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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
46/157

思いの丈(たけ)(挿絵あり)

 その晩、クリスたちはレイチェルともどもギルド宿舎で一泊した。


 これまでは5人部屋だったが、今回はレイチェルもいるため、宿舎のおかみさんドナに頼んで6人部屋を取ってもらったのだ。

 しかも、これはレイチェルのための視察旅行ということで、あらかじめウォルターから、潤沢な滞在費を貰っていた。そこで、奮発して普段よりかなりグレードの高い部屋にしたのだった。

 3人用の寝室が2つに、広い居間がついている大きな部屋で、ソファーも絨毯もふかふか、調度品も豪勢である。


 ヴェルテ神殿を出てしばらくの間、レイチェルはかなり気分が沈んだ状態で、ふさぎ込んでいたが、宿舎の食堂でこちらも奮発したおいしい食事を取り、風呂に入って、居間でくつろぐ頃には、かなり気持ちが落ち着いたようだった。


「はあ、なんだか生き返るわあ」


 クッションを胸に抱えながら、リラックスした表情でソファにもたれかかる。


「夕食もすごく美味しかったし、お風呂もあるし。ここはホントに快適ね」


 発掘現場の小屋生活は、不自由を感じることはあまりなかったが、それでも野外の生活であり、ちゃんとした宿舎に泊まれることがレイチェルにとってはことのほか嬉しいようだった。


 クリスたちも、それぞれにソファに座ったり横になったりして、思い思いにくつろいでいる。


「まあ、小屋の生活も長く続くと、たまにはこういうのもいいよね」

「まったくだぜ」

「同感だ。現地ではなかなか気の休まる暇もなかったからな」


 ミズキは、一人掛けの木の椅子に座り、背にもたれもせず、ピンっと背筋を伸ばして、何やら小難しい書物を読んでいた。


「気の休まるって……、ミズキ、それでも休んでるのか? よけい疲れそうだが……」

「ん? そんなことはないぞ。これでもゆっくりさせてもらっているつもりだが」

「そ、そうか。いや、ならいいんだ」


 まあ、人それぞれか、という様子で引き下がる。グレン自身は、肘掛けを枕に二人用のソファに寝転がっていた。


「まあ、これもあのベルグ卿のおかげよね」


 それがいかにも皮肉であるかように、ニヤリと笑ってパルフィが言った。


「そうだね。ここの滞在費もベルグ卿の資金から出てるんだろうし」

「あら、ベルグ卿って誰なの?」

「ああ、レイチェルはまだ会ったことなかったんだね。父さんの発掘調査に資金を出してくれてる貴族だよ。ものすごく旧文明の遺跡に興味があるんだって」

「へえ」


 パルフィが身を乗り出す。


「それがさあ、ものすごい感じ悪いヤツなのよ。一回しか会ったことないんだけど、あんまり会いたくないタイプだわね」

「そうなの?」

「うーん、変わった人というかちょっと不気味な感じはするかな……」


 そう言って、クリスが、先日ベルグ卿と会った時のことを説明した。


「まあ、また視察には来るんだろうから、レイチェルもそのうち会えるよ」


 クリスは微妙な微笑みを見せた。


「ふーん」

「あっ、いっけない。忘れてた」


 不意に、パルフィが大きな声を出して、立ち上がった。


「ん? どうしたの急に?」

「明日の朝、早く出るんでしょ? 朝食頼んでこなくちゃ。それに、お弁当も作ってもらえないか聞いてみる」

「ああ、そういえば、そうだね」


 早朝に出発する場合、宿舎の朝食は前日の夜までに注文しておかなくてはならなかった。クリスたちは、暗くならない内にフィンルートに到着するために、明日の朝早くに出るつもりだったのだ。


「よく思い出したね。もう少しで朝食抜きで出かけなくちゃならないところだったよ」

「さすが、パルフィだな。頭の中は食いもんのことばっかりだな」

「……グレン、アンタ、朝も昼もご飯がいらないようね」

「ゲッ、ウソだって」

「まあいいわ。じゃあ、あたし、ドナさんに言ってくるね」

「ああ、頼むよ」


 パルフィは急いで部屋を出て行った。


「……そういえば、気分は落ち着いたみたいだね?」


 パルフィを見送って、クリスはレイチェルに話しかけた。


「ええ、そうね。ロザリアの記憶のこともあるけど、その前に、この世界に目覚めてからもいろいろあったじゃない? アルティアに連れてきてもらって、気晴らしにもなったし、何か覚悟も決まったわ。もうここで生きていくってね」

