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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
45/157

封印された別離

(これ何なの? 床?)


 建物の床らしいものが、至近距離でやや横から見るようにアップで映されている。そして、そのそばに床の上で伸びたロザリアの手が見えた。

 記憶ファイルの映像は、ロザリアが見たものがそのまま記録されている。つまり、これはロザリアが床に倒れていることを示していた。


「うぅぅ」


 そして、ロザリアの苦しげなうめく声が聞こえてきた。


(何が起こってるの?)


 映像はロザリア視点であるため、彼女が倒れている限り、周りの様子が分からない。ジリジリとした気持ちでレイチェルは待つ。

 そして、ようやく、ロザリアがよろよろと立ち上がると、それに合わせて部屋の全体像がレイチェルの目に飛び込んできた。


(こ、これは……?)


 それはまさに爆発直後の建物の中という様相を呈していた。

 崩落してきたらしい建材や何かの残骸らしきものがいたるところに散らばり、さまざまな機械類も倒れて破損している様子が見て取れる。元は広い部屋だったようだが、瓦礫に視界を遮られ、隅々まで見渡すことができない。しかも、そこかしこで炎と煙が上がり、バチバチと激しく放電している音も聞こえてくる。


(事故かしら?)


 もし事故であっても、これだけの大惨事を引き起こすためには相当な規模であったはずだ。

 ロザリアが辺りを見回すと、周りに数人の研究員らしい白衣を着た人物が倒れているのが見えた。血を流している者、倒れてきた装置の下敷きになっている者もいる。

 彼女は、そのうち自分の近くで仰向けに倒れていた一人に駆け寄って、血だらけの体を揺さぶった。


「エマ、エマ、しっかりして」


 しかし、その女性は目を開けたまま口から血を流し、身動き一つしなかった。すでに亡くなっているようである。


 ロザリアは、さらに別の男性研究員に駆け寄り、抱え起こそうとして、


「ヒッ」


 という息を呑む声と共に、伸ばしかけた手を引っ込めた。

 首がありえない角度に曲がっており、すでに死亡していてるのが明白だったのだ。


 ロザリアは、立ちすくんだように動かなくなった。


(一体何が起こったというの……?)


 だが、レイチェルの疑問はすぐに解けた。

 突如、甲高い飛行音がどこかはるか頭上から聞こえてきたと思ったら、激しい爆発音とともに、研究所全体が激しく揺れたのだ。

 それまで倒れずに残っていた機械類も次々と倒れ、天井からパネルなどの建材がバラバラと落ちてくる。壁もいくつか倒壊し、それに伴い、上の階の床がガラガラと激しい音をさせ、埃と共に崩落してきた。


(まさか、ミサイル攻撃?)


「キャアァァ」


 ロザリアが叫んで、激しくよろめいたのか、視界が大きく揺れた。

 そのとき、後ろから大きな男性の叫び声が聞こえてきた。


「ロザリア、こっちだ!」


 彼女が振り返ると、瓦礫の向こうに、白衣を着ていかにも学者然とした50代ぐらいの男性が立っていた。どこからか走ってきたらしく、息を切らしている。また、あちこちを怪我しているようで、顔や手から血を流し、白衣も血と泥や油などで激しく汚れており、品のよい灰色の口ひげも一部血に染まっていた。


「ああ、お父さん!」


 瓦礫を避けながらその男性の方に走っていき、胸に飛び込む。


「ロザリア、大丈夫か?」

「うん……。でも、エマたちが……みんな……」

「そうか……」


(ベス、これは誰? ロザリアのお父さん?)

(はい。関連する記憶ファイルから判断すると、ロザリアの父親であるジェームズ・ジョンソン博士です。博士はこの研究所の所長でもあります)

(そう。じゃあ、ジョンソン博士は自分の娘の脳をコピーしてアンドロイドにしたのね……なぜ、そんなことを……)


「とにかく、ここは危険だ。行くぞ」

「う、うん」

 

 ジョンソンがロザリアの手を引っ張って、走っていく。

 その途中に、大きな窓の前を通り、そこから見える景色にレイチェルは息を呑んだ。


(こ、これは……。ベス、映像を止めてっ!)


