ねじれた運命(挿絵あり)
クリスたちは、アルティアを早朝に出発し、その日の夕方、発掘現場に戻ってきた。
現場ではこの二日の間に、かなり発掘作業が進んでおり、ちょうど施設内への入り口が掘り起こされたところらしく、扉が完全に露出していた。
扉は地面よりも下に埋まっているため、行き来しやすいようにすこし手前から扉に向かってなだらかなスロープ状に土砂を掘り下げてある。何人かの村人が、そのスロープを広げようと作業を続けており、その様子をエドモンドとリンツが見守っていた。
「やあ、おかえりなさい」
クリスたちが扉に近寄っていくと、リンツがクリスたちに気づいて声をかける。
「あ、ただいま戻りました」
「見てください。入り口を見つけたんですよ!」
リンツは興奮した声で地面の下に見える扉を指し示した。
「おお、もう全部掘り出してるじゃねえか」
グレンがスロープの脇にしゃがんで、扉を見下ろしながら言った。
「これで中に入れやすぜ。レイチェルさんにとっても久しぶりの我が家ってやつですな」
エドモンドもうれしそうにニヤっと笑う。
「え、ええ。そうね……」
にこっと微笑を返すレイチェル。しかし、その微笑みは幾分こわばっていた。
(とうとう、ここまで来てしまった……)
研究室のドアが掘り出されてしまった以上、次は中に入って調査となるだろう。火薬も持たない文明に、大量破壊兵器を持つ軍事基地を明け渡すということが、どのような結果をもたらすのか、レイチェルには想像もつかなかった。
悪いことに、出土した扉はそれほど厳重なロックがかかっているわけではなかった。屋外から施設へ入る入り口ならそう簡単に開けることができない機構になっている。しかし、この現場は元はレイチェルの研究室内であり、この扉は研究室から廊下に出るためのものに過ぎない。そのため比較的簡単なチェックだけで廊下に出られる仕組みになっていた。
もちろん、中に入れたとしても、この基地の設備は誰でも使えるわけではない。主要な機器を操作するにはID認証があるし、そもそも原理がわかっていなければ何の機械かすら分からないだろう。しかし、この時代の人間は、科学力が低いだけで、知能が低いわけではないのだ。しかも、自分の時代では夢物語だった魔法を使うことができる。したがって、もしかしたら思いも寄らない方法で作動させることもできるかもしれない。油断はできなかった。
だが、不安を感じる一方で、一万年前に起こったことの手がかりがこの基地で分かるかもしれないという期待も抱いていた。なぜこの基地からミサイルが発射されたのか、そして、どうして自分が一万年も放置されたのか、調べられるものなら調べたい。
(どうしたらいいのだろう……)
この相反する思いに、どうすることが正しいのか、レイチェルは決めかねていた。
「おお、みんな無事に戻って来たか。ご苦労さん。で、ヴェルテ神殿は、どうだったんだ。何か新たな発見でもあったか?」
ウォルターも、クリスたちの帰還に気がついたようで、にこやかに手を振りながらそばに近づいてきた。
「父さん、すごい土産話があるよ」
「ほう」
「ロザリアはね、千年前に眠りについたあと、その52年後にいったん目覚めてるのよ」
パルフィが、得意そうに言った。
「何だと」
「何ですと」
「ほ、本当ですか、それは?」
ウォルターと、そばで話を聞いていたエドモンドとリンツは、一様に驚いた顔をした。
クリスがかいつまんで説明する。
「ふうむ。そんなことが……」
「隊長、これはこれまでの伝説を覆す大発見ですぜ」
「そのとおりだ。レイチェル殿、詳しくはまた後でお聞かせ願うとして、まずはお礼を言わせてください。あなたのおかげで、これまでのたった2週間程度で、数十年分の研究が進みました」
「いえ……」
「このあと、準備が整い次第、扉を開けていよいよ中に入ろうと思います。ご案内いただけますか?」
「……ええ、分かりました」
「あ、その前に、レイチェルさん、扉の開け方をご存知ですかい?」
