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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
43/157

ロザリアの記憶

 次の日、レイチェルはクリスの母親について尋ねるために、ウォルターの小屋を訪れた。


 クリスのDNAを分析した際、彼の母親、すなわちウォルターの妻が旧文明人であることが分かり、その線から一万年前に何が起こったかを探る手がかりが見つからないかと思ったのだった。


 ただ、クリスが母親の出自について知らなさそうな様子を見せたことで、もしかしたらウォルターもその事実を知らないという可能性もあった。もしそうなら、ウォルターにこの話をすれば、知られざる妻の秘密を知らせてしまうことになる。レイチェルは、慎重にならざるを得なかった。


 小屋に招き入れられ、勧められたソファーに腰を下ろした後、レイチェルは、早速話を切り出した。


「ウォルターさん、実は、お尋ねしたいことがあります」

「何でしょう?」

「とても、立ち入ったことなので、お尋ねするのが心苦しいのですが……」


 レイチェルはやや言葉に詰まりウォルターを見つめる。


「構いませんよ。そのご様子だと、重要なことなのでしょう?」

「はい……」


 彼の表情はいつも通り穏やかなもので、何も動揺などは感じられない。

 レイチェルは、やはり真実を知らないのではないかと思い始めたときだった。


「……レイチェル殿は、ご存知なのですね」


 先に、口を開いたのはウォルターだった。


「えっ?」

「私の妻のことです。私の妻が、あなたと同じ旧文明人だということに気が付かれたのではないですか?」

「……ええ。実は」


 いきなり核心を突かれて、逆にとまどったレイチェルだったが、ウォルターが自ら真実を告げてくれたことで、心が軽くなる思いだった。


「それで、奥様のお話を聞けたら、もしかしたら、一万年前に何が起こったのかを知る手がかりが得られないかと思いまして……」

「……そうですか。まあ、あなたにはいつか話さなければならないのではないかとは思っていました」


 ウォルターはむしろ、今までこの話をしていなかったこと申し訳なさそうにしていた。


「もしかして、クリスはこのことを……」

「ええ、伝えていません。いずれ、時期が来れば伝えるべきかとも思っていますが、まだです。それもあって、なかなか、あなたには切り出すことができませんでした」

「そうですか。それは仕方のないことかと思います。私もこのようなことでもなければ、こんな立ち入ったことをお尋ねするべきではないと思いますし……」

「旧文明についての手がかりについては、残念ながら、私も妻からは何も聞いていません。何しろ、妻はこの時代に目覚める前のことはほとんど何も話してくれませんでしたので。というより、私自身、妻が旧文明人だと知ったのは、もう結婚して何年もたった後、しかも亡くなる直前だったのですよ」

「……そうだったんですか」


 そして彼は、妻と知り合って亡くなるまでの話を語り始めた。

 

 ウォルターは、当時は考古学者ではなかったが、もともと旧文明には興味があり、暇を見つけては遺跡を訪れ、個人で研究していた。

 ある日、とある小さな遺跡を訪れたとき、一人の若い女性が祈りを捧げているのを見つけた。そこは、遺跡といっても、ほとんど何も残されていない、柱や壁の一部だけだった。

 ウォルターが話しかけると、娘は名前をアネットといい、身よりもない天涯孤独の身の上で、近くの修道院に住んでいると言った。

 その後も遺跡で何度も見かけるうちに仲良くなり、恋仲になるのに時間はかからなかった。やがて二人は結婚して、ウィートリー村に一緒に住んだ。そして、そのうち、クリスが生まれた。

 それから数年間にわたって、ウォルターたちは家族一同幸せな生活を送った。


「妻は、私に出会う前のことはほとんど何も話しませんでした。辛いことがあったからと聞いています。それで、私も深く聞かずにそっとしておこうと思ったのです。それに、私たちはずっと幸せで、過去にこだわる必要もありませんでしたしね。そして、クリスが7才の頃、妻は流行病にかかりました。数ヶ月の間は、寝たり起きたりが続き、最後は私とクリスに見守られて、眠るように息を引き取りました。その、亡くなる少し前に妻が、自分の本当ことを教えてくれたのです」