 その瞬間に、映像が一時停止され、静止画像になった。

 研究所は、小高い丘の上に建てられており、ロザリアたちはその4階か5階にいるようで、見晴らしはよかった。そして、そこから見下ろす街は……。


(ああ、神様……)


 特に、信心深いわけではないレイチェルですら、思わず神に祈りを捧げてしまうほどの惨状が眼下に見える。

 それは、まさに焼け野原だった。

 高層ビルの残骸、無数の瓦礫、そして、いたるところから火の手が上がっている。

 無傷で残っているような建物など目に見える限りほとんどなかった。この街の元の姿を知っているわけではないが、残骸と瓦礫から考えて、比較的大きな街だったに違いない。高層ビルも多数建っていただろう。それが、完全に平地に見えるほど何も残っていなかった。それどころか、ところどころに、ミサイルが着弾した箇所だと思われる大きなクレーター状のくぼみができていた。


(なんてことなの……)


 暗澹たる気持ちで、脳裏に映された画像を見つめる。街はすでに壊滅状態であり、生存者もほとんどいないのは明らかだった。ロザリアがいるこの建物が半壊状態で済んでいるのが奇蹟と言っていいくらいだ。


(……ベス、再生を続けて)

(了解しました)


 再び、映像が動き出す。

 そして、その瞬間、レイチェルは見た。

 何か流線型の物体が高速で空から飛んできて、今ロザリアたちがいる建物のすぐそばに落ち、爆発したのだ。

 その瞬間、耳をつんざくような爆発音とまぶしい閃光、そして、激しい振動とともに、爆風で窓ガラスが吹き飛んだ。


「キャアァ」

「ぐあぁ」


 叫び声をあげながら、窓のそばにいたロザリアとジョンソン博士が吹き飛ばされる。レイチェルが見ている映像もそれに合わせて激しく動いた。

 ロザリアが顔をあげると、ジョンソンも起き上がろうとしていた。ガラスの破片で切ったらしく顔から出血していた。


「お父さん、大丈夫?」

「大丈夫だ。ガラスで表面を切っただけだ。それより、お前は大丈夫か?」


 ジョンソンが立ち上がり、白衣の袖で顔を拭う。


「うん。私は大丈夫よ」

「よし、では急ごう」

「どこに行くの?」

「地下倉庫だ。そこに予備のメンテナンスカプセルがある。お前はその中で隠れていなさい。起こせるような状況になったら、また起こしてやるから」

「わかった……」


 ジョンソンとロザリアは、近くの階段に向かって走り出した。


「お父さん、何が起こっているの……?」


 階段を駆け下りながら、ロザリアがジョンソンに尋ねる。


「先ほど、攻撃を受ける前に非常警報が市内全域に発令された。どうやら、ミサイル攻撃を受けているらしい……」

「そんな、一体どこから……?」

「……リトルワース基地だよ。レディング市の北にある」


 ジョンソンがロザリアを振り返り、苦渋の表情で答える。


「えっ? どうして? 私たち、自分の国の基地から攻撃されてるの?」


 ロザリアが驚いた声を上げた。それはそうだろう、自分たちを守るはずの軍事基地が、あろう事か自国の町に攻撃を仕掛け、壊滅させてしまったのだ。しかも、レディング市はロザリアの研究所から数十キロ程度しか離れていない。


 だが、ロザリアのその驚きも、レイチェルの受けた衝撃に比べれば、何でもなかった。


(今、リトルワース基地って言ったわよね? まさか、そんなこと……)


 あまりの事実にレイチェルの心は激しく動揺する。そして、まるでその事実を伝えたジョンソン博士に反論するかのように、感情的な思考がほとばしった。


(何言ってるの? そんなことあるわけないじゃない……、だって……)


(だって、リトルワースって、私がいた基地なのよ!?)


 レイチェルはもう少しで叫び出しそうなのをあわてて押さえる。それでも、ショックやら悔しさやら不信やらで、心の中がぐちゃぐちゃになるのは止められなかった。


 自分の基地が、この惨劇を引き起こしていた。

 しかも、それが事実なら、自分はコールドスリープ中だったとはいえ、その場にいたことになる。

 いきなりそんなことを言われても納得できるはずがない。


(何かの間違いだわ。そんなの絶対ありえない……)


 自分はただの研究員だったが、その基地に配属されていた兵士や士官の中にも知り合いは大勢いた。彼らはみな、自分の命に代えてでも母国を守りたいという誇り高い軍人だった。それが、たとえどんな理由があろうとも、自国の街をミサイルで壊滅させ、守るべき人々を死なせるなど想像すらできない。


 だが、動揺しつつも、同時にレイチェルは思い出していた。このたった二週間ほどの間、一体自分にどれだけ「ありえない」ことが起こったのかを。


(……ベス。今の攻撃が、本当にリトルワースからのものかどうか確認できる?)

