覚醒 3
(ここが、ベースキャンプのようね……)
レイチェルが連れて行かれたのは、現場から少し離れたところに建てられていた小屋の一つだった。
おそらく、小屋や天幕が建てられていたこの辺りが発掘隊の野営地なのだろうとレイチェルは見当をつけた。
小屋は粗末な作りだったが、それなりに大きく、中にはソファとテーブルがあり、奥には簡易ベッドと机が置かれている。
自分の向かい側には、ウォルターと、彼と同じような身なりの二人が座り、さらに五人の若者がその後ろに並んで立っていた。
全員がそれぞれの場所に落ち着いたところで、ウォルターが口を開いた。
「では、改めて自己紹介をさせていただきます。私は、この発掘調査隊の隊長で、ウォルターと申します。そして、こちらが、副隊長のエドモンド、そして隊員のリンツです。私たちは、考古学を研究する学者であります」
「エ、エドモンドでやす」
「リ、リ、リンツと申します」
二人とも緊張しているようであった。エドモンドは大きな身体を小さく丸め、リンツは声が震えていた。
(緊張しているのかしら……)
不思議に思いながら、レイチェルも会釈する。
「そして、こちらが、私の息子のクリス、そして、その仲間たちです。彼らはこの発掘隊の護衛についてもらっています。このあたりは野盗も魔物も出ますのでね」
そう言って、自分の後ろに立っていた若者を指し示す。
レイチェルはうなずきかけながら、この若者たちが護衛役だと聞いて意外に感じていた。
(護衛って、この子たちが?)
この五人はいずれも若く、うち一人は十二~十三才の子供にしか見えない。また、五人のうち二人の男女は腰に剣を下げていることから武道の嗜みがあるように見えるが、この子供を含めて残りの三人は華奢な感じがあり、とても護衛役につけるとは思えなかった。
比較的きちんとした身なりと若さから、良家の子弟か学生で、発掘隊に同行しているだけだと思い込んでいたのだ。
「あなたのお名前は、レイチェルさんとおっしゃいましたか」
ウォルターがにこやかに尋ねた。レイチェルは物思いから引き戻される。
「はい。この施設に、と言ってももう廃墟のようですが、ここで働いていた科学者です」
『科学者』という言葉を聞いたとき、ウォルターと二人の学者たちは目元をほころばせた。
「それはそれは。レイチェル殿は科学者であられましたか。専門は違えども、同じ学問の徒であられる。それなら、より詳しくお話を聞かせていただけることでしょう」
「あの……、つかぬ事を伺いますが、ここはどこなのでしょう。いえ、それよりも今はいつなのですか?」
レイチェルは、目覚めた時から聞きたかったことをたずねた。ベスの調べで今がいつなのかは分かってはいるものの、本当にそうなのか、そして、どんな返事が返ってくるのか聞きたかったのだ。
ウォルターは優しく頷いた。
「それはごもっともな質問です。まず、ここが『どこか』についてですが、ここは、アルトファリア王国にある村の一つ、フィンルートに近い山岳地帯です」
「アルト……ファリア……王国?」
聞いたこともないような国の名前を告げられ、レイチェルは愕然となる。
「ええ、そうです。そして、今が『いつか』というと、建国暦1293年です。ですが、これはおそらくあなたには意味のない数字でしょう。むしろ、あなたの時代から数えておよそ一万年後と言った方が分かりやすいでしょうか。これは信じていただけないかもしれませんが……」
「……いえ、やはりそうなのですね……」
(やっぱり、私は一万年後の世界に来たんだわ……)
見知らぬ国の名前、そしてベスの計算ほど正確ではなかったが、この古代レベルの文明の調査でさえも一万年という数字が出てくるというのが、何か決定的な証拠を突きつけられた気がした。
「ほう、ご自分でもお気づきでしたか」
ウォルターが意外そうに訊いた。
レイチェルは、ウォルターの言わんとするところがわかった。ずっと寝ていただけの自分が、どうして一万年が過ぎたと知っているのか不思議に思ったのだろう。
「ええ、星の配置が私の時代とは異なるものですから……」