「レイチェルさんは、お強いんですねえ」

「全くだな」

「そんなこともないんだけどね。ロザリアの生き様をみると、私も頑張らなくっちゃってね。ここで、いろいろ考えながらゆっくりさせてもらったら、だいぶ気が楽になったわ」

「なら、レイチェルもベルグ卿に感謝しないとね」


 冗談目かして、クリスが笑う。


「えぇ? 私、さっきの話を聞いて会うのも気が引けるんだけど……」

「ははは、そうだよねえ」


 それからしばらくの間、何をするでもなくおしゃべりをしながらくつろいでいると、勢いよくドアが開き、パルフィが戻ってきた。なぜか、目をキラキラと輝かせている。そして、何かすぐに教えたい知らせがあるようで、いきなり熱心に話し出した。


「ねえ、みんな、ちょっと聞いてよ。今ね……」

「ああ、パルフィ、お帰り。悪いねわざわざ注文してきてもらって」

「え、ええ。いや、そんなことはどうでもいいのよ。それよりさあ、今ね……」


 だが、パルフィはそこまで言いかけて、ふと何かいいアイデアでも思いついたかのように、急に話すのをやめた。そして、ニンマリとした表情でグレンに話しかける。


「ねえ、グレン。いいこと教えてあげようか?」


 だが、ソファに寝転がっていた当のグレンは面倒くさそうにするだけだった。


「あ? どうせつまんねえことだろう? まあ、そんなに聞いて欲しけりゃ、聞いてやってもいいがな」

「あ~、ひど~い。せっかくエミリアさんがさあ……。あ、何でもないよ、ごにょごにょ」


 わざとエミリアの名前を出して、グレンが気になるように持っていこうとするのがありありと見える。

 しかし、効果はてきめんだった。


「ちょっと待て、エミリアがどうしたって言うんだ?」


 グレンはエミリアのことだけに、釣られるしかないようで、がばっと起き上がり、パルフィに向き直った。


「え、なによ? あたしの話なんて聞きたくもないんでしょ?」


 いかにも、グレンが食いついてきたのが嬉しい様子で、ニヤニヤするパルフィ。


「くっ」


(ねえ、エミリアってだれ?)


 その様子を見ていたレイチェルが、隣に座っていたクリスにヒソヒソと尋ねる。


(エミリアさんは、ルティのお姉さんだよ。前に会った時、どうもグレンが一目惚れしたみたいでね)

(へえっ、そうなんだ)


