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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第五巻 東方の国ヒノニア
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第27話 再戦(1)



「いかん、上様の御身が危ない」

「待ってください。忠隆さん!」


 忠隆が顔色を変えて廊下に飛び出そうとしたところを、クリスが止めた。


「なぜ止める?」

「本当に魔族が襲ってきたのだとしたら、催眠防御が必要です」

「む、そうだったな……」


 クリスたちと魔族の邂逅については、忠隆もすでに報告を受けていた。

 納得した様子を見せて、部屋に留まる。


「じゃあ、みんな、僕の周りに集まって」

「あいよ」


 グレンと、ルティ、ミズキの三人がクリスを囲むように並ぶ。そして、クリスに向かい合う形で、パルフィが立った。


「忠隆さんとテルさんもお願いします。お二人にも催眠防御呪文を掛けますから」

「分かった」


 二人はミズキの横に入った。


「いいわね? いくわよ」


 そして、パルフィとクリスが共に呪文を唱えると、白く発光する魔法陣が畳の上に現れ、全員が二つの呪文の淡い光に包まれ始めた。


 パルフィが催眠防御の呪文を、クリスがそれを増幅して全員にかける呪文を唱えているのだ。


「ほう、これが……」


 忠隆が呟く。テルは樹海に行った時に掛けられているが、彼にとっては初めての経験である。興味深そうに光を見つめていた。

 

「本当は、ミズキには安静にしていただきたいのですが……」

 

 その隣でルティがミズキを気遣うが、彼女は微かに表情を緩めて首を振った。


「国家の大事だ。そんなことは言ってられんさ」

「それは……。でも、あまり無理はしないでください」

「ああ、ありがとう」


 そして、クリスが増幅呪文を唱え終わると、一同がそれぞれに薄青い光の膜で包まれた。そして、徐々に薄くなり完全に消えた。

 これで完了である。

 だが……


「あれ、忠隆さんの掛かりが良くないな」

「ホントね。マナが足りてないんじゃないかしら」

「む」

 

 忠隆が確かめるように自分の手を見つめた。

 確かに、彼を覆っていた光だけがより淡く、そしてすぐに消えた。

 この呪文は対象者のマナを利用して維持する仕組みになっている。

 魔道を学び始めたばかりの忠隆は保有しうるマナの量が少ないのだ。

 