エドモンドが苦笑いでレイチェルに尋ねる。
「えっ?」
「いえね。さっき、試しに扉を開けてみようとしたんですが、うまくいかなかったんでさあ」
「そうなんですよ、これまで発見された遺跡と違って、開閉ボタンもないですし」
(そうか。この人たちは生体認証システムを知らないんだ……)
扉の横にあるパネルに掌を当てて、掌紋とDNAからID認証を行い、通れば扉が開くようになっていた。おそらく、ウォルターたちは、その使い方を知らないのだろうと思った。それに、彼らは、データベースに登録されていない。そのため、認証コードが必要となる。そして、そのコードを知らない以上、レイチェルしか扉を開けることができないのだ。
(なんとか、先に自分だけ入るように話を持っていけないかしら……)
全ての機密を破棄するのは自分にはできないにしても、基地内の主要な扉にロックをかけるとか、通路内の隔壁やシャッターを下ろすなどして、発掘隊の行動を制限することはできるはずだ。そのために、まずは一人で基地に入り、発掘隊が捜索しても差し支えがないように準備がしたい。そう考えていたときだった。
突然、クリスたちの背後、スロープの少し後方で、何かが光った。
一同が振り返ると、大きな光の玉が光り輝いているのが見える。
「あれは……、テレポート呪文の光だわ」
「誰か来たようだな。おそらくグスタフ殿だろう」
光が消えると、空間に穴のようなものが開いており、そこから魔道士が3人と、そして、グスタフが現れた。パルフィの言う通り、テレポートしてきたのだ。
「これはグスタフ殿」
ウォルターが軽く手を挙げて、グスタフに呼びかける。
「ちょうど良いところにおいでいただいた」
だが、グスタフは、ウォルターの声が全く耳に入ってこなかったかのように無視して、声を張り上げた。
「皆のもの。ベルグ卿のおなりである。控えよ」
「おお、ベルグ卿もお越しですか」
ウォルターたちと村人たちは、スロープから離れて、グスタフの下に集まり、ひざを付く。クリスたちも慌ててそれに従った。
(ベルグ卿って、昨日言ってた人?)
レイチェルがクリスの隣にしゃがみながら、ヒソヒソと尋ねる。
(うん、そうだよ)
(すっごいヘンなやつだから、あんまり見ちゃダメよ)
(へえ、そうなの?)
一同が、ひざまずくのを確認して、グスタフも空間の穴のそばに片ひざを付いて頭を垂れる。
「閣下」
そして、空中の穴から一人の男性が飛び降りた。ベルグ卿だった。
「閣下、おいで頂き、恐縮でございます」
ウォルターが、ひざを付いたまま、ベルグ卿に挨拶して頭を下げる。
「ウォルター、これまでの成果を見に来たぞ。棺から旧文明人を見つけたそうだな」
「はっ。それに、遺跡への扉を見つけました」
「なんと、それは誠か?」
ベルグ卿が驚いた声を出す。
「は。ちょうど今、扉を開けて中に入る算段をつけておったところにございます」
「むう。扉はどこにある?」
「こちらでございます」
ウォルターが立ち上がって、扉の方向を指し示しながら、案内しようとすると、ベルグ卿が手を振った。
「いや、かまわん。その方たちは控えておれ」
そういい置いて、ベルグ卿が、ひとかたまりになって控えているクリスたちの横を通り、扉へのスロープに向かって歩き出す。グスタフとお付きの魔道士たちは当然のように、ベルグ卿の後ろについていく。
「は……」
おそらくウォルターは、発掘調査の専門家ではないベルグ卿やその他の有象無象に貴重な発見をうかつに触られたくないという思いがあるのだろう、やや承服しかねる様子を見せたが、そう言われては従うほかない。しゃがんで片ひざを付いた。
そのときだった。
「----っ!」
不意に、レイチェルが大きく息をのむ音がクリスの耳に飛び込んできた。
クリスが何事かと隣を見ると、レイチェルが引きつった顔で、よろよろとふらつきながら立ち上がったのだ。
「ど、どうしたの?」
クリスが話しかけるが、レイチェルは反応もしない。
