第18話 旧文明遺跡の罠 (挿絵あり)
神殿跡の奥に行くと、三人の姿はなかったものの、地下に向かう二十段ほどの狭く長い階段が見えた。どうやら彼らはそこから下に降りたらしい。階段は神殿の床を掘る形で作られていたため、手前からは死角になっていたのだ。そして、その階段の先には別の建物らしき構造物の入り口が見える。その入り口は開いていた。
「えっ? あれっ?」
ルティがその階段を見て驚いた声を上げた。
「どうした、ルティ」
「こんなもの今まではなかったのに……」
「そうなの?」
やや落ち着きを取り戻したクリスが尋ねる。
「はい。ここには何度も来ていますが、こんな階段なんてありませんでした……」
「あの召喚士が土を掘って作ったのではないか?」
ミズキが、階段のわきに盛られた土砂の山を指差す。
「でも、この階段は石を組んで作ってあるよ。壁もそうだし。しかも、相当古そうだ。おそらく、神殿が作られたときに一緒に作られていたものを、最近になって掘り起こしたんじゃないかな」
クリスが階段のそばにしゃがんで、階段や壁を観察しながら言った。
「なるほどな」
「……ここに足跡が幾つかある。多分、この小さいのはパルフィのだ」
「ということは、やはり、ここから中に入ったのだな」
「と思う。僕たちも降りてみよう」
「はい」
クリスたちは階段を降りて、入り口の前で立ち止まった。中をのぞいたが、明かりが届かないため、暗い通路が奥に続いていることがわかっただけだった。
「しかし、ここは何だ? 神殿の地下室とは思えないが……」
ミズキが、入り口の構造を調べながらつぶやいた。
確かに、神殿の外の部分とこの入り口から向こうではまるっきり別の建築物であるどころか、まったく異質のもののように感じられる。神殿跡が石を組んで作られているのに、この入り口とその奥に見える範囲の部分は、何かしらの金属でできているようだった。
「変わった建物ですね」
ルティも不思議そうに見ている。
「秘密の宝物庫でもあるのかもしれんな」
「どうしようか?」
「うーむ、だが、二人だけ行かせるわけにもいかないだろう」
「そうだね。しようがない、僕たちも行こう」
「はいっ」
まずミズキが先に入る。そして、ルティが続き、最後にクリスが建造物に入ったそのとき、
『……入っちゃダメだ』
いきなりクリスの頭の中に声が響いてきた。
(えっ?)
クリスは後ろを振り返ったが、見えるのは先ほど下りてきた石の階段だけである。
(なんだったんだろう、今の声は……それにどこかで聞いたことのある声のような……)
クリスはしばらく頭を悩ませていたが、
「クリス、何をしている」
先に進んでいたミズキから声をかけられ、我に返った。
「う、うん、今行く」
そして、今は声の正体を考えている場合ではないと、軽く頭を振って、ミズキたちの後を追った。
明るい野外にいたせいか、明かり一つない漆黒の闇のように思えたが、目が慣れてくると、少し暗めの赤いランプが間隔を置いて設置されているようで、中は通路全体が赤い光でぼうっとしていた。
「妙な造りの建物だな」
「そうですね……」
ミズキとルティが興味深そうに見回しながら歩く。だが、クリスは、奇妙な既視感に囚われていた。
ここに来たことはないが、これと同じ雰囲気の建物に入ったことがあるのだ。それも、今朝早くに。
(ここは……旧文明の遺跡だ……)
今歩いている通路は、床も壁も濃い灰色で、一切の飾りがない。同じく天井には大小いくつかの管がむき出しのまま通っていた。この建物は極めて殺風景で、快適さを一切考慮に入れていない作りに見える。
アリシアの遺跡は、もうすこし温かみのある色や装飾であった。
ただ、あまりにも異なる二つの建物ではあるが、建設するのに必要とされる技術や、建物の様式が、自分たちの世界のものとは全く異質ものであることは明らかだった。それに、この薄暗い赤いランプは、彼女の遺跡にも取り付けられていた。
(アリシア……)
今朝方の彼女との邂逅がクリスの脳裏に蘇る。
まだ、彼女の死を受け入れられない気持ちもある。直接、彼女が亡くなるところを見たわけではないのだ。だが、同時にそれが事実であるということも心の何処かで分かっていた。人の命をなんとも思わないあのケフェウスなら、むしろ、殺していないのに殺したとウソを付くほうが不自然とさえ言える。
(僕が、奴を連れてきたも同然だ……)
クリスは、自分を責めずにはいられなかった。
全てが不可抗力であることは頭では分かっている。だが、自分さえあの場所に逃げ込まなかったらという思いが抜けないのだ。