(解析中……)

(お願い、間違いであってちょうだい……)


 祈るような気持ちで、ベスの分析を待つレイチェル。だが、その結果は最悪だった。


(解析終了しました)

(教えて)

(先ほど映像に映っていたミサイルの形状ならびに、弾道から計算すると、発射地点はリトルワース基地第4番サイロ、発射されたミサイルはMA-4型です)

(……う、うそ、そんなの、あんまりだわ……)


 ベスは間違っていないということは頭ではわかっていたが、どうしても信じたくない気持ちであった。


(ただし……)


 それに構わず、ベスが続ける。


(な、なに?)

(ただし、それ以外で着弾したミサイルは、他の基地から発射された可能性が高く、おそらく、複数の基地による同時攻撃だと思われます)

(なんですって?)


 複数の基地が、自国の都市を同時に攻撃する。そんなことが起こりうるのか。レイチェルの思考は混乱の極みに達していた。一つの基地の誤射ならまだ理解できるが、これはさすがに理解できる範疇を超える。


(どうしてそんなことに……)


 このあまりの事実に、もう考える気力もなくして、レイチェルはただ呆然と脳裏を流れ続ける映像を見つめた。


 映像の中のロザリアたちは、階段を下りて地下に向かっていた。ズン、ズンと時折響いてくる爆発音と振動は、地下に下りると幾分静まっていた。二人は廊下を走り、突き当たりの扉の前で止まった。ジョンソンが扉の横にあるIDチェッカーに番号入力すると、扉が横にスライドしていく。扉は相当に分厚く、低い音を出しながらゆっくり開いていく。

 その中は大きな部屋になっていて、倉庫らしくコンテナや様々な使われていない装置類が保管されていた。そして、一番奥にコールドスリープカプセルとよく似た棺のような装置が置かれていた。

 二人は、カプセルのところまで走っていく。

 ジョンソンが手慣れた手つきで、コンソールパネルを操作すると、カプセルの上蓋が開いた。


「よし、入ってくれ」


 そう言いながらも、ジョンソンがコンソールパネルを操作する。

 ロザリアはメンテナンスカプセルの中に入り、仰向けに横たわった。倉庫の天井とカプセルの上蓋、そして、パネルを操作しているジョンソン博士がレイチェルにも見えた。


「このカプセルはかなり丈夫に作ってある。シールドも張れるしな。安心して、中で眠って待っていてくれ」


 ジョンソン博士が、カプセルのコンソールパネルを操作しながら、ロザリアに言った。

 すぐに、カプセルの上蓋が閉まり始める。


「お父さんは、どうするの?」


 蓋が閉まり切るまでに話さないといけないと思ったのか、やや早口で、ロザリアが尋ねた。


「私は一旦上に戻って、生存者がいないかどうか確認して、またここに戻ってくる。心配するな、シェルターほどではないがこの倉庫は結構頑丈なのだよ」


 ジョンソンはパネルから目を離して、安心させるように、ロザリアに微笑みかけた。

 だが、その時、物凄い爆音が頭上で聞こえ、同時に天井がガラガラと崩れてきた。様々な建材やパネルが頭上から降り注ぐ。


「キャアア」


 カプセルに横たわったまま、ロザリアが叫び声を上げる。

 ロザリアは、カプセルから出ようとしたのか、激しく身をよじったが、何かに固定されているようで、起き上がることができない。


「お父さん!」

「ロザリア、出るな!」


 ジョンソンは叫んでロザリアを制した。


「いいか、ロザリア。お前だけは、生き延びてくれ。私はお前を二度も失いたくないのだ」


 ジョンソンは、カプセルの端で体を支えながら、コントロールパネルを操作した。幸い、ジョンソンとカプセルには大きな瓦礫は落ちてこなかった。だが、これまでの攻撃で建物の構造がかなりもろくなっているのは間違いなかった。


(ベス、今のジョンソン博士の言ったのはどういうこと?)

