第14話 初めてのミッション(2)
四人が村の広場に行くと、石にされてしまったという男性が地面に寝かされており、それを取り囲むように人だかりが出来ていた。男性のそばには、すがりつくように泣き叫ぶ女性。そして、一緒に逃げてきたらしい、おびえた表情の若者と中年男性が地面に座り込んでいた。
「うわ、ホントに石になってるわよ」
パルフィが石となった村人を見て思わず声を上げる。
男性は、何かから身を守ろうとしたのか、おびえた表情で、顔の前に手をかざしたままの状態で、髪の毛からつま先、着ている服まで石になっていた。「石にされた」と最初に聞いていなければ、もともとこういう形の石像だと見間違うほどである。
「さ、祭司様」
女性は、エミリアの姿を見ると、取り乱した様子でまろび出るようにして前まで来て、地面に平伏した。
「どうか、うちの人を助けてやってくださいまし。この通りでございます。どうか、どうかうちの人を……うぅぅ」
「ハンナさん。大丈夫ですよ。今からご主人を回復しますから。さあ、顔を上げて。横についていてあげてください」
エミリアは腰をかがめて優しく微笑みかけると、女性の手を取り、面を上げさせた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
ハンナと呼ばれた村の女性は、何度も礼を述べながらも、指示通りに石化された夫の横について、祈り始めた。
エミリアは、その横でまだ震えてしゃがんでいる、二人の男性にも話しかけた。
「ロンさんとゲイルさんは、大丈夫ですか?」
「へ、へえ、オレ達はなんともねえです」
二人ともいくつかのかすり傷を負っており、あちこちに血がついていたが、大きなけがはしていないようであった。
「でも、少し怪我をされているようですね。ルティ、お二人の手当てをお願い」
「はい、姉さん」
ルティは二人のそばに行って早速回復呪文をかけ始めた。
「では、トマスさんの治療を始めますね」
ルティが二人の治療を始めたのを見て、エミリアはまたハンナの方を向いて、安心させるようにうなずきかけた。
そして、石化されたトマスの横に片ひざをついて、右手を石となった胸に当てて、呪文を唱え始めた。すぐにその手から淡い光があふれ出て、それはやがて大きな球状になり、半分がトマスの胸に埋まった状態になった。それからすぐに彼の全身から淡い光がにじみ出てくる。それと同時に、灰色だった体が、徐々に肌色に戻っていく。そして、完全に石の色が消えたとき、硬直が解けたのか、空中にかざした格好になっていた腕がどさっと地面に落ちた。その反動で意識が戻ったのか、トマスが目を開けた。
「う、うう。ここは……」
「あ、あんた。気がついたのかい。あたしだよ。ハンナだよ。分かるかい、あんた」
ハンナが、トマスの体を揺すぶって話しかける。彼の目は焦点の合わないようにぼんやりしていたが、すぐに正気を取り戻したのか、目に光が戻ってきた。
「お、おう、ハンナ、おらあ、おらあ、助かったのかい……?」
「そうだよ、あんた。エミリア様が呪いを解いてくだすったんだよ」
「ご気分はいかがですか?」
エミリアは、横になっているトマスの顔をのぞきこんで言った。
「へ、へえ。祭司さま、おかげさまで、なんともねえですだ」
トマスはそう言って、よろよろと身を起こし、エミリアの手を借りながら立ち上がった。だが、石化呪文から回復したばかりということもあるのか、まだ本調子ではないようで体が少しふらついていた。あわててハンナが横から支えてやる。
「あまり、無理はしないでくださいね。もう石化の効力は抜けたと思いますが、今日はゆっくりなさってください。また明日にでも、ご様子を伺いに参りますわ」
「ありがとうごぜえますだ」
二人は何度も何度もエミリアに礼を言って頭を下げた後、ロンとゲイル、そして他の村人たちに付き添われて、家に戻っていった。
それを見送ったあと、しかし、エミリアはその場を動こうとせず、少し浮かない顔をして考え事をしているようだった。
そして、
「これは、やはり……」
とつぶやいた。
「どうかしましたか」
それに気がついて、クリスが声をかける。
「いえ、石にされたのは、これが三人目なのですが、やはり魔道の力を感じたのです。亡霊の呪いなどではなく、石化呪文をかけられたのではないかと」
「ということは……」
「ええ、亡霊のふりをした魔道士の仕業ではないかと思います」
「それは物騒な話じゃねえか」
グレンも横に来て口を挟む。
「すこし前から、この村の南にある森で亡霊を見たという村の人の話を聞くようになりました。でも、気味が悪いぐらいで害はなかったのです。それが、先月あたりから、いまのトマスさんのように石化されるようになりました。本当なら、そんな危険なところには行かないようにお願いするのですが、この村は、食料や薪、動物の皮など生活必需品の多くを森から得ているのです。生きていくためにはどうしても森に入らなければなりません」