「とは言っても、たいしたことではありません。自分が旧文明人であること、そして、私と初めて出会った遺跡は、旧文明時代の彼女の家だったこと、そして、 私と出会う数ヶ月前に棺から目覚めたことだけです」


「それを聞いて私も驚きましたが、私も心のどこかでこういうこともあり得ると思っていたのでしょうか、そこまで激しいショックというほどではありませんでした。もう10年以上も一緒にいましたし、人とは違う何かが妻にはあったのだと思います」


「ただ、クリスが本当に小さい頃に、なにやら異国の言葉で話しかけていたのを何度か見たことがあります。私には見られたくなかったようで、私のいるところではそのようなことはしていなかったのですが、何かの拍子に目にしたことがありました。昨日、レイチェル殿は、我々の知っている魔幻語は、旧文明で話されていたものとは微妙に違うとおっしゃっていましたね?」

「ええ」

「もう10年以上のことで、私もどんな言葉を話していたのか、正確には記憶にありません。しかし、あれはもしかしたら、本当の魔幻語だったのかもしれません」

「なるほど」

「もしかすると、妻は、自分の母国語をクリスに教えたかったのかもしれませんね」


 それを聞いて、レイチェルは一つ思い当たることがあった。それは、クリスたちのパーティの中で、彼だけが、魔幻語の正確な発音を習得するのが速かったということだ。


(もしかして、お母さんがクリスに惑星標準語で話しかけていたから、耳に残っていたのかもしれない……)


 一般に、幼少期の方が、外国語を習得するのが速いと言われる。そのため、それほど毎日のように惑星標準語で話していなくても、ある程度は耳に残っていたのかもしれない。そして、そのために自分が教えた発音が比較的速く習得できたのではないか、とレイチェルは考えた。


「どうしました?」

「ええ、実は……」


 レイチェルは、このことを説明した。


「そうですか……。それでは、クリスが魔幻語の発音の習得が速いのは、妻のおかげだというわけですな。彼女は、いつも家族に尽くしてくれていました。それを聞いて、なんだか妻の努力が報われた気がします。亡くなってもう10年以上経つというのに、まだ息子を助けてくれるとは、本当にあいつは……」


 そう言って、ウォルターは微笑んだが、目には涙が浮かんでいた。レイチェルは、ウォルターが心からアネットを愛していたこと、そして今でも深く愛していることが痛いほど分かった。


「妻が亡くなった後、私は、考古学者に転職をしました。もともと関心があったことですし、妻が生まれ育った世界を知りたいという気持ちもありました。でも、なによりも、それが『使命』だと思えたのです。その当時、つまり、我々がまだあなたに出会う前は、旧文明人に出会ったのはおそらく私だけです。しかも彼女と所帯を持って、子まで成した。旧文明を研究することは、私の果たすべき使命のように感じているのです」

「ウォルターさん……」

「でも、そういうわけなので、私も旧文明で何が起こったのかは分からないのですよ。がっかりさせて申し訳ありません」

「いえ……」


 レイチェルは、自分の同胞の不思議な運命について思いを馳せつつ、やはり、落胆を感じずにはいられなかった。


「……そうだ、手掛かりならヴェルテ神殿に行けば、何か分かるかもしれませんな」


 しばらくあって、ウォルターが励ますようにレイチェルに言った。


「ヴェルテ神殿?」

「ええ。旧文明から遣わされたと信じられている神の巫女が祀られている神殿です。アルティアにあります」

「そういえば、私が目覚めたことを、『伝説の再現だ』と言っておられたと思うのですが、そのことですね」

「そうです。一千年前の話ですが、あなたと同じように、旧文明遺跡から棺が発掘されましてね、中には女性が眠っておったのですよ。その女性は、ロザリアといいますが、彼女は目覚めたときには神の言葉を話し、誰も理解できなかったのです。ところが、すぐに人間の言葉を話し出しましてね。そして、魔幻語を伝えることとなったのです。それが、丁度あなたの現れ方と同じだったものですから、私たちも驚いたのですよ」