(関連する記憶ファイルを確認したところ、生身の人間としてのロザリアは病気で亡くなっています。しかし、ジョンソン博士は、一人娘を亡くしたくないという一心で、ロザリアが亡くなる直前に脳をスキャンし、実験段階だったアンドロイドシステムにコピーしたようです)

(……そういうことだったのね)



 そして、ガシャッという音ともに蓋が完全に閉まった。コールドスリープカプセルとは異なり、上蓋の頭の部分は透明な材質でできており、中にいるロザリアは棺で視界が遮られながらも、外の様子を見上げることができた。ただし、音は完全に遮断されているようで外部の音はレイチェルの耳には聞こえてこなかった。


 そのとき、カプセルが大きく揺れ、それにあわせて映像も激しく動いた。建物にミサイルが直撃したらしい。同時に、天井が一気に崩れてくるのが透明の部分から見える。

 血だらけのジョンソン博士が上から蓋をのぞき込んだ。


「お父さん! お父さん!」


 ロザリアは、泣きわめいた。もう体は完全に固定されているのかビクともしない。


 上蓋の向こうに見えるジョンソン博士は、頭から血を流しながらも、娘を慈しむような微笑みを浮かべながら、ロザリアをのぞき込んでいた。そして、顔を上蓋のそばに寄せ、まるでロザリアのほほに手を当てるように両手を上蓋に置いて、何か言葉を言った。音が遮断されているため、何を言ったのかは聞こえなかったが、唇の動きから、「愛しているよ」と言ったのは間違いなかった。


「お父さん、私……」


 ロザリアが何かを言おうとしたとき、天井から落ちてきた巨大な塊がジョンソンの後頭部に直撃したのがまともに目に入ってきた。そして、その衝撃で、ジョンソンの頭部が上蓋に激しく打ち付けられ、ジョンソンはそのままズルズルと倒れたらしく、ロザリアの視界から消えていった。


「いやぁぁぁ、お父さん!」


 ロザリアが泣きわめく声がレイチェルの耳に痛いぐらいに響いてくる。もうあの様子では、ジョンソンが生きている可能性はないだろう。


 そして、内部コンピュータの声が聞こえてきた。


(メンテナンスモードに入るため、シャットダウンします)


 やがて、ロザリアの意識がなくなっていくようで、視界が暗くなった。

 最後に


「お父さん……」


 というロザリアのつぶやきがレイチェルに聞こえた。



 そして、そこで、映像は終わっていた。

 レイチェルは、しばらくの間硬直したかのように身動きが取れなかった。

 

(まさか、街が壊滅するような攻撃を受けているなんて……、そして、攻撃したのが私の基地だったなんて……)


 このようなことかもしれないと、ある程度の予測と覚悟はしていたつもりだった。自分がこうなったのは、天変地異か戦争が原因としか考えられないからだ。しかし、自分の基地を含む複数の基地が、自国の都市に対して攻撃を行ったなどというのは、夢にも思っていなかった。その分だけショックは大きい。

 それに、謎の一端が解けたとは言え、全てが理解できたわけではない。というよりも、むしろ、分かったのはそれだけだと言える。

 ロザリアの街が、複数の味方の基地によって攻撃された。

 なぜそんなことが起こったのか、そして、他の地域ではどうだったのか、分からないことが多すぎる。何よりも、これだけでは、なぜ自分が一万年も放置されたのかが分からない。攻撃が行われたときにロザリアの町にいたのならともかく、自分がいたのは攻撃した基地の方である。

 また、ロザリアの街が攻撃された理由もレイチェルには見当もつかなかった。

 当時、多少の小競り合い程度はあっても、大がかりな戦争が起きるような状況はどの地域を見てもなかった。むしろ、世界は惑星全体を統治する連邦政府の樹立に向かって前進していたはずなのだ。

 仮に、クーデターや反乱の類だったとしても、攻撃が苛烈すぎる。あれは、完全に都市一つを殲滅させ市民を皆殺しにする攻撃だった。


(一体何が起こったというの……)


 レイチェルはロザリアの記憶ファイルを再生する前よりも、疑問が増えただけのような気がしていた。


(それにしても……)


 ふと、レイチェルはロザリアに目を向けた。


(……これだと思い出したくないというのは、当然ね……)