「パ、パルフィ、悪かった。ぜひ聞きたいから教えてくれよ」


 パルフィ相手にあっさり負けを認めるグレン。


「ほう、恋の魔力とはかように強いものなのだな……」


 それを見てミズキが感心してつぶやく。


「ふーんだ。別に無理してなんて聞いてほしくないし。あ、でもルティには、ちゃんと言っとかなくちゃいけないから」


 そう言って、パルフィはルティの隣りに座ってごにょごにょと耳打ちする。


「え、そうなんですか?」


 驚いた声をあげるルティ。


「そうなのよ、すごい偶然でしょ」


 そう言って、チラッと意味ありげにグレンを見る。

 ここで、グレンがもう我慢できないとばかりに泣きをいれた。


「パルフィさん、すみませんでした。オレが失礼なことを申し上げました。反省してますんで、ぜひ教えてください」

「もう、しょうがないわねえ。これからはあたしの言うことはありがたーく聞くのよ」


 パルフィが調子に乗って、ニヤニヤしたままえらそうに言った。


「グッ、わ、分かりました」


 ここまで言われて、流石に腹に据えかねる様子だったが、これも堪えるグレン。


「ほう、これも堪えるとは……」


 ミズキがさらに感心する。


「ま、いいわ。教えてあげる。えとね、エミリアさんね、今この宿舎の診療室にいるわよ。さっき廊下で会ったのよ。ここの救急回復士が急用で、代わりに呼ばれたんだってさ」

「何だと! よし、ルティ、行くぞっ」


 パルフィが言い終わるか終わらないかで、グレンがものすごい勢いで立ち上がる。


「は、はいっ」


 ルティもつられるように慌てて立ち上がった。


「ちょっと待ってよ、僕たちだって、挨拶ぐらいしたいんだから」

「焦らなくても大丈夫よ。明後日までここにいるって言ってたから」

「全く。少しは落ち着いたらどうだ?」


 ミズキも本を閉じて立ち上がった。


「私も行っていいのかしら?」


 レイチェルが遠慮がちに尋ねる。


「もちろんだよ。エミリアさんはいい人だからきっと気が合うと思うよ。それに、レイチェルも友達は多い方がいいでしょ」

「そうですよ。レイチェルさんもぜひ。姉も喜びます」

「そう? じゃあ、私もご一緒させてもらうわ」

「それがいいよ。よし行こう」





 さっそく、一行は宿舎の一階にある診療室を訪れた。クリスが、診療室のドアをノックすると、中から


「はい」


 というエミリアの声が聞こえてきた。ドアを開け中に入ると、患者は誰もいないようで広い診察室がガランとしていた。

 エミリアは机に向かって何か書き物をしていたが、訪れたのがクリスたちだと分かると、嬉しそうに顔をほころばせた。


「あら、クリスさん、それに皆さんも。お久しぶりですわね」


 そう言うと、エミリアは立ち上がり、丁寧に会釈した。


「今晩は、エミリアさん。お久しぶりです。その節はお世話になりました」

「こんばんは、エミリアさん」

「姉さん、久しぶり」


 ルティは、一瞬、姉に駆け寄ろうとしたが、やめて、代わりに軽くうなづいて見せた。

 エミリアはその様子にすこし成長の後を感じ取ったのか、うれしそうに微笑んだ。


「ルティ、久しぶりね。ちゃんと修行はしてるの?」

「うん。みんなの足でまといにならないように頑張ってるよ」

「うむ。むしろ私たちの中で一番熱心に励んでいるのはルティだな」

「そうそう。あたしたちも見習わないといけないって思ってるところよ」


 ミズキとパルフィにそう言われて、ルティが照れたように笑った。


「そ、そんなことはないけど……」

「そう、それは、よかったわ。……あら、こちらの方は?」


 エミリアが、クリスの後ろに控えるように立っていたレイチェルに気がついた。


「ああ、こちらはレイチェルです。僕たちのミッションで知り合った人で、今は一緒に行動してるんです。今日はヴェルテ神殿の観光に来たんですよ」

「まあ、そうでしたの。初めまして、レイチェルさん。私はルティの姉で、エミリアと申します」


 にっこり微笑みながら、エミリアが挨拶する。


「初めまして、レイチェルです。でも、年も同じぐらいだと思うから、レイチェルって呼んでね」


「分かりました、では私のこともエミリアと呼んでくださいね」

「ええ。そう呼ばせてもらうわ、エミリア」


 二人は互いに両手で握手して、挨拶した。


「さあ、みなさん、立ち話もなんですから奥へどうぞ」


 挨拶が済んだあと、エミリアがクリスたちを奥の部屋へ案内する。


 診療室の奥にある部屋は、応接間のようになっていてソファーとテーブル、そして、何脚かの椅子が置かれていた。クリスたちは思い思いに腰掛けた。

 そして一同は、しばらくの間、和やかに世間話をしたのだった。


 クリスは、まだレイチェルの素姓は言わないほうがいいと判断し、やや曖昧な物言いでエミリアに紹介したが、彼女も何かを感じ取ったらしく、レイチェルの出自について話題にするのを避け、当たり障りのない話をしていた。


 とは言っても、レイチェルとエミリアはことのほか気が合ったようで、二人とも楽しそうに話をしていた。


「それにしても、エミリアさんとレイチェルって大人の雰囲気あるわよね」


 二人が話しているのをしばらく見て、パルフィが感想を述べた。ミズキも同意する。


「うむ、そうだな。気品もあるし。私から見てもうらやましいくらいだ」

「え、ミズキだってピシッとしていて、格好いいよ」

「そうですよ」


 ミズキはサッと顔を赤らめて、慌てて否定した。


「な、何を言う。わ、私などまだまだ修行中の身だ」

「そう?」

「じゃあ、ちょっと3人並んでみてよ」

「わ、私もか?」

「そうよ、ミズキだって、格好いいんだから」

「う、うう」


 しぶしぶながらも、隣同士に座ったエミリアとレイチェルの背後に立つ。


「おお、大人の女性だ」


 3人ともにすらっとしていていることもあり、横に並ぶと、大人の雰囲気が漂っている。

 レイチェルは科学者の知性に色香を漂わせており、エミリアは、聖女の神々しさと母性、そして、ミズキは涼やかな表情に強い意志、そして凛とした姿勢、と三者三様ではあったが、それぞれに『大人』の雰囲気を漂わせていた。


