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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
36/157

覚醒 2(挿絵あり)

 それから3日ほどは、何事もなく過ぎた。


 クリスたちは、発掘隊の護衛役も務めながら、発掘作業も手伝い、忙しい毎日を過ごしていた。

 野盗は襲ってこなかったが、山のそばということもあって、魔物が何回か出現したり、日用品の買出し部隊の護衛について、途中で魔物が出てきたりしたため、それなりに修行にもなっていた。


 そして、4日目の夕方。


 すでに辺りは暗くなり、発掘現場には大きな篝火が置かれ、幻想的な光が辺りを照らしている。

 それはちょうど、クリスたちとウォルターが、休憩用に置かれたテーブルに座って一休みしている時だった。副隊長のエドモンドが大きな体を揺すりながら血相を変えて走ってきた。


「た、隊長、隊長ーっ」


 普段は、堂々としてあまり物事に動じなさそうなエドモンドが、必死になって駆け寄ってくる。


「どうした。何かあったか」

「た、た、大変です、で、で、出ましたぜ」


 かなり興奮しているのか、どもるエドモンド。


「まあ、おちつけ。出たって、魔物でも出たか?」


 その言葉に、クリスたちも表情を引き締め、腰を浮かす。



「い、いえっ、違います。ひ、棺が、棺らしきものが出土しました」

「なんだと!」


 それを聞いてウォルターも同じように興奮して飛び上がった。これまで、様々な旧文明の遺跡が発見されてきたが、棺の発見はほとんど例がない。まさに大発見だった。


「い、いま掘り出している最中ですが、比較的状態はいいようです。リンツが調べてます」

「よし、すぐに案内しろ。クリス、お前たちも来てくれ」

「うん」




 クリスたちが現場に行くと、すでに棺らしき白い箱が掘り起こされていた。篝火(かがりび)が置かれているため、オレンジ色に照らされている。

 棺といっても、普通の形ではなく、棺部分は箱形だが、蓋の部分がなめらかな丸みを帯びた形であった。また、不思議な金属でできていて表面はツルツルしている。 棺部分も、出土したばかりで土まみれだったが、大小様々な装置が取り付けられているように見える。

 すでに、そばにはリンツがしゃがんで食い入るように観察していた。村人たちは立場をわきまえて遠慮しているのか、少し後ろに下がって遠巻きに見守っていた。


「リンツ、どうだ?」


 ウォルターもすぐに棺の横にしゃがんで、調べ始める。


「はい、40年前に発見された物と同じ物だと思われます」

「あの時は、確か、空の状態だったんだな」

「ええ。そう報告されています」

「前にも見つかってるの?」


 パルフィが尋ねた。


「ええ。40年ほど前ですが、別の遺跡で、やはりこのような形の棺が発見されていましてね。しかし、そのときは棺は空で、内部に骨などもなくて、結局未使用だったのではないかと考えられてるんです」


 リンツは、パルフィたちよりも数才年上だったが、普段から丁寧で落ち着いた言葉遣いで話していた。ただ、今はこの発見に興奮しているのか、やや声に緊張の響きが感じられる。


「へえ」

「よし、開けてみよう。その時と同じ棺なら、蓋を開く機構が付けられていて、どこかにボタンがあるはずだ」


 そういうと、ウォルターたちは棺の下部に頭を寄せ、何かを探し始めた。


「ありやしたぜ」


 棺の足側にいたエドモンドが、棺下部の何かから指を離さないようにしながら、身を起こした。ボタンに指を置いているらしい。ウォルターとリンツもそれを聞いてすぐに身を起こす。


「どうします。押しますかい?」


 エドモンドも緊張のまなざしでウォルターを見た。クリスたちは最前から身じろぎもせず、その様子を見つめている。


「いいだろう、開けてくれ」


 ウォルターが力強くうなずいた。


「了解。いきやす」


 やや張り詰めた声でそう言って、エドモンドがボタンを押した。

 すると、気体が急激に漏れるような音がして、棺のふたの部分の両側が少し持ち上がった。隙間から、冷気のような霞がもわもわとあふれ出る。

 そして、そのまま機械の駆動音とともに蓋全体が下に下がっていく。

 

 その瞬間。


「あっ」

「これは」


 人々が大きく息を呑む。


「何ということだ……」


 ウォルターも、棺の中を凝視したまま、魅せられたように、身動きが取れないようであった。


 棺の中に横たわっていたもの、それはうら若い美しい女性だった。

 しかも、単に眠っているだけであるかのように、目を閉じ、両手を胸のところで組んでいる。年はクリスたちよりも2~3才上に見える。金色の長髪が篝火に照らされて眩しい。

 簡素だがこれまで見たことのないような白衣を着ており、上半身から膝下までを覆っていた。その下には襟のついた緑色のシャツが見える。



挿絵(By みてみん)