(アリシア……、必ず、奴は倒すよ。それが、せめてもの君へのお返しだ)
クリスは、改めて仇討ちを心に誓った。
しばらく進むと、大きく左に曲がり行き止まりにたどり着いた。そこは通路よりも広くちょっとしたホールのようになっているが、単に通路が広くなっているだけで窓もドアもなく、調度品もなかった。そして、一番奥でグレンとパルフィが何やら壁を熱心に調べているのが見えた。
クリスが自分の物思いから我に返り、彼らに声をかけた。
「二人とも、こんなところにいたのか。心配したよ」
「おう、みんな来たか」
二人が体を起こして振り返る。
「あいつはどうしたの?」
「いや、それが不思議なんだが、ここで消えたんだ」
「消えた?」
「そうなのよ。間違いなくここに逃げ込んだのに、あたしたちが来たときには忽然と消えてたのよね」
「テレポートじゃないの?」
「ううん。そんなに速く呪文は唱えられないわ。それに、アイツは召喚士だからテレポートは使えないはずよ」
「それで、この部屋に隠し扉でもあるんじゃないかと思ってな」
この通路も、石や土などで出来ているものではなく、つるつるの金属のようなもので出来ているようだった。
「なんだか、変わった地下室よね。ていうか、ホントにこれ神殿跡の地下室なの? 感じも全然違うし、それに、まだ建てられたばっかりって感じ」
パルフィがものめずらしそうにきょろきょろと見回した。
「うむ。外の部分は朽ち果てているように見えたのだがな。どういうことだろう」
ミズキも不思議そうにコツコツと壁をたたく。
「……ここは、旧文明の遺跡だよ」
再び、色々な思いに流されそうになるのを懸命に堪えながら、クリスが告げる。
「旧文明? これがそうなの? へえ、あたし入るの初めてだわよ」
「オレもだ」
その言葉に、ミズキとルティも頷く。
「それって、魔幻語を作ったっていう文明で、大昔に滅びたのよね、たしか」
「ふーむ。話には聞いたことはあるが、これがそうなのか?」
「うん、僕たちの文明が生まれる前、一万年も昔に栄えていたというまったく別の文明があった。今のこの世界じゃ考えられないくらいそれはとても発達していたらしく、魔道を使えない一般の人々でさえ、空を飛んだり、海を渡ったりしていたらしい」
「おめえ、よく知ってるじゃねえか」
グレンが感心する。
「実は、僕の父親は考古学者でね。旧文明とその遺跡を研究してるんだ。それで、小さいころからこういう遺跡に何度も連れて行ってもらったことがあるんだよ」
「へえ、そうなの?」
「それぞれ形も中身も大きく違うんだけど、建築様式というか、建物の様子はわりと似てるから」
「しかし、外はもう完全な廃墟だと思ったが、中は新品同様だな」
ミズキがそばの壁に手を滑らせる。
「うん。おそらく、外側の構造物、古代神殿跡ってエミリアさんが言ってたけど、それはかなり後になって建てられたものだと思う。旧文明の遺跡については、僕たちの祖先が書いた古代の石碑などの記録にも残っていて、当時からこの状態だったらしい。で、祖先たちは旧文明の遺跡を神の創った建物として崇めていて、こんな遺跡が見つかるとそこに神殿などを建てたりしてたんだって。だけど、いかんせん僕たちの祖先と旧文明の技術力の差で、後に作ったはずの神殿のほうが先に朽ちていったということらしいよ。父さんの受け売りだけどね」
「へえ、そうなんだ」
「なるほど」
「だいたい外側で朽ちている廃墟は、三~四千年前より後のものって言われていて、この旧文明の遺跡のほうは一万年くらい前のものだって」
「ほええ、一万年かよ」
「想像もつかないわね……」
スケールの大きさに、パルフィたちが口々に驚きの声を上げた。
「わ、私は、小さい頃から神殿跡には何度も来ていましたが、地下にこのようなものがあるとは夢にも思いませんでした……」
ルティは、衝撃を受けたかのように唖然としていた。
「そりゃ、そうよ。こんなものが埋まってるなんて誰も思わないわよね」
「うむ。だが、どうやってか、あの召喚士はここに旧文明の遺跡があると知ったのだな。それで、神殿跡の床を掘りだしたわけか」
「しかし、あの野郎、こんな遺跡に何の用があるってんだ」
「何か研究してるって言ってたわよね」
「だが、クリスの父上と同じように、考古学の研究というわけではないようだな」
「どうせロクでもねえことだぜ」
「あれ、ちょっとまって、これって壁じゃなくて扉みたいよ」
パルフィが、突き当たりの壁に手のひらを当てて上下に滑らせる。
「ここにつなぎ目があるわ。ここから開くんじゃない?」
「しかし、取っ手も何もないぞ」