 それを見て、グレンが、先ほどの仕返しのようにパルフィを振り返る。


「三人とも子供っぽくないというか、大人だな。なあ、パルフィ?」

「な、なによお。なんか文句あんの?」

「いやいや」

「フンっだ」



 それから、しばらくの間、一同は楽しいひと時を過ごした。診療室は夜は暇らしく、誰も来なかった。


 そして、夜も更け始めた頃。


「明日も早いことだし、そろそろ部屋に戻ろうか」

「そうね」

「エミリアさん、お仕事中お邪魔しました」

「いいえ。皆さんとお話できて楽しかったですわ」

「また、明日の朝、出発前に挨拶に来ますので」

「はい」

「あなたに会えて良かったわ、エミリア。また、連絡するわね」

「ええ、また近い内に会いましょう、レイチェル」


 エミリアとレイチェルは、すっかり仲良くなったようだ。


「じゃあ、みんな行くよ。ルティはまだここに残る?」

「はい、後で戻ります」

「うん。分かった。じゃ、行こうか」

「あ、ああ、クリス……?」


 何やらぎこちない様子で、グレンが部屋を出ようとするクリスを止めた。


「ん? どうかした、グレン?」

「ちょ、ちょっと、オレもエミリアに話があるから……」


 グレンが、やや口ごもりながら言った。少し顔を赤らめて緊張しているようである。


「あ、そう? じゃあ、僕たちは先に部屋に戻ってるから」


 パルフィは、それを聞くとニヤッと笑ってからかおうしたが、彼の表情を見てなぜか急に優しい顔つきになった。そして、顔を寄せて


「頑張ってね」


 と、小声でささやいて、クリスたちの後について部屋を出た。


 彼らを見送った後、グレンはエミリアの向かいに席を換えた。ルティもエミリアの近くに座った。


「え、えーと……」


 話しにくそうに、グレンがもじもじする。

 その様子をエミリアとルティが不思議そうに見詰める。


「か、家族水入らずのところを、すまないな。じ、実はエミリアに話があったんだ」

「はい、何でしょう」


 にこやかな表情で自分を見つめるエミリアをまぶしそうに、しかし真面目な表情でグレンが見つめ返した。


「冗談じゃなくて、真面目に言うから、真面目に聞いてくれよ」

「? ええ、分かりました」

 

 何の話だろうと、小首をかしげながらもうなずくエミリア。相変わらず落ち着いた様子で、グレンの言葉を待っている。

 グレンは、椅子にきちんと座り直し、背筋を伸ばして、まっすぐに彼女を見つめた。


「エミリア」

「はい」

「オレは貴方に惚れてる」

「えっ?」


 エミリアは、一瞬何を言われたのか分からないという表情を見せた後、しばらくしてようやくその意味を理解できたらしく顔を赤面させた。


「え、あ、あの、グ、グレンさん......?」


 先ほどまでの落ち着きは消え失せ、顔を真っ赤にして、あたふたと戸惑っている表情を見せるエミリア。


「初めて会ったときから惹かれていた。オレはエミリアが好きだ」


 逆に、もう賽は投げられたという思いがあるのか、グレンは落ち着いたようだった。


「え、あ……その……」


 エミリアの方は、ろくに返事もできず、赤面したまま半ば固まったようにグレンを見つめている。


「あ、ぼ、僕、外に出てようか?」


 ルティも、この成り行きに驚いたようで、慌ててイスから腰を浮かした。


「いや、ルティもここにいてくれ」

「え、でも……」

「いいんだ。これは二人っきりの家族の、お前の姉さんのことだからな」

「そ、そうですか。わかりました。で、では失礼して……」


 動揺しながらも、遠慮がちに椅子に座り直すルティ。




挿絵(By みてみん)