本当は、ベスの分析によるのだが、ここで、BICの話をしてもややこしくなるだけである。レイチェルは端折って簡単に言った。
「おお、それでは、レイチェル殿は星が読めるのですな。さすがは科学者であられる」
「なんと、それはすごい」
「見ただけで、それが分かるとは……」
ウォルターやエドモンドたちが口々にレイチェルを称えて、感嘆の眼差しを向ける。
だが、レイチェルのほうはそれどころではなかった。
「あの……、私、……私は、これからどうしたらよいのでしょう?」
ショックから立ち直ったわけではないが、周りの状況に慣れてくるに連れて、今後のことが気がかりとなってきていた。一万年後というのは、もう社会制度も法律も習慣も何もかも異なっていると考えるべきであろう。一人で生きていくのは不可能に思えた。
それに、こんなところで目覚めてしまった自分の立場がどうなるのかなど分かったものではない。文化や人種の異なる者を虐げたり不当な扱いをしたりするというのは、人類の歴史の中で何度も行われてきたことである。
ウォルターは難しい顔をして、あごをなで回した。
「まさに、それを相談しようと思っておったのです。正直言って、これはかなり難しい問題です。前例のないことですからね。いや、あるにはあるのだが、千年も前の話だ。この発掘調査はベルグ卿の資金提供の元で行われておりましてな。そのため、発掘中に発見された物については卿に決定権があります。ただ、あなたは出土した工芸品などではなく、一人の人間であられる。しかも、一万年前から来た方だ。これほど重大な発見、と言いますか、出来事は、私もいずれは政府に報告しなければなりません。おそらく、最終的には国が決めることになるでしょう」
レイチェルは無言でうなずいた。
「ただ、難しい問題だと言いましたが、無下に扱われることはないということだけは、ご安心ください。わが国は、あなたの時代の文明、失礼ながら『旧文明』と呼んでいますが、これにとても深い関心と思い入れがありましてね、少しでも多くのことを知りたいと調査と研究に力を入れているのです。あなたはその時代に生きていた方だ。しかも、一万年も眠って目覚めたというのは、奇蹟のような話です。むしろ神の使いとして、神格化されることになるかもしれません。特に、一般の市民たちは信心深いですし」
「そうですか……」
レイチェルは、先ほど自分が目覚めた時、村人らしい者たちが、自分に祈りを捧げていたのを思い出した。
神格化され、奉られるというのはあまりうれしくない話だった。なにしろ、自分は科学者なのだ。しかし、処刑されたり奴隷になるよりもはるかによいのは当然である。
「大ごとになってしまい戸惑われるかもしれませんが、私たちもあなたを起こしてしまった責任というものもあります。できるだけのことはいたしますので」
「……ありがとうございます」
少し気分が楽になった気持ちで、レイチェルは肩の力を抜いた。
「それで、レイチェル殿にひとつご相談があるのですが……」
安堵した様子の彼女を見て、ウォルターが熱心な様子で身を乗り出した。
「何でしょう?」
「あなたは先ほど、これからどうしたらいいのか、とお聞きになった。これは、もしレイチェル殿にその気があればということなのですが、私たちの発掘と調査にご協力いただけませんか。あなたが働いておられたこの施設だけでなく、私たちは旧文明時代の生活や社会について、確かなことを何も知りません。遺跡を調査して、推測するだけです。しかも、旧文明と我々の文明はあまりに異なるため、ほとんど理解が進んでいないというのが実のところです。しかし、あなたなら事実として様々なことをご存じです。それを教えていただければ、どれほど我々は旧文明について知ることができるでしょう」
「なるほど」