「……そうですか」


(千年前の伝説か……)


 流石に千年も昔では、手がかりをつかむのが望み薄かと、がっかりしたところに、ウォルターが意外なことを教えてくれた。


「それにね、ロザリアは不思議なことに、眠った状態なのです」

「えっ?」

「そうなんです。もう一千年も経つのに、完全に眠った状態というか、いや、息もしていないので単に眠っているわけではないのですが、そのかわり、肉体も朽ちず、白骨化もしないので、死んでいるわけではないと考えられています」

「ロザリアは、棺の中に戻されているのですか?」


 レイチェルは、彼らがコールドスリープカプセルを死者を収容する棺と勘違いしているのを知っていた。そして、カプセルに戻されたのであれば、仮死状態のまま千年経過することも十分に考えられる。何と言っても自分は一万年眠っていたのだから。しかし、ウォルターの言葉は意外なものだった。


「いいえ。棺の外に出されて、祭壇の上に寝かされた状態です」

「それは……」

(一体どういうことだろう……)


 いかに自分の文明が高度なものでも、そのような状態で一千年も朽ち果てずにいるのは不可能だ。レイチェルは、興味をそそられた。


「ウォルターさん」

「はい」

「その神殿に行って、自分の目で見てみたいです」

「……わかりました。それでは、クリスたちにアルティアまで護衛させましょう。また何か分かったら、ぜひ教えてください」

「ありがとうございます」



 そして、次の日。早朝にフィンルート遺跡を出発して、アルティアには夕方になる前に到着したのだった。



 ◆◆◆◆◆◆



「ここが、ヴェルテ神殿だよ」


 神殿の前に来たとき、クリスがレイチェルに言った。

 それは、重厚な石造りの大神殿であった。レイチェルは、ここまで来る途中、すでにいくつかの神殿らしき建物を目にしていたが、これは他よりも圧倒的に大きい。それだけに、ロザリアが重要視されていることがよく分かる。

 正面には幅の広い巨大な階段があり、その両側には篝火が赤々と燃え盛っていた。

 階段を上がって中に入ると、そこはがらんとしたホールになっていて、その中央には女性の石像が、膝の高さの石の台の上に横たわる形で置かれていた。

 レイチェルは、その石像のそばに寄ってみた。これはあくまで石像であるので、おそらくこれは、何かを象徴するような記念の像であると思われた。


「これはロザリアの像ね。この老人の像は何?」


 台座に寝かされたロザリア像のそばには、座り込んですがりつくように頭をロザリアの胸に置く老人の像があった。よく見ると、ロザリアと老人は手を握り合った状態である。


「ああ。これは、ロザリアの恋人だった大魔道師マティアスの像だよ」

「老人なのに?」

「ううん。そうじゃないのよ。伝説によると、このおじいちゃんがまだ若者の時に二人が出会って、恋に落ちたのよ。ところが、ロザリアが永遠の眠りについてしまったから、絶対に蘇らせるって誓ったんだって。それから、魔幻語の研究を重ねて本人は大魔道師になったんだけど、結局、それがかなわず、年を取って亡くなったのよね。最後は、ここに来て、今いるみたいに、ロザリアにすがったまま死んだそうよ。それで、マティアス本人はこの奥の本殿で、ロザリアの棺の隣に埋葬されてるんだけど、記念に像が建てられたのよ」

「へえ、ロマンチックなお話ね」

「ホントよねぇ」


 そして、ホールを通り抜けるとそこは大きな本殿であった。天井も3階ぐらいの高さがあり、立派な造りで荘厳な雰囲気を醸し出している。壁の上に採光窓が並んでいるため、そこから夕日が差し込んでおり、中は暗くはなかった。

