第17話 再起動
しかし、意外なことに、戦闘が始まってみると、一方的な展開になった。
亡霊もどきはパルフィの範囲魔法で金縛りにして、その間にまとめてグレンとミズキがたたき切っていったので、ほとんど戦力にならなかった。また、ケフェウスが使い魔を呼び出すのは時間がかかるうえに、連続しては呼び出せないらしく、あっという間に残り一匹となった。そうなると、いかに石化呪文が強力でも、人数差で不利である。
そして。
「偉そうなわりには大したことなかったわね。観念しなさい」
五人は最後の一匹も倒し、ジリジリとケフェウスに近づく。
だが、彼はこの期に及んでもなお、薄ら笑いを浮かべていた。
「なるほど、低ランクのマジスタにしては、みなさんやり手のようだ。とは言っても、今の使い魔は、亡霊に見立てて村人たちを追い払うために呼び出しただけですけどね」
「負け惜しみ言ってんじゃないわよ」
「ふふふ。もう少し強い魔物を呼び出してもいいんですが、それでは簡単すぎて面白く無い。さて……」
そこで、いかにも良からぬ企みを思いついたという顔つきになった。
「……そうだ。ちょうど試したい使い魔がいるので、それを呼び出すことにしましょう」
そう言って、ケフェウスは指笛を吹いた。
「皆、気をつけろ!」
「なにか喚び出したわよ」
五人に緊張が走る。どこから何が出てくるか分からない。辺りに気を配りながら油断なく身構える。
「あっ、何か来ました!」
ルティが神殿跡の奥を指差す。
だが、走って出てきたのは、彼らが全く予想もしていなかったものだった。
「な、なんだ?」
「ちょ、ちょっと、何なのよこれ……」
それは、一匹の大型犬だったのだ。
薄茶色の美しい毛並み、垂れた耳、そして愛嬌のある顔つきではあったが、その表情は生気がなく、まるで動く剥製のようであった。とはいえ、とても使い魔には見えない。
「てめえ、何のつもりだ?」
「アンタ、あたしたちをバカにしてんの?」
拍子抜けするパルフィたち。だが、一人クリスだけが、愕然としていた。
「ま、まさか、あれは……、ジャ、ジャスパーじゃないか!」
その言葉に仲間たちが振り返る。
「なに、あんた、この犬を知ってるの?」
「う、うん……」
クリスは言葉を失ったかのように立ち尽くす。
ケフェウスも、意外そうな顔をした。
「ほう。どうしてあなたがこの犬をご存知なのですか?」
「今日の明け方、アルティアの近くの森にある旧文明遺跡で会った……」
「なんと……。おお、これはこれは」
彼はクリスをじっと見つめ、やがて納得した顔になった。
「なるほど、ではあなたがあの時の人物だったのですね。これはおもしろい」
「『あの時の』? それは、どういうことだ?」
その言葉の意味に気がついて、不安げにクリスが顔を上げた。
「ふふ。実は、私もあの森にいたんですよ」
「な、何だって?」
「何やら魔物の叫び声が聞こえてきたので、音のする方に行ってみたのですよ。すると、ゴブリンの死体と戦闘の跡を見つけましてね。なぜこんなところで、と思っていたら、あなたが岩から出て来るのが見えた。それで、遺跡の場所がわかったのです。ここ何ヶ月かの間、ずっとあの遺跡を探していたものですから、おかげで助かりました。」
「……」
クリスは唇を噛んだ。まさか、あの時、自分以外の人間がいたとは、全く気が付かなかったのだ。
「それに、こうしてこの犬を手に入れることができた。あなたに感謝しなくてはなりませんね」
ケフェウスが満足そうな、そして昏い微笑みを見せる。
クリスがハッとなった。
「……アリシアはどうした?」
「アリシア? ああ、あのホログラムですか。邪魔をするから殺しましたよ」
軽く肩をすくめるケフェウス。それは、まさに、虫けらを殺したのと同じ程度にしか考えていないことが分かる言い方だった。
だが、それは、クリスを打ちのめすには十分だった。
「こ、殺した? そ、そんな……、う、嘘だ……」
「嘘ではありませんよ。まあ、厳密には、この世から消滅させたというべきですかね。何にせよ、彼女は二度と現れることはないでしょう」
「そんな……、アリシア……」