壁に扉らしきものがはめ込まれているように見えたが、取っ手やノブなどは一切なく、押しても横にスライドさせようとしてもビクともしなかった。
「どうやって開けるんだ、これは?」
「おそらく、扉を開ける装置のようなものが備え付けられていて、どこか扉の横にボタンがあるはずだよ。自動で開くと思う」
クリスはドアのすぐ横の壁に手のひらを滑らせて、その装置を探した。
父に連れて行ってもらったときも、このような扉には自動開閉装置のようなものが備え付けられていると聞いたのだった。
「あった。たぶんこれだ」
指先が突起を探り当てた。それを押すと、空気が勢いよく漏れるような音がしてひとりでに扉が開く。
「うおっ」
「なんだ、勝手に開いたぞ」
「そういうものなんだよ」
扉の中は、窓一つない小部屋だった。物置程度の大きさで、室内には調度品も何もなく、完全ながらんどうだった。
「なんなのここ。倉庫か何かかしら?」
きょろきょろと周りを見渡しながら、パルフィが中に入る。
「しかし、ここにヤツが隠れたとも思えんな……」
グレンもパルフィについて中に入る。そして、クリスたちが後に続いた。
「ここから他の部屋につながっているのかもね」
クリスはそう言って、横の壁を調べ始める。
ミズキとルティもクリスの横に来て、扉を探す。
「おい、クリス、これを見てくれ」
しばらくして、グレンがクリスを呼んだ。
「ん、どうしたの?」
振り返るとグレンが扉の横を指差していた。
「ここに別のボタンがある。これで、別の扉が開くんじゃねえか」
そう言いながら、グレンがボタンを押そうとするのを、クリスが慌てて止めた。
「あ、ちょっと待っ……」
だが、クリスが言い終える前に、グレンはボタンを押していた。その瞬間、再び扉が閉まった。
「あっ、扉が閉まったわよ」
「グ、グレン、もう一回押して!」
「お、おう」
グレンが慌ててボタンを押すがもう扉は開かない。焦ったグレンはさらにカチカチとボタンを何度も押すが、扉は一切反応しなかった。
「何やってんのよ、もうっ。閉じ込められちゃったじゃないのよ!」
「だ、だってよ……」
その瞬間、部屋の外で蚊の鳴くような甲高い音が聞こえてきた。
「な、何でしょうか?」
ルティが不安げな声を出す。
そして、一同が顔を見合わせると同時に、かすかに部屋全体が揺れ、クリスたちは浮揚感を感じた。慌てて壁にへばりつくように後ずさる。
「こ、今度は、な、なによ?」
「この部屋、もしかして動いてませんか?」
「うむ。しかも、どうやら下に向かっているようだ」
この一連の動作に、クリスには思い当たる節があった。
「……これは、もしかすると、『昇降機』かも」
「何だそれ?」
「旧文明の機械だよ。階段の代わりに部屋が上下に動いて人を運んでくれる機械だ」
「すげえな。そんなものまであるのかよ」
「ということは、私たちは下の階に降りているというわけか……」
「そのようですね」
やがて、かすかに自分の体重が一瞬重くなった気がして、装置の駆動音がやみ、ふたたび部屋の中に静寂が戻った。
「止まったみたい」
そして、一瞬の間のあと、また空気の漏れるよう音がして扉が開いた。
「あ、開いた」
「あっ」
「なんだ、ここは……」
クリスたちは、昇降機を出て周りを見回す。
そこは、先ほどまでいたところとは明らかに違っていた。
自分たちがこの小部屋に入ったときは、外は広い突き当たりのようなところだったはずだ。それが、今は、大広間というには広すぎる巨大な空間の中だった。薄暗いが照明も灯されており、かなり先まで視界に入る。
昇降機はこの部屋の壁に埋め込まれる形で取り付けられているらしく、右を見ると壁がはてしなく続いている。左手は、すぐに奥の壁だ。また、天井も高く、四階の高さぐらいにあるようだ。先日の筆記試験が行われた大広間よりもさらに高く、広い。そして、中には家具や調度品などは何もなく、見渡す限り何もなかった。見えるのは、昇降機と果てしなく続く壁である。
「……確かにクリスの言うとおり、その部屋が移動したようだな」
「へえ、旧文明ってのも結構便利ね」
『ほう。ここまでたどり着きましたか』
突然、ケフェウスの声が広間に響き渡った。辺りを見回しながら中に進むと、昇降機と同じ側の壁の中央部に、大きな窓が埋め込まれているのに気がついた。そして、その向こうは小部屋になっており、その中にケフェウスが立ってこちらを見ていた。どうやら、この大広間を観察するための部屋らしい。