 本殿の最奥には祭壇があり、その四隅には大きくて立派な装飾の篝火台が置かれ、火が灯されていた。そして、その祭壇の上に横たえられている若い女性が、ロザリアだった。

 年の頃は、20才前後。滑らかな銀色の長髪で、神の巫女らしく何らかの儀式に使われるような純白のローブを身にまとっていた。その手は胸の上で組み合わされている。

 目を閉じてはいるが、美しく柔らかな印象を与える顔立ちで、かすかな喜びと悲しさの両方が感じ取れるような神秘的な表情が見て取れる。

 そして、どういう仕掛けがあるのか分からないが、まさにロザリアは単に眠っているだけのように見えた。とても、眠りについてから千年が経過しているとは思えない。

 あまりに自然な姿であるため、このような神殿の祭壇に横たわっていることが、場違いに見えるくらいである。


(本当に眠っているように見えるわ……)


 いくら自分の時代が高度に進んでいるからといっても、この状態で千年も生きたままでいることはありえない。レイチェルは理解できなかった。


 だが、その謎はすぐにベスが解き明かしてくれた。


(ベス、この子をスキャンして。なぜ、この状態で千年も死なずにすんでいるの?)

(スキャン中……。この女性はアンドロイドです)

(アンドロイドですって?)


 レイチェルは、予想外の答えに驚いた。なぜなら、アンドロイドはまだ、実用化されておらず、研究段階とは聞いていたものの、実際に見たことがなかったからだ。


 レイチェルの時代、生命科学は新たな方向に進み始めていた。それまでは、人間の不完全な部分を補うために、さまざまな機器を身体に埋め込むことが主流であった。BICがその最たるものだ。

 しかし、コンピューターの進歩は目覚ましく、脳の状態と働きを完全にシミュレートできる目処がついた。つまり、脳をデジタルコピーできるまでになったのである。そこで、人の脳をスキャンし、そのデータを高性能小型コンピューターにコピーして、人を真似て作ったロボットに取り付ければ、完全なアンドロイドが出来上がる。それは、もう人工知能のレベルではない。理論上は脳の完全なコピーなのだ。ただし、まだ実験段階であるうえ、コピーのアンドロイドと、元の人間と二つ共存させるのか、そして、本当に人間のコピーであるなら、基本的人権はどうするのかなど、倫理的な問題も解決されていなかった。


(これがアンドロイドなんて……)


 しかし、いずれにせよ、これなら千年もそのままの状態でいるのもわかる。

 髪も皮膚も全て人工なのだが、本物と区別がつかないため、人間と思われたのだろう。というより、レイチェルですらベスの解析がなければ分からなかったのだ。


(ベス、この子の詳細を教えて)

(はい。研究用プロトタイプX-a8型、認識名称『ロザリア』。製造年は惑星標準暦2189年。動力は反物質エネルギー。所属は、ロックフォード研究所です)

(ロックフォード研究所……。たしか、アンドロイド研究の最先端を行く研究所だったわね)


 アンドロイド研究については、レイチェルは門外漢だったが、その研究所の名前は学術誌などでよく耳にしていた。


(千年前に、アルトファリアで発見され、魔幻語を伝えたという伝説の神の巫女ロザリア……。まさか、それがアンドロイドだったとはね……)

(でも、この子の正体を言わない方がいいわよね)


 ロザリアは、神格化され信仰の対象となっている。千年前に作られたこの神殿には、今も多くの人が祈りを捧げに来ると聞いている。そのロザリアが、実は機械人間だったなどと言ったら、その人たちの信仰を混乱に陥れることになることは間違いない。ただでさえ、自分の存在はこの世界をひっくり返す可能性を秘めているのだ。これ以上、波風を立てるようなことはしたくない。


(ベス、この子を起こせる?)