クリスはわなわなと体を震わせた。言葉もうまく出てこない。激しく動揺しているのは明らかだった。
そして、苦しげに自分の左胸を上着ごと掴み、低くわななく声で訊いた。
「……なぜだ? なぜ、彼女を殺した?」
ケフェウスはその苦悶の表情を楽しむように、上機嫌で語った。
「私の邪魔をするからですよ。本当はね、犬さえ頂ければ、殺すつもりなんてなかったんです。なのに、私に武器など向けるからこうなるのです。自業自得です。それにね、滑稽にも彼女は、自分は死なないと思っていたのですよ。ハハハ、全く、バカな女です」
「言うな! お前だけは……許さない!」
クリスは呪文を唱えて火の玉を出す。だが、それを投げつける前に、なだめすかすようにケフェウスが止めた。
「まあ、お待ちなさい。気の短い方だ。……一つ確認したいのですが、もしかして、あなたの名前はクリスというのではないですか?」
「……どうして、僕の名前を知っている?」
それを聞くと、ケフェウスは邪な笑顔を見せた。まるで、これから告げることがいかにクリスを傷つけるかが分かっているような、不快で残虐な笑みだった。
「やはり、そうですか! それなら、あなたに一ついいことを教えてあげましょう。あのホログラムの女が、最後に何をしたと思います?」
「……」
馬鹿な問答に付き合うつもりはないという顔で、クリスが睨みつける。
「ダンマリですか? まあ、答える余裕がないならいいでしょう。……あの女はね、もう体が消えてしまうという寸前に、涙を流しながら、あなたの名前を呼んだのですよ。よほど、あなたは気に入られていたらしい。幻影に好かれるなど滅多にできない経験ですよ、ハハハ」
「よ、よくも……、アリシアの仇だ、くらえっ!」
クリスは激情に駆られ、力任せに火の玉を投げつけた。火の玉はグレンとミズキの間を通り抜け、一直線にケフェウスに向かう。
だが、思わぬことが起こった。命中するかと思わせた瞬間、ジャスパーが口から光線を放ち、火の玉を消し飛ばしてしまったのだ。
「な、なんだあ?」
「ちょっと、この犬、魔道が使えるの?」
これまで訳ありとみて、黙って様子を見ていたパルフィたちが口々に驚きの声を上げる。まさかただの犬がそのような術を使えるとは思っていなかったのだ。
「何をするんだ。こいつはアリシアの仇なんだぞ!」
クリスが叫ぶ。
だが、ジャスパーはクリスの叫びも聞こえないのか、相変わらず無表情のまま、まるで主人を守るかのようにケフェウスの前に立った。
「ジャスパー、き、君は……」
クリスは愕然とした。この機械的な表情からも明らかだ。もはや、彼もケフェウスの手先に成り下がったのだ。
「ククク、忘れては困りますね。この犬はもう私の言うことしか聞きませんよ。そのために、あの遺跡を探し回ったんですから」
ケフェウスは勝ち誇った笑い声を上げた。そして、ここは任せるとばかりに、数歩後ろに下がった。どうやら高見の見物を決め込むらしい。
無駄と知りつつ、クリスは説得を試みる。
「やめるんだ、ジャスパー! 君は僕を助けてくれたじゃないか。覚えてないのか?」
外見は犬とはいえ、旧文明の機械である。人間の言葉が理解できているのは間違いない。だが、ジャスパーはまったくの無反応だった。視線をこちらに向けることすらしない。
「くっ……」
クリスは悔しさのあまり歯を軋ませる。
「おい、どうすんだ、クリス?」
「何やら事情があるようだが……」
前衛のグレンとミズキが剣を構えつつ、背中越しにクリスに問う。
「ていうか、なんなのあの犬?」
「……ジャスパーは、旧文明の機械動物だよ」
「何だと?」
「あれが機械……ですか?」
「本物にしか見えないが……」
四人が信じられないという目でジャスパーを見つめた。
ケフェウスが自慢気に答える。
「ただの犬ではありません。旧文明時代の兵器ですよ。そして、今や私の使い魔となったわけです」
「使い魔……」
クリスは、その言葉で覚悟を決めた。
「……みんな、こうなったら、やるしかない」
「ホントにいいの?」
「奴に悪用されるよりはましだ。それに、ジャスパーが、ゴブリン八体を瞬殺するのを目の前で見たんだ。ここで全力を出さないと、僕たちも危ない」