「一応掛かってるみたいだけど、あんまり無理はできないわね」

「分かった。掛かっているならそれで良い。……では急ごう」


 忠隆の後について一同が部屋を出る。そして、上がってきた廊下から庭先に下りる。

 すでに人が出払っていたのか、周りに人影はなかった。

 そして、遠くから物騒な喧騒と刀を打ち合う音が聞こえる。激しい戦いになっているようだ。

 しかも、その方向は……


「まずい、試合場だ……。みな、急ぐぞ」

「え、あ……」


 言わせも果てず、忠隆が駆け出した。

 慌ててクリスたちも追いかける。


 普段は物事に動じない彼の声に焦燥の響きが感じられたのは、義昭の身を案じたからだろう。

 予定通りなら、今頃は、新しい指南役の就任の儀が行われている最中のはずだ。つまり、義昭もそこにいるはずなのだ。

 そして、出席しているのは武士たちとはいえ、催眠に対する備えはない。すでに先日、魔族を掃討すべく樹海に入った討伐隊500人がなす術なく全滅したのだ。



 しばらく行くと、試合場のある二の丸御殿の手前で数人の武士が血塗れで倒れていた。すでに事切れているのは明らかだった。


「魔族の仕業でしょうか?」

「いや、この傷は……」


 ルティの問いに忠隆が答えようとしたとき、木々の間から三人の武士が現れた。

 そして、近づいてきたかと思うといきなり刀を抜き、襲いかかってきたのだ。


「死ねい!」

「何だあっ?」

「ちょっとちょっと、何なのよ」


 あわててクリスたちが戦闘態勢に入ろうとするが、忠隆とミズキはすでに読んでいたのか、すぐに抜刀し剣を受け止め、峰打ちで打ち倒した。


「うおっと」


 前にいたグレンも斬りかかられるが、何とかかわして、こちらは鳩尾に当身を一発くれる。


 結局、攻撃呪文を使う間も無く、全員が気絶して地面にひれ伏した。


「なんだよ、こいつら、いきなり切りかかってきたぜ」

「催眠にかかってるみたいね」


 パルフィの言葉にミズキがうなづいた。


「おそらくそうだろう。この死体もこの者たちのせいだ。この傷は刀によるものだ」

「そっか。それで……」


 おそらく、忠隆とミズキは死体を見てそれを見抜き、近づいてきた武士たちを疑ったのだろう。


「……時が移る。行くぞ」


 忠隆に促され、再び、一行が走り出す。


「……でも、おかしいな」

「何がおかしいんですか?」


 クリスが呟くと、ルティが尋ねる。走りながら一同が視線をクリスに向けた。


「いや、前に僕たちが催眠をかけられたときは、体だけを操る術だっただろう? だけど今のは、いやいやではなく自分の意思で攻撃してきたように見えたんだよ」

「そういや、そうね」

「確かにな」


 カトリアで初めて魔族と対峙したとき、かかった全員が意識は正常であり、体だけが思った通りに動かなかったのだ。これは、旧文明時代で催眠を受けたアマンダもそうだった。

 

「そんな技も持ってたってこと?」

「やべえな」

「ああ。気をつけないと」


 そして、一行は二の丸御殿にたどり着く。

 試合場がある中庭に繋がる門をくぐる前に、忠隆が皆に声をかけた。


「皆、気を抜くな」


 すでに、相当数の人間が刀を打ち合う音、怒号、そしてうめき声などが聞こえている。よほどの乱戦になっているのは間違いない。

 一同は、表を引き締めて頷いた。


 そして、門をくぐり、中庭を囲うように張られた幕に駆け寄って、その合わせ目から試合場に入ると、案の定、事態は大混乱を極めていた。


「……こりゃあ、とんでもねえな」

「……」


 グレンの呟きに誰も応えない。皆、その光景に呑まれていたのだ。


 先ほどまで並べられていた観客用の椅子は殆どが片付けられていた。そこに、200人は下らないと思われる武士が互いに剣を奮い殺し合っているのだ、すでに多数の人間が切り倒され地面に伏している。


 普段から戦闘に慣れているとはいえ、人間同士の、しかもこのような大勢の殺し合いは経験がない。


「上様はいずくにおられる……?」

「お、おお、そうだ……」


 忠隆の声に、一同が我に返り、それぞれに行方を探す。


 クリスたちは試合場の右側中央におり、そこから見て右奥に、先程まで義明がいた廊下と座敷が見える。だが今はその姿は見えない。数名の武士が倒れているだけだ。


「もう逃げたんじゃないの?」

「そうだといいがな」


 座敷の襖は大きく開け放たれている。危険を察知した義昭たちがそこから逃げた可能性はある。


「向こうが見えないな……」

「そうね」


 乱戦中の武士たちは試合上の真ん中で群がって戦っており、視界が遮られている。


「む。この光は何だ? これも魔道なのか?」

「えっ?」

 

 忠隆が足元を指差した。

 地面が薄い紫の光に染められていた。足元だけではない。よく見ると光は試合場いっぱいに広がり、クリスたちもその上に立っている。光自体は淡いが、試合場が白い石で敷き詰められているため、薄くても視認できる。


「もしかして、これが催眠呪文のフィールドかもしれないわね」

「この上にいると催眠がかかるってことかよ」

「……ということは、僕たちの催眠防御呪文は効いてるんだね。よかったよ」


 クリスが安堵のため息を付く。これまでの催眠とは異なっても、効き目があると分かったのは大きい。


 その時、


「上様ぁっ!」

「どちらにおわしますか!」


 座敷の奥の部屋から数人の武士が抜刀したままなだれ込んできたのが目に入った。


「な、なんだこの有り様は……」

「皆、狂ってしまったのか?」

「くっ、上様を探せ!」


 彼らは、前庭で広げられる大乱闘に魂消ながらも、必死の形相で義昭の姿を探す。

 だが、突然、その動きを止めた。そして、一瞬石のように硬直したかと思うと、いきなり互いに斬りかかり始めたのだ。


「殺してやる!」

「貴様が死ね」

「ぐおおっ」


 呪詛の言葉を喚きながら斬り合う姿は、まさに殺し合いだった。

 斬られた武士は断末魔の叫びを上げて倒れる。

 そして、斬った武士は別の武士に斬りかかるが、今度は、同じように錯乱した武士に斬り倒される。

 それはまさに一瞬の出来事だった。

 さらに、最後に残った一人は、まるで獲物を求めるかのように刀を振り回しながら渡り廊下を下り、集団の中に突っ込んでいった。

 その様子を呆然と見つめるクリスたち。


「催眠に掛かるとああなるということだな……」


 信じられないものを見たかのように、忠隆が呟く。

 その時、テルが叫んだ。


「あ、見てよ、みんな! 上様だ!」

「む」


 テルが指差す方向、多数の武士たちが入り乱れる隙間を皆が目を凝らす。

 クリスたちの反対側、廊下からすこし離れたところに、将軍義昭と千姫、さらには大老堀田意次がひと固まりになっていた。


「おお、どうやらご無事か」

 