 アンドロイドなら、何らかの方法で再起動できるはずだとレイチェルは考えた。そして、もし起こすことができれば直接話を聞くことができる。


(エネルギーセルの故障により動作停止しているため、修理しないと起動できません)

(そう……、残念だわ)


 いかに有能な科学者であろうと、専門外であるレイチェルには、アンドロイドを修理することができない。目覚めさせるのはあきらめなければならなかった。


(じゃあ、メモリユニットはどこ?)

(頭部にあります)


 レイチェルは、自分の手をロザリアの額の上にかざした。


(ベス、メモリユニットのデータを読み取れる?)

(はい)


 ロザリアを起こす代わりに、レイチェルはロザリアのメモリーを読み出し、何か手がかりがないかを確かめることにした。


「レイチェル、何してるの?」


 その様子を見て、パルフィが隣に寄ってきた。


「ああ、うん。私ね、ロザリアのメモリーバンクから……、と言っても分からないわね。ええと、ロザリアの記憶を読めるわよ」

「ええっ? そんなことができるの?」

「ええ」


 それを祭壇の向かい側で聞いていたクリスたちもレイチェルのところに集まってきた。


「じゃあ、実際に何が起こったのか分かるんだね?」

「すげえな」

「何か私たちの知らないこともあるかもしれないわよ」

「それは、ぜひ聞きたいな」

「いいわよ、ちょっと待ってね」


(ベス、ロザリアがこの時代に目覚めてまたシャットダウンするまでってどれくらいの期間だったの?)

(起動ログによると、およそ4年2ヶ月です)

(4年か……。それだけ長いと、さすがに全部の記憶を調べるのは無理ね)

 

 そこで、レイチェルは莫大な量のデータから、重要だと思われる出来事をベスに検索させた。ベスの解析によると、ロザリアの記憶ファイルは、重要度によって分類されており、それを抜き出して読み出すのは比較的平易な作業だった。そして、それを要約させてから、再生するかどうか決めることにした。


(ベス、最重要指定されている記憶ファイルで、神の巫女伝説に関わるものを探して、順番に要約して教えてくれる?)

(了解しました。まずは、ロザリアが発見されたときの記憶です)


 ベスの要約した内容と、それに合わせた動画が脳裏に再生される。


 それによると、ロザリアは、メンテナンス用のカプセルの中にいたが、発掘隊に掘り起こされた。旧文明遺跡は神の造ったものと考えられていたため、ロザリアは神の巫女として崇められることになった。

 やがて、ロザリアの話す惑星標準語が、魔道に多大な影響を及ぼすことが発見され、ロザリアは惑星標準語を宮廷魔道士たちに伝えた。その一人がマティアスだった。

 当時、まだ体系的に整っておらず、発生させる力も弱かった魔道は、これにより劇的に進歩することになり、アルトファリアにおけるロザリアの重要性も度を増したのだった。


(なるほどね。でも、あまり目新しいことはないわね……)


 千年も前の出来事とは言っても、具体的に何があったのかは、かなり詳細に公式記録として残っている。単なる伝承とは異なり、伝えられるうちに荒唐無稽な尾ひれがつくような類の伝説ではない。ロザリアの記憶も、クリスたちから聞いた伝説と大差はなかった。


(ベス、次のファイルを調べてちょうだい)

(了解しました。次は、ロザリアとマティアスの恋愛に関するファイルです)

(ああ。それは再生しなくていいわ。飛ばして)


 苦笑いして、ベスに命じる。

 レイチェルは、そういったところではロマンチストであった。自分にとって恋とは、ある意味では神聖な侵すべかざる聖域であった。それゆえ、他人の恋愛の記憶を覗き見るという、いわば土足で踏み込むような真似はしたくなかった。それに、いくら歴史上の人物とはいえロザリアは眠っているだけで死んではいないのだ。


(それにしても、恋の話が最重要指定されてるなんて、ロザリアもやっぱり女の子だったのね)


 そう思うと、ほほえましい気持ちになって、クスッと笑いがこみ上げてきた。


(次は、何?)