「マジか。なら手加減する余裕はねえぜ」
「そうね……」
五人は再び身構える。
「ふふ、覚悟は決まりましたか? 私としては、この犬の性能を把握したいので、すぐに死んだりしないでくださいよ。初めての実戦なのでね。よろしい。では、やつらを皆殺しにしろ」
ケフェウスが命じると、ジャスパーが一歩前に出た。クリスたちも態勢を整える。
「コイツはどんな技を使うんだ?」
グレンが背中越しに尋ねる。
「さっきの光線と、炎の玉を口から吐くんだ。あと、噛みつきが電撃になってるから気をつけて」
「見た目に惑わされてはならぬということだな……さて」
「ん?」
クリスたちが、攻めるタイミングを伺っていると、ジャスパーがいきなり口を開け、前衛左側にいたグレンに巨大な炎の玉を放った。玉は猛烈なスピードで一直線に飛んでいく。
「どわあっ」
「ひゃっ」
グレンと、その後ろにいたパルフィが、慌てて地面に体を投げ出してかわした。
炎の玉は、後方の石柱に当たると、業火のように燃え広がり消えた。
「す、すげえ……」
唖然とするグレン。
そこにミズキが叫んだ。
「立て! 来るぞ!」
すでにジャスパーは、倒れたままのグレンに向かって猛然と突進していた。
「エヤーッ」
ミズキが気合をほとばしらせて横から切りかかるが、毛を数本切り飛ばしただけで、躱わされる。
「速い!」
「ナメた真似をしやがって」
グレンは、立ち上がるのは間に合わないと見て、左手で半身を起こしたまま、片手で剣を薙いだ。だが、ジャスパーは予想に反して、手前で大きくジャンプし、彼の頭上を越え、後ろにいたパルフィに躍りかかった。
「きゃああっ」
パルフィは、ちょうど起き上がろうとしていたところだった。上から飛びかかられて、地面に押し倒され、そのままのしかかられる。ジャスパーが口を大きく開けて、炎の玉を撃とうとした時、
「あぶない!」
ルティが横から体当りした。シールドが衝撃に反応して激しく光る。ジャスパーは飛ばされ倒れそうになったものの、足を踏ん張り、地面に爪を立てて、体勢を維持する。
そこを狙って、クリスが火の玉を投げつけた。すると、ジャスパーはこれを難なく避け、一転してクリスに向かって来た。
「っ!」
そして、再び火の玉を投げたとき、ジャスパーは口から光線を放った。それは火の玉を霧散させ、そのままクリスの肩を貫いた。
「ぐあっ」
肩から血を吹き出させ、身をよじらせるクリス。そのままジャスパーが体当たりする。緩衝壁が反応したが、衝撃を受け止めきれずクリスは後ろに吹っ飛ばされた。
歯をむき出しにして、ジャスパーが再び襲いかかる。クリスは、その表情を見て、もう自分が完全に敵とみなされていることを知った。
「クリス!」
「いかん」
『ヒール!』
ルティの回復呪文がクリスの傷を覆った。同時にミズキが背後から斬りかかる。ジャスパーは、背後からの攻撃が察知できるのか、振り向きもせず横っ飛びしてかわし、反転してミズキに光線を撃った。
ミズキは、それを刀身で弾き返すと、
「エェイッ」
鋭い気合いと共に上から刀を振り下ろした。しかし、寸前でジャスパーがあり得ないほどの加速で横を駆け抜ける。ミズキも体を翻し、返す刀で後ろから追うように斬るが、これも間に合わず、空を切る。
「チョロチョロと、すばしっこいわね。えいっ!」
さらに、パルフィが、金縛りの呪文を唱えたものの、魔法陣が現れた時にはすでにジャスパーは通り過ぎた後だった。誰もいない地面に魔法陣だけが光って消える。
そして、ジャスパーはケフェウスのそばまで戻って来た。
「くくく、なかなかやるでしょう?」
悦に入ったようにケフェウスが笑う。
「クソ、犬なんて切ったことねえよ」
「これほど、戦いにくいとは……」
状況は不利と言えた。ジャスパーのスピードが速く、クリスとパルフィの呪文がことごとくかわされている。また、体高がひざ上までしかないため、グレンとミズキは剣を振るうのに苦労していた。すべての攻撃が後手後手になってしまっている。
「さあ、行け。止めを刺して来い」
ジャスパーが唸り声を上げ、今度は、グレンに向かって突進する。