「その代わりといっては何ですが、私達はあなたにこの時代のことを教えて差し上げることができます。おそらく何もかもがあなたの時代とは異なっているでしょうからね。これから生きていく上で知っておいたほうがいいこともたくさんあるでしょう。また、もしご協力いただければ、この発掘隊でお迎えしたお客人ということで、あなたが落ち着くまでお世話もさせていただきます。むろん、もしあなたが出て行きたいとおっしゃるなら、お引き留めはしません。いかがでしょうか」
「そうですね……」
たしかに、ウォルターの言い分はもっともであり、これからのことを考えると、自分にとってもありがたい話であるように思えた。仮に、今ここを出たとしても、一人で生きていけるわけがない。自分は全く未知の世界にいるうえ、住むところも生きていく手段もない。おまけに、他に知り合いも助けてくれる者もなく、自分一人なのだ。こうなった以上、生きてゆく算段をつけなければならない。レイチェルの決断は速かった。
「……分かりました。そういうことであれば、ご協力させていただきます」
それを聞いてウォルターたちは一様にうれしそうな表情になった。
「それは良かった。私たちは、みな旧文明に魅了されて考古学者になった者ばかりです。今回、このようにレイチェル殿にお会いできたのは、本当にうれしいことで、あなたからいろいろなこと学べるかと思うと、少々舞い上がってしまってます」
ウォルターは照れたように微笑んだ。
それにつられて、エドモンドとリンツもまだぎこちないながらも相好を崩した。
「いずれにしても、今日は心身ともにお疲れでしょう。今晩はゆっくり休んでいただいて、今後の詳しい話はまた明日ということにしましょう。今日からは、この小屋をご自分の部屋としてお使いください」
「はい。ありがとうございます」
ウォルターはクリスたちを振り返って言った。
「クリス、お前たちはレイチェル殿の警護と身の回りのお世話を頼む。お前のパーティにちょうど女性が二人もいることだしな。我々はむさくるしい無骨な男ばかりだ。お前たちにやってもらった方がいいだろう」
「うん、わかった」
「それでは、レイチェル殿。私たちはこれで失礼します」
ウォルターは立ち上がった。エドモンドとリンツも慌ててそれに倣って立つ。
「何かあったらこのクリスたちになんなりと申し付けてください。明日は、このあたりを案内させましょう」
そして、丁重に礼をして出て行った。
それを見送って、ふうっとため息をつくレイチェル。
あまりの環境の激変と、次々と流れていく状況に目が回る思いだった。
(寝てる間に一万年過ぎてて、目が覚めてみたら、神様扱いなんてあんまりだわ……)
これは一体なんの冗談だろうか。こんなふうに人生が変わってしまうというのは、さすがに夢にも思っていなかった。
しばらくの間、物思いに沈んでると、
「コホン」
という咳払いが聞こえる。我に返ると、クリスたちが心配そうに自分を見つめながら、立っているのに気がついた。
「あら、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたものだから」
「あ、気にしないで。えーと、なんだか、レイチェルさんのお世話係になったみたいだから、挨拶しておこうと思って。僕はこのパーティのリーダーで、クリスだよ、よろしくね。そして、こちらが、パルフィ、グレン、ミズキ、そしてルティだ」
クリスが紹介すると、パルフィたちは口々に挨拶して、手を差し出す。
「こちらこそよろしく。私のことはレイチェルって呼んでね」
一人一人、手を握り返しながら、レイチェルが言った。
「それじゃ、早速だけど、レイチェル。何か必要なものとかはある?」
「いえ、特には」
「じゃあ、お腹空いてない?」
「あ、そうね。そう言われてみると、空いてるかも」
目覚めてから今まで、食事の事など考える余裕もなかったが、そう聞かれてみてレイチェルは自分が空腹である事に気がついた。
「そりゃそうよねえ。一万年も何も食べてないんだし」
「うふふ。そういう考え方もあるわね」
「そういえば、オレたちもまだ晩飯食ってなかったな」
「あたしもお腹が減ってきたわよ」
「では、どうだろう、ここで我々もお相伴に預かるというのは。あ、もちろん、レイチェル殿が、お一人がいいというなら、遠慮するが」