「エミリア、すまない。こんなこと急に言われても、戸惑うのも無理はないと思う。まだオレたちも知り合って間もないしな。だから、オレも今すぐ返事が欲しいってわけじゃねえんだ。ただ、あんまりコソコソ策を弄して気を引こうなんてのは性に合わねえし、むしろ、オレがこんな気持ちだってことはわかってもらって、その上でオレがエミリアの相手としてふさわしいか見極めてもらいてえと思ってな」

「そ、そうだったのですか……」

「だが、オレは本気だ。これだけは信じてくれ。オレはエミリアに惚れている。柄じゃねえかもしれねえが、この気持ちに嘘偽りはない」


 そう言って、グレンは真剣な表情で真っ直ぐにエミリアの目を見つめた。


「グレンさん……。そんなふうに言っていただいて、ありがとうございます」


 エミリアは、相変わらず赤面したまま頭を下げた。その様子は、普段のどことなく感じさせる神々しさはまったくなく、年頃の箱入り娘が告白されて、初々しく戸惑っているようにしか見えない。


「でも、私、グレンさんにそこまで思っていただけるような女ではありませんわ……」

「いや、そんなことはない」


 グレンは熱心に、そして、真剣な表情で続ける。


「知り合ってまだ日も浅いが、オレは、エミリアがどれだけ他人に尽くしてきたか分かっているつもりだ。エミリアのおかげで、救われたヤツも、幸せになったヤツも大勢いるだろう。それに、ルティも幸せに暮らしてきたはずだ。そんなふうに周りを幸せにするような女性は、それだけで自分の全てを賭けて愛する価値があるとオレは思う」

「あ、ありがとうございます。そ、そんな風に言っていただくのは、何だか恥ずかしいですわ……」

「いや、本当だ。だが、その一方で、それじゃ、エミリアの幸せはどうなんだって思ったんだ。そうやっていつも人のために尽くしているエミリアこそ、幸せになるべきだとオレは思う。だからこそ、今度はオレがエミリアを幸せにしてやりたいと思ったんだ。オレこそエミリアみたいな女性に釣り合うかどうか分からんが、もし許されるならオレは自分の全てを賭けて、貴方を幸せにしたい」

「グレンさん……」


 この、ひたむきな思いをぶつけられて、エミリアはただ頬を染めたままグレンを見つめていた。


「だが、もちろん、これはオレの勝手な気持ちだ。エミリアは、オレと一緒になって自分が幸せになれるかどうかだけを考えてくれればいい。そして、自分の気持ちが決まったときに、教えてくれ。オレは、それがどんな返事でも受け入れるつもりだ」

「……はい……」

「それに、エミリアはランク6で、オレは1だからな。今は、これで『お前を守る』なんて偉そうなこたあ言えねえ。だが、これから修行に励んで、エミリアと釣り合うような男になるつもりだ」

「そ、そのようなことは気にしていないのですが……」

「いずれにしても、オレはいくらでも待つ。すまないが、ゆっくりでいいから、ちゃんと考えてもらえるだろうか」

「え、ええ、それはもう……」

「ありがとう。これで、ちょっと胸のつかえが取れた気がするぜ」


 思いを告げることができて、幾分ほっとしたのか、やや落ち着きを取り戻したようだった。ややあって、グレンは立ち上がった。


「突然、済まなかったな。それじゃ、オレは先に部屋に戻るよ」


 エミリアとルティも立ち上がる。


「ええ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 そして、グレンは診療室を出て行った。


「ふう……」


 グレンが部屋を出ていくのを見送って、ソファーに腰をおろして、大きくため息をつくエミリア。顔はまだ赤面しており、余韻が残っているようだ。


「ど、どうするの、姉さん?」


 ルティが、心配そうに尋ねる。


「私、どうしよう……」


 エミリアは、火照った頬を両手で抑えた。

 これまでも、村の世話好きのおばさん連中から、紹介したい甥っ子だの、知り合いの息子だのといった話を何度か持ってこられたこともあった。それに、村の若い者にそれらしいことを言われたこともある。しかし、これまでルティと二人で生きていくこと、そして自分の修行と教会の務めで精一杯で、そのようなことに目を向ける心の余裕がなかった。また、祭司として浮ついた気持ちを持たないよう戒める気持ちも強かった。

 今日、ここに至るまで、グレンのことを一人の男性として意識していなかったのは間違いない。しかし、彼に告白されたとき、ときめく気持ちがなかったと言えば嘘になる。グレンが飾ることなく真っ直ぐに自分に対する気持ちを伝えてくれたのは心に響くものがあったし、好ましいと思えた。そして、自分を幸せにしたいと熱く語ってくれたことが嬉しいとも思った。これまで言い寄られた中で、これほど、心が動かされたこともなかったのも本当である。