それをかわしきれないと見て、突っ込んでくるジャスパーの頭に向かってグレンが大剣を振り下ろした。すると、ジャスパーはそれを待っていたかのように、顔を上げ剣を口で受けて止めた。
「しゃらくせえ!」
グレンが、力負けしないように剣を押し込もうとする。
クリスが叫んだ。
「だめだ、剣を離せ!」
「ーーッ!」
グレンが慌てて剣を離すのと、ジャスパーの口から電撃が発せられるのが同時だった。
「ぐわあぁっ」
電撃の一部は、剣を通じグレンの体に到達してしまった。まるで、弾け飛ばされたかのように、体が後方に吹き飛ぶ。すぐさま、ルティの回復呪文が飛んでくる。
「グレン!」
ミズキが助けに入ろうとする。だが、ジャスパーは炎の玉を放って彼女を牽制し、半身を起こしたばかりのグレンに飛びかかった。
だが、今度は彼も準備ができていた。のしかかろうとするジャスパーの突進を両手で受け止めつつ横に流し、そのまま上から覆いかぶさったのだ。
「うぉりゃあ、捕まえたぜ!」
唸り声を上げながら激しく体をよじらせ、噛みつこうとするジャスパー。グレンはその顎をかわしながら、体を重石にして押さえつける。
「パルフィ!」
「うんっ!」
クリスの指示に待ってましたとばかりにパルフィが金縛りの呪文を掛ける。
地面に白く光る魔法陣が現れ、ジャスパーがそのままの姿勢で硬直した。
その隙に、グレンが飛びずさって離れる。
「みんな、今だ!」
「おお」
ミズキの剣がジャスパーの胴を薙ぎ、クリスの氷柱の呪文が命中する。グレンもすぐさま剣を拾って、攻撃に参加する。パルフィはできるだけ長く金縛りを掛けるべく、両手を伸ばしたまま必死に術を維持する。
ジャスパーは三人の攻撃を立て続けに浴びた。外見とは異なり内部が金属で出来ているらしく、攻撃が命中するたびに、鈍い金属音が響く。
魔法陣の光が弱まってきたころ、ジャスパーの体から何条もの白煙が立ち昇り、軋むような機械の音をさせ始めた。
「金縛りが解けるわよ!」
パルフィの叫びと同時に、陣の光が消えた。クリスたちは、距離を取りジャスパーの反撃に備える。
だが、ジャスパーにはその余裕はもうなかった。胴体から煙を出したまま、よろよろと立ち上がったが、金属の軋む音と気体が漏れるような音をさせ、ガチャリと犬らしからぬ音を立てて横に倒れた。そして、何度か手足を痙攣させると、ぴくりとも動かなくなった。
「……やったか」
「どうやらそうみたいね……」
グレンたちが安堵の息を漏らす。だが、彼らに笑顔はなかった。クリスの気持ちが痛いほど伝わって来たのだ。
「ジャスパー」
クリスが呼びかけるが、もはや身動き一つせず、鉄の塊のように横たわっている。
「ごめんよ……僕は……君を……」
クリスは、罪悪感でうなだれる。やむを得ないとはいえ、自分の命を助けてくれた恩人を殺してしまったのだ。
その時、おざなりな拍手が聞こえてきた。
「低ランクのマジスタ風情が、と思っていましたが、なかなかやりますね。……というより、残念ですよ、何ヶ月もかかって見つけた犬がその程度の能力しかなくて。完全に時間の無駄でしたね。まあ、これならどのみち処分しなければならなかったでしょうから、手間を省いて頂いて感謝しますよ」
この言葉に、パルフィたちが怒りの声を上げる。
「あんた、ひどいこと言うわね!」
「この外道が」
クリスも、ケフェウスを見上げた。
「お前のせいだ。お前のせいで……ジャスパーまで……」
「何を言ってるんです? 殺したのはあなた方でしょうが」
ケフェウスが鼻でせせら笑った。
「……二人の仇は取らせてもらう。みんな、僕に力を貸してくれ」
「当たり前よ」
「ぶっ倒してやるぜ」
ジリジリと五人がケフェウスを追い詰める。
だが、この場にいる誰も、いやケフェウスでさえ理解していなかった。ジャスパーは死んだのではなく、システムが再起動しただけだということを。大きな損傷を受けたため、自己保全プログラムにより、故障機能の回避、遮断が行われ、再起動が行われたのだ。
シャットダウン・シークエンスが終了し、再び、ジャスパーが起動する。視覚センサーが作動して、周囲の状況がデータとなって、脳にある中央演算装置に送り込まれる。そして、その目がクリスの姿を捉え、鋭く光った。