 忠隆が安堵の声を上げる。

 さらによく見ると、義昭らは法衣を着た四人の術者に囲まれ、武士数人が立ちはだかるように守っていた。

 法衣を着ている者はおそらくミズキが言っていた陰陽師だろう。彼らが四方を囲み何やら一心不乱に念じていることから、四人で結界を作っているらしい。

 義昭も千姫、そして堀田ともにおとなしくしているところを見ると、催眠に対する防御にはなっているようだ。また、ある程度術者の外側も効力があるようで、護衛の者たちも正常に見える。


「おい、みんな、こっちだ。見ろ、奴らがいるぜ」


 今度はグレンが声を上げる。

 同じく乱戦中の武士たちの陰になっているが、グレンの指す方向、左の奥には数名の魔族が垣間見えた。地面と同じ紫色の淡い光が彼らを覆っている。

 しかも、その一人はヴェルフェールだった。

 彼らは戦闘には参加せず、武士たちの同士討ちをただ見ているだけのようだった。


「……やっぱりあいつらだったわね」

「どうするよ?」

「そうだね……」


 クリスは、しばし思案する。そして、顔を上げたとき、メンバーたちではなく、忠隆に話しかけた。


「忠隆さんにお願いがあります」

「私か? 何だ?」

「一旦ここから出て、これ以上誰も試合場に入らないよう、城の人たちに伝えていただけますか? それから、カトリア大使と連絡をとって、催眠防御ができる人員を応援として派遣してもらってください。大使は御前試合にも来られてましたから、まだ、この辺りにいるかもしれません。その上で、医師の手配と、この後の段取りをお願いします」


 忠隆は彼の真意を測るようにクリスの目を見た。


「ふむ。そなたは私が催眠に掛かると考えているのだな」


 クリスはうなずいた。


「今は大丈夫でも途中で切れる恐れがあります。万一催眠にかかった場合、止められるものがいなくなりますので」

「それはそうね。そうなっちゃったら、魔族よりやばいんじゃないの?」

「違えねえ」

「むう」


 忠隆は一瞬、口惜しそうな表情を浮かべたが、クリスたちにうなづきかける。


「……相分かった。この非常時に不甲斐ないことではあるが、ここで四の五の言っている場合ではないな。では、皆、上様のことは頼んだぞ」


 そして、そのまま身を翻して門の外に駆けていった。


 クリスが続ける。


「それから、ミズキとルティはテルさんと一緒に上様を頼む」

「承知」

「ハイっ」


 その横でテルも緊張の面持ちでうなずく。


「で、オレたちはどうする?」

「当然、アイツらでしょ」

「そうだね。とにかく催眠を止めないと、この兵士たち全員を相手にする羽目になる」

「だな」

「けちょんけちょんにしてやるわよ。あいつは絶対許さないんだから!」


 どうやらカトリアでの邂逅を思い出したらしく、パルフィが憤懣やる方ないという顔でぶちまけた。あの時は、魔族、特にヴェルフェールのせいでパルフィが不完全な形で覚醒し、一時はクリスの命を奪うことになったのだ。


「まあ、冷静にね。じゃ、みんな気をつけて。片付いた方から合流しよう」

「了解。では我らは右から迂回していくぞ」


 ミズキが駆け出し、テル、ルティがついていく。


 それを見送って、残るグレンとパルフィにクリスが言った。


「僕たちは左側から回っていくよ。あ、そうだ、二人とも、ルティがそばにいないんだ。無茶はダメだよ」

「おおよ」

「そうね。もう二度とあんな目に遭いたくないからね」


 そして、三人は左側から魔族に向かって走り始めた。



いやはや、お待たせいたしました。

今話は少し長くなりましたので、前後半に分けました。

後半は、できれば数日中にアップしたいと思います。


【追記】 2021.01.07

思わぬところで時間を取っております……、あと少しでアップできるはず……。



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