「なるほど」
「石化呪文の強さから言って、それほど強い魔道士ではないようですが、身を守ることのできない村の人たちには恐ろしい相手です」
「どれくらいのランクなんだ?」
「そうですね。おそらく、ランク1……、たぶん2はいかないと思います」
「ギルドや警備隊に退治するようにお願いしないの?」
パルフィが、クリスの横から尋ねた。
「ええ。もう驚かされるだけではすまなくなってきたので、何らかの対策を立てる必要があると思います。村長さんも、なんとかしないといけないとおっしゃってましたし……。ただ、こんな小さな村の亡霊騒ぎに警備隊が来てくれるかどうか分かりませんので、おそらく頼むなら魔幻語ギルドと思うのですが、報酬を支払わなければなりません。つつましく暮らしている村ですから、みんなで出し合っても間に合うかどうか……」
「そうか……」
ギルドを通して、マジスタに仕事を依頼すれば相応の報酬を払わなければならない。いかにランクの低い魔道士を倒すとはいえ、安くはない。村人たちに大きな負担がかかるのは当然であった。
「……」
グレンはしばらく何やら思案したあと、エミリアに提案した。
「なあ、エミリアさんよ、オレ達が森に入って、この悪さをしている魔道士ってヤツを退治てきてやろうか?」
「そんな。関係のない皆さんを巻き込むわけには参りませんわ」
「ちょ、ちょっと、グレン、何を言い出すんだよ」
「そうよ、あんた。そんなの、あたしたちがやることじゃないでしょうよ」
「そうだよ、それに……」
クリスがさらに何かを言おうとしたのを手で制して、グレンは続けた。
「いや、実は、そこでモノは相談なんだが、もしオレ達が森に入って、その悪党の魔道士を倒して、この問題を解決できたら、最低限のことはやれるパーティって認めてはもらえねえだろうか」
「それは、つまり……」
「ああ。ルティがオレたちの仲間になるのを認めてやってほしい」
最初は何を言い出すのだろうかと焦ってグレンを止めようとしていたクリスたちだったが、それを聞いていいアイデアだと思ったのか、とたんにグレンを止めようとするのをやめ、そろって熱心な目でエミリアを見た。
「もちろん、さっき家でエミリアさんが言ってた大切なことってのは、まだはっきり分かっているわけじゃねえ。だが、経験を積んでいけば、そのうちわかることなんだろう?」
「それは、そうなのですが……」
エミリアは迷うように口ごもった。
「確かに、この石化呪文の強さから言って、みなさんが力を合わせれば勝てる相手だと思います。ただ、経験のないみなさんに、万が一のことがないとも言えません。十分お強いことは分かっていますが、心配なのです」
「……」
「それに……」
エミリアが不安げな表情で言いよどんだ。
「それに、なんだい?」
「いえ、先ほどの石化呪文を解呪した時、少し違和感があったのです。ランク1程度の術者しては、かかり方が滑らかすぎる気がして……、私の気のせいかもしれませんが……」
「そうかい。呪文のことは分からねえが、なら、こうしよう。オレたちも無理はしねえことにする。やばいと思ったら途中で引き返す。これでどうだい」
「……」
エミリアはまだ悩んでいるようだったが、それを見てグレンはさらに重ねて言った。
「頼む。オレたちに一度チャンスをくれないか」
グレンは、まっすぐにエミリアの目を見ていていた。その表情は、もう照れている様子など微塵もなく、真剣な表情だった。
それを見て、エミリアもしばらく考える様子だったが、最後にふうっとため息をついて、
「……分かりました。そこまでおっしゃるなら、お願いしますわ」
と答えた。
「おお、本当かい。それはありがてえ」
「でも、くれぐれも無理はなさらないでください」
不安が拭いきれないようで、エミリアが重ねて頼む。
「もちろんだ。よし、そうと決まれば、善は急げだ。まだ日も高いことだし、さっそく森に入ってみるか」
グレンは仲間を振り返った。
「いいわね。行きましょ」
「行こう行こう」
クリスたちにはもとより異存はない。口々に賛同する。
「それと、ルティは連れて行っても構わないよな?」
「えっ」
エミリアが驚いた表情で聞き返す。
「さすがに、ヒーラーなしでこんな呪文を使えるやつを倒すのは難しいだろうし、パーティとしてやっていけるかどうかも確かめなくちゃならなねえしな」
「え、ええ、そうですわね」
エミリアはまるでルティを連れて行くといわれたことが不意をつく言葉だったかのように、動揺した様子だったが、確かに連れて行かなければ回復役がいないことになり、それでは倒せないだろうし、ルティがパーティの一員としてやっていけるかどうかを確かめるという目的も理にかなっていると思い直したのか、ためらいながらも同意した。