ズリッ、ズリッと徐々に体を動かす。だが、誰もそれに気がついてはいなかった。
そして、ケフェウスは相変わらず見下すような態度で余裕を見せていた。
「フン、あなた方の相手をするのは私ではありませんよ」
印を組んで、呪文を唱える。
二体の亡霊もどきが、突然、最後衛にいたルティの背後に現れ、いきなり剣で斬りかかった。
「わっ」
剣に反応し、シールドが発光する。
「な、なんだ?」
「さっきのやつよ!」
「くっ、往生際の悪い。私たちには役に立たん」
グレンとミズキが後ろに下がって、ルティの前に出て応戦する。
思わぬ事態に、クリスとパルフィも使い魔に目を向けた。だが、それは、敵に背中を見せることになる。
ケフェウスはニヤリと笑うと、人差し指をクリスの背中に向けた。指先から紫色の光が放出され、収束して光の玉となる。
「フフフ、クリスさん。あなたには、あのホログラムの後を追っていただきましょうか。あの世で仲良くやってください」
「何?」
クリスが、慌てて振り向いた時にはすでに手遅れだった。
放たれた紫色の玉は、猛烈なスピードでクリスに向かって飛んで行く。
「くっ」
手をかざして身をかばうクリス。だが、自分の緩衝壁では吸収しきれないことは分かっていた。
だが、その瞬間。
(えっ……?)
その時、まるで時の流れが遅くなったかのような錯覚の中、クリスは見た。
薄茶色の物体がクリスの右後方から走りこんできてジャンプし、その紫色の玉を体で受け止めたのだ。
「キャイーン」
それは、ジャスパーだった。彼は、まともに紫色の玉を体に受け、腹部が小さな爆発を起こした。雷撃でも食らったかのように体のいたるところが放電する。そのまま金属音をさせ地面に激突した。そして横倒しになったまま、ピクピクと痙攣する。
「ジャスパー!」
再び世界が元のスピードで動き出す。
クリスが、慌ててそばに駆け寄った。ジャスパーの胴体部分は爆発により大きく破損し、内部の複雑な機械の構造が見えた。そして、旧文明の科学に全く理解のないクリスでさえ、甚大な損害を受けたことがわかった。
「チッ。生きていたのか。しかも私の支配下から逃れたのだな。忌々しい。……この借りは必ず返しますよ、覚えておくのですね」
吐き捨てるように言うと、ケフェウスは、神殿の奥に走り去った。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「逃げんじゃねえっ」
「おい、待て、二人とも」
ミズキが引きとめようとしたが、すでにグレンとパルフィは、後を追って行ったあとだった。
一方、ジャスパーは最後の時を迎えようとしていた。
「ジャスパー、僕を思い出してくれたんだね……」
「クウーン」
頭をなでてやると、弱々しい鳴き声を上げて顔をもたげ、クリスの手を舐める。
パタパタと弱々しく尻尾が振られた。
先ほどまでの機械的で無表情な彼ではない。苦しそうではあったが、初めて会った時の、表情豊かな顔つきに戻っていた。
クリスたちは知る由もないことであったが、再起動が思わぬ結果をもたらしたのだ。思考ルーチンのバックアップ復元が行われたため、ケフェウスに操られる前の状態に戻ったのだ。
「……君には二度も命を助けてもらった。……ありがとう。君は僕の命の恩人だよ」
その言葉が理解できたのか、最後に、キュウンという弱々しげな、だが満足そうな鳴き声を上げて、ジャスパーの頭がコトリと地面に落ちた。尻尾ももう動かない。裂けた腹部の放電も止んだ。
今度こそ、ジャスパーは逝ったのだ。
「……今は、ゆっくり休んでくれ」
見開かれたままのまぶたに手を当てて、目を閉じさせる。
クリスは肩を震わせながら、頭を垂れ祈りを捧げた。
だが、ミズキの遠慮がちな声が、すぐに彼を現実に引き戻す。
「……クリス。このままではまずい。グレンとパルフィが奴の後を追っている。バラバラになると不利だ」
「ミズキの言う通りです。この子の亡骸は後で……」
「……分かった」
クリスは、首輪につけられていた青い宝石に気づいた。そしてそれを鎖ごと引きちぎると、立ち上がった。
「行こう。敵討ちだ」
「ああ」
「はいっ」
クリスたちは、仲間を追った。