そして、
「う、うそ……、ま、まさか、そんな……」
うわごとのようにつぶやく。その目は、信じられないものを見たかのように大きく見開かれており、扉に向かって歩くベルグ卿を凝視していた。
「こら、貴様、卿の御前であるぞ。控えよ、無礼であろう」
お付きの魔道士の一人がそれに気がついて立ち止まり、レイチェルを指差して、厳しく叱責する。
「レ、レイチェル、立っちゃダメだよ。座って」
クリスがレイチェルの腕をつかんで、懸命に座らせようとするが、彼女の耳には届いていなかった。ひたすら、ベルグ卿の姿を追い、食い入るように見つめていた。
「うそよ……、こんな……、こんなことって……」
「どうしたのよ、一体。レイチェル? レイチェル?」
パルフィもクリスの後ろから、何度も呼びかけるが、レイチェルはそれに一切反応せず、茫然自失の状態でベルグ卿を見入っていた。
そして、ひとりごとのように、ある名前を口にしたのだ。
「ああ……、リチャード……」
クリスたちは驚愕した。
「リ、リチャード?」
「それって、レイチェルの恋人?」
「え、でも、それは目覚める前の話じゃ……」
「なんだと?」
ウォルターも驚いた表情でレイチェルを振り返る。
レイチェルは、かつての恋人、いや、自分にとってはつい2週間ほど前まで恋人だった男の老いた姿を、顔面蒼白で見つめたまま立ち尽くしていた。
リチャードは生きていた。
しかし、自分よりたった二つ上だった恋人は、老人になっていた。
しかも、まったく別の人格になったかのような変貌ぶりであった。あの優しかった眼差しは、冷たく、不満と怒りに燃え、陽気で無邪気な微笑みは、不機嫌で、見るものに恐れと不快感を与える嫌悪感に満ちていた。
もう、自分の見覚えのあるリチャードの面影は、きわめて表面的な顔の造作だけである。
「あぁ……、リチャード……」
レイチェルは、両手を激しく握りしめ、うなされたかのように、彼の名前を呼ぶことしかできない。
「だが、なぜだ? レイチェル殿とリチャード殿は、同じぐらいの年ではなかったのか ……?」
ミズキがクリスたちに問う。
「そうよ、二つ上って言ったわよね。これだと、四、五十才ぐらい違うじゃない」
「ベルグ卿は、確か御年六十数才と聞いているが……」
ウォルターも信じられないという表情で、ベルグ卿に視線を移した。
「だが、それじゃあ、あいつはレイチェルより40才も年が上ってことか」
「なんで? 計算合わないわよ」
呆然としていたレイチェルに、クリスたちの疑問が聞こえてくる。しかし、レイチェルには、その答えはとっくに分かっていた。
リチャードが40も年をとった理由。
それは、彼が自分より40年も前にこの世界で目覚めたからだ。
あの日、コールドスリープカプセルに入る予定だったとは聞いていない。しかし、何らかの事情でそうなったのだ。
何という運命のいたずらだろう。共に一万年もの長い眠りにつきながら、最後に目覚めるタイミングがほんの少しずれただけで、これほど大きな差になってしまうとは。
「リチャード……、ああ、どうして……」
レイチェルは、我知らず涙を流していた。
この世界に目覚めてからここに至るまで、様々なことが起こり、自分はそれを受け入れ、乗り越えつつあると思っていた。だが、これはあまりにも思いがけない、悲しい邂逅だった。
「ん、どうしたのだ、騒々しい……」
そして、また、ベルグ卿もレイチェルに気がついたようだった。背後の騒ぎに振り向いたベルグ卿だったが、最初は、立場をわきまえない不埒な村人が自分を見ているのかと思ったのか、虫けらでも見るような冷たい目で、ひとり立ちすくむレイチェルをにらみつけていた。しかし、突然、理解が頭に訪れたかのように、目が大きく開かれ、わなわなと肩が震えだした。
「お、お前は……、レイチェル……。い、生きていたのか……」