 ただ、だからといって、グレンの申し出を受けてもいいのかどうかは分からなかった。

 

「……ルティはどう思う?」

「グレンはいい人だよ。頼りがいもあるし、口は悪いけど、やさしいし。僕は好きだよ」

「そう……。そうね。いい人なのは私もわかってるのだけど……」

「でも、もしかすると、グレンが僕の義兄さんになるわけだね」

「ちょっと、ルティ何言ってるのよ。『義兄さん』だなんて……」


 また、エミリアの頬が赤く染まる。


「僕は、グレンみたいな兄ができるのはうれしいけどな」

「ルティ……」

「それに、グレンの言ったことは正しいと思うよ。姉さんも、自分の幸せをちゃんと考えなきゃね」

「そうかしら……」

「それはそうだと思うよ。人のために尽くすのもいいけど、それはそれとして、姉さんも幸せになってくれないと、僕も心配だよ」

「まあ、ルティも言うようになったわね」

「まあね。でも、そういう意味では、グレンは姉さんのことをよく見てると思うけどな」

「……そうね」

「まあ、でも、姉さんがいいと思うようにしたらいいと思うよ。『いい人』だけでは一緒になれないのかもしれないし。グレンは、ゆっくり考えてくれって言ってたんだから、ゆっくり考えたら?」

「ええ……。そうするわ」


 エミリアは右の頬に手をやり、まだ余韻が収まらないかのように、ほう、とため息をついた。


「それにしても、すごい告白だったなあ。弟の前でというか、弟にもそばにいて聞いておけなんて、滅多にないよね」


 半ば感心したように、そして半ば愉快そうにルティが笑った。


「そうね。うふふ。あの人らしいと言えば、そうなのかもしれないわね」


 ルティにもその場にとどまらせたのは、おそらく『コソコソしたくない』と言ったグレンの意思の表れでもあっただろうし、また、ルティにとって唯一の肉親であるエミリアの重大事に、ルティにもそばにいてほしいという気持ちの表れであったのだろうとも思い、エミリアはそれがうれしかった。


「あの告白を聞いていると、グレンは本当に姉さんが好きなんだって分かるよね」

「……え、ええ。そうなのね……、どうしてそう思ってもらえるのか不思議だけど……」


 まさに想いの固まりをぶつけるような、そんな情熱的な告白。言葉だけではない、グレンの言った一言一言に、自分に対する熱い想いと、幸せにしたいという強い意思を感じた。

 その時の様子を思い出して、また頬を染めるエミリアであった。





 次の日の早朝、エミリアに別れを告げるため、クリスたちは発掘現場に向かう前に、診療室を訪れた。


「じゃあ、エミリアさん、行ってまいります」

「ええ、くれぐれも気をつけて」

「姉さん、行ってくるよ」

「ルティも無理しちゃだめよ」

「うん」

「エ、エミリア、またな」


 グレンが、ややぎこちない様子で、エミリアに別れを告げる。


「え、ええ。グレンさんもお気をつけて」


 エミリアも、昨日の今日ということで、頬をバラ色に染めて、恥ずかしそうにグレンに声をかけたのだった。


 パルフィがその様子を見て、一人で盛り上がっていた。


「いや~ん。二人とも初々しいんだからぁ」

「はいはい、バカ言ってないで、ほらもう行くよ」

「もう、パルフィったら本当にこの手の話が好きねえ」

「だってさあ……」


 昨晩、グレンが部屋に戻ってから、おおよそのことを聞きほじったパルフィは、それ以来、盛り上がり続けていたのだった。


「じゃあ、エミリア、また近いうちにね」

「レイチェルも、気をつけてね」

「ええ」


 こうして、クリスたちは、アルティアを出発し、フィンルート遺跡に向かったのだった。






【次回予告】


クリスたちがアルティアから戻ると、発掘作業が進んでおり、遺跡への扉が出土していた。いよいよ、中に入れると色めき立つ発掘隊。そのとき、思わぬ出来事が……。


「見てください。入り口を見つけたんですよ!」


「ま、まさか、そんな……」


「ドアが開いた!」



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第十五話「ねじれた運命」をお楽しみに。


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