(エネルギーセルに不具合が発生した時の記憶です)

(じゃあ、それをお願い)


 再び、ベスの説明と、関連した映像記憶の再生が始まった。

 不具合の発生当初は、些細な問題であり、本来なら簡単な修理で済むものだった。しかし、この時代で、アンドロイドの修理などできるわけがなく、日が経つにつれて事態は深刻化していった。

 ロザリアは王宮の敷地内に自分の屋敷を与えられ、マティアスと一緒に住んで暮らしていたが、その幸せな日々は続かなかった。ロザリアは自分のエネルギーセルの故障で、エネルギーが枯渇し、自分の稼働時間がまもなく切れることを知っていたのだ。

 ロザリアは自分の状態についてマティアスに説明はしていた。もちろん、正確に話したところで、理解できないので、体の不調で生命エネルギーが減少していくと説明していた。

 出来るだけ不要なときにはスリープモードに入るロザリア。しかし、それでももうエネルギーの枯渇は深刻な状態だった。


 そして、いよいよシャットダウンの時が来た。


(続いて、シャットダウンの時の記憶です)


 ベスの声と同時に、脳裏に映されている映像が切り替わった。


 ある日、エネルギーの低下により、とうとうロザリアは倒れてしまう。

 目が覚めると、宮殿にある医務室に運び込まれて、宮廷医師たちから治療を受けていたが、アンドロイドにヒーラーの呪文など効くはずもなく、事態は悪化するばかりだった。

 すでに、エネルギーが限界まで低下して、シャットダウンまで後わずかしかないことを知ったロザリアは、医師たちに最後の時をマティアスと二人きりで過ごしたいと申し出て、医師たちは部屋から出て行った。

 後に残された、マティアスとロザリア。


 ここで、当時の映像がそのままレイチェルの脳裏に映された。

 おそらくロザリアが見たものがそのまま映像として記録されているのだろう、その映像はベッドに寝かされたロザリアの視点だった。自分の上からマティアスが覗き込むようにして話しかけてくる。


「ロザリア、死なないでくれ。私を置いていかないでくれ」


 マティアスがやや取り乱したように、ロザリアに取りすがった。


「ううん、死ぬのは私じゃないの。あなたが死ぬのよ。あなたが私を置いて先に逝くの」


 ロザリアの声がレイチェルの脳裏に聞こえてくる。ロザリア視点の映像のため、本人の姿は見えない。たが、音声はそのまま記録されているようだ。


「な、何を言ってるんだ……」


 言われたことが理解できないかのように呆然と見つめるマティアスに、ロザリアが言い聞かせるように説明する。


「あのね、マティアス。前にも言ったと思うけど、私はただ長い眠りにつくだけなの。これからどれくらい掛かるか分からないけど、あなたたちの科学力が十分に進んだとき、きっと私を目覚めさせてくれる。でも、あなたはそのときにはいないでしょ」

「……」

「たとえ周囲の時間が何百年も何千年も経っていたとしても、私が次に目覚めたとき、私にとっては前の晩に寝て次の日の朝に目覚めるのと同じなの。だからね、マティアス。私にしてみたら、目が覚めたらあなたが亡くなってるということなのよ」

「そ、そんな……」

「でも、私の住んでいた世界と同じくらいの科学力になるのは、あなたが生きている間には無理ね」

「で、では、それなら私が大魔道師になって、不死の命を得よう。そして、君を目覚めさせることができるまで生きて待っている」

「だめよそんなの。そうやって言ってくれるのは嬉しいけど、おそらく何百年、もしかしたら千年以上も掛かるわ。もう、私のことは忘れてあなたは自分の人生を生きてちょうだい」

