば、つらい経験をしているのも間違いない。しかし、これは限度を越えている。リチャードは理性的な科学者だったのだ。たとえ、復讐が要因となっても、その基本的な心的傾向がこれほどに変化するとは到底思えない。せいぜいが自分が恨んでいる人々に対する復讐だろう。それが、都市一つ、国一つを大多数の無関係な人間を道連れにミサイル攻撃で滅ぼすなど、どう考えても理解できなかった。それに、リチャードの考え方や言動には、どこか病的なものが感じられる。


(ベス、リチャードをスキャンして。何か異常がない?)

(確認中……。脳内に、有害物質の痕跡を発見しました。命に別状はありませんが、脳に悪影響を及ぼしています。原因は、BICです)

(それ、どういうこと?)

(本来なら、BICは害のない物質で作られているのですが、長年停止したまま放置されたため想定されていない化学反応が起こり、有害物質となって微量ですが漏れ出しています。ただ、それも通常なら影響のないレベルですが、40年という長い期間で蓄積してきたため、心身に影響が出ています)


 BICが完全に停止してしまって、数十年放置したらどうなるかなど分かってはいない。なにしろ、BICのテクノロジー自体が、その程度の長さでしか使用されていないし、放置されるなどあの時代なら考えられないことだからだ。

 BICは、脳の補佐や調整を行うために埋め込まれている。しかし、動作が停止してしまったら、BICはただの金属の固まりとなる。つまり、その時点から脳は異物を中に抱え込むことになってしまうのだ。


(そう……。ありがとう)


 おそらく、BICの故障による影響が、恨みつらみに拍車をかけ、妄執というべき復讐への執着を生んだのだ。

 

「どうしたのだ、黙って。私の考えていることが、理解できたかね。よろしい。では、ミサイル発射準備」


 リチャードの運命について考えに沈んでいたレイチェルだったが、彼がミサイル準備に取り掛かったところで、我に返った。


「リ、リチャード、お願いやめて、ミサイル発射なんて」


 すがりつくように懇願するが、彼は全く聞く耳を持たなかった。


「大昔のこととはいえ、お前と私は特別な関係だった。私に従ってついて来るならそれなりの待遇を約束しよう。科学者は多いほどいいからな」

「そんな……。いやよ、こんな人殺しの手伝いなんて」

「フン、なら、そこでおとなしく見ているんだな。この役立たずが」


 ためらうレイチェルにバカにしたような視線を向け、言い放った。


 ここに至って、レイチェルはもうリチャードを止めることができないと悟った。自分の説得など何の役にも立たないのだ。もう自分の存在自体が、彼にとって紙ほどの重さもないことを知った。


「ミサイル発射準備。まずは通常弾頭でいいだろう」

「了解。みさいる発射準備ニハイリマス」


 リチャードは、これからミサイル攻撃をすることに愉悦を感じているように喜々として、指示を与えている。


(なんとかしなきゃ……。このままでは本当にミサイルが発射されてしまう)


 焦るレイチェル。だが、そのとき、思わぬところから、天の助けが差し出された。


「えらー発生。衛星軌道上ノ全惑星測位しすてむカラノ反応ガナク、マタ、付近ノ地形ガ著シク変化シテイマス。コレニヨリみさいるノがいだんす・しすてむガ使用デキナイタメ、発射ガデキマセン」


 ミサイルを正確に目標まで誘導するためのガイダンス・システムは、衛星の全方位測位システムによって行われている。衛星がないこの時代では、当然それが使えない。その場合は、地形に基づいて基地から誘導すればよいのだが、この一万年の間に地形自体が著しく変わっているため、それもできないのだ。


(もしかしたら、ミサイルが発射できないのかしら……)


 レイチェルの胸に、一縷の希望がわいてきた。ミサイルさえ発射できないなら、この基地の脅威は一気になくなる。

 だが、そこまでうまくは行かなかった。


「ちっ。そうか、そうだったな。では、地形確認のため、小型偵察機を出せ」

「了解。六番射出口カラ発進サセマス」

「地形データ収集までどれぐらいかかるのだ」

「でーた収集ニ50分、しすてむ調整ニ30分程度必要デス。ソノ後、スグ発射ガ可能トナリマス」

「よろしい。まあ、これまで40年も待ったのだ。それぐらいは、待っても構わん」


 リチャードは、失望の表情を見せるレイチェルに向かって肩をすくめた。


「ここまできて、下らぬ齟齬そごをきたすものだな。まあ、いい。どれ、司令室の中でも見て回るか。私もしばらくの間ここにいることになりそうだからな。ククク」


 そして、陰鬱な笑いを浮かべながら、司令室内を歩き始めた。


(そう……、やっぱり、甘くはないわね……)


 地形のデータさえコンピューターに入力できれば、ミサイルは発射できるのだ。

 ということは、やはり自分がミサイル発射を止めなければならない。しかも1時間と少しの間で。


(でも、どうやって……)


 レイチェルは、しばらくの間考え、心を決めた。


(ベス、クリスと話せる?)

(確認中……。通信可能圏内です)

(じゃあ、中継して)

(了解しました。どうぞ)

(クリス、クリス、聞こえる?)


 レイチェルは目を閉じて、強く念じた。

 すぐにクリスの声が返ってきた。


(レ、レイチェル? よかった。大丈夫かい?)

(ああ、クリス……。お願い助けて)

(ど、どうしたの……?)


 クリスの声には、心配そうな響きが感じられる。リチャードの凍りつくような態度にさらされていた後だけに、クリスの温かさは余計に身にしみた。


(クリス、よく聞いて。リチャードがこの基地のミサイルでアルティアを攻撃しようとしてるの。もう私では止められない。お願い、このままじゃ、アルティアだけでなく、アルトファリア全土が灰になるわ)

(……分かった。どうしたらいい?)

(この基地に入って来て。その後は、私が道を教えるから)

(分かった。今、見張られてるけど、何とかするよ。必ず行くから待ってて)


 そして、リンクが切れたことが感じられる。


(お願い、早く……)


 祈るような思いで、レイチェルは目を閉じた。




【次回予告】


レイチェルがコールドスリープに入った日、基地内で何が起こったのか。再生されたホログラム映像には、驚愕の事実が記録されていた。


「そうか、お前が発掘されたのは研究棟の3階だったな」


「着弾まで4秒、3、2、1……」


「まさか本当に……」



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第十七話「滅びの時」をお楽しみに。


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