 この記憶が抑圧されているのも無理はないとレイチェルは思った。いきなり自分の街や研究所が自国の基地から攻撃を受けて壊滅状態になった上に、目の前で父親が亡くなり、自分だけが生き残るというのは、相当なショックであろう。しかも、これが九千年も眠りにつくことになる直接の原因なのだ。この時代に目覚めた後に思い出したくないと強く願うのは当たり前といえる。


 しばし、一人で物思いに沈んでいると、クリスが話しかけてきた。


「レイチェル、大丈夫?」

「えっ」


 急に我に返るレイチェル。気がつくと、クリスたちが自分を心配そうな目で見つめているのに気がついた。


「ずっと身動きもせずに黙ったままだから、どうしたのかと思ってさ」

「なんか、すごい思い詰めた顔してたわよ」

「あ、ああ。ごめんなさい。ちょっと、ロザリアの記憶を読んでいたら、一万年前の出来事が見えちゃって……」

「へえ、何が見えたのか教えてよ」

「え、ええ。いいわよ」


 レイチェルは、自分が見たロザリアの記憶を、クリスたちにも分かるようにかみ砕きながら、説明した。

 クリスたちは、黙ってそれを聞いていたが、聞き終わってしばらくして、クリスが感心するような声で言った。


「レイチェル、すごい世界から来たんだねえ」

「そう?」


 てっきり、科学力が進んでいることを言われたのかと思ったレイチェルだったが、クリスの感想は異なるものだった。


「前に、魔物に襲われた時に、レイチェルが『ここは怖いところだ』って言ってたけどさ。僕から言わせれば、天からそんなものが降ってくる世界の方がよっぽど怖いよ。『みさいる』って言ったっけ、その兵器? 巨大な火の固まりが天から降ってきて、人々の命を奪って、街を焼き尽くすなんて、ものすごい地獄絵図だよね」

「だな。あっという間に街が壊滅して焼け野原、おまけに女子供も皆殺しなんて、この時代じゃ考えられないぜ。そりゃ、戦争もあるにはあるが、そこまでじゃねえ」

「しかも、それをやったのが自国の軍隊なんでしょ」

「で、でも、そんなこと滅多にあるわけじゃないのよ」


 慌てて、普段は平和なのだということを説明するが、クリスたちは納得した様子ではなかった。


「けどなあ」

「そんなものがいつ飛んでくるかわからないなんて恐ろしいですね」

「まったくだ」

「レイチェルの時代ってさ、アタマいいけど野蛮よね」

「え、そ、そうかしら……」


 まさか、この文明の人間から、野蛮などと言われるとは思いもかけなかったレイチェルだった。だが、言い返すことは出来なかった。よく考えれば、パルフィにも一理あると思ったのだ。一度で何十万人も死に至らしめることができる兵器を、それこそ何十万発も持つ世界。もし全弾うち尽くせば、人類を十回絶滅させてもおつりが来るのだ。それを野蛮だと言われれば、なんと反論できるだろう。


「まあいいさ、とりあえずレイチェルの用が済んだんなら、行こうぜ」

「そうだね。明日フィンルートに戻ったら、父さんたちに話すのが楽しみだよ」

「あたしお腹減ってきちゃった」

「今晩は、久しぶりにギルド宿舎でゆっくりできるな」

「ドナさんに、部屋を頼まないといけないですね」

「そうだね。じゃあ、行こう」

「レイチェル、行くわよ」

「え、ええ。そうね……」


 和やかに盛り上がるクリスたちをよそに、まだショック状態から抜け出せず、動揺していたレイチェルだったが、クリスたちに促されて、ともに祭壇を離れ本殿の出口に向かった。

 出口の前で最後に振り返った時、ロザリアが相変わらず眠っている姿が見えた。


(何という数奇な運命なのだろう……)

 

 アンドロイドになって、九千年後に目覚めて、神の巫女としてたてまつられる。これほど激動の人生も他にないだろう。そして、多少なりとも似たような経験をした者として、ロザリアに対して強い共感が生まれていた。


(次に目覚めるときは、幸せになってね)


 レイチェルはそう願わずにはいられなかった。







【次回予告】

ヴェルテ神殿を訪れたあと、ギルド宿舎に一泊するクリスたち。そこで、意外な人物に会う。そして、グレンはある決心をした。


「え、なによ? あたしの話なんて聞きたくないんでしょ」


「ほう、恋の魔力とはかように強いものなのだな……」


「あ、ぼ、僕、外に出てようか?」


次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第十四話「思いのたけ」をお楽しみに。

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