「そうね、私はみんなと一緒に食べるほうがいいかな」
一人になって、いろいろ考えたいという気持ちもあったが、年も近く、気のおけなさそうなこの五人組と夕食を取るのも悪くないと感じた。それに、今はいろいろなことを知っておきたい。
「わかったわ。じゃあレイチェルのも一緒にもらってくるわね」
「クリスは、ここにいてくれ。レイチェルの護衛も仕事だからな。おめえの分も持ってきてやるから」
「そうだね。じゃあたのむよ」
「おう、行ってくるぜ」
そう言い残して四人は出て行った。
ぽつんと一人残されたクリス。
「ええと……」
「ふふ。遠慮しないで、座って」
レイチェルは、所在なさげに立っていたクリスに言った。
「うん、では失礼して」
クリスは、はにかんだ笑顔を見せて、レイチェルの向かいの椅子に座った。
そして、遠慮がちに尋ねる。
「気分はどう?」
「そうね、体調は悪くないんだけど、ちょっと頭が混乱してるかな」
「そりゃ、そうだよね。でも、一万年寝るってどんな感じなの?」
「うーん、寝てる本人は時間の経過なんて分からないから、気持ちとしては次の日起きたのと変わらないわ」
「へえっ。そうなんだ。じゃあ、普通に目が覚めてみたら、ここにいたってことか。すごい話だねえ」
「本人に自覚はないけどね」
レイチェルが苦笑いで答える。
そのとき、ドアが開いて、パルフィたちが夕食を盆にのせて戻ってきた。
「持って来たわよ」
「あれ、おかえり。やけに早かったね」
「うむ。ちょうど、夕食の支度ができてこちらに持って来ようとしていたんでな、そのままもらってきたのだ」
「ああ、そうなんだ」
「さあ、これがレイチェル殿の分だ。お口に合うといいが……」
お盆を二つ持ってきたミズキが一つレイチェルに渡す。
「ありがとう」
レイチェルが盆を受け取って、興味津々で覗き込んだ。
「へえ、おいしそうね」
穀物を挽いて作った団子やパン。野菜などを炒めたもの。焼き魚に何かのクリームがかけられているもの。それに、グラスには水に葡萄の果汁を垂らしたような薄い紫の液体が入っていた。
見た目は普段から自分が食べているのと変わらないように思える。
「ほらよ、クリス。こっちはおめえのだ」
「ありがとう」
「あたし、もうおなかぺこぺこよ」
パルフィたちが盆をテーブルに置いたり、ひざに載せたりしながらいすに座る。
「では、冷めないうちに頂こう」
「いただきます」
「いただきまーす」
クリスたちが食べ始めるのを見て、レイチェルはベスに命じた。
(ベス、この食事を分析して、私の食べられないものが入ってないか確認してちょうだい)
(了解。スキャン中……)
一万年の間に、人類の体質が変わってしまっている恐れもある。それに合わせて作られた食事も、口に合わないというレベルではなく、医学的に自分の体が受け付けない可能性もあった。
(見た目は美味しそうだけど、慎重にならないと……)
すぐにベスの返答が頭に響く。
(確認OK。いずれもあなたが食べても大丈夫です)
(わかったわ。ありがとう)
そのとき、ふとクリスが不思議そうな目でこちらを見ているのに気がついた。
「ん? クリスどうかした?」
「あ、いや、なんでもないんだ。さ、さあ、レイチェルも一杯食べてね」
「……? ええ、ありがとう」
そして、手始めに野菜を炒めたものを口に入れる。
「あら、おいしい」
それは、素朴な料理ではあったが、十分に美味であった。
そして、これがレイチェルがこの時代に目覚めて、初めて食べる食事であった。
【次回予告】
見知らぬ時代の食事、それはレイチェルに、とある昔の出来事を思い出させた。
「ねえ、『リチャード』ってレイチェルの彼?」
「ぶっ、パ、パルフィ、だ、だめだよ、そんなこと聞いちゃ」
「あら、パルフィは、好きな人いないの?」
「え、あの、そ、そんなのいないわよっ」
次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」
第六話「覚醒 4」をお楽しみに!