「大丈夫ですって。ルティの回復呪文があればパーティの生存率も上がるし、私たちもルティのことは命賭けで守るからさあ」
「それはありがたいことですが……」
「ミズキもそう思ってるわよね?」
パルフィは、やや後ろに立って成り行きを見守っていたミズキを振り返って尋ねた。
「ん? 無論だ。仲間の為に命を賭けるのはサムライナイトの神聖な義務だからな」
急にパルフィに話を振られて、意外そうな顔をしたミズキだったが、エミリアに向かってはっきりと言い切った。
「だよね」
それを言わせたかったのだと言わんばかりに、パルフィがニヤリと笑う。
「……わかりました。でも本当に無理はなさらないでくださいね。ルティだけでなく、みなさんも無事に戻らないと意味がないのですから……」
「そりゃそうだ。ルティだけ生き残っても、オレたちが死んじまったら、入るパーティがねえんだからな」
「あはは、ホントよねえ」
五人は、冗談のように笑った。
しかし、エミリアだけは一緒に面白がるどころか、ますます不安が募る様子だった。
「い、いえ、そんなつもりで申したわけではないのですが……」
「いいって、いいって。エミリアさんの言いたいことは分かってるわよ」
「もちろん、そんな無茶はしねえよ。危なさそうなら、様子だけ見て帰ってくる」
「それならよろしいのですが……」
「エミリアさんは心配性だな」
「ん? そうすると、これが僕たちの初めてのミッションということになるのかな」
「あ、ホントよ」
「うむ。これは、心してかからないとな」
ミズキも腕を組んで真剣な表情だったが、どことなくうれしそうだった。
「僕もがんばります」
ルティも、クリスたちとの同行が許されたのがうれしいようだった。
「おお、その意気だぜ」
「……」
しかし、盛り上がるクリスたちをよそに、なぜかエミリアは心沈んでいくようだった。
しばらくの間、彼女は、はしゃぐグレンたちを不安そうに見つめながら、一人で何かを考えている様子だったが、やがて何か決心がついたのか、少しうなずいて、顔を上げた。
「わかりました。では、気をつけて行って来て下さいね」
「よし、じゃあ、行くか」
「あ、ちょっと待って、グレン。場所ぐらい聞いていかないと。エミリアさん、だいたいどの辺りに行けば、その魔道士に会えるんですか」
「今回の件を含めて、いずれもホルトンの森の奥にある、古代神殿跡のところで起こっています。おそらく、そのあたりに潜んでいるのではないかと。ルティ、場所は知ってるわね?」
「うん、姉さん。大丈夫だよ」
「よし、じゃあ、今度こそ行くぜ。みんな、このまま行けるな」
「うんっ」
「うむ。朝食の腹ごなしにちょうどいいだろう」
「えっ? こ、このまま行かれるのですか? なにか準備などは……」
慌てふためいたかのように、エミリアが尋ねる。
「いや、オレもミズキも得物は持ってるし、あとのやつらは呪文だから何もいらねえだろう。身軽なものだ」
「そうね。さくっと行って、さくっと倒してきましょうよ」
「まあ、今から修行して新しい呪文を覚える暇もないですし」
「そ、そうですか……」
「じゃあ、行こうか。では、エミリアさん行ってきます」
クリスがエミリアに言う。
「行ってくるよ姉さん」
「え、ええ、行ってらっしゃい。くれぐれも気をつけて」
「おう。大船に乗った気で待っていてくれ」
「そうですわね……」
まだ心配しているらしく、自分の手を強く握り締めながらエミリアが不安そうに言った。
「よし、ルティ、案内を頼むぞ」
「はいっ」
そして五人は彼女の心配をよそに、意気揚々と森に向かって出発するのであった。
一方、クリスたちを見送った後、エミリアは早足で家に戻り、あわただしく出かける用意をすると、すぐにまた家を出た。
小走りで村の入り口を出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。
「おお、祭司さま、どこかにお出かけだか」
「あら、ハンスさん」
エミリアが振り返ると、村人ハンスが馬上から声をかけたのだった。農作物を積んだ荷台を馬に引かせている。
「アルティアに急用ができまして、ちょっと出かけてきます。夕方の礼拝には間に合うよう帰ってきますので」
「それなら、荷台に乗っていきなせい。ワシもちょうどアルティアに野菜を卸しに行くところですだ」
「よろしいのですか」
「もちろんですだ。乗り心地は悪いんで申し訳ねえが、歩いていくよりは早く着くだよ」
「ありがとうございます。それならぜひお願いしますわ」
礼を言いながら、エミリアは荷台に上がり、農作物の間の隙間に腰を下ろした。
「そんなら、出発するだ。しっかりつかまってなせえよ」
ハンスがピシリと手綱を打ち、馬車が動き出す。確かに荷台は激しく揺れて乗り心地はよくなかったが、この分だと相当に早く着けるだろう。エミリアは少し安心したように、しかし、それでもまだ心配そうに、街道の先を見つめていた。