「こ、これは、ま、まさに、伝説の再現だ……」


 リンツが、まるで女性を起こしてしまうのを恐れているかのように、小さな声でつぶやいた。


 神の巫女が魔幻語を伝えたという伝説は、アルティアに住むものなら誰でも知っている。そして、その巫女は旧文明の遺跡で眠った状態で発見されたのだ。


「これは、死んでるのか」


 グレンが思わずといった感じで、尋ねた。


「いや、死んでいるならとっくに白骨化しているはずだ」


 それにエドモンドが答える。


「この肌の色とつやといい、単に眠っているとしか思えん。ただ、すこし顔色が悪いようだが」


 確かに女性の顔色は血の気が引いた状態に見えた。単に寝ているというわけではないようだ。


「こ、これが、もし伝説の再現だとしたら、そのうち目を覚ますのかもしれません」


 リンツが声を震わせながら言った。


「どうしたら起きやすかね」

「いや、まて、見ろ、顔色がよくなってきた」


 ウォルターの言葉通り、女性の顔に血の気が戻り、頬にも赤みが差してきた。

 同時に、女性のまぶたがピクッピクッと震えて、そして、少しずつまぶたが開いていく。


「あ、目を覚ますぞ」

「おお」

「なんということだ……」


 女性は完全に目を開いた。最初、焦点が合っていないようだったが、やがて、意識もはっきりしてきたらしく、目に力が戻って来た。それと同時に、困惑の表情になり、ガバッと身を起こした。


「おおっ」


 その突然の動作に、驚いて身を起こすウォルターたち。さらに、その後ろでは、


「ははーっ」


 信心深い村人たちは一様に、平伏していた。彼らにとっては、神の巫女が目覚めたということで、まさに神の降臨と同じくらい畏れ多い出来事のようであった。

 ウォルターたちは学者らしく、これが神の使いなどではないことを知っているためか、むやみに神聖なもの扱いしてひれ伏したりしなかったが、それでも、1万年前から眠り続けた女性と、その女性をかくも長く生きた状態にしておくことができる文明に対して畏敬の念を持っているようであった。


「……」

「……」


 あまりのことに言葉を失い、ただ女性を見つめるだけのクリスたち。しばらくの間誰も口を開くことが出来なかった。

 その女性は、なにやら困惑の表情でこちらを見ていたが、やがて口を開いて話しかけてきた。


「◆□●△□△●★▽」


 しかし、それは全く理解できない言語だった。

 だが、女性が自分たちに向かって何かを話してきたということが、一同にさらに大きな衝撃を与えた。


「しゃべったぞ」


 あまりの衝撃に後ろに控えていた村人たちは何人かが腰を抜かして、ガタガタと震えだした。両手を合わせて必死に祈る姿が見える。

 ウォルターたちは口々に女性に話しかけた。


「私の言うことが理解できますか?」

「あなたの名前はなんですか?」


 しばらく、その言葉に耳を傾けていたようだったが、女性は、首を振って、右手の人差し指と中指を唇に当てたあと、両手の手のひらを前に出す仕草を見せた。


「どういうことだろう?」

「これは、何かを伝えようとしているのだ。きっと、向こうも言葉が通じないのに気がついて、考えているのではないか」


 ミズキが言った。


「唇に手をやったというのは、話しかけるなってことよね、きっと……」

「そうかもしれない。すこし、待ってみよう」


 パルフィのつぶやきに、ウォルターも同意する。


「隊長……」


 リンツがかすれた声でウォルターを呼んだ。


「ん?」

「もし言い伝え通りだったら……」

「ああ、このあとこの女性は我々の言葉を話すはずだ……」


 伝説では、神の巫女は目覚めたあと、誰も理解できない聖なる言葉を口にし、その後、人間の言葉で話しかけてきた、とある。

 一同は、もう話すこともなく、じっと女性を見守っている。

 女性は、ふと星空を見上げたり、何か考え事をするようにみえた。

 そして、しばらくすると女性の目に涙が浮かんできた。ひとしずく頬を伝って下に落ちる。


「え、どうしたんだ」

「泣き出したぞ」

「どうしました? どこか痛いのですか?」


 伝説には、巫女が泣き出したなどという記述はない。慌てふためく一同。


「もしもし、僕たちの話す言葉が分かりますか」


 思わず、声をかけたクリスだったが、女性は、理解できている者の確かさで、クリスの方を見、そのクリスの言葉にうなずいた。

 それを見て、「おお」というどよめきが広がる。

 そして、女性はクリスたちを見渡して、ハッキリと口を開いた。


「初めまして、私の名前はレイチェルです」

「!!」


 そのときの衝撃は、レイチェルが目を覚ましたときよりも大きかった。

 一同はしばらく身動きすることすらできなかった。


「……ほ、ほんとに伝説通りになっちまった……」


 エドモンドがつぶやくのが聞こえる。

 リンツも、ほとんど恐怖を感じているかのような表情で見つめるばかりである。

 だが、ウォルターは立ち直るのが早かった。


「レイチェル殿、私の名前はウォルターといいます。この発掘隊の隊長です。分かりますか?」


 ウォルターは、すこしゆっくりと、そして敵意がないことを示すかのように優しく微笑みながら話しかける。

 レイチェルはウォルターの方を向いてはっきりと返事をした。


「ええ。ウォルターさん」

「あなたはかなりの長期にわたって眠っておられた。ご気分はいかがですか?」

「……ええ、大丈夫です」

「それはよかった。では、とりあえず、このままでは何ですから、私たちの小屋へご案内いたしましょう」

「……はい」


 そして、ウォルターは立ち上がり、レイチェルの手を取って、レイチェルが立ち上がるのを助ける。

 レイチェルは、一瞬ふらつく様子を見せたが、すぐに立ち直り、棺から足を踏み出した。


 伝説は、今、再現されたのである。



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