その中には幾つかの装置が備え付けられているように見える。窓の下に沿って備え付けられている装置は、何か仕掛けがあるのか、それ自体が淡く発光しているようで、こちらを見ているケフェウスの顔が照り返されいるのがガラス越しに見えた。
「てめえ、そんなところにいやがったか」
「もう逃さないわよ」
五人は窓の前まで駆け寄った。
『フフフ。昇降機に乗れる程度には知能があるようですね』
ガラスがよほど厚いのか、ケフェウスの声は直接聞こえない。何らかの装置によって、上から聞こえてくる。
「けっ、あんなもの乗れた程度で知能とか言うんじゃねえよ」
グレンたちが油断なく対峙する。
「そんなところに潜り込んで、あんた袋のネズミよ」
「観念しやがれ」
『そうでしょうか?』
ケフェウスが不快な笑みを見せた。
それを見て、クリスは何も言わず、氷柱の呪文を唱え、宙に現れた氷柱を全弾窓に撃ち込んだ。だが、全くガラスを貫通することができず、すべて跳ね返され、床に落ちて消えてしまった。窓には傷一つついていない。
「くそっ……、だめか」
『ははは。その程度の術では壊れませんよ。それに、みなさんは、何か勘違いをしているようだ』
この状態でも、ケフェウスには余裕が感じられた。
「何だと?」
『追い詰められたのは私ではなくあなた方ですよ。私がここに来たのは、みなさんをおびき寄せるためですから』
「どういうことだ?」
『こういうことですよ』
召喚士は、理解している者の確かさで、目の前の装置を操作した。
「ジリジリジリ…」という金属をたたいたようなけたたましい音が鳴る。
「な、なんだ?」
クリスたちは辺りを注意深く見回す。ジリジリ音は天井から聞こえてくるようだった。
すぐに、はるか奥の壁につけられた赤色のランプが点滅した。そして、音が止むと、それまで壁だと思っていたところが二つに割れて、左右にスライドし始めた。どうやら扉になっていたらしい。昇降機の扉と同じ機構になっているのか自動で動いているようだが、それとは異なり、幅も広く、高さも相当なもので、ゆうに人の二倍はある。しかも、扉の分厚さも普通の扉の何倍もある。そのためか、扉の速度は緩やかで、重々しい音を立てながら、ゆっくり開いていく。
やがて、扉は金属音とともに停止した。奥は暗がりで見えなかったが、中から、何かとてつもなく重いものが歩いて来るかのような地響き音が聞こえてきた。
「な、何か出てきます」
すこしおびえた声でルティが叫んだ。
クリスたちは油断なく見張る。
入り口のすぐ向こう側で、歩いてくる音が一瞬止まった。光の加減のせいでようやく足元だけが見えた。なにか鉄の柱のような形をしている。
そして、そこからぬっと出てきたのは、鉄のかたまりでできたような巨人であった。
巨人は、グレンよりも体半分以上大きく、パルフィの倍近い高さであった。さらに、手足と胴体が樽のように太くて、こぶしも人の顔の二倍はあった。頭部は首らしきものはなく、これまた樽を半分に切ったような頭が胴体の上に直接ついていた。赤い目が二つ不気味に輝いている。体は、鉄か何かの金属で出来ているようであり、そのために相当の体重があるらしく、動作は緩慢で、歩くたびに地響きがする。
巨人は、完全に広間に出てくると、停止し、首だけを動かして辺りを眺め回すそぶりをした。そして、クリスたちを見つけると赤い目が不気味に光った。そして、ゆっくりと向かってくる。
「お、おいおい、コイツとやるのかよ」
グレンは半ばあきれるように言って、剣を構えた。
『あなた方はご存知ないでしょうが、この旧文明遺跡はおそらく軍事施設か兵の訓練施設だったのです。そして、その鉄の巨人は兵器として使われていたと考えています。私はこの鉄の巨人を召喚し、使い魔とするための研究をしていたのですよ』
「なんだと?」
『最近になって、ようやく操ることができるようになりましてね。ちょうど、対魔幻語使いの性能を調べたかったところなのです。村人とやらせても意味がありませんからね。あなた方には実験台として巨人と戦っていただきましょう。私は、邪魔者を消して、さらに人体実験の記録も得られて、一石二鳥というものですよ』
「くっ」
それを聞いてクリスは退路を確保すべく、昇降機の入り口に駆け寄ろうとしたが、
『おっと、逃がしませんよ』
ケフェウスが手元の操作盤でなにやら指を動かすと、シュッと音がして昇降機の入り口が閉まるのが見えた。
クリスは急いで扉のわきのボタンを探り当て、何度も押すが扉は開かなかった。
「だめだ……カギがかけられている」
「ふざけやがって……」
『ハハハ』
クリスたちは、ここに至ってようやく、自分たちがわなに落ちたことを知ったのだった。