二人の視線がぶつかり合う。一体どんな思いがリチャードに去来したのか、その表情は、深い苦痛にひきゆがんでいた。リチャードにとってはこれが40年ぶりの再会である。
しばらくの間、リチャードの顔には、激しい動揺の色が見えたが、やがてそれも消え、大声で笑い出した。
「ふはははは。そうか、ここで見つかった旧文明人というのは、お前だったのか。それなら、ここが私の探し求める場所だったというわけだ。はははは、とうとう見つけたぞ」
そして、また笑い出した。それは、不快なものを感じさせる哄笑といってもいい。そして、同時にレイチェルは何か強い訛りのような、耳慣れない発音と抑揚を感じ取っていた。
「まさか基地が湖の底に埋れていたとはな。どうりで見つからなかったはずだ」
「リチャード……」
そのあざ笑うかのような哄笑も、あまりにも自分の知っているリチャードとは違う。恋人の変貌ぶりに、レイチェルは心を失ったかのように立ち尽くす。
「よかろう。レイチェル、こちらに来るのだ。お前とは積もる話もあるからな。グスタフ!」
「はっ」
「お前は魔道士たちと共に、ここでこやつらを見張っておけ。私はレイチェルと共に中に入る」
「ははっ」
それを聞いて、それまで黙っていたウォルターが声を張り上げた。
「卿、遺跡の中に入られるおつもりですか。危険です。まだ中に何があるかも分かっておらんのですぞ。いくらレイチェルをお連れになるといっても……」
「フン、中に何があるかはよく知っておるさ」
「な、何と申された?」
「言ったとおりだ。私はこの施設には少々見覚えがあるのだ」
「そ、それでは、私たちもご同行をお許し願いたい」
「それはならん。中にさえ入れれば、貴様たちなどに用はない」
「ベルグ卿!」
「グスタフ、もしこやつらが妙なまねをしたら、かまわん、全員殺せ」
「はっ」
「な、何ということを……」
「おまえたち。その女を連れて来るのだ」
ウォルターにはそれ以上取り合わず、ベルグ卿はスロープの近くで控えていた魔道士に命じた。
「かしこまりました」
お付きの魔道士たち二人が、レイチェルのところまで行き、両側から腕を掴んで無理やり連れて行く。
「きゃっ」
手荒な扱いを受けて、レイチェルが小さく悲鳴をあげる。
それを見て、クリスが腰を浮かすが、ウォルターがクリスの腕をつかんで引き留めた。そして、小声で言う。
「今は我慢しろ」
クリスはウォルターをちらっと見て、こぶしを握り締めたまま、しかし何も言わずに再び腰を下ろした。
魔道士たちは、半ば引きずりながらレイチェルをスロープのところまで連れて行き、そこで手を離したが、レイチェルは扉のそばにいるリチャードに近づくのをためらった。
それを見た魔道士の一人が、
「さっさと閣下のおそばに行かんか」
と言って、背中を突き飛ばす。
よろよろと、そばに寄るレイチェルの腕を、今度はリチャードが掴んで引き寄せた。
「来るのだ」
そして、彼は、レイチェルの腕をつかんだまま、扉の方に向き直り、横にある半透明の板に手のひらを当てた。
すると、軽い金属のような音が鳴り、シュッという気体の漏れるような音とともに、ドアが自動で開く。
「ドアが開いた!」
驚きの声を上げる、リンツ。
その声に気がついて、リチャードが肩越しに視線だけを向けた。そして、見下すように
「フン、原始人どもめが」
と吐き捨てるように言って、レイチェルとともに中に入っていった。
しばらくして、ドアがまた自動で閉まる。
思わぬ展開に、ただ扉を見つめる一同。
「なんということだ……」
ウォルターがつぶやいた。
【次回予告】
再会したリチャードは別人のように変わってしまっていた。そして、レイチェルはリチャードがこの基地を探していた本当の理由を知る。
「それじゃ、この世界の言葉は……」
「……あの日、何が起こったのか知ってるの?」
(ああ、クリス……。お願い助けて)
次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」
第十六話「継承者」をお楽しみに。