「何を言っているんだ、もう私には君しかいないんだ。ここで諦めるくらいなら、死ぬことを選ぶ」

「マティアス……」


 ロザリアが腕を伸ばして、マティアスの頬に手を当てる。マティアスは、その手に自分の手を重ねた。


「分かったわ、そこまで言ってくれるなら、もう何も言わない。でも、無理はしないでね」

「ああ、でも、気がかりなことが1つある」


 マティアスは、困ったような笑みを浮かべた。


「何?」

「きっと、不死の術を習得するのにあと何十年も掛かると思うんだ。すると、きっと私はおじいちゃんだよ」

「ふふ。なんだそんなこと。いいのよ。私が愛したのは、あなたの見た目じゃなくて、あなたそのものなのだから」

「そうか、それなら安心だ」

「あぁ……、もう意識が薄れていくわ……」


 そのとき、無機質な女性の声がレイチェルの脳裏に聞こえてきた。


(エネルギー低下、これ以上起動状態を維持できません。シャットダウンします)


(これは、内部コンピュータの声ね……)


 レイチェルはおそらく、エネルギー量が低下すると機能保護のために自動で電源がオフになるのだと推測した。


「ロザリア……」

「……おやすみ、マティアス」

「おやすみ、ロザリア」


 おそらくシャットダウンしたのだろう。そこで、視界が暗くなった。





「そうかあ、今のレイチェルの話だと、マティアスは、ロザリアを生き返らせようとしたんじゃなくて、自分が生きて待っていようとしたのね」


 レイチェルが、パルフィたちに概略を伝えると、この悲劇の恋の顛末に心を痛めたようだった。老人の姿でロザリアに寄り添っている像を見た後だけになおさらだろう。


「それで、不死の呪文が編み出せなくて、亡くなったわけか」

「悲しい話だな」

「そうね……」


 その時、ベスの声が頭に響いてきた。


(この後に別のエントリーが記録されていますが、これも再生しますか?)

(え、別のエントリーって、シャットダウンした後なのに?)

(はい。ロザリアがシャットダウンしてから、52年後に短時間だけ再起動しています)

(どういうことかしら……)


 エネルギーセルの故障でシャットダウンしたのなら、修理されない限り再起動するのは不可能なはずだ。そして、この文明には、反物質エネルギーセルを修理する科学力がない。レイチェルは腑に落ちなかった。


「ねえ、みんな、ちょっと待って」


 それぞれに、物思いにふけっていたクリスたちに呼びかける。


「どうしたの?」


 クリスたちが、我に返り、レイチェルを見た。


「ロザリアは仮死状態になってから52年後に一度目を覚ましているわ」

「なんだって?」

「えっ、そんなこと、初めて聞くよ」

「私も初めて聞きました……」


 クリスたちは驚きと、そして、とまどいの声を上げる。

 伝説では、というよりも公式の記録では、ロザリアは永遠の眠りについてそれきり目を覚まさなかったことになっている。それが、短時間でも途中で目を覚ましているとなれば、これまで千年にわたって信じられてきたことに、大きな修正が加えられることになる。これは、神格化され信仰の対象とされているロザリアに関わることだけに、大きな出来事だったのだ。


「てことは、生き返ったの? ホントに?」

「しかし、記録にもないんだろ、そんな話」

「もし本当なら、すごいことだ……」

「聞かせてよ、レイチェル。一体、何があったのか」

「え、ええ、ちょっと待って。今調べてみる」


 クリスたちのとまどう様子に、自分もとまどいながらベスに命じる。

 

(ベス、再生をお願い)

(了解しました)


 すぐに、映像がレイチェルの脳裏に映された。

 そして、それを見て思わず息をのむ。


(こ、これは……?)


 最初に目に飛び込んできたのは、年老いた男の姿だった。




【次回予告】

千年の眠りについたと思われたロザリア、しかし実際は、その52年後に一度、目を覚ましていた。一体なぜ目覚めることができたのか。そして、なぜそのことが記録に残されていないのか。



(エラー発生。該当する時間帯における記憶ファイルが存在しません)



(ロザリアへのエネルギー供給が止まりました)



「私、年上がタイプなのよ。知らなかった?」



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第十二話「生命いのちの二択」をお楽しみに。

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